「まあ、なんだ。せっかくの休暇だってのに残念だったな」
「まったくだ……と、言いたい所だが。まあ、そうだな、複雑な気分だ。渡りに船というか、肩の荷が下りたというか……いや、仲間が見つかったというのは喜ばしいことなんだが」
「別に気にはしねえし揚げ足取ったりもしねえよ」
―――
大型のトラックが大通りを走る。
丁寧に舗装されたアスファルトは非常になめらかな仕上がりとなっており、路面に引かれた白線や黄色線の凹凸からもたらされる振動を除けば車内にはエンジンの鼓動のみが響き渡る。
そんなトラックの中、箱形荷室での一幕だった。
申し訳程度の小さい電球のみを唯一の光源とする薄暗い荷室の中、ヤシロは壁を背もたれ代わりにして直接床に座り込んでいた。椅子とか積み込んでないのである。
そして、そのヤシロと言葉を交わしている更識盾無。
壁に寄りかかり、両手を後ろに回して背中と壁とのクッションにしていた。
それにしてもこいつ、いつも俺と一緒に居るが……他に仕事は無いのだろうか。
ときに、そういえばこの状況だが。
ややチープなオレンジがかった豆電球の物足りない照明、そんなに広いわけでもない密室、加えて同行者はとびっきりの美少女……。
ともなれば、多少はムーディな雰囲気になってもおかしくはないような気もする。の、だが……。
(なんだろう、まったくドキドキしない)
「ん、なに? あれ、もしかしておねーさんに見蕩れちゃったかなー?」
「ないな」
「即答!?」
まあ、世の中ロマンスなんてものには早々巡り会えるものではないという事なのだろう。
さて、なぜ俺達がこうしてトラックに積み込まれているのかというと、それはこの星に落ちてくる時にはぐれてしまった仲間が、見つかったからだ。
早速合流したい所だが、キャスト種族である爺さん――ジョー•ラックランドはその
そこで用意されたのがこのトラックだった。車体後部に装備された小型のコンテナのような荷室は外部からの視線を完全に遮断、情報の漏れを軽減できる。
別に漏れたから何だ、とも思うが。
「どうしたの?ヘンな顔して」
「……何でも無い。それよりほら、この星の事教えてくれよ。自力で空間跳躍する鳥とかいないか? あれだいたいどこの星にも出てくるんだけど」
「いないけど!?」
―――
「――あれか?」
大型のトラックとすれ違った少女が、誰かと話していた。
手には何も持っておらず、耳に何かを付けているわけでもない。
一見すれば独り言のように見えるが――。
「ふん、眉唾ものだな。宇宙人など、またどこぞの天災の仕業だろう?」
『さあね? 確かにISは宇宙開発を初心に創られたらしいし、人々の関心を宇宙に向けるための陰謀だった、なんて事もあるかもしれないわね。――彼女、気が短そうだし』
「陰謀論か。私たちが言うと洒落にならないな」
そう言うと彼女はわざとらしくため息を吐く。
顔はフードに隠されていて見えないが、その表情にはきっとなんの感情も表れてはいないのだ。
とある事情があって、目的のために必要だったのが偶然にもISであったというだけで、そもそも興味が無いのだ。ISにも、その創造者にも。
近頃出現した宇宙人とやらも、きっとその親戚みたいなものに違いない、と適当に結論着けている。
「で、あれを襲撃すればいいのか?」
『ええ。渡しておいた〈カプセル〉に宇宙人くんを拘束して、東京湾に沈めて。手間取りそうなら貴女の判断でやめちゃっていいわ。最低限、宇宙人(かれら)に戦闘能力があるかどうかさえ分かれば作戦成功よ』
「……ふむ」
通信相手の言葉に少女は、「それはまた、ずいぶんと楽な仕事だ」と結論付けた。
簡単に言えば一度殴りつけて、殴り返されないか確認してこいという事だ。IS乗りの一人や二人が護衛に付いていることは想像に難くないが、所詮はその程度だ。平和ボケした学園職員如きが自分に対抗出来るとは思えなかった。
「しかし……死ぬんじゃないか、それは? 気密はしっかりしているように見えたが、酸素が持たないだろう」
用意された〈カプセル〉を思い出す。
見た所、人一人入るのがやっと、というくらいの円筒形の容器だった。
元は一般企業が開発していた個人用の簡易シェルターを流用したものだそうだが、これまで見た事も聞いた事もない。……そのあたりから開発状況が少し予想できるが。
「大丈夫よ、酸素発生器とか積み込んであるし……それに、まあ死んだら死んだで、ね?」
「……おぞましい事だ」
「なんにせよ、あなたのやることに変わりはないわ。――じゃあ、頑張ってね。
と、そこで通信を止める。
もう聞くべき事も無いし、人体(?)実験がどうとかなんて聞きたくもない。
別にやる事が変わるわけでもない。
ああ、全くおぞましい事だ。
同情するわけでもない自分もまた。
―――
まるでおもちゃ箱をひっくり返したような。
まさに我慢の利かない子供が虫かごをめちゃくちゃに揺さぶっているような。
激震。
「うおっ……おおおおおおッ!?」
否、振動どころではない。
天井が床になったり壁が天井になったりと、もはや立っている場所すらおぼつかないのだ。
重力すら不安定で壁に叩きつけられたり急の浮遊感に地面を奪われたりと忙しない。
というか、要するにこれは――。
(吹っ飛ばされて横転して、勢いを殺しきれずにゴロゴロ転がっているって事か!?)
