ちょっと長いです。
「そんな……、いない」
男が角を曲がってから数秒しか経っていないはずだ。
部屋に入ったならば扉が開く際に機械音がするはずだが、そんな音も聞いていない。
しかし、廊下のどこにも人の姿はない。
念のためティアナから死角になっていた自販機の影を確認するが、やはり誰もいない。
そうなると、角を曲がった瞬間にこの廊下を高速で駆け抜けたとしか思えない。
(まずい……)
ティアナは焦った。 完全に油断した。
もしかしたら、さっきの男は情報を盗みとった後かもしれない。
そうなれば、隊舎から出られてしまうとおしまいだ。
何としても男が隊舎から出る前に捕まえなければならない。
「逃がさない」
戒めのように呟いて、ティアナは廊下の先へと走った――。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぅ、行ったかな?」
自販機の隙間から、フェレットのような生き物が廊下に顔を出して、ティアナが駆けて行った方を見ていた。
「この姿になるのは久しぶりだけど、特に問題なさそうかな……ホコリ以外は」
そう言いながら自販機の隙間から出て、フェレットもどきとなった自分の体を見回す。
さすがに自販機の隙間まで掃除が行き届いていないのか、全身ホコリまみれだ。
地球に滞在していた頃は魔力の回復を促すため、そして自身の存在を隠すためこの姿でいることも多かったが、なのはが家族や友人に管理局との関わりを話してからはその必要もなくなった。
そのため、ユーノがこのフェレットのような姿になるのも随分と久しぶりだった。
ユーノは短い手でパタパタとホコリを落としながら、しっぽや前足、後足など、一通り自分の体を見回して特に問題がないことを確認すると、どうやって応接室まで戻るかを考えた。
このままフェレットの姿で行くべきか、人間の姿に戻っていくべきか。
人間の姿に戻って行くと、ティアナに再び見つかった際に厄介である。
しかし、フェレットの姿で行っても誰かに見つかってしまうと、野良フェレットが隊舎に入りこんだと思われ駆除(捕獲)されてしまうかもしれない。
どちらにしても痛し痒しである。
そして、考えることに集中していたユーノは、この時気付けなかったのである。
背後から忍び寄る小さな影に――。
ガシッ!!
(えっ!! 何!?)
突然背後から伸びてきた両の手にユーノはしっかりと掴まれた。
驚き振り返ると金髪に碧い右目と赤い左目をした小さな少女と目があった。
「つかまえた」
少女は一言発すると、ユーノを持ったまま走りだす。
暴れて振りほどくわけにもいかず、ユーノはぐったりとうなだれ、されるがままになっていた。
(この子が、ヴィヴィオか……)
隊長たちとは最近連絡が取れていなかったが、ヴィヴィオの存在はユーノも知っていた。
六課が少女を保護したという情報はユーノのところまで入ってきていたし、先日無限書庫に手伝いに来ていたアルフからも保護した少女の話を聞いていた。
(さて、どうしようか)
ユーノが考える間にも、ヴィヴィオはユーノを掴んだ両手を前につきだしたままトテトテと駆けていく。 小さな子どもよろしく、ヴィヴィオは普段から転びやすかったが、ユーノをその手に持ったことで今の姿は更に危なっかしい。
ヴィヴィオにがっしりとホールドされたユーノからは確認できないが、その危うさは容易に想像できる。 ヴィヴィオが転べばユーノは貧弱な体で地面にたたきつけられてしまう。 どうか転びませんようにとヴィヴィオのためにも自分のためにも祈り続けていた――。
「アイナさーん!!」
駆け出して程なく、ヴィヴィオが大きな声をあげた。
どこかの宗教の敬虔な信者のように祈り続けていたユーノはその声を聞いて顔をあげると、そこにはアイナと呼ばれた女性と、その側に付き従う大型犬の姿があった。
「ヴィヴィオ、どうしたの?」
「みてみてー、なんかいたのー」
自分の手柄を自慢するようにヴィヴィオが両手を突き出す。 その手にはうなだれた小動物。
