「えっと、この建物であってるのかな?」
機動六課の隊舎の前で、中を覗き込みながらぼそぼそと独り言を言っている怪しげな男が一人。
リボンで束ねている長い金髪に、フェイトより少し高い身長の中性的な顔立ちでメガネをかけた男だった。
「受付とかないみたいだし、勝手に入っちゃって大丈夫なのかな?」
「思いつきで休みを取って来ちゃったけど、やっぱり事前に連絡を入れるべきだったかな?」
「うーん、どこが隊長室かもわからないし、かといって無許可でうろうろするのもなぁ」
「誰か通りかかってくれれば、聞けるんだけど」
ぶつくさと独り言を続けながら、誰かいないものかと首を左右に振ってみる。
隊舎の入り口からは舗装された道が続いており、その先に六課の寮と思われる建物があった。
ふと見るとコツコツという靴音を奏で、長い青い髪を揺らしながらその道を歩いてくる一人の女性が見えた。
残念ながら見知った顔ではない。
こちらに向かってくるということは六課の隊舎に入るのだろう。
かつ、彼女は管理局地上部隊の制服を着用しており十中八九六課の隊員のはずである。
「すみません」
「はい?」
「あの、機動六課の方ですよね。 八神部隊長にお会いしたいんですが、隊舎に入る際に何か手続きは必要でしょうか?」
「えっと、あの。 しょ、少々お待ちください。 すみません私昨日こちらに出向してきたばかりで、わかる者を呼んで参ります」
突然男に声をかけられた女性は少し驚いた様子を見せた。
彼女も勝手がわからないようで周りに知り合いがいないかとキョロキョロと当たりを見回す。
ちょうどそのとき隊舎の入り口が開いた。
「あ、ルキノさん!」
「ギンガさん? どうかしました?」
ルキノを見つけたギンガは手を挙げながらルキノの方へ駆け寄った。
「お客さんみたいなんだけど、隊舎に入る際に何か手続きがいるのかしら?」
大きな組織では大抵言えることだが、部署が違えば勝手が違う。
陸士108部隊から出向してきたギンガは、昨日簡単な説明を受けただけで、六課における詳細なルールを把握できておらず、運よく通りかかったルキノに助けを求めた。
「お客さんが局員であればIDを確認して、それ以外の人は身分証を確認させてもらっています。 あと、局員でない場合には念のためその人を一人にしないようにしてます。 どなたへのお客さんですか?」
「八神部隊長に会いに来たって言っていたけど」
「部隊長は今日は本局だったはずですけど、局員の人でしたか?」
「ううん、制服じゃなかったし、たぶん一般の人だと思うんだけど」
「そうですか、じゃあ行きましょう。 私も一緒に応対します」
「ごめんね、お願い」
「いえ、本来こういうのはバックヤードの仕事ですから。 あ、ギンガさんお仕事あるなら私だけでもいいですよ」
「ううん、今日はもう用事はないから、私も六課の仕事に慣れなきゃいけないし、一緒に行かせて」
「はい、じゃあ行きましょう」
機動六課の玄関口で手持ち無沙汰にしている男の方へ、ルキノとギンガが戻ってきた。
階級上の立場は逆であるが、お手本を見せるためルキノが前に出て、ギンガがそれに付き従う形になっている。
「お待たせいたしました、機動六課ロングアーチのルキノ・リリエと申します」
「すみません、わざわざ」
「いえ、本日は八神に御用事とのことですが、あいにく八神は本日本局に出張しておりまして、こちらには不在となっております。 事前にお約束されていましたら、別のものが言伝を受けていないか確認して参りますが」
「あぁ、いえ。 アポなしで来たもので……。 そっか、いないのか。 それじゃあ高町隊長か、ハラオウン隊長はいらっしゃいますか?」
「高町は訓練中なので、訓練場から戻るのは早くても午後4時になってしまうかと、ハラオウンは八神とは別件で本局へ出張となっております」
「そうですか、それならヴィータは……副隊長だったかな? ヴィータ副隊長かシグナム副隊長はいらっしゃいますか?」
「えっと、ヴィータおよび、シグナムは地上本部へ出張しております」
隊長たちが不在なのは自分のせいではないのに、ルキノの眉は八の字へと下がっていく。
「そうですか、間が悪いときに来ちゃったかな」
(そうなると、残るはシャマル先生かザフィーラだけど……)
男は思い当たる残り二人が隊舎にいることを祈りつつ、二人が隊舎にいるかを尋ねてみた。
「シャマル先生かザフィーラはどうでしょうか?」
「シャマルも本局の医療局に出ておりまして……、ザフィーラはおりますが……」
