それから一週間、パルスィは地底入り口に姿を現さなかった。もしかしてパルスィに嫌われたのだろうか。僕は原因について思案する。やっぱり鬼女って言ったのがいけなかったのか?僕とパルスィが言葉を交わし始めてから、指折り数えて三週間ほど経っているが、その間、そーゆー軽口はいくらか投げ合った覚えがある。パルスィも特に気にしていた様子は無かった。いやいや、しかししかし、よくよく考えてみると、僕はその三週間の間、名乗っていなかったわけだ。不審者とキャッチボールする軽口は心地いいものじゃないかもしれない。むむむ。ふむむむむ。しばらく唸って考えて、考えたって仕方がないと結論した。僕はパルスィじゃないので、パルスィの考えてることは分からん。直接聞くに限る。パルスィについてはいろいろ謎がある。もし嫌われていたって、その辺を解き明かしておかねば寝れぬ。寝るけど。結局、話をすることが必要だ。
僕は旧地獄の端っこにある民家の四畳半の真ん中で、すくっと立ち上がった。地底に引っ越してきてからお世話になっている下宿である。紺色の甚平の上に少し褪せた朱色の羽織をふぁさり。幻想郷は和服が主だ。洋服も結構見かけるが、安く衣服をそろえようとすると和に行き着く。現代っ子だった僕にはそれが新鮮で、一ヶ月以上経って少し慣れてきたが、なかなか楽しい。服だけで楽しい。
下宿の主人に手を振って挨拶して、下駄履いてからんころん、さあ向かうはパルスィの家である。むろん、住所はご存じない。パルスィの知り合いというのにも会ったことがない。そこから調べることにする。少々面倒くさい手段を講じてみるか。僕にとっては懐かしいものとなった、刑事ドラマの真似事をしてみよう。聞き込みだ。では、適当にアタリをつけて。地底の中心に聳え立つ巨大な洋館。地霊殿と呼ばれている屋敷。そこには、人を寄せ付けない変わり者の妖怪が住んでいるんだとか。紅白巫女から地底についてのレクチャーを受けたとき、何かあったら、地霊殿に行っておけと言われたので、行くことにする。気味悪い主人だが、使えなくはないそうだ。
しばらくとてとて歩いて、屋敷までやってきた。長かった。夏だというのに地底は冷える。少し薄着だったと後悔した。ノックしてもしも~し。誰も出てこないので、ドアノブに手をかけると、何のつっかかりも無く半回転してしまった。泥棒など警戒しないのだろうか。しないということは好きにしろということだろう。では、お宝の一つや二ついただいていこうかなげへへ。僕は無遠慮に屋敷にお邪魔した。
「お邪魔しまーす」
返事が無い。広い屋敷に僕の声がむなしく響いた。
「宅配便でーす」
返事が無い。ふむ?誰もいないのかな。そのままずかずか進んで、扉を開けて奥に進む。でもやっぱり誰か居るはずだろうと思って声に出してみた。
「泥棒でーす。ぐへへへへ」
「にゃんだって、成敗してくれる!」
あ、変なのが来た。にゃんだって、なんてわざとらしい猫言葉を使って、僕の目の前に躍り出てきたのは、赤毛に黒い猫耳を生やした女の子だった。両腕と両手首をアルファベットのZみたいに曲げ、右手は頭の横で握って、左手は顎の高さで握って、猫のポーズ。八重歯をチラッと見せる笑顔。黒のゴスロリっぽい服装とあわせて、あざとい。
「ややや、すとっぷしーふ!おっと僕のことだったか」
「にゃんだいにゃんだい、この地霊殿に泥棒だなんて、度胸ある!」
にゃんにゃん少女は手を開いて、爪をむき出した。きゃー。
「待ってくだせえ、猫のダンナァ、おいら別に泥棒しにきたわけじゃあないんです」
「ほほう?ホントかにゃ?」
「本当ですとも。あっしの目を見てくだせえ。これが罪を犯す人間の目に見えますかい?」
爪を立てられて少し怖いけれども、一歩近付いて目を見せる。
「知らにゃい」
ぎゃふん。
「ぬぬぬ。それならば、泥棒でも構わない!私には自分の身以上に大切な用事があります。そのために参った次第でござそうろー!」
「みょーしてみよ!」
そのちっちゃい「よ」は無理してるだろ。
「ははー。ワタクシメは、このやんごとなき地霊殿の当主にあらせられるやんごとなき、えーと、さとりん?様?に用向きがございまして」
「さとりんとは私ぞ」
猫はふんぞり返って胸を張った。
「ダウト。紅白巫女いわく、さとりん様は言葉要らずのはずだぜ」
「バレたか。ん?お姉さんの知り合いかな?」
巫女のことかな。
「そうだよー」
「ふむふむ。なるほどそんな匂いがしてたよ」
溢れ出る変人スメルかな。巫女に殺されるか。
「しかしお生憎様。さとり様は所用でお留守なのさ。取り次ごうか?」
「そこまで重たい用じゃないから、遠慮しておくかな。むしろ、猫さん、」
「お燐とお呼び」
猫猫少女はまた胸を張って見せた。
「お燐さん、あなたでもいいかな。最近まで、地底の入り口に入り浸ってた橋姫を知ってる?」
「パルスィちゃんだっけ?知ってるよ」
よかったよかった。せっかくだしちょっと突っ込んだ質問してみるか。
「彼女がどこに行ったか知らないか?」
「知らないなー」
仕方ないね。そこまで望んじゃいなかったし。
「彼女の住所って分かる?」
お燐は眉間に小さく皺を寄せた。住所って聞いちゃまずかったか?いや、住所なんて言葉がまずかったのかな。そういう言い方は幻想郷に普及していない可能性があったりなかったり。少し考えて、また口を開こうとしたとき、お燐は明確に戦闘態勢をとった。カンフーを真似てみましたというような格好だ。これはいかに。
「アーユーストォカア?」
「なんだと」
「そうでなくったって、お兄さん!ここは幻想郷!の一部。弾幕張らなくっちゃあ答えは得られないよ」
マジでか。一声止める間もなく、お燐が後ろに宙返りをして、僕から十数メートル距離をとった。手を横に払うと、そこから色鮮やかな光球が現れ、こっちに向かってきた。
幻想郷にはルールがある。力の強い妖怪がはびこる幻想郷で争いごとが起きたとき、死者を出さないためのルールだ。スペルカードと呼ばれる、所有者が名前をつけた弾幕を放ち、それで決闘するというもの。弾幕が一度全て避けきられると、そのスペルカードは終わり。所有する全てのカードが避けられたら負け。妖怪たちにとって、それは遊びであるらしい。むろん僕は人間だ。このスペルカードルールにのっとって妖怪をどんどん退治する人間もいるらしいが、僕はそんなことはない。真っ直ぐに発射されたものが、僕のみぞおちの辺りに当たって小さくうめき声がもれた。それからさらに何発か食らって、僕は倒れ伏してしまった。
文体がさらに砕けてきた気がする。パルスィがでてないぱる。