残念同日中ですよ。
ぎゅるぎゅるきゅるきゅるー
この世に生まれ落ちてから幾十数年、私は最大の危機に瀕していた。
まさか、ひとり旅と言うものがここまで過酷なものだとは思ってもいなかったのだ。
やはり、夜のキャメロット城のガラスを壊して回り、盗んだ名馬で走り出すような突発的な行動ではいけなかったのか…。
私の剣よ、出来ることなら再びあるべき姿に戻してやりたかった。
私には解る。"7つ"に分割され、絞りカス程度の力しか発揮できない嘆きが。無念だろう、苦痛だろう、慙愧にたえないだろう。
私だってそうだ。お前の無い私などいったい何者なのかすらわからない。
きゅるきゅるぎゅるぎゅるー
たが……目が霞む、手が震える、内臓が悲鳴を上げる。最早、立ち上がるどころか這う気力さえも私には残されてはいない。
ああ、私の花の旅路はここで終わってしまうのか…。
「えーと……大丈夫ですか?」
こんな人気の無い森で女の声が聞こえ、咄嗟に顔を上げる。そこには黒い服装で全身を統一した金髪の女が立っていた。
だが、私の視線は女から、背負っているほんのり良い香りのただよう布袋に目が移る。
「ッ…!!」
私の直感か言っている。この無愛想で強情そうな女には何故か妙な親近感が沸く、要するに信用に価する人物な気がしたのだ。
私は残りの精一杯の力を振り絞り声を張り上げる。
「頼む……腹が減って動けないんだ!! 何でもする……何でもするから食べ物を恵んでくれ!」
私は学習した。プライドで腹は膨れない。
後、今ならマッシュポテトとビネガーだけでも美味に感じるだろう。
◇◆◇◆◇◆
「もきゅもきゅ」
久々に地元のフランスに立ち寄り、野宿を始める為にテントを設置していると、散歩から帰ってきたルーラーが"なんか強そうな人が倒れてるよー"と言ってきた事から全ての始まりです。
そこに行くと私と同じように肌が白っぽく、黒い服装で全身を固めた同い年程の女性が倒れていました。
そして、助けてみたその女性に目の前で私の全ての食糧が喰われて今に至ります。
ちなみにルーラーはもうお眠なのか丸まって寝ていますね。
それはそれとして私の手元に残ったのは随分とペラペラになった食糧袋のみ。
どうしましょう……切り詰めれば3日ぐらいは持つかと考えていたのですが、捕らぬ狸の皮算用になったようです。いえ、食糧自体は手元に存在したたわけですから誤用ですか。アハハハハハ。
………………………………ふう。
「なんだ随分と面白い顔をしているな。旅芸人か何かか?」
…………いけないジャンヌ・ダルク。如何に食い物の怨みは恐ろしいとは言え、相手のペースに乗せられてはいけません。
例え、見た瞬間なんだか放って置けないというか、他人とは思えない不思議な感情に駆られてしまったとは言え、食糧を提供したのは私です。つまりは私の落ち度…ええ、そうです。今回は私が悪……。
「大味だったな。まあ、腹は膨れた」
「いい度胸してるわねアナタ、この国土から肉片の欠片も残さず焼却して差し上げましょうか?」
私は聖剣創造で赤熱する聖剣を造り出すと、小癪な戯言を並べる彼女に突き付けました。
食糧を全て吸い込んだ彼女を一刀で斬り捨てるのも癪ですから、一応は遺恨ぐらいは聞いてあげましょう。私ったらマジ聖女。
「ほう…暖の代わりにはなりそうだな。前言撤回しよう、貴様は良くできた
しかし、かなり高温の物体を向けられているにも関わらず、我関せずといった様子の彼女は座ったまま私の水筒のお茶を飲み干すと口を開きます。
「私は"アーサー・ペンドラゴン"だ」
「はあ? 誰もアナタの名前なんて知りたくも………アーサー・ペンドラゴン…?」
気のせいでしょうか? 今、物凄いビックネームが聞こえたような気が…。
アーサー・ペンドラゴン。
アーサー王伝説の中核を成す存在であり、ブリテンの王。聖剣エクスカリバーの名を出せば知らぬ者は居ないでしょう。
「まあ、私の生まれの名は"アルトリア"だ。呼ぶのならそちらで呼べ」
立ち上がった彼女の側の虚空が歪み、そこから悪魔としては異常なまでに神聖に耐性のある私も、多少悪寒を覚える白銀の聖剣が取り出されます。
「それとコイツは仕方無く家から永久に借りて来た"クラレント"だ」
私とて元教会の聖剣使い。名のある聖剣と魔剣の名と能力くらいは未だに覚えています。
クラレント。別名は剣の中の王者。アーサー王伝説ではモードレッド卿が叛逆に用いた剣として有名な剣です。
「ひょっとしてアナタ、アーサー王の魂を受け継ぐ者なの…?」
現物を見たのは今が始めてですが、剣自体では私が見たことのあるグラム等の最上級の剣には劣る性能なようですが、彼女の手にある事によって輝きを増しているように思えました。
クラレントの能力は王の身体能力の上昇と、王の各種技能の増幅という、ある意味全剣中最高クラスの補助能力を持っています。まあ、それはアーサー王一人にしか発動しないのですが、そんなクラレントが聖剣のまますんなりと使われているということは、つまりそう言う事なのでしょう。
「ああ、そうだ。最もまだ、半人前も良いところだがな」
あっけらかんと言い切る彼女…いえ、アルトリアは驚いている私に何故か怪訝な顔を浮かべ、会話を続けます。
「こちらが名乗ったのだから名乗り返すのが筋ではないのか?」
コイツ、人の食糧喰い尽くしておいてなんでそんなに偉そうなのよ……これだから王様とか、朕とかが一人称の奴らは大嫌いよ。