「あぁ、よかった。 ザフィーラはいるんですね」
やっと不在ではない知り合いが見つかり男はホッと一息つく。
「えぇ、おりますが、ご用件を賜るのはザフィーラでも良いのでしょうか?」
男が安堵の表情を浮かべたのとは裏腹に、ルキノは何か引っかかったのか眉間にしわを寄せた。
「えぇ、ザフィーラで構わないですが、何か問題がありましたか? あっ仕事中とか?」
「いえ仕事ではないのですが、本当にザフィーラで良いのかと」
男がそう言うがルキノの表情は晴れない。
しかし、『人』を呼んで欲しいという単純なことの何がルキノに引っかかっているのか男にはさっぱりわからない。
「えぇ、問題ないと思いますが」
ルキノの引っかかっていることはわからなかったが、このままでは話も進まず男はザフィーラを呼ぶようルキノを促した。
―――が。
「えっと、大変申し上げにくいのですがザフィーラは ――犬ですよ?」
「えっ」
「えっ」
時間が止まった。
「あー!! そうでしたね、そうでした。 勘違いしてたなー。 そうそう、ザフィーラはただの犬でしたね犬。 犬に用事頼んでもしょうがないですよね。 何言ってるんだろうなぁ僕は。 あは、あはは」
誤魔化すためか、恥ずかしさを隠すためか、男は自分にも言い聞かせるように早口でまくし立てる。
しかし、その動揺は全く隠し切れていない。
(あっぶなー、ザフィーラって六課では喋ったりできないことになってるのっ!? なんでっ!?)
ザフィーラは六課では基本的に喋らない。
普段からの無口な性格もあるが、いざというときに組織に縛られない遊撃行動が取れるようにするため、普段はただの賢い犬として振舞っている。
そのため、エリオやキャロですら最近までザフィーラが喋れることを知らなかったし、二人よりもザフィーラと付き合いの浅いルキノとギンガもザフィーラのことをただの賢い大きな犬だと思っている。
そんなことを知らない男は、機動六課の隊長達が意図的にザフィーラがただの犬ではないことを秘密にしているのだと勘違いした。(実際はそんなことないのだが)
そのため自分が重要な秘密を漏らしかけたことに焦った。
(しかし、ザフィーラにも頼めないとなると……困ったな)
あてがなくなってしまった男は後頭部をポリポリと掻いた。
知り合いが全員不在。 こんな事態は想定していなかった。
しかし、用件はできれば信頼の置ける人物に直接会って果たしたい。
「すみません、隊長たちのどなたかが戻られるまで、待たせて頂くことってできます?」
「はい、構いませんが、お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、名前はユーノ・スクライアと申します。 用件は八神部隊長への届け物です」
「届け物……ですか。 あ、あと何か身分を証明できるものはありますか?」
「あぁ、はい。 局員IDでいいですよね」
内ポケットに手を入れる。
見つからない。
腰ポケットに手を入れる。
見つからない。
サイドポケットに手を入れる。
見つからない。
ヒップポケットに手を入れる。
見つからない。
――どこにもなかった。
「あれっ? ない! しまったなぁ、家に置いてきちゃったか」
「そうなんですか? えっと他に何か、身分証はお持ちですか」
「……いえ、ありません」
「あの、大変申し訳ありませんが身分を確認できるものがない場合には、ご退去いただく規則になっておりまして」
身分の確認できない者を機密の多い隊舎に入場させるわけにはいかない。
機動六課だけでなく、管理局全体にも及ぶ当然の規則であるが、ルキノはますます申し訳無さそうな顔になる。
「そうですよね、すみません。 一旦家に戻って―――」
「あれ? ルキノにギンガさん、なにしてるんですか?」
隊舎で待たせてもらうという選択肢もなくなり、男が諦めて一旦帰ろうとしたところで横から明るい声がかかった。
見ると隊舎の扉からショートカットの女性が出てきたところだった。
「あ、アルト、八神部隊長にお客さんなんだけど、身分証を持っていないみたいで……」
「それで?」
「それで、身分証を持ってないと隊舎に入れないのでどうしようかと」
「隊舎に入るのに身分証っているの?」
「それはいるでしょ、どこの誰だかわからない人を入れるわけには行かないんだから」
「でも、ヴィヴィオもザフィーラもそんなの持ってないよね」
アルトはあっけらかんとそう言うが、ヴィヴィオは子供であり、なのはの被保護者という強力なコネもある。
