「――あら。あなたが下手人かしら?」
「……チッ」
邂逅の一瞬。
光の銃撃を水を纏う突撃槍で以てかき消した私に待っていたのは、いかにも不愉快そうな舌打ちと――
「――ッ!」
更に出力を増した、光の第二射だった。
「(とことん嫌な事をしてくれるわね!)」
――敵機、右腕部武装にエネルギーが集中。回避を推奨。
上下左右360°をカバーするISの視界、その片隅に表示されるメッセージと環境音を阻害しないよう脳裏に鳴り響く
ああ確かに、避けれる物なら避けたいものだが――あいにくと護衛対象が背後にいる。
「酷い嫌がらせね……!」
避ける事は許されず。
下がる事に意味はなく。
防ぐだけではジリ貧だ。
ゴヒュン、とエネルギーを放出する音がした。
「――最大ッ!」
回避、後退、防御。
その全てに不利の二文字がつきまとうのであれば、ならばいっそ、突き抜けるしかない。
突撃槍(ランス)を纏う水、その水を操作するナノマシンにエネルギーを叩き込む。
放出したエネルギーをスラスターに吸収し、即座に点火。
近接戦闘の高等技術にして基礎となる機動技術、広く
もとより長期戦など選択肢に無い。そもそもここは市街地で、今のところ見える場所に民間人はいないが、いつ野次馬が集まってくるとも限らない。ただでさえ予期せぬ奇襲を受けた身だ。民間人の避難など始まってすらいないに違いない。流れ弾のひとつひとつが莫大な悲劇の種だ。自分はもちろん、相手にだって撃たせるわけにいかないのだ。
ゆえに目指すは一撃必殺。だからこその瞬時加速。小回りの利かなさと引き換えにしてあまりある速度で、一直線に。
下手をすればISの搭乗者保護機能(絶対防御)すら破壊しかねない威力で――。
相殺されて弾けたイタリアンレッドの光線が、まるで桜のように散っていく。
散った光が自分の纏うIS、
霧散しながらもこれだけの破壊力だ。まさか突撃して突破してくるとは夢にも思うまい……!
「――ぉぉおおおおおおおッ!」
裂帛の咆哮。距離を引き裂いて間合いを詰める。
いつもは優雅に、努力も底も見せないのが私のスタイルだが、この時ばかりは熱血にクラスチェンジだ。
なんたってこれは実戦。模擬戦ならともかく、敗北が死につながるとなれば気合いの一つも入ろうものだ。
さあ、敵手の装甲(青紫)が今や目の前に。
「あああッ!」
突き立てる!
携えた突撃槍の矛先、纏う水流の螺旋を叩き付け、シールドエネルギー(限界値)を掘削する。
矛先に収束された水が内包するナノマシンが一斉に起爆し、小型気化爆弾に換算して四個分に匹敵する破壊力が解放される。
爆風に轟音。殺意マシマシの一撃は短期決戦の誓いであった。
――だが。
「……まあ、こんなものか」
「なっ……!?」
一切の痛痒を表さず、泰然と在り続ける青紫のIS。
端的に言って、異常であった。
最大のエネルギー量を最速の加速を以て叩き付ける、最高の一撃。
何らかの防御を行った様子もなく、ただそれを棒立ちのまま受け止めて――耐えられるわけがない。
これは傲りでも慢心でもなんでもない、純然たるスペックの話だ。
己の操縦するIS“
――しかし、それも刺さればの話。
そも、ミストルティンの槍の必殺性とは超振動破砕によって敵装甲を破壊し、そこに侵入させたナノマシンの一斉爆破。圧力の逃げ場の無い、内部破壊という概念によってもたらされるもの。
では、そんな攻撃を受けてなおも生き残るにはどうすれば良いか?
「(シールドエネルギーを、貫けなかった……!)」
答えは単純。
装甲を壊されなければ良いのだ。
その必殺性が純粋な破壊力に因るものでないが故に、小手先の大前提を崩されてしまえば切り札足り得ない。
しかし。さて、言って見れば簡単なようだが、一つ問題がある。
“なるほど、理屈は分かった。では、どうやってそれを実行するんだ?”
