幻想郷における妖精とは自然から漏れ出るオーガニック的なものが形になったファンタジーでメルヒェンな存在である。
斬ろうが焼こうが砕け散ろうが、自然がある限り時間が経てばまたフワフワと現れる無限残機の替わりに知性を持たず、単純で悪戯好きな永遠の子供である。
「春だよっ!ミコミコ霊夢!!春が来たよー!」
「五月蝿い!」
バキン、とお祓い棒で頭を叩かれてリリーは赤い帽子を真紅に染めて直角にパタリと倒れ伏した。
「ハッ……!?」
「あ、起きた」
布団に寝かされていたリリーが目を見開くと目の前には畳に両手で頬杖をつき、こちらを覗き込む黒髪の少女が居た。
「霊夢、聞いてくれるか?俺が春を告げたと思ったら硬い鈍器で殴られたみたいな痛みと共に残機が減ったんだ」
「ふーん、柱に頭でもぶつけたんでしょ」
しらっ、と言い切る霊夢と呼ばれた少女を見ながらリリーは成る程、と頷く。
素晴らしい言語誘導を行った黒髪の少女の名前は博麗霊夢。博麗神社に一人で住む巫女である。脇が開いた斬新な紅白の巫女服が似合う少女だ。
「でもな、この神社に来ると毎回そうなるんだよ」
「ああ、頭ぶつけ易い間取りだからね」
成る程、とまた頷くリリー。
「それより、リリー」
真面目な顔で霊夢がリリーを見つめる。
目鼻立ちが整った可愛らしい顔に頭の後ろで結っている大きいリボンが似合う美少女であった。
「春の七草はしっかり生えているのかしら?」
言うと同時にグー、と腹が鳴る。博麗霊夢は美少女だった。今は腹ペコ系残念巫女である。
「霊夢の春は花より団子。そんな事も判らず春は告げられない……春の七草の全ては既に我が手中に揃っております」
出来る人物の仕草で懐から取り出すリリーに顔を輝かせる霊夢。
「完璧(パーフェクト)よ、リリー」
「感謝の極み!」
その日博麗神社では七草粥による春の訪れが告げられた。リリーと霊夢の関係は概ね、倒すとアイテムを落とす強敵(とも)と言えるものなのだ。
「ちょっとリリー、食べ過ぎよ!針ぶっ刺すわよ!」
「春の七草を食べずして春告精(はるつげせい)は名乗れないっ!ヒャッハー、七草粥だー!一つや二つじゃねぇ、全部俺のもんだー!」
博麗神社では夜遅くまで、ピチューンと言うリリーの残機が減る音が絶える事は無いのだった。
明けて朝。博麗神社の朝はゆっくりまったりと、七草粥の残りにウドンを入れた七草ウドンから始まる。
「春の朝から春の七草粥ウドン。霊夢の春は完璧に始まったな!」
「まだ、桜餅とか食べてないから始まってないわよ」
「そっか、今度人里で作って貰おう」
リリーと霊夢はちゃぶ台を挟んだ対面でウドンを啜りながら、そんな会話をするのだった。
「じゃあな、霊夢。しっかり春を始めるんだぞ!」
「はいはい、よもぎ大福食べないと春が来ないのよね」
空中に浮かび上がり元気一杯にブンブンと手を振るリリーと、それに興味無さそうに軽く手を振りながら境内の掃除を始める霊夢。
博麗神社の春は毎年、こんな感じで始まるのである。
鬱蒼とした木が連なり、障気漂う魔法の森。陰鬱なイメージのあるこの森にも春の訪れは告げられる。
「春ですよー、陰気くせぇ場所にも春が来ましたよー!いいからさっさと春らしく光度200位で春になれっつってんだよっ!!ワットでもルーメンでも良いから春を讃(たた)えろー!」
ゲシゲシと木にヤクザキックをかます妖精の赤い三角帽を被った後頭部に上からクルクルと回りながら星形に光り輝く魔力弾が落ちてきてぶつかり、ピチューン、と妖精は消滅した。
シュワシュワシュワ、と変な音を立てながら残機が減った赤い妖精、リリーは復活する。
「何だ昼前から星が落ちてきたぞ。日頃の行いかっ!?」
「日頃の行いが良いから願い事を言いやすくなるご褒美に違いないな」
叫ぶリリーの後ろにフワリ、と箒にまたがりながら降りてきたのは黒い三角帽を被り、金髪を長く伸ばしフリルのついた白いシャツの上に黒いベスト、黒いスカートの上に白いエプロンをつけた全体的に白黒な少女であった。
「おー、まりさか。相変わらずな白黒魔法使いスタイルだな。春らしくピンクを着ろ!」
「ピンクが春らしいかはよく判らんが、年中赤いお前に言われたくないんだぜ?」
「赤は俺の燃え上がる春魂の色!」
「なら私もこの格好は魔法使い魂の色だから譲れないな」
「ならば良しっ!」
相変わらずのチョロさを発揮するリリーにまりさと呼ばれた少女は楽しげに笑う。
「そう言えば霧雨のオジサンから伝言があった」
「げっ、親父からかよ。と言うかその空っぽ脳味噌でよく覚えていたな」
「霧雨のオジサンは春を告げると凄く喜んでくれるからなっ!春の新作が何とかかんとかっ!」
意味が分かってない事が丸分かりの言い切りかたである。
「はあ、相変わらずの商売人根性だぜ」
呆れた様に溜め息をつき、黒い三角帽を深く被り直す『霧雨』魔理沙。
「春になってキノコが生える家になったらぶち壊しに行く、って言ってた」
「けっ、知ったこっちゃないんだぜ?」
「大工の棟梁さんが横でメッチャ肩回してた」
「うげっ、本気かしら」
「春は良いぞー。カビとかキノコも生えるんだぞー。まりさの家にも春告げに今から行くんだぞー」
「おっ、来るなら春はお断りって張り紙しとくんだぜ」
「お断りなら仕方無いなっ!!先に他のとこに春が来ましたよー、しとくんだぜ」
魔理沙の口調が移ったリリーが飛んでいくのを見ながらまりさは
「さて、余裕が出来たから春の新作キノコを探しに行くとしますか」
忠告など一切気にせず、箒にまたがり気ままに空に浮かび上がるのだった。
リリーが魔理沙の家に突撃し、魔力弾で撃退される数日前の話であった。