「うおおおおお!」
ボロスとサイタマの激しい攻防が始まった。振り落とされる巨大な拳の数々。その度に土埃、いや、巨大な瓦礫さえ飛び散る。まるで噴火のようだ。周囲の大地は沈み、時には割れる。
「なんという戦いじゃ。この世のものとは思えんわい」
「負けるはずがない。先生なら」
バング、ジェノスは街に飛来する瓦礫を破壊しながら言う。
「クロビカリ! そっち行ったぞ!」
「あっ。ああ、すまん」
クロビカリはボロスの凄まじさに呑まれてしまい、精彩に欠ける。それでもバングとジェノスよりも遥かに大きなガレキを一人で受け止められる彼は貴重だ。
「オラア! 調子に乗んなよクソがあ!」
「狂ったか!? どこ殴ってやがる!」
金属バット、アトミック侍は果敢にボロスの元へ向かおうとする。しかし飛来する瓦礫と暴風と地震のために一定以上近づくことさえ出来ない。彼等からはサイタマの姿どころかボロスの上半身しか見えず、それも土煙のためにおぼろ気で、地球を掘っているようにさえ見える。
なお、最も多く瓦礫を防いでいたのはタツマキであり、次いで多いのは近くで観戦しているアラレとガッちゃんだった。彼女達は突っ立っているだけだが、巨大な瓦礫が体に当たっては落ちていく。
「うっほほーっい! くあっこいいーい!」
「グピポー!」
その頃、ヒーロー協会では今事件の被害状況を確認し、同時に災害レベルを特定しようとしていた。
「竜以上は間違いない。あの巨大な一つ目。そして着ぐるみの天使とめがねっ娘」
「船を破壊したエネルギー砲の解析結果が出ました」
「来たか! どうだった!?」
「これは……そ、測定不能です!」
解析班の結果にはエラーと出ていた。
「なんだと!? どういうことだ!」
「エネルギーが莫大すぎるのです! ただ言えるのは、あれが地上に命中すれば人類は終わるということ!」
「何!?」
「か、神だ」
「えっ?」
「さ、災害レベル神だ! 巨人3人とも! 突然現れた黄金の怪人も竜以上は確定! 早く通知しろ!」
「は、はひっ!」
「災害レベル神が同時に複数だと? 未だに目の前で起こっていることが信じられん」
「地球が、めちゃんこやばいっ」
サイタマは受け身の戦法を取っていた。先手はボロスに譲り、自分は出てきた拳をそれ以上のパンチで破壊するだけ。ボロスの拳は一瞬で回復するので何度も殴ってくる。しかし一度もサイタマには届いていなかった。ただ、衝撃の余波とサイタマが地面を踏ん張る時の反動で地面が陥没し、泥や岩が飛び出してサイタマの服はさらにボロボロ且つ泥だらけになっていく。今では服が覆う場所より泥が覆う場所の方が多いくらいだ。
サイタマは当初の予定通り、ボロスの力を最大限引き出すつもりだった。しかし、これ以上となると周りが厳しいかもしれない。残念だが、街に被害が出る前に終わらせた方がいいのかな。
と、サイタマが思ったとき、不意に地面が浮き上がった。
「うっほほーい! うっほほーい!」
大喜びしたアラレが大ジャンプをしたからだった。その反動で地面がめくり上がり、サイタマのいる地盤が浮かび上がった。サイタマは地面に押され、空中に投げ出される。
「あっ、しまっ」
ぽけっと考え事をしていたサイタマに、ボロスの蹴り上げが迫る。サイタマはその足を殴って消し飛ばそうとしたが、下に地球があることに気付き、咄嗟に手加減した。自分が本気で地球を殴れば、地球が壊れてしまうかもしれない。結果、ボロスの足の勢いを大幅に緩めるに止まり、蹴りはサイタマに命中する。
エネルギーは重さかける速さの2乗である。サイタマはボロスの足を元の速さの1%未満に減速させたが、ボロスの足自身は元の1000000倍の大きさと質量を誇る。結果、サイタマは元の大きさのボロスが放てる全力の蹴りよりも大きな推進力を受けた。
「やばっ、これって……」
サイタマはその後の言葉を出すことができなかった。口は動くが音が唇付近で消える。そこは真空だったからだ。
あれ? 地球が小さくなっていく。これどうするんだ? どうやって戻るんだ?