ミストルティンの槍は仮にその機構を無視したとしても強力な攻撃である事に変わりない。
通常、依り代となる大型ランス“蒼流旋”はその巨大さと重量から純粋に刺突•打撃武器として優秀だ。
それを扱う更識盾無が操縦するIS“ミステリアス•レイディ”は他のISと比べて装甲が少ないが、それでも金属の塊なのだ。パワーアシストによる身体能力の増加、スラスターによる全力の加速も合わせてとてつもない慣性質量を有している。
蒼流旋に収束されたナノマシンはISコアからのエネルギーを伝達し、蓄え、シールドエネルギーに対して攻撃的に干渉する効果を持つ。
さあ、これにどう対抗する?
盾の一つも構えず、常態のまま無防備に受け止めて、どうすれば凌げるというのか?
この答えもまた、ごくごく単純なものだった。
――そんな攻撃ですら防ぎきれるような、強力なバリアを展開すれば良い。
それが出来たら苦労は無いというか、最高に頭悪そうな答えだが。
そんなレベルを上げて物理で殴れ的な答えを実行出来そうな存在に、しかし更識盾無は心当たりがあった。
「軍用IS……!」
「その通りだ。いかにIS学園の生徒会長と言えども所詮は学生、リミッターを付けられたISでは勝ち目は無い。諦めろ」
軍用IS。
軍隊で用いられるISという意味ではなく、これはリミッターの付いていないISを意味する言葉だ。
そもそもアラスカ条約によってISの軍事利用は禁じられているので、道理の上では成り立ちからして
ありえない言葉なのだが、まあそれは置いとくとして。
(くっ――!)
ぐい、と突撃槍(ランス)を掴まれる。
このままでは拙い、と撤退の意思を決めた瞬間のことだった。
「おっと、逃がさんぞ。咄嗟の判断といい、保身を持たない思い切りといい、評判通りの優秀な戦士だ。――ここで落とす」
動かない。万力に挟まれているようだった。
軍用ISの有り余るエネルギーは基本機能たる動作へのパワーアシストにも活用されているようで、通常ISたるミステリアス•レイディでは完膚なきまでに力負けしてしまっている。
だが――。
「お褒めに預かり光栄です――ってね!」
即座に考えを切り替え、トリガーをスイッチ。――先の通り、これはただの
埋め込まれた機構が駆動する。設けられた四つの穴が火を吹く。
これは“ガトリングガン内蔵大型ランス”。不遜にも己を掴む青紫の装甲に
「チッ――!」
弾丸の発射から着弾までの感覚が短すぎるからか、それぞれの音が混ざりヴァジャジャジャジャ! と強いて言えばざらついた金属に粒度の大きいベルトサンダーを掛けたような、不快で金属質な爆音が発生し、振動と衝撃にずり落ちるようにして
(今ので状況は作れた。あとはこれが布石になってくれるかどうか――)
ISに限らず、高度な戦いとは結局のところ“読み合い”に終始する。
通常は相手の戦術をどこまで読めるか、のみを極めるのだが、しかし実はさらなる先が存在する。
自らの思考をどの程度まで“読ませる”事が出来るかだ。
意図的な思考の開示は、獣を狩る際の罠に誘い込むための餌と同じ作用を持つ。
(最大の攻撃がまるで通用しなかった事、そのあとすぐに退こうとした事)
この二つはおそらく、私の「諦め」を演出してくれたはず。
先の一撃、“ミストルティンの槍”が私の最大火力だなんてことは相手にとっては知る由もない事だけれど、それでも大技が効かなかったのだから一旦引き返すというのはだれでも考える事だ。
だからこの敵は、後退しようとする私に主武装であるエネルギー系大型ライフルで追撃したいはず。
(掴まれた突撃槍を放棄しなかった事、この突撃槍が複合兵装である事、未だ私が、この突撃槍以外の武器を使っていないという事!)
