はずだった。
「おい、大丈夫か?」
力無く倒れこむはずの私の体は、一人の男の胸へと収まる。
追手かと思ったが、どう見ても学生服を着ているその男を霞んだ目で見て、そこで安心したのか私は何も喋れないほどに、今まで蓄えられていた疲労感が溢れ出して動けなくなる。
「…」
「大丈夫…じゃあなさそうだな」
「うっ…うぅん」
私は久々に睡眠を取った。
それでも周囲の警戒もあってかそれほど寝れなかったのだが。
「おっ、目を覚ましたな」
と、黒髪ツンツンの男が私の顔を覗き込んでいる。
どうやら膝枕されていたようだ。
最初は誰かと驚いたが、
起きて話を聞いてみれば私が倒れかかった人だったようだ。
男の話だと、肌は汚れ、服はボロボロ、髪はボサボサ、そして至る所にある怪我と血という異様な格好だった私に倒れ掛られたので、とりあえず寝かせられる場所をと公園のベンチに運んできたのだという。
そう言われて自分の身体を見てみると、怪我をした部分には白い布が、そして肩から腰にかけて私には大きすぎる程の学ランが掛けられていた。
<当麻side>
「うっ…うぅん」
彼女は、俺が寝かせた公園のベンチから上体を上げる。
「おっ、目を覚ましたな」
「…」
「急に倒れ掛られたもんで、なんか訳があるんだろうと思って、ここまで運ばせてもらったよ」
「すみません…」
「怪我もしてたみたいだし、服とかボロボロだったから、手当てをさせてもらったけど…迷惑だったかな?」
「いいえ、ありがとうございます…」
ぐぅぅーーー
どうやら彼女は空腹のようで、それを示すようにお腹の虫が鳴く。
「…これ飲むか?…えーっとヤシの実サイダー」
タプッと缶の中の液体が揺らぐ。
「はい…いただきます」
久しぶりのまともな飲料にありつけるとあって、それを一気に飲み干す。
炭酸がイタイ。でも喉が潤う。
「じゃあちょっと待っててな、そこで食いもん買ってくるから」
俺は彼女の好みを知らないので、適当に周辺の屋台からたこ焼きと焼きそばを買ってくる。
幸い、この時期は色々な場所で小規模な祭りをやっていた為、食べ物に困らない。
「はい、たこ焼きと焼きそば。これ食ってまずは腹を満たせ」
そう渡すや否や…というか半分奪われ気味なその二つを、彼女はものの見事に完食した。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ」
あっ…と声を出し彼女は下を俯く。
「お恥ずかしい所を…。ここ数日…何も飲まず食わずだったので…つい」
正直、身形を見ても、というか雰囲気的に追われ疲れている感じではあった。
それを見越して彼女が目を覚ます前に、すぐ近くの自販機でジュースを買っておいた。
少し行けば屋台があったのだが、追われている所を見て、寝ている彼女を放置するのは危険だと判断した。
「事情は深く聞かない。けど、君は追われてるんだろ?」
「えっ?」
<最愛side>
「事情は深く聞かない。けど、君は追われているんだろ?」
「えっ?」
どうして分かったのだろうか…ってああ、こんな格好してれば想像はつきますよね。
「厄介事には慣れてるからね」
そういう彼はいかにも優しそうで、助けてくれそうだった。
だが故に、その彼を巻き込む訳には行かなくて…
「あ、あの…」
「ん?」
「もう迷惑かけられないんで、これで失礼します。ごちそうさまでしたっ」
「あちょっと…!」
その彼の言葉を聞かず、私は大きく踏み出した。
迷惑がかかる。迷惑はかけずにここから離れよう。
そうしてある程度彼から離れた時、私をまた能力の暴走が襲う。
しかも今回は程度が違う。窒素が私と酸素の間に”完全に”膜を張った。
「あっ…がっ…」
一気に得られる酸素が薄れる。脳の機能が低下する。息が出来ない。
「…っ…はっ…………っ」
体に酸素が入らない。目が見えない。耳鳴りがする。
抗い様の無い暴走に抵抗出来ず、アスファルトへと沈む。
<当麻side>
「もう迷惑をかけられないんで、これで失礼します。ごちそうさまでした」
そう言うと彼女は走っていき、俺を物凄い速さで離していく。
これ以上無理をすると彼女に何が起こるか分からない。
それは直感。
今助けないと大変な事になると頭が判断している。
「くそっ」
俺は彼女が行った方向に走り出した。
しかし、
彼女はいきなり苦しみ始めたかと思うと、走るその体勢を大きく崩しそのまま倒れる。
ゴンという、聞くに堪えない音が聞こえた。
<最愛side>
病院
心音を表す無機質な機械音。
薬品の臭いのする病室。
ここまでは私の最も嫌うシチュエーション。
しかし、今日の目覚めでは違う事がいくつかある。
朝日の射し込む窓。
フカフカできちんと整えられたベッド。
そして…
昨日あの時助けてくれた少年の寝顔がすぐそこにあった。
「良く眠れたかね?」
医者が病室の入り口でカルテを見ながら私に聞いてくる。
「え、ええ」
いきなり声を掛けられたので驚く。
「夕方いきなりだよ、私は今日非番だったのに引っ張り出されたんだから」
やれやれとため息をつく。
「すいません」
「いや、君に言ったんじゃなくてそこに寝てるツンツン君だよ」
「…」
そう言われる彼は今もスースーと寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ている。
「いつもは自分がそのベットで寝てるってのにねぇ」
なんでも彼は毎月数回この病室に運ばれる事があるらしく、
その度にこの医者が執刀してるのだという。
「そういえば何で私がここに?」
「そこの彼が必死の形相で君を運んできたんだよ。あ、そうそう、これから朝食だからね」
カルテをパタパタと振りながら去っていく医者。
「この人が…必死に…」