己の船を壊しながら戻ってきたボロス。強敵アラレを眼下に納め、睨む。巻き添えになっただろう部下達のことは一切気にしない。
顔が戻っている。俺と同じような治癒能力があるのか?
「くあっこいいーーっい!」
「ぐぴぽー!」
ボロスの心情など露知らず、アラレとガッちゃんはボロスの復帰シーンがかっこよかったことに喜んだ。
「させねえ」
サイタマはボロスがアラレに向かわぬようアラレの前方に移動する。一応人間の女の子のはずなので守るつもりだ。しかしそこで別の子どもの悲鳴を聞いた。
「たすけてえええ!」
「おめみゃーわしの宇宙船に何するがやあ!」
「それどころではありません!」
「ママーーー!」
ピースケ達だった。ボロスの着地でかなり高くまで持ち上げられ、瓦礫も降っている。一般人の彼らでは本当に命が危ない。
「くっ」
サイタマは先にピースケ等の近くに移動し、迫る瓦礫を破壊する。さらに彼らをつかみ、タツマキの方へ投げていく。
「うわああああ」
「エスパー娘! そいつらを頼む!」
「えっ? 何よ急に!」
内心ボロスのオーラにビビっていたタツマキは、サイタマの声で我に帰った。
「船に迷いこんだ一般人なんだ! 助けてやってくれ!」
「はあ? 迷いこんだ? というか汚いダンゴみたいな生物がいるじゃない! こいつ人間じゃないでしょ!」
「誰がダンゴじゃ小娘が!」
「あんたの方がチビでしょうが!」
「無理なのか?」
「はあ!? 無理なわけないでしょう!」
タツマキはサイタマの言葉に怒り、ピースケとスッパマンを浮かせた。ニコチャン大王とその家来は落ちていく。
「あっ。おいあいつらは」
「知らないわよ。あんな腐ったダンゴのことなんか」
「私は何も言ってないのにい!」
家来の悲鳴はさておき、ニコチャン大王についてはタツマキの言葉にも一理ある。サイタマもニコチャン大王は宇宙人に見えたし、いい人だとは思えなかった。ずっと宇宙船を盗む話をしていたのがなんとなく聞こえていた。
「行くぞお!」
と、サイタマが空中で身動きが取れない間、ボロスが動き出した。メテオリック・バーストを使用しており、サイタマが見た初めの攻撃よりはるかに速い。
常人には黙視不可能で、ただ巨体とその周囲にうずまくオーラが線のように見える。まさに隕石が付近を通りすぎたような衝撃波が生まれ、瓦礫を凪ぎ払っていく。
それをぽけっと見ていたアラレは、顔の真ん中に拳を受けた。
「しま……っ!」
焦るサイタマ。守るべき一般市民に攻撃が。しかし、それ以上に焦ったのはタツマキだった。
なんてパワーなの!? まるで化け物じゃない!
彼女は再び恐怖を覚えてしまった。ボロスが放つオーラがあまりにも強大で、見ているだけで胸が苦しい。さらに、オーラ通りの爆発的なスピードがあった。あの巨体であれだけ速く動かれたら、自分でも止められないし躱せない。頭で分かってしまう。ならばどうなる? あのメガネ娘のように殺され……。いや、そんなはずはない。
タツマキは未だかつて味わったことのない死という感覚を認めることができない。しかし、そんな時だった。
「ほよーーー!」
間の抜けた、悲鳴のようなものが聞こえた。現在彼女は、宇宙船の壁を何層も突き破って外に出たところ。タツマキの位置からは見えない。ただ、顔面は粉々になっているはずで、声などは決して出せぬはずなのだ。
「ダメージなし。やはりそうか」
ボロスからは、ほよよんとしたいつも通りのアラレが見えていた。しかし拳の手応えはあり、自身の破壊力にも自信があったので、アラレに攻撃が通じなかったのではなく、アラレが何らかの方法で瞬間的に回復したのだと考えた。
「ならば」
ボロスはより一層大きなエネルギーを纏う。軽く先程の50倍はあった。
「ぐぎいっ」
タツマキは驚きのあまり変な声を出してしまう。心臓を掴まれたような、絶望的な感覚さえあった。これじゃあ、地球は本当に終わりだ。どうしようもない。そう言えば予言は当たってたのね。