口を塞ぎ、平泳ぎしたりクロールしたりしてみる。しかし真空の無重力地帯では何の効果もない。地球は遠ざかるばかり。
どうやって戻るんだ? どうやって戻るんだ? これって、まさか……。
取り返しのつかない失敗をしてしまった。
サイタマは激しく後悔した。己の自惚れを呪った。そして思うは人類の安否。
戦闘を楽しもうとせず、早く決着を着けていればこんなことには! 地球は、皆は大丈夫なのか!? あいつらだけでボロスを押さえられるのか!? ジェノスや爺では無理だ。エスパー娘でも無理だ。可能性があるとしたら、めがねっ娘と赤ん坊。あいつらくらいしか。
クソッ! どうしてこうなった!
サイタマが嘆いている頃、地上では絶望が訪れようとしていた。
「み、見間違いか? 大きいのが泥だらけの何かを蹴って、それが飛んでいったように見えたが」
「せ、先生……。そんな……」
深いショックを受けたのはジェノスとバングだ。特にジェノスはサイタマを崇拝さえしていたので信じられない思いが強い。
「急に地面が上がって、何かを蹴った? 戦いの前の儀式か?」
「やっと静かになったか。オラア! てめえの相手はこっちだ! かかってきやがれえ!」
対して、他のS級はボロスが意味不明に暴れているようにしか見えなかった。風と瓦礫が止んだので、果敢なヒーローは突っ込んでいく。
「はあ、はあ。無駄に派手に、殺したわね。はあ、はあ」
タツマキは船と瓦礫を防いでかなりバテていた。ゆっくり降下していき、着地する。なお、ボロスがサイタマらしき泥の塊を蹴ったのは見ていたが、それ以前にサイタマは死んでいたと考えている。
「ほよよー。飛んでっちった」
「ピピプー」
アラレとガッちゃんは額に手をやって空を仰ぎ見ていた。サイタマは見えない。
ボロスも腕を組んで見上げている。その表情は深く思案しているようだ。
「オラア! かかってこいや! 地球代表が相手だ!」
「これでも食らえ!」
その時、S級ヒーローであるタンクトップマスターが、5mもある瓦礫をガッちゃんに投げつけた。800mほど距離はあったが、瓦礫は十分ガッちゃんに届く勢いだ。彼もまた超人の端くれである。
「グピポー!」
ところがガッちゃんは、その瓦礫を本当に食べてまった。それもうれしそうにである。
「あ、あんたー! 何やってんのよー!」
と、そこへ怒りの表情のタツマキがやってきた。
「す、すまん。塩を送るつもりじゃなかったんだ」
「違うわよ! あんたたちじゃ無駄だから余計な刺激を与えるなって言ってんの!」
「ん? どういうことだ?」
タンクトップマスターは眉間にシワを寄せる。タツマキは相手を喜ばせたことを怒ったのだと思ったが、そうではないらしい。
「分からないの! 戦っちゃいけないってこと!」
「なんだと!? 俺はヒーローだぞ!? 目の前に悪がいて、黙って見ていることなどできん!」
「それが余計だって言ってんの! 遊びじゃないの! この星の命運がかかってんのよ!」
タツマキは焦っていた。巨人達が仲間割れを起こすことでしか、この星が救われる可能性はない。プライドの高い彼女がそう認め、恥をのんで裏方に徹しているのに、彼のような頭の悪い雑魚に計画を台無しにされてはたまったものではない。
「要するに、ビビってんだろ?」
ピキッ。タツマキのこめかみが鳴った。発言の主は金属バットである。
「戦うのが怖いガキは家で大人しく菓子でも食ってっ、ろっ?」
言い切る前に、金属バットはタツマキの超能力で飛ばされた。金属バットはヒーロー協会まで吹っ飛び、外壁に叩きつけられた。