「あら、どこで見つけたのその子」
「あっち」
ユーノを片手に持ち替え、捕獲した方をヴィヴィオが指さす。 方向はあっていたがヴィヴィオが指差した先は壁だった。 要領を得ないヴィヴィオの回答だったが、アイナにとっては日常茶飯事である。 特に聞き返しもせず、おそらく隊舎の中で捕まえたのだろうと推察した。
「隊舎に迷い込んじゃったのかしら? その子怪我してない?」
「うーん、だいじょうぶみたい」
「なら、逃がしてあげましょ」
怪我をしているなら一時的な保護が必要かもしれないが、元気であるならばむしろ早く自然に返してあげるべきだ。 アイナはそう考えたがヴィヴィオはなにか言いづらそうに、もじもじしている。 ヴィヴィオは普段アイナが心配になるぐらい聞き分けがいい。 嫌いなピーマンを残すなどの些細はわがままはあるが、子供らしいわがままはあまり言ったことがなかった。 そんなヴィヴィオが何か言いたそうにしている様子を見て、アイナは促すようにやさしくヴィヴィオを見やった。
「――かっちゃだめ?」
……思ったよりも要求が大きかった。 ヴィヴィオの望みが、このフェレットともう少しいたいとか遊びたいとかだと思っていたアイナは戸惑った。 一時的な保護ならばまだしも、飼うとなると話は別である。 そもそもこの動物は飼っていい動物だろうか、部隊長から許可が降りるだろうか。 いろんな考えがアイナの中で交錯する。
「それはさすがに……、この子は迷い込んだだけだと思うわ。 外に返してあげましょ」
ヴィヴィオにわがままを促した結果、期待を裏切ることになってしまった。 アイナは子育ての難しさを感じながら、ヴィヴィオのわがままを断った。 アイナを困らせることが本意ではないヴィヴィオは渋々了承するが、見るからに後ろ髪を引かれてしまっている。
ヴィヴィオは基本的に隊舎にいるが日中はなのはもフェイトも隊舎には不在の事が多い。 そこで日中はアイナがお世話をしてくれているが、それはお世話であり遊び相手ではない。 ヴィヴィオは一緒に遊んでくれる友達が欲しかった。
――アイナとヴィヴィオによる人間同士の会話の間に、2匹の獣同士の会話がひっそりと念話で行われていた。 ヴィヴィオに捕らえられたフェレットもどきと、アイナに従う大型犬の2匹である。
(ユーノか、久しいな)
(ザフィーラ。 うん、久しぶり)
(なぜその姿になっているのだ)
(えっと、ちょっと六課の隊員の子に追いかけられてて、姿を隠すためにね)
(そうか、何をやったのだ)
(いや、僕自身に身に覚えはないんだけど、彼女の中では僕が何かの事件の犯人になっているみたいで。 八神部隊長に言われたって言っていたから、はやてがなんかいたずらしたんじゃないかな?)
(そういえば、先程からティアナが駆け回っている気配がするな)
(そう、その子)
(あれは真面目だが融通が利かないところがある。 主の言葉を正面から受け取ってしまったのだろう)
(まったく、はやてにも困ったもんだね。 ――ところでこの状況どうにかならないかな)
(ふむ、どうにもならんな。 所詮我は『ただの犬』であるがゆえ)
冷たい視線のザフィーラが無下に言い放つ。
(あっ!! ひょっとしてさっきの聞いてたの!!)
(さて、お前に『ただの犬』などと言われたことなど知らんな)
(しっかり聞いてるじゃないか!! あれは、六課でザフィーラが喋れることを秘密にしてるなんて知らなかったから仕方なく)
(――そんな決まりなどない)
(えっ!?)
(ルキノとギンガとは交流が浅く、あれらがただ我が喋れることを知らぬだけだ。 特別秘密にしていることではない)
(だったら、なおさらあの時出てきてくれてよかったじゃないか)
(我は必要なときにしか喋らぬのだ、それに過ぎたことなどもう知らん)
(いや、今からでも助けてよ)
(ふん、知らん。 我を犬呼ばわりした罰だ。 せいぜいヴィヴィオにもみくちゃにされるといい)
(ちょっとー!!)
