「上条さーん、体温計りにきました…よ…」
看護婦、その仕事は患者の退院までサポートする事。
処置を施し、手術を手伝い、心身共々健康にする、それが仕事。
今までがそうだったし、これからもそうだ。
それは例外は無く、それこそ看護婦としての役割であるからだ。
だがどうだろう。
看護婦は仕事の一環(半分以上が私欲の一環)でこの病室に入った。
体温計などが入ったワゴンを押しながら、仕事(私欲)をする為に来た。
なのに…
なのに何故…
患者同士がベッドの上でキスなるものをしているんだろうか。
ここは病院ではないのか、という意見よりも、
まさかここで盗られる!?と真っ先に出たのは恋する乙女だったからなのだろうか。
そういえばつい先日見たドラマにこんなシーンがあった。
患者と看護婦との禁断の愛。
どちらから求める訳でもなく、しかし自然と触れ合う手。
そしてそれを病室の影からハンカチを噛んで悔しがっている患者の義妹…。
しかし、どうだ、今のこの状況…。
まさしくその逆じゃないか!!と思い、ハンカチを噛む看護婦。
とにかく、いの一番に言いたい事は…
「上条さんの裏切り者ぉぉぉぉ!」
看護婦が病室に入ってきたことも、叫んで出て行った事も、
夕飯を食べそこなったとか、洗濯物出しっぱなしだとか、
明日以降の食事だったり、出された課題はどうしようとか、
―そんな事は全く頭に無く―
―自分の目の前にある、視界いっぱいの女の子の顔―
―それだけが何故か、思考の全てを支配していた―
人は不慮の出来事に見舞われると、思考も行動も全てが停止する。
今何をしているのか、どうしてこうなっているのか。
考えが及ぶ前に、視覚から得られる情報のインパクトが多すぎて処理が追いつかない。
そしてそんな状態の中、
「(私のファーストキスが…)」
と思う反面、この人でよかったなとも思う最愛。
なんかもう良く分からないけど、この暖かい気持ちが何故か嬉しくて…
最愛は泣きだしていた。
「うえぇぇん……ひっ…ぐすっ」
キスをした状態で。
当麻からしてみたら毎度の不幸で目の前の女の子を巻き込み、
挙句にこんな得体の知れない男とキスまでさせてしまった。
その後泣かれたのだから、
これはいよいよ頭蓋骨が粉砕するレベルの土下座をしなければ死刑だなと思った。
しかし、この密着状態で泣かれてしまうと、
喋る事も出来なければ身を翻す訳にも行かない。
そうしてこの体勢のまま20秒が経過した。
それから、どちらからでもなく自然と唇を放した二人は、
当麻は謝罪タイム、最愛は赤面タイムへと移る。
「…………」
「……あ…あの~あれは偶然的な出来事でございまして…」
当麻のベットの近くにある来客用の椅子に座っている最愛は、
顔をこれでもかと真っ赤にして俯いている。
そして最愛に対してあれは事故だったと必死に説明する当麻。
当麻は”社会的抹殺が下されるかもしれない危機的状況”に対し、
最愛側はもう”多少でも好意のある人間にファーストキスを掻っ攫われた嬉々的状況”である。
「………………」
「(無言がこうも精神を蝕むとは…謝っても何も反応してくれないし…)」
先ほどまでの、聖母様のクダリでの盛り上がりようは何処に行ったのだろうか。
最愛は借りてきた猫のように静かにし、当麻も当麻でどうしたらいいのか分からず黙りこむ。
ただ、二人の脳内では密着状態の記憶が所狭しと飛び交っているのだが。
当麻はとりあえず、時間が解決してくれるかもと黙り始めると、
「なんだい、病室が静かだから脱走したと思ったよ」
そう言って入ってくる医者。
「む、どうしたんだい二人共、静かになって珍しい」
やはりこの状況が気になり説明を求めようとしたのだが、そこはやはり大人、察した。
「なるほど、まさか病院で・・・?」
「ちょ、そんな事はしてないですよ!!」
「あれおかしいな、別に"何"をなんて言ってないのに"そんな事は"っていうあたり、何かしたのかね?」
そう言われて聞いてた当事者達はさらに顔を真っ赤にする。
「ま、私は患者の求めるものを提供する医者だからね、私が邪魔なようなので失礼するよ」
出て行って欲しかったような、この空気をどうにかして欲しかったような、
そんな二人の意思もこの医師には届かない。
患者がそれを欲しているというのに…逃げたな…あの医者!と思う二人。
それから二人は徐々に話始めるようになり、
当麻が、今だに入院している最愛の御見舞に行ったりとしているうちにもっと仲が深まった。
・学校の休み時間
とある高校、一年の教室の一角。
次の授業の宿題をやってないので必死にやっている当麻に話掛ける声が。
「なぁカミやん…」
「お、どうした土御門」
金髪で長身、制服の下にアロハシャツを着るいかにもな友人、土御門元春。
「もしかして…最近年下の女の子と会ってね―だろうな」
「お、なんで知ってるんだ?」
「あまつさえ、その子は中学生とかいう…」
「おお、お前の情報収集能力が恐ろしい…」
「デルタフォースの掟忘れてね―だろうな…」
デルタフォースとは、このクラスの三バカで構成される組織。
時にクラス全体を盛り上げ、時に女子(吹寄)から蔑まされる。
「いつもの猫口調は何処行った」
「言ってみろ!」
「なんか怖いぞ…」
「いいから言うんや!」
そういうのは青髪ピアス。
青髪でピアス、長身大柄という凄い見た目とは裏腹に、
内容とか性格、好みなど全てがちゃらんぽらんしてるような男。
「んだよ、青ピまで…言えばいいんだろ? "女の子と親密な関係になったら反逆罪とみなし、背中から刃を突き刺す" "モテたらバックドロップ”だろ? 俺が女の子と親密な関係になった事なんて無いし、モテた事なんて生前から今までそして金輪際ありませんですよ。何を言っておられるのか」
これでいいか?と、当麻はそそくさと宿題に取り掛かる。
「青ピ、聞いたか? コイツ言い放ちやがった…」
「おう、聞いとったでー」
「「カミやん、歯ぁ食いしばれ!!」」
「なんでだよ、ふざけんなぁぁぁ!!」
そういう当麻の携帯に、一通のメールが来た。
メール受信:絹旗最愛