タツマキが悲観に暮れている間、ボロスが攻撃を開始する。纏っていたエネルギーのほとんどが、攻撃的なオーラの塊となってアラレに迫る。
「雑魚がこれに当たれば骨さえ残らん。お前の回復能力はすばらしいが、どうなるかな?」
不敵に笑うボロス。
しかし、実はアラレの方もにこにこと笑っていた。彼女の心情は『うっほほーい! つおいつおい!』である。アラレは目を細めたまま口を大きく開けた。いつものあれで正面から迎え撃つつもりだ。
「お前の相手は俺だ!」
「ん?」
ところがその時、サイタマが割って入った。
「連続普通のパンチ」
サイタマは拳とその風圧でボロスのエネルギー波を離散させていく。自身が無防備に受け止めることもできるが、周囲の被害を考えて丁寧に消すことにしたのだ。
「んちゃ!」
しかし、そこで迫るアラレのんちゃ砲。サイタマがもう少し早く割り込めば止めていたかもしれないが、タイミングが悪かった。さらに悪いことに、気分の乗ったアラレはふだん遊びでは出さないほどのエネルギーを込めていた。何より、現在は巨大化している。つまり非常に危険なんちゃ砲なのである。
「ん? んごおおおっ!?」
サイタマはんちゃ砲によって前方に突き飛ばされる。ボロスの放ったエネルギー波も完全には消えておらず、前後で破壊的なエネルギーに挟まれることになる。と言ってもんちゃ方の方が遥かに強いので、体はひたすら前方に飛ばされるが。
「何?」
驚いたのはボロスだ。まずサイタマの超スピード、及び自身のエネルギー波をわけもなく破壊するパワーに驚いた。そこからさらに、自身のエネルギー波を容易く押し返し、なおも迫るんちゃ砲に驚いた。
「ぐっ、ぐおおおおおっ!」
んちゃ砲はボロスに命中。固い表皮を激しく打ち付け、なおも直進する。サイタマもボロスにくっついたまま押される。
ボロスは船を破壊しながら進み、ついには外壁から飛び出した。
「ぐっ! ぬうんっ!」
ボロスはメテオリック・バーストを上手く利用して回転。いなすようにんちゃ砲から逃れる。
「はあ。はあ。……ぬうんっ」
さらに、グチャグチャになった腹部の表皮と内蔵にエネルギーを集中。回復。すぐに無傷の状態に戻る。
と、ここで船が大爆発を起こす。先程のんちゃ砲で船を支える動力球が壊されたらしい。しかし、動力球が壊れずとも大惨事になっていただろう。先程のんちゃ砲と、巨大化したボロスの移動によって、船はきれいに真っ二つになっていた。
「あっ! やばい! これはやばいパターンだ! おいエスパー娘! いけるか!?」
ボロスの近くでサイタマが叫んだ。服はボロボロで半裸状態だが、大きなダメージはないらしい。
そのサイタマは、かつて超高層ビルより数倍大きな巨人を倒した時のことを思い出していた。いつも通り一撃で仕留めたが、彼が倒れたことで付近のB市が消滅してしまったのだ。この宇宙船はあまりにも巨大であり、半分になったものが左右に勢いよく落ちれば、付近の2都市が壊滅的な打撃を受けるのは明白だった。
「おい! エスパー娘!」
サイタマが叫ぶ。が、タツマキは呆然としており、反応しない。
その頃、地上のS級ヒーロー達も事態の急変に気付いていた。
「タ、タツマキちゃんがやったのか!?」
「あの2頭身の巨人娘がやったように見えたが……。仲間割れか?」
「大将っぽいのはでかい方だな」
「なんであろうと斬るだけだ。オラア! 降りてこい化け物共め!」
目立っていたのは、んちゃ砲を発したアラレと、その先にいたボロスと、2つに別れて爆破した宇宙船である。
「というかこれ、やばくないか? 船が落ちてるぞ」
「このままでD市とF市が危ない! おい! 誰か遠距離攻撃を出来るものはいないのか!」
「タツマキちゃんが上にいるはずだが……。さすがにきついか?」
「無意味かもしれないが、俺は行くぞ。地上から船に攻撃する」