しかし、これでも自分はアークスの端くれ、突発事象など慣れたものだ。最初の数秒こそ何が起きているのか理解できずに思考が固まっていたが、このあまりにも突然すぎる現象にもすぐに対応してみせる。
身体をしなやかに折り曲げて壁に叩きつけられる衝撃を無効化する。
体勢を整えてクルクルと移り変わる床の面をアスレチックのように渡り歩く。
その途中ですっ飛んで来た盾無を横抱きにキャッチする。見た所、無意識かは分からないが受け身を取っていたような気がするし、あまり身体を傷めてはいないはず……だが、こんな状況だ。
「よう、大丈夫か?」
「…………頭がぼーっとする……ちょっと待って」
「頭でも打ったのか?」
どうやら気絶はしていないようだ。肉体の強化をしていない割には凄まじく頑丈、というか、日頃の鍛錬の成果だろうか。流石に少し弱っているように見えるが、同時にわずかながら余裕が感じられる。
いくらなんでも今回みたいな大事はないだろうが、普段から奇襲を受けていたりするのかもしれない。
(……いや、常日頃から奇襲を受けるような生活ってなんだ)
推測はともかくとして、そのまましばらく――と言っても数秒にも満たない僅かな時間だが――経って、荷室の激動が鎮まったことを確認し、抱き上げたままだった盾無を床に下ろす。
「事故だと思うか?」
「……盛大な事故もあったものね」
真横に倒れた荷室の扉を弄くりながら――通常トラックのバックドアは外側からしか開かないものだが、このトラックには荷室内部から開けるための機構が存在する――盾無に問いかける。……というか、軽口を叩く。
危機に陥った際の習慣のようなものだ。戯れ言をほざいて、まだ自分にはそんなことが言えるだけの余裕があると己を鼓舞する。
それを皮肉混じりに返して来た盾無の顔色は優れない、が。少し落ち着いて来たのか立ち上がる事が出来た。
「どう、開きそう?」
「無理そうだな。ブチ破るしかなさそうだ……いいよな?」
アイテムパックから抜剣•カタナを取り出して構え、盾無に下がるよう伝える――が。
「だめよヤシロくん」
「……何でだ?」
「地球(こちら側)の問題だからよ」
既に精神を集中させ、意識は通常のものから戦場のものへと変わっている。
だからもうこちらとしてはやる気満々で、だからこそ水を差されると嫌な気分にもなる。
それに加え、こうして巻き込んでおいて最早
――が。
「そんな眼で見ても駄目よ。――確かに、こうして巻き込んでしまった以上、今更なのは認めるわ。……それでも、
「そうか」
「……お願い」
退かない。
ここで退くわけにはいかないという覚悟を感じる。
決死の、あるいは不退転の。とにかく、このガーネットの眼を持つ少女は言葉では止められない。
となれば最早、武を以て押し通るしかないわけだが――あいにくと、彼女は敵ではなく味方だ。
そして俺はアークスだ。アークスには、味方に刃を向ける者など一人としていない。
じゃあ、しょうがないな。
「ああ、わかったよ。任せる。それで……じゃあ、俺はここで隠れていれば良いのか?」
「ええ、このトラックは本来ISを運搬するためのものだから、襲撃に備えて頑丈に造られてるの。見た目には分かりづらいけど、ほとんど装甲車みたいなものだから……たとえISでも簡単には壊せないはずよ」
「じゃあどうやって出るんだよ? ドア開かねえのに」
「……開けるとこだけ、協力してもらってもいいかしら」
―――
横転した――否。今し方、横転させたトラックを見る。
法定速度をきっちり守って走行していたそれは横合いから飛来した爆風によってバランスを崩し、されど車体の重量によって裏打ちされた小回りの利かなさと、それに付随する巨大な慣性力によって止まることもできずに二転三転と転がってゆき、やっとのことで停止した頃にはなだらかだったアスファルトに起きた事の次第の凄惨さを刻み付けていた。
「……出て来ないな」
本来平和ににぎわっていたはずのその場は突然の凶事に静まり返っており、打ち終わって用を成さなくなった大型のロケットランチャー、のように見える肩撃ち式のグレネードランチャーを適当に放り捨てながら、トラックに向かって歩く自分の足音だけが響いていた。
素直にロケットランチャーを使っても良かったのだが、それではトラックの装甲を貫通して内部の者を焼き殺してしまう。
それでは意味が無いので、こうして優しく吹き飛ばしたのだが――。
「もしかして、やりすぎたか……?」
護衛とか居るだろうし、割と手荒にしても問題なかろうと思っていたMだが、冷静に考えずともやり過ぎである。
どこか外国でバスが爆破された事件でバス内部の乗客が爆破によって発生した急激な気圧差によって全員なんの外傷もなく死んだとかいうのを思い出し、顔を青くする。
Mの身体にはナノマシンが投与されており、宿主の行動を監視し、上司の合図に反応して宿主を死に至らしめるのだ。
流石にこんな不注意で命を落としたくは無い。歩く速度を速めると――。
ガシュッ! と、翠色の斬撃が荷台の装甲を切り裂く。
斜めに切り下ろされた翠光の斬閃。それが消え去る前に、今の剣線にクロスするように同色の斬撃が装甲を断つ。
「チッ――――!」
メキリ、という装甲の切れ目がひしゃげる音と同時にISを展開する。
紫陽花を思わせる青紫の装甲が光と共に少女の身体を包み込み、追って右手に表れた大口径の長銃、レーザーライフル「
ハイビスカスのようなイタリアンレッドの光線が装甲の切れ目に迫り――。
「あら。あなたが下手人かしら?」
ベギン! と装甲の切れ目をブチ抜いて表れた空色のISが持つ、大量の水を纏う巨大な突撃槍に弾かれた。
ヤシロ君はEP2第5章を知りません