ユーノの叫び(念話)も虚しくザフィーラはユーノたちを置いてスタスタとどこかへ行ってしまった。
「あら珍しいわね、ザフィーラが一緒に行かないのは」
「ザッフィーなにかようじがあるのかなぁ」
「いつもヴィヴィオから離れないのにね、何かあったのかしら」
普段ザフィーラはヴィヴィオから離れない、レリック事件の首謀者がヴィヴィオを奪還しに来る可能性がり、はやてからもヴィヴィオを守るよう指示を受けている。 そんなザフィーラがユーノ一人を置いていくというのは、本人の言うとおり意趣返しの意味もある。 しかし、ザフィーラは自分の下らない復讐のためだけにヴィヴィオを危険に晒したりはしない。 ザフィーラはちゃんと自分がここを離れても問題ないと判断したのだ。 ここにはザフィーラが全力で殴っても破れない結界を張ることができる魔導師がいたから――。
「じゃあ、私たちはその子を逃がしに行きましょうか。 おとなしい子みたいだけど、逃がさないようにしっかり持ってあげてね」
「うん」
ヴィヴィオとアイナはユーノを外に放すため隊舎の出口へ向かって歩き始めた。 このままではユーノは隊舎の外に放り出されてしまう。 そうなるとまた隊舎の入り口で手続きをしなくてはならない。 応接室で待っていたはずの人がなぜ外に出ていたのかという話にもなるし、本日のユーノは局員IDを忘れたり、ザフィーラを犬と呼んでしまったりと、すでに幾つかの失敗をしている。 これ以上の失敗はできることなら避けたかった。
しかし、今の姿のユーノはあまりにも無力だ。 力で振りほどくこともできず、喋って交渉することもできない。 されるがままになるという一択しか選択する余地がなかった。
(もう、ダメか)
結局何にも思いつかず、恥を忍んでもう一度玄関から入り直すかと後ろ向きな決意を固めたところで、ヴィヴィオがピタリと足を止めた。
「アイナさん、このこにがすの、ママにみせてからじゃだめ?」
「ママって、なのはさん? そういえばそろそろ訓練が終わる時間ね」
「うん」
「そうねぇ、小動物はすぐ弱っちゃうからなるべく早いほうがいいんだけど……」
小動物はひどくストレスに弱い。 また、体力的に脆弱であるため、通常の小動物であれば人間が捕獲した場合、適切な状態で保護しなければ数時間もしないうちに衰弱してしまう。 それを知っていたアイナはユーノを見やるとその様子を少し観察してみた。
当たり前であるがユーノは普通のフェレットとは異なる。 ヴィヴィオに捕まっている状態など大したことではないし、数時間で衰弱したりもしない。 そこまで読み取れたかは分からないが、ユーノを確認したアイナはあと数十分は全然問題ないと判断し、先程は断ってしまったヴィヴィオのわがままを受け入れることにした。
「ちょっとだけ待ってよっか」
「っ!! ……うんっ!!」
ヴィヴィオはその日にあったことをなのはやフェイトとおしゃべりすることが日課になっている。 幼いヴィヴィオには上手く言葉に出来ないことも多かったが、それでも二人がニコニコしながら聞いてくれるそんな時間がヴィヴィオは好きだった。 そうやってお互いの日々の出来事を共有していたが、なのはもフェイトも日中は隊舎にいない。 言葉による共有はあっても、『経験』を共有できる機会がとても少なかった。 そんなヴィヴィオは、なのはと一緒に何かできることがとても嬉しかった。
(なのはを待つのか。 これは、なのはにも説明しなきゃいけないパターンかな……)
なぜかフェレットの姿になっている自分、そしてそんな自分を抱えているヴィヴィオ。 その状況を見ただけでは、なぜこうなったのか理解不能だろう。 なのはになんと説明したものかと考えるユーノだったが、喜ぶヴィヴィオを前に今更逃げる気など起こりようもない。 今のヴィヴィオはユーノを大きく持ち上げ喜び全開である。
そして、喜び勇んでいたヴィヴィオは、この時気付けなかったのである。
背後から忍び寄る大きな影に――。
ガシッ!!