また、ザフィーラが常に人間形態でいる場合には、身分証も必要になろうが今のザフィーラは外見上は犬である。
彼らの出入りは六課隊員の間ではすでに暗黙の了解となってしまっている。
「ヴィヴィオは子供だし、ザフィーラは犬じゃない。 それに二人?とも身分は保証されてるし」
「身分が保証できればいいんだったら、こちらの―――」
「あ、ユーノ・スクライアです」
「スクライアさんのことを知っている人が、六課にいればいいんじゃない?」
「それが、ユーノさんは隊長たちの知り合いの方みたいなんだけど、今日は皆さん外出中で……」
それはルキノも一回考えたが、知り合い全員不在であればどうしようもない。
「隊長たちの知り合いなら、グリフィスさんかシャーリーさんならわかるんじゃない? 私ちょっと連れてくるよ」
言うが早いかアルトはすぐに駆け出した。
「え? ちょ、ちょっとアルト!! ……行っちゃった。 すみませんユーノさん、ギンガさんも」
「いえ、僕はいいんですけど。 元気な方ですね」
「普段は真面目なんですが、ちょっと後先考えず突っ走ってしまうところがあるみたいで、この間も隊長達のだれが強いかでちょっとした騒ぎを……。 ところで、グリフィスさんとシャーリーさんは、八神部隊長とハラオウン隊長とよく行動しているんですが、ユーノさん自身はご存知ですか?」
「えっと、フィニーノさんとは何度かお会いしたことがありますけど。グリフィスさんとは面識がないですね」
「そうですか、ではアルトがシャーリーさんを連れてくることを期待しましょう」
「すみません、僕がIDを忘れたばっかりにご迷惑おかけしてしまって」
「い、いえ、お気になさらず」
ユーノとルキノの間に若干気まずい空気が流れると、助け舟を出すかのようにギンガから質問が入った。
「ユーノさん、八神部隊長にお届けものとのことですが、何を持っていらしたんですか?」
「あぁ、これです」
「メモリーカード……ですか? 中身は?」
「すみません。 一応機密なので、お答えできないんです」
「あ、こちらこそ不躾な質問をしてしまい申し訳ありません」
「あの、ユーノさんのご用件がそちらを八神部隊長に渡すだけでしたら、私たちにお預けいただければ部隊長に渡しておきますけど」
「うーん、久しぶりに直接会いたかったけど……仕方ないか」
そういってユーノは魔法陣を展開し、第三者が勝手に情報を見ることができないように持っていたメモリーカードにロックを施す。
こうすることで何者かが不正入手した場合に中の情報を見せない、あるいは偽の情報をつかませることが可能になる。
「すみません、信用していないわけじゃないんですけど」
「いえ、当然だと思います」
「では、八神部隊長が戻られたらこれを渡していただけますか? ロックの解除方法は別途連絡を入れますと伝えてください」
ユーノがメモリーをギンガに手渡そうとしたところで、再び明るい声が隊舎の前に響いた。
声の主の右手には、引きずられるように左手を引かれる男性が。
「ルキノー、グリフィスさん連れてきたよー」
「アルト、本当に連れてきたの?」
「うん、シャーリーさんはいなかったんだけど、グリフィスさんはいたから」
「えっと、アルトに無理やり連れてこられたんですが、何かあったんですか?」
アルトが連れてきたのはユーノと知り合いのシャーリーではなく、残念ながらグリフィスだった。制止を聞かず飛び出したアルトは、特に説明もせずグリフィスを連れ出したのか、アルトに手を引かれたままのグリフィスは困惑顔だ。
「八神部隊長にお客さんなんですが、身分証を忘れてしまったらしくて、それで隊長たちのお知り合いの方らしいのでグリフィスさんなら知ってらっしゃるんじゃないかと」
「あなたがそうですか?」
「はい、ユーノ・スクライアと申します。 ご足労いただいて申し訳ないのですが、グリフィスさんとは初対面ですよね?」
「そうですね、僕もお役に立てそうにありません」
「そっかー、残念」
せっかく連れてきたのにーとアルトが口を少し尖らせる。
「でも、ユーノさん……ですか。 どこかでその名前を聞いたような」
「あっ、それ私も思いました、絶対どこかで聞いたことあります」
尖らせていた口を戻したアルトが同意する声をあげた。
聞き覚えがある、どこで聞いたのか……そんなに昔ではないはずだ。
グリフィスが顎に手を当て、記憶を辿るが思い出せない。
「うーん、でも顔を知らなければ本人と確認できないし」
