パルスィという名前の女の子がいる。現実世界にいれば、高校生くらいの女の子。彼女は、人間の嫉妬心というものに深く関わる妖怪である。嫉妬とはたいそう厄介な感情であって、彼女はそれを敏感に察知して、操ることができる。すなわち人間関係を指先一つでいつでも崩壊させることができるわけである。陰惨で危険な力を持つ彼女は、何をしなくても嫌われた。そして地底に押し込められた。
地底とは、文字通りの場所だ。日の当たらぬ地下、昔は幻想郷の地獄として罪人の行き着く最果てを担っていたが、しばらく前に他の場所に新しい地獄ができて、ただの地底になってしまった。嫌われ者の地の底。彼女はその入り口で、ほとんど門番みたいなことをやっていた。もっとも、最近の異変のおかげで上と下の行き来が多少、多くなり、その役目もほぼがらんどーになってしまった。
やることが無くて暇になってしまった彼女は、それでもいつもどおりに地穴の底に立っている。光の届かない底で、光に照らされた穴淵から飛び込んでくる来客を眺めている。あまりに凛とした表情をしているので、声をかけてみる。すると、嫉妬とは無縁の人のような愛らしい笑顔で応答してくれる。
「いつも、何してるの?」
「嫉妬してるの」
いわく、明るくったって嫉妬とは切り離せないらしい。しかし、その嫉妬々々と呟く心の奥が、本当に嫉妬まみれなのか気になってしまう。横に細くとんがった耳と、緑色のエメラルドのように輝く目が特徴的な彼女は、黄色のウェーブがかったショートカットの髪をゆらして笑うのだ。穴の底から地上を眺めるときは、無表情で、何を考えているか分からなくて、それも面白いのだが、話しかけたときの屈託のない笑みは心引かれるものがある。それから数日後、僕は彼女の隣に立っていた。ぼーっと上を眺める。地の底へ観光に来た悪趣味な人(そのほとんどが妖怪である)が僕らには目もくれず飛んでいく。僕は空を飛べない。パルスィは飛べる。
「地上に嫉妬しているなら、飛んでみれば?」
「そーゆー問題じゃあないんだよ。……いつまでそこにいるの?」
「暇が潰れるまで」
パルスィは肩をすくめて、はーしょうがない、みたいな笑い方をした。ふんすと鼻息。
「ここにいても暇なんてつぶれないでしょ、どっかいきなさい」
ちっちと手をひらひら振った。しかし、どうせどこへ行っても僕はすることがないのである。暇なのである。
「つぶす手段がある」
「申してみよ」
「僕とお話しようぜ、お嬢さん」
「いやだ、お嬢さんだなんて、嫉妬しちゃうわ」
両手で頬を抑えて、頭をぶんぶんふるパルスィ。かわいいけど、それって照れるポーズじゃないの?
「でも、お断り。ざーんねーんねー」
断られた。だがしかし、
「こうやって話をしている時点で、君は僕のじゅっちゅーさ」
「なん……だと……」
「月島さんのおかげだ」
「おかげかー」
パルスィは、とてもノリがいい女の子だと知った。
ここで、僕のことにも少し触れておく。僕は、十七歳、元高校二年生である。ある日、箪笥の奥にしまった洋服を取ろうとして、そのまま中に落ちてしまい、幻想郷という、今はもう目にすることのできない妖怪が蔓延る世界へと放り出されてしまった少年である。異世界系ライトノベルの主人公である。その異世界でしばらく生活し、慣れてきたところで、「地底」という地下世界に生活の場を移し、パルスィという女の子を知って一ヶ月といったところである。以上。
僕は、毎日パルスィに会いにでかけるようになった。穴底まで出向いて、パルスィを探す。これが日課になってから、パルスィは実はいつもここに来ているわけじゃないと知った。彼女が来る頻度は、およそ週に四日ほど。そのうち家の場所を聞いてみようかな。
岩陰に座って本を読んでいると、パルスィの姿が見えた。視線が下を向いているので、僕に気づいていない。一人のパルスィは根暗っぽい印象を受ける。
「やあ」
右手を挙げて挨拶する。僕に気づいて、パルスィは露骨に、しかし小さく、溜息をついてみせた。
「いつも、何してるの?」
そう言いながらパルスィは僕の隣に座った。二人の距離の概算は三十センチメートル。いや、四十かな?ワカンネ。
「パルスィに会いにきてるのさ」
「暇人。それとも自殺志願者の類でしょうか?」
その能力があれば、人生なんていくらでも狂わせられるのでしょうね。
「違うよ!ただ、君の事を愛しているだけさ!」
演劇チックに言ってみる。
「て、照れちゃうじゃない。そんなこと……言われると……」
熱っぽい声は、心から言ってるようにみえる迫真の演技。そそる。しかし、彼女の表情は白けきっている。
「それで?本当のところはどうなの?」
白い視線が、僕に突き刺さる。
「本当に会いにきているだけだよ。パルスィと話してると楽しいからさ、」
「くどき文句のバーゲンセールですな。やっすいやっすい」
「今がお買い得ですよ!おくさん。なんとこちら、先月と比べて七十パーセントオォフ!」
「あら、本当。どうしよう、買いすぎちゃうわ」
きゃっきゃうふふ。
「ところで、あんた、名前なんて言うんだっけ」
「え、知らなかったの?言わなかったっけ?」
「言われてもないし、私も名乗った覚えもないし」
いかん、ストーカーと思れそうだ。
「ストーカーかと思って警戒してるんだけど」
!
「これはこれは、失礼いたしました。わたくし、王城舞太郎と申します」
「オウジョウマイタロウ?」
「そうそう。王の城で舞ってる太郎クンだよ。あロウは月じゃない方ね」
アナグラムすれば、僕の大好きな作家の名前になるので、自分でも気に入っている名前だ。しかし、幻想郷に来てしまっては、そういうものも読めないとあって、失意の中に沈んだこともあった。
「で、太郎クンはどうして私のことを知ってたの?」
「紅白巫女に聞いたよ。嫉妬に狂った鬼女がいるって」
紅白巫女というのは、僕が地上にいたときにしばらくお世話になった女の子である。紅白の巫女服を着ている巫女なので、紅白巫女だ。シビアに見えて優しい女の子だった。有名人である。
「じゃあなんで、その鬼女に会いにきたの?」
「興味もっちゃって」
てへぺろ!っと舌をだして、首をかしげて、頭にこつんとグーを当てると、パルスィが辟易顔になった。
「持たなくてよかったのに。変人の相手は疲れるわ」
「そーお?」
「そーお。じゃ、帰る」
ありゃ。気分を害してしまったか。
「もう、来ないと思うから」
パルスィは僕に背中を向けて立っていた。風に特徴的な服の袖が靡く。スカートも靡く。中は見えないな。暗い中で、背中に影が差して余計に暗く見えるので、心がざわついた。僕はパルスィがここに来ていた理由を知らない。僕が何を邪魔したのか分からない。度々話していた限りでは、パルスィは僕のことをそれほど邪険にしていたようには思えないのだが。やっぱり嫌われてたのだろうか。むむむ。
「じゃ」と短く呟いて、右手を一度挙げて、パルスィは歩いていった。僕は取り残されて、しばらく穴の見えない淵を眺めていた。
明け方、私の頭の中に住む天使が、「そういえばハーメルンに投稿してるのに、二次創作書いてないよね」と囁いたんで書きました。ノープランです。あとパルスィかわいいですね。
この小説は、荒地の自称鬼才、九千円がお送りいたします。