「あ…れ…?」
自分の体に痛みはない。
いつまで経っても痛みがないことを不思議に思った最愛は目を開ける。
「大丈夫か、最愛」
その姿は過去にも見たとても大切な記憶。
いつも優しく私の名を呼んで笑う、超やさしいヒーロー。
いつもギリギリの所で来てくれる、超格好いいヒーロー。
いつも補修ばっかで頭が良くない、超お馬鹿なヒーロー。
いつも朝早くご飯を作ってくれる、超家庭的なヒーロー。
いつもそこら中でフラグを建てる、超旗建築士ヒーロー。
いつも女の子の好意に気づかない、超鈍すぎるヒーロー。
いつも自分よりも妹の事を考える、超シスコンヒーロー。
今自分の前で両手を広げて私を庇うように立つ人こそ、その兄。
名を上条当麻という、一人の少年だった。
当麻は肩越しに最愛を見て言う。
「大丈夫か、最愛」
「お…兄…ちゃん」
「怪我は無い…けどまだ苦しいんだな。ちょっと待ってろ」
いつも最愛に見せる優しい笑顔で心配してくれる兄。
「さてと、どんな仕組みかは知らねぇけど、さっさと普通に戻してくれないか?」
そういう当麻は不良らに視線を向ける。
「なるほど、お前レベル0か。どうりで効かねぇ訳だ」
それでもまだ息まく不良に、
「さっさと戻せって言ってるだろ!!」
「おいおい、立場が分かってねえようだな。丸腰の野郎と女なんざすぐに殺せるんだよ!!」
当麻はその言葉をスイッチに、
刃物を振っていた不良の顔面に拳を放ちつつ言う。
「お前ら、許さねぇ!!」
表情は後ろから見えないが、声色は明らかな怒り。
と、そこに《警備員》が駆け付ける。
「おい、何してる!!」
「ちっ、おいズラかれ!」
路地の奥へと逃げていく不良。
「追跡班と探索班は引き続き作戦を続けてくれ」
『了解しました』
《警備員》は慣れた手つきで最愛の頭痛の元である機械を停止させる。
「おい、君達大丈夫か?」
「大丈夫なんで早くアイツら追ってください」
「でも君・・・」
「今、応急処置するんで大丈夫ですから」
「ああ、わかった。救急車は呼んでおくからここで待ってるんだよ?」
「はい」
そういうと《警備員》は通信しながら路地の奥へと消えていった。
「怖かったろ?」
手を最愛の頭の上に置き声をかける。
最愛はそれだけで頭痛が少し楽になった。
それが当麻の能力なのか、安心感からなのか、それとも両方、別のものなのか。
「少し、良くなりました」
と、そこで、ずっと兄の呼吸が不規則になっている事を最愛が気づく。
ふと兄の足元を見ると、赤い液体が大量に地面に滴り落ちている。
「ちょ…お兄ちゃん! 超怪我してる!」
段々と白いワイシャツが赤く染まっていく。
当麻は胸から腹に伸びる長い切り傷を見る。顔を痛みに耐える苦しい表情になる。
「ああ、こんなん平気だ。それよりも最愛に怪我は無かったか?」
「無いよ、無いけど!!」
自分の事なんかより人を気遣う。それが当麻。
「そうか、よかった。最愛に怪我があったら大変だからな…」
「私よりもっ…自分を超心配してください!」
「いいんだよ、こんなもん…は…」
ドサッ
「えっ、お兄ちゃん、ちょっと!? 」
緊急事態に最愛は動揺する。
それに合わせて大通りから救急車がやってくる。
救急車から急いで医者が降りてくる。
胸の前にある無線機で交信しているのだが、慌て方が尋常じゃない。
「お…お兄ちゃんが! どうしよう!」
状況の整理なんてできない。
「刃物で切られて…」
当麻の体には血があふれ続ける傷。
「落ち着いて…、私の能力を…」
冷静を装うが、そんな仮面はすぐに腐り落ちる。
「わ…私の能力で…止血…を…」
幾ら能力を発現させようとしても、こんな不安定な心理状態。
まして兄と慕う上条当麻に異能は一切効かない。
「何時もなら出来るのに…」
皮膚に窒素の膜を覆うことなんて出来ない。
それは兄の能力のせいなのか、妹の焦りからなのか。
自分の頭に置かれた右手は力を失い、落ちそうになる。
それを最愛は必死に掴む。今出来る事はそれのみ。
兄の手が離れてからまた頭痛が酷い。手を掴むのが精一杯な程に。
大能力者の絹旗最愛、《窒素装甲》を発現する常盤台中学一年生。
能力が使えれば車を楽々投げ飛ばせるその両手。
しかし今その両手は当麻を支えるには心許無い、一人の幼い女の子の手。
その両手で当麻の手を掴み、必死に兄を呼ぶ最愛。
「お兄ちゃん…!」
お気に入りのセーターが血で汚れていても、そんなことはどうでもいい。
そんな物なんかよりもっと大事な人を、助けなきゃいけない使命感の方が重要だった。
最愛に流れる時間は色も音も無い世界だった。
決して近くは無い病院に向かって、決して速くない速度で救急車は進む。
気づけば空は曇り、雨が降ってきた。
それは二人に付いた血を洗い流す為なのか、それとも最愛の心境を色濃く表しているのか。