「それは失礼しましたね……私はジャンヌ・ダルク。あなたと同じような存在よ」
「ほう……それにしては貴様、人間ではないようだが?」
「まあ、一応は転生悪魔ですからね」
食糧を犠牲にしただけの価値はあったと思われるので、突き付けていた聖剣を消しました。
言動から人と他の種族の区別は付くようなので悪魔の翼を広げます。
「私の事はもういいでしょう。それで、騎士王様の迷える魂がなんでこんなところにいるのかしら?」
そう問い掛けるとアルトリアは少し暗い表情を取りながらポツリと呟きました。
「私の目的は7つに別れた私の剣を1本の聖剣に戻す事だ」
「エクスカリバーを…ね……」
エクスカリバー。
かつて最強とも謳われた伝説の聖剣でしたが、大昔の戦争で折れてしまいました。その破片を教会が回収し、錬金術を用いて7つの特性を
しかし、彼女旅路はなんと無駄なことでしょうか。放っておけば数年後には結集してエクス・デュランダルとなるというのに。
「ほう……」
最後に思ったことは伝えずにエクスカリバーについての知識をひけらかしていると、今度は逆にクラレントの先端を私の喉元に突き付けてきました。
「貴様中々に詳しいな。もう少し楽しいお喋りを続けようじゃないか」
少々口が滑りましたね。
英雄としての直感が騒ぎます。クラレントと彼女の組み合わせは本気の私でも手を焼く。幸いな事に今の段階では使い手が未熟な事が救いといったところですかね。
腕か足の一本でも代償にすれば勝てるかもしれませんが、彼女も必死なのでしょう。ここは大人しく、もう少し情報を与えておきますか。
「破壊の聖剣はカトリック教会、擬態の聖剣はプロテスタント教会、祝福の聖剣は正教会にあります。天閃の聖剣、幻夢の聖剣、透明の聖剣はカトリックかプロテスタントのどちらかに保有されているでしょう。支配の聖剣は失われたと言われていますが、断言しましょう」
私は言葉を句切るとクラレントに触れました。身体は悪魔ではありますが、私とて聖人で聖剣使い。触れただけでは手傷にすらなりません。
「支配の聖剣はこの世界の何処かで存在しています。これはこのジャンヌ・ダルクが受けた天啓と受け取ってもいい。折り紙つきよ」
数秒の後、嘘偽りの無い私の言葉から荒を探すことを諦めたのか、クラレントが下ろされました。
「嘘は付いてないようだな」
それはそうでしょう。私は私にとっての真実しか話してはいないのですから。最もそれが他者に理解されるかというのは別の話ですがね。
「ところで迷える騎士王様。まさか家来も連れずに一人旅の途中ですか?」
「………………それがどうした?」
いるわけないだろ…と小さな呟きが聞こえた気がしましたが、彼女の名誉の為に聞こえなかった事にしておきましょう。
「いえ、ただの確認です。話を戻すと、エクスカリバーには高度な種族間の問題が絡んでいます。アナタひとりでのその目的の達成は限り無く不可能に近いと思いますが? まあ、
「だったらなんだというのだ? 貴様にどうにか出来ると…」
「出来ます」
私はアルトリアの言葉を遮り、そう断言しました。流石に面喰らったのか少しだけ面白い顔をしています。
「間も無く種族間の冷戦は終わり、三種族の争いも終結する。和平が成立すれば教会が個々に7本もエクスカリバーを所有している意味も薄まります。故に何処かの陣営に所属し、対禍の団殲滅者として名を上げれば、7本のエクスカリバーは三陣営の中で最も必要とされる場所に送られるのはあり得ない話でもない」
「…………それで?」
「例えば現在の悪魔はレーティングゲームで強ければ強いほど名声が高まる。表向きな実力もそれで評価されるでしょう。私の王は現魔王を排出したアスタロト家の次期当主。知名度、資金、政治力全て上位に食い込んでいると言えます。更に我が王は既にテロ対策に力を入れておられます。後、欲しいのはそう……確かな戦力だけです。何もない存在が、スタートラインとするには十分過ぎるとは思いませんか?」
「つまり何が言いたい…?」
私は胸元のポーチから騎士の駒を2つ取り出し、それをアルトリアへと向けました。
「私達と共に世界を綺麗にいたしましょう? さすれば必ずやアナタの願いは成就される」
「……もしだ。エクスカリバーを元の姿に戻せなかった時はどうする?」
「聖人ジャンヌ・ダルクの名の元に誓いましょう。エクスカリバーを1本の聖剣に戻せないと為れば、一切の抵抗をせずに屠られる事を誓います」
私はそう言い切る。アルトリアは目を少し大きく開いてから閉じます。
「妙な奴だなお前は。話す事は全て絵空事かと思えば、それを一切の曇り無く本気で言っているのは目を見ればわかる。まるで既に決まった事のように…だ」
アルトリアは目を閉じたまま呟くと、目蓋を開きました。その瞳は私と同じ金色で、真っ直ぐな眼光をしています。
「いいだろう。元より、その為だけに全てを捧げた私の旅路だ。今更、悪魔に魂を売るぐらい造作もない」
アルトリアは私の悪魔の駒を手に取りました。
ちなみに、彼女がモードレッドなのではないのかと思う程の素行の悪さに頭を悩ませるのは数日後の事になります。
この作品のアルトリア・オルタさん
今の実年齢はリリィ
言動はサンタ
持ってる聖剣はクラレント
成長したら乳上
もう特盛だぜ!(現実逃避)
ちなみにアルトリアオルタさんはジャンヌオルタさんの事を既に友達として結構気に入っております。