「お、おいジェノス君! 無茶だ!」
なんてやり取りをしている頃、突然A市の中央付近が光った。
『知っている』
謎の声ともに、何かが立ち上がる。人間のような形をした存在。こいつが光源だった。少し遅れて、瓦礫の山となったA市のそこら中から、黒と白の球体が涌き出る。それが、意志を持っているかのように、輝く人型に集まっていく。
「な、なんだあれは!?」
「新手の怪人か? しかし」
S級ヒーロー達もそれに気付いた。人型と、黒と白の球体。2種の球体は混じり合うことなく、人型の周囲を旋回し、やがて細い楕円になる。旋回速度は徐々に増していき、楕円はさらに細くなる。さらに速くなる。さらに細くなる。さらに速く、さらに細く。ついには楕円は線のようになって、黒と白の見分けがつかなくなる。その直後、輝いた。人型もさらに眩く輝いた。神々しい光が、A市を照らした。
「暖かい。この気持ちは……」
「あれは、生物か? ここは現実か?」
光はやがて淡くなり、いくつかの球体となって浮かぶ。やさしい黄金の光。それがA市を照らし、その光と同じ色の人型が宙に浮かんだ。
人ではない。隔絶した何か。そのはずなのに、どこか当たり前に感じられる。淡く、温かい存在。そいつは目をつぶったまま口許に微笑を浮かべている。
「うわっ。なんだよおめえ」
ちょうど近くにいたアカネが尋ねる。彼女は驚いて尻餅を着いていた。懐には無人のスーパーから盗んだ高級牛肉がある。
「私は地球より産み出された存在。かつてはワクチンマンと名乗っていましたが、もはや呼称など必要ありません。なぜなら、決して交わらぬ神々が手を取り合った。すなわち、全であり一であるからです」
「な、何言ってんだおめえ? 頭が痛いなら病院に……えっ」
アカネはワクチンマンという単語を思い出した。マンガ、ワンパンマンの最初の敵。非常にまずい。
「や、やべえ!」
アカネはせんべえの発明品を起動させ、元の世界に逃げようとする。しかしワクチンマンだったものは、謎の力でそれを妨害してしまった。
「え? なんで?」
「あなたはこの星のものではありませんね」
「ひえええっ」
ワクチンマンだったものはいつの間にかアカネの隣にいた。物腰は柔らかいが、全裸で頭に触手のある黄金のマッチョである。アカネの悲鳴も無理はない。
「それはこの星の生命が宿っていたものであり、人間の思いが込められたもの。この都市には無用の長物におもえるかもしれませんが、あなたに渡すことはできません。私、この星の欲をお許しください」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してくれ! いや、くださいい!」
「ふふっ。聞いていませんか。ま、いいでしょう。全ては許しから始まるのです」
ワクチンマンが言い終わると、せんべえの発明品が再び動き出す。アカネはあっという間に消えていなくなった。
「さて、仕事が残っていましたね。機械仕掛けの小蠅が二匹飛んでいるようで」
ワクチンマンだったものは、上空に浮かぶ宇宙船の残骸2つに手を伸ばす。周囲に浮かぶ淡い球体がそれに応えるように、残骸2つ目掛けて飛び出す。
全て球体は超スピードで動き、残骸に命中。その箇所を抉りとってなお直進する。船を通り過ぎたら旋回し、残った部分に再び襲いかかる。宇宙船は瞬く間に削られていく。崩壊の中で飛び出した瓦礫も直ぐ様球体に捕捉され、抉られる。まるで小鹿に襲いかかるピラニアだ。
少し時間を遡る。タツマキはサイタマに頬っぺたをぺしぺしと叩かれて我に帰った。
「な、何すんのよ!」
「船の残骸を頼む! ボロスは俺が食い止める!」
サイタマには珍しく、必死の形相で嘆願した。その形相にタツマキはまた気圧されてしまった。
「だ、誰に……」
タツマキが言うより前に、サイタマはボロスに向かって飛んでいった。空気や瓦礫を蹴りながら。