そしてこの三つは私の武装のミスリードを誘発させる。
大型の突撃槍という強力な近接武器にガトリングという強力な射撃兵装を合体させた遠近両方に有効な兵器を装備しているという事は、遠近両方の戦闘をそれ一つでカバーしたいという事だ。
つまり、極論すれば私がこれ以外の装備を持っていない可能性。
おそらくは相手の脳裏に過ったであろうその可能性は、これまでよりも一層の集中を突撃槍に向けさせ――同時にそれ以外の装備への警戒を薄れさせるだろう。
――敵機武装、エネルギーを感知。
ISからの警告と同時か、あるいはそれに先んじて動く。
突撃槍を量子化――機体のデータ領域に収納せず、未だ見せていない第二の、というか最後の武装を新たに手に取る。
握りしめたのは片手直剣。銘をラスティー•ネイル。その機能は刀身の分割とワイヤーを使った連結による鞭化。要するに連結剣、ガリアンソード――蛇腹剣であった。
「くらえ……!」
新たに呼び出した武器を
目標は敵武装、大型ライフル――その銃口。
狙い通りにきちんと自分に向けてくれていた銃口に、まるで火縄銃の弾込めのように突き入れられた蛇腹剣は、そこで自が真価を発揮する。
慣性に従うように内蔵されたワイヤーが延長する。攻撃範囲は飛躍的に向上し、銃内部のエネルギー制御装置をかき回す。
そこに一切の容赦なく、引き抜く際には手首に捻りを加える事で戻ってくる刃により多くの機構を傷付けさせる事を忘れない。
(よし……!)
果たして敵武装の破壊は成った。
エネルギー系武装は自分のシールドエネルギーと干渉してしまう事が多く、ISに守られていない事が多いのが特徴だった。
ましてやその内部部品。人間の内臓以上にひ弱で繊細なそれが、よりによって剣でズタズタにされてしまっては機能の保持などもってのほか。それどころか装填されたエネルギーが今にも――
「っ――?」
今にも……何も起こらない。
一体何故――などと疑問に思う暇すら無く。
ゆらり、と敵の姿勢が傾く。
傾いた敵の背後から現れる、銃口を備えた非固定浮遊武装。
ロックされまし――そんな警告を引き裂いて放たれるイタリアンレッドの光線。
不覚。焦りに表情筋が強張る。
そういえば、警告の文句が最初と違っていたような――
「そんな顔をするなよ。隠し球くらい、私だってもっているさ」
でしょうね、と負け惜しみを吐く暇もなかった。光線が自分に直撃する。
「くうッ!?」
「しかしまあ、なかなかやるじゃないか。爆発のおかげでブルー•ティアーズが一機欠けてしまった。――やはり使わない奴は機体にくっつけて置かずに量子化してしまうべきだったか」
しかし、光線を受けたのは腕部装甲。
搭乗者の身体を確実に守る代わりに大量のエネルギーを要する“絶対防御”機能が発動することなく、直撃したにしては大したダメージにはなっていない。
装甲の薄い、というか少ないミステリアス•レイディにあって数少ない重装甲のガントレットで受ける事が出来たのは偏に偶然、幸運であった。
(いえ、装甲で受けれた事もあるけど、それを差し引いても明らかにダメージが少なすぎる。アイツの言うブルー•ティアーズ……あの“ビット”は自分で動いて狙いを付けなければならない分、ただ射撃に特化した大型ライフルと違って威力を妥協しているのね)
これならば当たり所さえ間違えなければ、もちろん脅威ではあるものの――大して怖くはない。
重力や空気抵抗の存在を前提としながらISを相手に三次元的な戦闘が行える程に現在のAIは賢くないし、イメージインターフェイスを介した指揮という手もあるが、人の脳には限度がある、そう何機も操れない。出来てせいぜい――3機か4機程度。先のミストルティンの槍によって一機潰れたという相手の言が正しいならば、残りは2機か3機だろう。
以上の点を踏まえ、判断する。
問題ない、対処は可能だと。
しかし――
「――いや、本来は戦闘開始と同時に起動して散開させる物だからそもそも量子化出来ないんだったか? ……まあいい、残り5機だ。――頑張れ」
「なっ……!?」
想定が甘かった。
いつの間にか己を囲むように配置されていた残りの四つのビット。
脳裏をよぎる敗北の二文字、作戦失敗の光景。
その時だった。
動くなよ、という脳裏に響く声。
ヒュガガガガガッ! という風切り音と破壊音。
濃霧のように精神を包む絶望を切り裂いて、翠に輝く光の雨が降り注いだ。