幻想郷に春が来た。
草木は芽吹き、鳥はさえずり、死と隣り合わせだった冬を越えた生の息吹きを高らかに謳歌する。
だが、幻想郷には春を何よりも誰よりも早く高らかに歌い上げる忘れちゃいけない奴が居る。
「春ー、春ですよー……春が来た!春が来た!春が来た!春だっつってんだろ、オウイエー!!」
途中までは爽やかで朗らかだった声が、地獄からの使者でございますとばかりのデスボイスに変わる。
赤く染めたとんがり帽子を被り、これまた赤い可愛らしいワンピースを着ている赤みの強い金髪を長く伸ばした可愛らしい外見の子供が空をフワフワと飛びながらデスボイスで春が来た事を告げて回っているのだ。
その後ろには花が咲き乱れ、蛙が地面から顔を出し、小動物が元気に走り回る。
正に、春が来たことを伝える程度の能力 。
幻想郷を代表する光景と言えた。
「春っ、春っ、春が来た!俺の季節がやって来た!そこのけ、どこのけ、リリーが通る!春が俺なら俺が春……」
ノリノリで歌っていた子供が急に黙りこみ、神妙な顔つきになる。
「春が俺なら、俺が春。今が春なら俺は春そのもの……つまり、俺は神!?」
「な、訳無いでしょ」
空に亀裂が走ったと思ったら、黒いその亀裂から突きだされた手が子供の頭をベシリと叩き、子供は蚊の様にフラフラと地面に落ちるのだった。
「ふむ、痛い」
「そりゃ痛くしたもの」
地面に座り込み頭をさする子供と、それを組んだ手の上に顎をのせて呆れた様に眺める少女。
後ろ髪をアップに纏め、横はいく束かにしてリボンで止めている髪は金色で、フリルのついた紫の服を上品に着こなしている姿は良家の子女にも見える。
ただ、それは上半身だけで下半身は先程、空中に現れた亀裂の中に消えている。
「貴方は前科がついてるからね。二度目は無いわよ」
「それは押すなよ、押すなよ……押せよ!の精神で聞けばよろしいか?」
「ちゃんと押さない様にしないと、彼岸を渡る事になるわよ?」
「だぁがっ、妖精は死なない!よって小町ちゃんの仕事は今日も無い!」
「幽香辺りが物理的に彼岸の向こうまで殴り飛ばすって意味よ」
「……(ブルブル)」
頭を抱えてうずくまり震えだした子供に少女は口元をおさえてクスクスと笑う。この子供は太陽の畑と呼ばれる場所を根城にする妖怪に毎回こっぴどく痛めつけられ過ぎて、死んでも忘れられない程にその妖怪の恐ろしさが魂に刻まれてしまっているらしい。普段は人を困らせる傍若無人な妖精が困る姿は愛らしさすら感じる。
「さっ、馬鹿な事を考えてないで貴方は貴方の役目を果たしなさいな」
「そ、そうだったー!今日は記念すべき春の一歩。我が世の春が来た日!ヒャッハー、春が来たぜー!」
バビューン、と効果音が付きそうな勢いで飛んでいく子供を見送り、少女は黒い亀裂の隙間に身を隠す。意味ありげに春が絢爛たる光景を見やりながら。
「春は良い。朗らかで気ままで穏やかで安らかだもの。でも、ちょっと退屈だから少し楽しませて貰わないと、また眠くなっちゃうわ」
口元をおさえながら、少女は金色の瞳を細く細く光らせるのだった。
何故か脳内がこれを書く事に占拠されてしまったので勢いが止まるまでは書いていきます。