「そうだ!! グリフィスさんのお母さんって人事部のロウラン提督ですよね。 連絡してユーノさんの所属を確認してもらうのはどうでしょう?」
「あ、いえそこまでしていただかなくても、最低限の用事はもう済みましたし」
自分の不手際から話が膨らみ、ついに提督の名前まで出てきてしまった。
こんなことで忙しい提督の手を煩わせるのは流石に気が引けるとユーノは断りを入れた。
「そうなんですか?」
「はい、このデータを届けに来て、あと隊長たちがいれば久しぶりに直接会おうかなと思っただけですから」
「隊長たち……そうだ! 隊長たちだ!」
目を見開いて、ポンとアルトが手を打つ。
「どうしたのアルト?」
「ユーノっていう名前、どこかで聞いたことがあると思ったら隊長たちだよ。 食堂とかで話してるときにたまに名前がでてるじゃん『ユーノ君』って」
「そういわれてみれば。 なのはさんとフェイトさんが話してるときにたまに聞くかも」
「うーん、僕はあんまりピンとこないけど、ルキノもそういうなら……ちょっと母に確認してみますね」
ルキノの同意がトリガーになったことに『ちょっと、なんで私だけだとダメなんですか』と後ろから聞こえる文句を聞き流し、グリフィスが端末からレティにつなぐ。
「はい、こちらレティ・ロウラン、どうしたのグリフィス仕事中に」
「お仕事中すみません、提督。 今、六課にユーノさんという方がいらっしゃっているのですが、身分証をお持ちでないようなので隊舎に通せなくて。 人事部の方で局員として登録されているか確認していただきたいのですが」
「ユーノって、ユーノ・スクライア?」
「そうですが、母さ……提督のお知り合いですか?」
「えぇ、ちょっと顔を映してもらえる?」
グリフィスが半歩立ち位置をずらし画面を空け、そこにユーノが割って入る。
「すみません、レティ提督。 ちょっとIDを忘れてしまって」
「まったく、またあなた絡みなのね」
「僕絡みって、僕最近何かしましたっけ?」
「あなたが直接何かしたわけじゃないわ。 前にあなたを訪ねて本局に来た子がいたでしょ。 確かスバルとかいう―――」
「あぁ、あの時」
そういえば、レティ提督に試されたと言ってたなと、ユーノは以前スバルが無限書庫を訪ねてきたときのことを思い出した。
「ま、その話はどうでもいいわ。 グリフィス、ユーノ君なら問題無いわ。 通してあげなさい」
「はい、お手数おかけしました」
「気にしないでいいわ。 じゃ、仕事がんばりなさい」
そう言い残してレティはグリフィスとの通信を切った。
レティからスバルの話があがり、ユーノはスバルも六課所属だったことに思い当たった。
「そういえば、ナカジマさんも六課だったか」
「はい?」
「?」
「?」
首を傾けながらユーノとギンガが互いを見つめあう。
スバルのことを言ったのに、なぜギンガがこちら向くのか。
お互い何も言わずに幾秒か。 瞬きを数回じっと見る。
「あの、いま呼びましたか?」
「ギンガさんのことを? いえ、呼んでないですよ」
「でも今、ナカジマと」
「えっ! ギンガさんナカジマっていうんですか?」
「はい、ギンガ・ナカジマです」
「あれっ? ということはひょっとしてスバル・ナカジマって」
「スバルは私の妹です」
「あー、そうなんですね」
そういえば髪色も同じだし、ギンガのほうが落ち着いた雰囲気だがどことなく表情も似ている。
言われてみれば確かにと、ユーノが感心した声を上げる。
「ユーノさんスバルのこと知っているんですか?」
その様子を見ていたアルトから意外そうな声が上がった。
「はい、前にナカジマさん……ってスバルさんの方ですね。 が、本局に来た時に仕事を手伝ってくれて、その時に知り合ったんです」
「それでしたら、仰っていただければスバルでもよかったですね。 今日はデスクワークで隊舎にいるはずですので」
「すみません、今日は隊長達に会うつもりで来たので気が回らなくって」
今日はまずはやてに会うつもりで来たので、六課にスバルがいるということまで気が回らなかった。
「いずれにせよ確認も取れましたのでゲートの中へお入りください。 応接室でお待ちいただけます」
相変わらずの忙しさで忘れていたが、あの日スバルと別れる時に六課に行くと約束したことをユーノは思い出した。
スバルに悪いことをしたと思いつつも、結果オーライとして自分はここ六課にいる。
グリフィスに促されながら、せっかくだしスバルにも会っていこうとユーノは予定に加えることにした。
レティさんの立ち位置は話を作るうえで便利。