何無視してんのよ。言いたいはずの言葉がでない。どうしてあんな化け物に立ち向かえるのか分からない。ただのバカ。そう思う。だけど、それだけじゃない感情もある。悔しい。何もできない自分。何もしようとしない自分。頭では分かっている。落下する船を止めたところで、化け物がその気になれば地球は滅ぼされる。だから意味がない。だけど、諦めて何もしない自分を何故か認められない。
「同士討ちする可能性だってあるじゃない」
ぽつりと呟いていた。他人任せ、運任せな可能性。でも、可能性はある。先程のメガネ娘の攻撃。極僅かの愚かな賭け。でも、何もしないことは怠惰。そう思う。そう思わなくてはいけない。私はヒーローなのだから。
「くっ。くううっ。うわあああああああああ!」
人生で初めて、無我夢中で能力を使った。自分でも信じられない程の力が、すんなり出た。宇宙船の残骸2つは、ピタリと止まった。
その少し前、ボロスは空中で腕を組み、アラレを眺めていた。
んちゃ砲の反動のままに付近の都市へ落ちていくが、ガッちゃんが飛んで追いかけ、掴まえる。
「ありがとう。ガッちゃん」
「ぐぴぽー!」
ボロスはスーッとアラレの前に移動していく。
「娘よ。すばらしい技だった。既に戦いは始まっているが、改めて名を聞いておこう」
「ほよ? あたし則巻アラレだよ。ほんでこっちはガッちゃん」
「ぐぴぽー!」
「ほう。そうか則巻アラレ。お前は強い。すばらしい戦いを期待しているぞ」
「うん! あんたもつおいね。でもガッちゃんもつおいんだよ。あとね、お友達のおぼっちまんくんと弟のターボくんもつおいよ」
「何!? 弟がいるのか!?」
「うん!」
ボロスは衝撃を受けていた。自分とまともに戦える相手。渇望していた相手が、幾人もいるという事実。少しプライドが傷ついた。しかし喜びが遥かに勝る。
「いいぞ。いいぞ地球人たちよ。こんな宇宙の辺境へ来た甲斐があった。もっと俺を楽しませてくれ!」
「ちょっと待ってね」
「うっ」
ボロスの興奮が絶頂に達したところだが、アラレはとぼけた調子で遮った。ガッちゃんがアラレに何やら言っている。
「あんねー。ガッちゃんがあの船墜ちる前に食べたいんだって。おいしいらしいよ」
「船を食べる? 金属を好む種族か? だがあれはそう単純な作りではないぞ」
「ちょっと待っててねー」
「おいっ」
ボロスの言葉を待たず、ガッちゃんはアラレを連れて宇宙船へ飛んだ。
「ぐぴぽー!」
ガッちゃんはいきなり宇宙船にかじりつく。自分の羽で宇宙船を浮かせながら、勢いよく食べていく。おかげでタツマキは半分楽をできるようになった。
「あたしもご飯にしよっと」
アラレはガッちゃんから離れて宇宙船に着地し、背中のリュックを降ろす。ファスナーを開き、ロボビタンAの入った哺乳瓶を取り出す。
「ごくごくごく。ぷはあっ。はあ、おいしかった」
と喜んでいる時、突然宇宙船は爆発した。
「ほよ?」
淡く光る球体がいくつも飛んできた。その一部はアラレやガッちゃんに当たり、宇宙船から弾き飛ばす。
「ぴぽー! ぴ、ぴぽ! ぴぽぴ! ぴぽー!」
特に食事を邪魔されたガッちゃんは怒った。周囲を見回し、光球の操縦者らしき黄金の人型を見つける。
「ぴぽぴ! ぴぽー!」
ガッちゃんは頭の触手から巨大な電撃を発した。
「ん? んぎゃあああああっ!」
それはワクチンマンだったものに命中し、真っ黒に焦がした。
まだ息はある。しかしそこへ、巨大な物体が落ちてきた。
ぶちゅっ。
ワクチンマンだったものは潰れてミンチになった。
「今のは躱せただろう?」
「ふん。お前は地上でなければ力を発揮できないタイプだろうからな」
「別に空中でもいいんだけどな。ま、そっちが望むならここでいいけど」
物体の正体はボロスだった。サイタマに合わせるためにわざと攻撃を受け、地上に落ちた。その先にワクチンマンだったものがいたのだ。