ある日、ティアナは報告書をはやてに届けるため部隊長室の前にやってきていた。しかし、部隊長室に入ろうとしたところで、部隊長室から会話が漏れ聞こえてくる。
「それでな、ここのところずっと逃げられっぱなしや」
「でも、八神部隊長。 上手くいくでしょうか?」
「私やなのはでも無理だったし、たぶんはやてでも……」
事件の犯人についての会話だとティアナは思った。中にいるのは八神部隊長にフェイト隊長、それにシャーリーだろう。執務官として事件の全貌を解き明かそうとするフェイトと部隊長であるはやては、よく打ち合わせをしている。
また、シャーリーも執務官補佐としてフェイトに同行することが多いため、この三人が揃っていることは珍しいことではなかった。
しかし、隊長陣でも捕らえられないとは、3人の会話の話題に上っている犯人はかなりの手練のようだ。この打ち合わせはその犯人をいかにして捕らえるかという相談なのだろう。
そのような重要な話題を途切れさせるわけにはいかないと、ノックしようとしていたティアナの手が、ドアに触れる前に止まる。
「そろそろ新しい情報を仕入れなこっちも手詰まりになってしまうからな。 なんとしても捕まえなあかん」
「でも、私もなのはもはやても隊舎を離れていることが多いし……」
「その場合私もほとんどフェイトさんに付いていってますしね。 隊舎に顔を出してくれれば、私でも足止めぐらいはできると思うんですが」
「せやねん、できれば直接会って話を聞かせてもらいたいんやけどな……。 っとティアナ入ってもええよ」
いつの間に気が付いていたのか、会話が途切れたところで外にいるティアナに、はやてが声を掛けた。その声を聞いて部隊長室の扉が開く。
「気づいてらっしゃったんですか?」
「まぁ、途中からな」
「すみません、立ち聞きするような形になってしまって」
「気にせんでええよ。気ぃ使ってくれたんやろ?」
「えぇ、報告書を届けにきたのですが、重要な話をしてらっしゃったようなので。 それにしても部隊長たちが追っているのはそんなに厄介な人なんですか?」
はやてに報告書を手渡しながら、先ほど話題に対してティアナが話を切り出した。
「あぁ、さっきの話か? せやな、私たちじゃなかなか捕まえられなくてな。 近いうちにここに顔を出すかもっていう話はあるんやけど、私もフェイトちゃんも本局に顔ださなあかんし、なのはちゃんも訓練で隊舎を離れとることが多いし、どうしようかなって相談してたとこや」
「それでしたら、私とスバルが来客のチェックと、周辺の見回りをしますよ。 明日はデスクワークのみなので」
「そうなん?」
ティアナの提案を聞いて、はやては側で聞いていたフェイトを見やる。
「うん、明日はスターズの二人がデスクワークで、ライトニングの二人がなのはと訓練になってる。 スターズの二人にはギンガへの六課の案内もお願いしてるよ」
「そっか、ギンガは昨日初日から訓練で、六課のルールの説明とかしとらんかったもんな」
「えぇ、明日は時間に余裕もあるので見回りもできますし、来客がくれば私が対応するようにしますので」
「ほんなら、お願いしようかな。 でもそんな見回りまでせんでもええで、近いうちってだけやからほんまに明日来るかもわからへんし……」
「えっ、でも何か重要な情報を握っている人なんですよね?」
「まぁ、できれば捕まえて直接話を聞きたいんやけど、そう簡単においそれと拘束できる人とちゃうしなぁ」
(八神部隊長が簡単に拘束できないって……)
はやては管理局基準で総合SSランクである。はやてが簡単に拘束できないということが事実であれば相手もオーバーS、ニアSランクに近い実力を持っていることになる。
悪い予感が頭をよぎる。隊長たちが苦戦する相手に自分が太刀打ちできるだろうか。隊長たちの不在時に六課を襲撃されてしまうと、戦力に不安がある。しかし、犯人の拘束はできなくてもせめて足止めだけでもしなくてはならない。
そのためには情報が必要だ。相手はどんな実力を持っていて、何を目的としているのか、時間を稼ぐためには交渉も有効だ。相手に『簡単には目的が達成できない』そう思わせるだけでも時間を稼げる。ティアナはそんなことを考えながらはやてから相手の情報を得るための質問を飛ばした。
「そもそも、その人はなぜ自分のほうから、のこのこと六課の隊舎にやってくるんですか」
「うーん、たぶん六課全体と隊長達の様子見とちゃうかな」
「つまり、八神部隊長がその人から情報を得たいように、向こうもこちらの情報を伺いに来るわけですね」
「まぁ、そかな」
「それで、その人の特徴は?」
「特徴? えーっとリボンで束ねてる長い金髪に、背ぇはフェイトちゃんよりちょっと高いくらいで、あと、中性的な顔立ちでメガネをかけとるな」
「リボンで束ねた長い金髪に……メガネ、ですね。戦闘能力の方は?」
「戦闘能力? なんでそんなこと聞くん?」
「犯人が拘束を逃れようとして、交戦状態になるかもしれませんので」