「ヴィ~ヴィオっ!! ただいまっ!!」
突然背後から伸びてきた両の手にヴィヴィオはしっかりと掴まれた。
後ろから脇の下に手を入れられ、ぐっと一気に持ち上げられたのだ。
「なのはママ!!」
振り返らなくてもわかる。 ヴィヴィオにはその手が誰のものかすぐにわかった。
そして「おかえりっ!!」となのはに負けない元気な声で返事をした。
「早かったですね」
アイナは自分の時計に目をやり、訓練の終了時間よりも幾分早い時間であることを確認すると、なのはにそう声をかけた。
「今日はスターズの二人はお休みだったので、ライトニングの二人にも疲れを残さないよう軽めのメニューにしたんです。 そしたらエリオとキャロが思ったよりも早くこなしてくれたので訓練を早めに切り上げました」
「そうですか、あの子たちグングン成長してるみたいですね」
「はい、スバルやティアナも含めて教えたことをどんどん吸収してくれるので、こっちも楽しくなっちゃいます。 アイナさん、今日もヴィヴィオのことありがとうございます」
「いえ、ヴィヴィオはすごくいい子で、あんまり困らないから、困っちゃいますね」
「そうですか。 ヴィヴィオ~、アイナさんがヴィヴィオがいい子すぎて困っちゃうって~」
「え~、それはヴィヴィオもこまっちゃう」
そんなやり取りをしながらなのははヴィヴィオを持ち上げたままくるくる回ったりしていたが、しばらくすると満足したのかヴィヴィオを床に下ろした。
――そして、ヴィヴィオが手に抱えているものに気づく。
「あれっ? ヴィヴィオ何持ってるの?」
「そう、ママみてっ!! さっきつかまえたの!!」
「どうも隊舎に迷い込んでしまったみたいで、これから逃しに行こうと思っていたところなんです」
ヴィヴィオの言葉足らずな説明にアイナが補足を加える。 ヴィヴィオの手には、なのはにはとても見覚えのある、フェレットのような動物が捕まえられていた。
なのははその動物を正面から見やると、じーっと目を合わせた。
フェレットもどきの方もなのはの目をじーっと見つめている。
しばらくそうした後、なのははふっと口元を緩ませるとヴィヴィオの方に向き直った。
「ねぇヴィヴィオ」
「なに?」
「この子、ママのお友達なんだけど、この子を外に返すのママにやらせてくれないかな?」
「ママのおともだち?」
「そう、大切な大切なママのお友達」
「ヴィヴィオもいっちゃだめ?」
「うーん、この子はとっても貴重な動物でね。 この子が住んでるところは誰にも知られちゃいけないっていう決まりがあるの。 ヴィヴィオでもフェイトママでも他の誰にも教えちゃダメなの。 だから、ごめんね」
「うん、……わかった」
ヴィヴィオは頷いたが、その顔はひどく寂しそうだった。
「ヴィヴィオ、あの子のことはなのはママにまかせて、ヴィヴィオは私と一緒にお部屋で待っていましょ」
「うん」
(すいません、アイナさん)
不安とも不満とも取れるヴィヴィオの顔を横目で見ながらなのははこの状態のヴィヴィオを任せることを小声でアイナに詫た。
(大丈夫ですよ、ヴィヴィオのことは任せてください。 何か訳ありなんですね)
先ほどのなのはのヴィヴィオとのやり取りから何かを感じ取ったのか、アイナはなのはにそんなことを言ってきた。 小さい子は自分のことを言葉で表すのが上手くない、そんな小さい子と日々一緒にいるアイナは相手の意図を読み取ることにも長けているようだった。
「じゃ、行ってくるねヴィヴィオ」
「いってらっしゃい」
弱々しくだがヴィヴィオは返事をしてくれた。 それを確認して、なのははヴィヴィオに背を向けて歩き出した。 ヴィヴィオの手から降ろされていたユーノはなのはの後についていったが、少し進んだところで足を止めると、ヴィヴィオの方に振り返り小さい前足で手を振った。
それは、今のユーノなりのヴィヴィオへの別れの挨拶だった。
ヴィヴィオがそれを受け止め、手を小さく振り返したのを見て、ユーノは改めてなのはの後を追いかけるとその肩に飛び乗り、なのはと一緒に廊下の奥へと消えていった。
なのはさん登場。
書いてから思ったけど、ここミッドチルダだしフェレットが喋れても問題ないんじゃない???
地球にいた頃の習慣で動物が喋れることを隠さなきゃと、なのはもユーノも勘違いしたということで……。
補足ですが、なのはとユーノは念話は使っていません。
目と目で通じ合うというやつです。