「犯人? ……あー、ふふっ、そうかそうか、なるほどな」
犯人という言葉を聞いた時、はやての雰囲気が変わった。笑顔を貼り付け、片側の口角がごくわずかに上がる。しかし、はやてはあくまでも部隊長。ティアナに簡単に表情や考えを読ませるヘマはしない。
「……何がなるほどなんですか?」
「いや、なんでもあらへん、こっちの話や。 コホン、で、相手の戦闘能力やったな。 基本的には一般市民と変わらへん。 たぶんやけど、接触することさえできれば魔力のないシャーリーでも確保できると思う。 そのへんどないや? シャーリー」
嘘くさい咳払いとともに話を変えたはやては、シャーリーに振り返る。
「えぇ、先ほど足止めくらいはと言いましたけど、頑張れば捕まえることもできると思いますよ」
「というわけや」
なにやら、若干笑いをこらえているような、にやにやしているような顔でシャーリーが答えたが、ティアナはそんなシャーリーの表情の機微には気が付かなかったようだ。
「でもさっき、八神部隊長やフェイトさんでも難しいと」
「あぁ、その難しいゆうんはあれやな、そもそも対象に接触するのが難しいんよ。 対象は基本的にアジトから動かへん。 動いたとしても短期間やからこっちが自由に動けるときでないと対応できんのよ」
「なるほど、捕まえるのが難しいというのは戦闘能力の話ではなく、時間的な話なんですね。 それなら私でも犯人を捉えられそうです」
はやての話からオーバーSを相手にするわけではないと確認できてティアナは安心したようだったが、そんな会話を傍で聞いていたフェイトの頭には疑問が生じ始めていた。
「……ねぇ、シャーリー。」
「なんです? フェイトさん」
「ティアナ、なんか勘違いしてない?」
「そうですか? 私には普通の会話に聞こえますけど」
「そんなはずないよ! だってさっきからユーノこと犯人っt『オホン!!』」
フェイトの声が少々大きくなり始めたところで、先ほどよりも一層わざとらしいはやての咳払いがその声をさえぎった。
「ではティアナ・ランスター二等陸士」
「はい!!」
普段、命令を発する際の口調になったはやての声に、敬礼をもってティアナが返答する。
「明日、その人物が現れたら、全力をもって確保、または足止めを頼むで。 それと、重要参考人やからな対象は身体的に無傷で確保すること。 魔力の使用は許可するけど、非殺傷設定は絶対にはずしたらあかんよ」
「え? あの、はやて?」
「それとな、この件についてやけど。 なるべく内密にな」
「えっと、それはなぜです? 六課全体で厳戒態勢を敷いたほうがよいのでは?」
「対象は別にここを攻撃しようとしてるんとちゃうからな。 いつ来るかもわからん相手に全体で厳戒態勢なんて敷いたら本当にやばい時に対応できひんよ。 その辺ティアナならうまく切り替えできるやろ?」
「はい、心得ました」
「では改めて、明日私がいない間、六課のこと頼んだで」
「了解しました。 明日は警戒態勢にて待機、犯人が現れたら極力無傷で確保あるいは足止めをいたします。 では、失礼いたします」
「よろしゅうな~」
自分の決意とは裏腹に、やたらと緊張感のないはやての見送りをうけて、ティアナは足早に隊長室を去っていった―――
「はやて! 犯人って、ティアナなんか勘違いしてない?」
「してるやろなぁ」
「知ってて訂正しなかったの!?」
「だって、そっちのほうが面白そうやし」
「そんな! もしティアナとユーノが戦うことになってどっちかが怪我でもしたら……」
「まぁまぁフェイトちゃん、ちゃんと無傷で確保するようにゆうといたし、大丈夫やって」
「でもやっぱり、明日来るかも知れないのは別に何かの事件の犯人じゃないってティアナにちゃんと教えたほうが……」
「いやー、でもティアナもう行ってもうたし」
「それなら、私がちゃんと伝えてくるから」
「ほらほらフェイトさん、私たちはそろそろ本局に向かう時間ですよ。 これ以上遅くなると先方を待たせてしまいます」
「あ、ちょっとシャーリー!!」
のらりくらりと回答するはやてに食い下がっていたフェイトであったが、まさに暖簾に腕押し。
執務官補佐から部隊長補佐へと寝返っているシャーリーにぐいぐいと背中を押され、寄り切られた。
本当は時間にはかなり余裕があるのだが……。
「では、部隊長。 結果、後で教えてくださいね。」
「うん、楽しみにしとってや、といいたいところなんやけど明日は私もここにはおらんからなぁ」
「そうでしたね。じゃあ、アルト達にでも聞くことにしましょう」
「せやな」
「では、改めて失礼します。」
「ほな、気ぃつけてな」
出口のところではやてと二言三言言葉を交わし、シャーリーはフェイトの背中を押しながら部隊長室を後にした。
二人が退出した後に閉じた扉からは
「ちょっと!シャーリー。 そんなに押さなくても、ちゃんと自分で歩くから~」
というフェイトの声が漏れ聞こえた……。