「ほよよー。くあっこいいーい!」
と、アラレがタツマキに興味を持った。
タツマキの心臓が跳ね上がる。
「あっ、違っ。私は……っ」
タツマキは超能力でゆっくり上空へ逃げる。
「ぐぴぽー!」
しかしガッちゃんは飛べるので、ふつうに笑顔で近づいてくる。
「ひっ、ひいいいっ!」
「ごっらおめえらあああああ!」
と、そこでアトミック侍が叫んだ。戦意を失ったタツマキを逃がすためだった。
「雑魚と遊んで楽しいか? 俺が本当の戦いってもんを教えてやるぜ」
アトミック侍は小さな体でアラレ達を睨み付ける。アラレとガッちゃんは声に引かれて彼を見る。ボロスは一瞬ちらっと見たが、興味を失ったように再び上空を見上げた。
「ほよ? あんたらヒーローなの?」
「ああそうだ。貴様らはなんだ?」
「あたしアラレだよ。こっちはガッちゃん。今ね、皆で怪獣ごっこやってんの」
「ごっこだあ!? 舐めやがって! ごっこかどうか見せてやるよ! かかってきやがれ!」
その言葉にアラレは喜んだ。
「うっほほーっい! うっほほーっい!」
こうなったら止まらない。
アラレはクラウチングスタートの真似をする。ガッちゃんはにこにこして付近で飛ぶ。
「よーい、どん!」
声に合わせ、アラレとガッちゃんは飛び出した。
「きいいいん!」
すさまじいパワー。すさまじい足の回転速度。着地で地を揺らし、大小の瓦礫を飛ばす。全身から生まれる衝撃波が嵐を生む。
「ばっ! あなた逃げっ!」
「地球なめんなよ! アトミックざっ、ぐおおおっ」
アトミック侍は衝撃波に吹っ飛ばされてしまった。近くにいたタンクトップマスターとプリプリプリズナーとイアイアンもだ。アラレはそのままの勢いでジェノス、バング、クロビカリにも突っ込んむ。いつものように、両手を横に広げて。
「きぃいいいん!」
「なっ」
「まずい! このまま行かせると街が!」
「くっ。俺の筋肉は最強のはずだ。あんなデカいだけの嬢ちゃんにはっ、ぐおおおっ」
そして、3人ともなすすべなく飛ばされてしまった。
「きゃははははははは! ほよ?」
と、アラレは急停止する。崩壊したA市と人のいる隣の市のぎりぎり境目で止まった。
「あれ? 誰もいなくなっちった」
「ぴぽ?」
周囲を伺うアラレとガッちゃん。立っているのはボロスしかいない。
「ヒーロー誰もいないね。トイレいっちったのかな?」
「ぴぽー?」
「どうするガッちゃん。あのハゲ探す?」
「ぴー。ぴぽぴぽー」
「そうだね。もうちょっとこの辺探そっか。隠れてるかもしんないしね」
アラレはガッちゃんと共に瓦礫の中を歩き出す。時には瓦礫をめくり、下を見る。当然誰もいない。いや、宇宙船の攻撃でミンチになった死体はあったりするが、アラレにはそれは分からない。
その頃、サイタマに呼びかける謎の声があった。
『聞こえるか?』
サイタマが周囲を伺うと、近くにぼんやりした黄金の光球があった。サイタマも先の戦場で見たから覚えている。
「ん? 誰だっ、ぐむうっ」
話しかけようとして、息が吸えなかった。
『声を出すな。うなずけばいい。私はワクチンマンだったものの残り香。地球に未曾有の危機が迫ったことで再び現界したが、残念ながら戦いに敗れてしまった。肉体は既になく、残留思念で話しかけている』
三行で要約してくれないかな。サイタマは思った。
『そもそも私は怪人ではない。地球の意志で生まれた守護者、言わばお前達が自称しているようなヒーローだったのだ。というのも、地球の環境を破壊するだけの人間は地球にとって害悪であって……』
その後、ワクチンマンの持論や人間に対する恨み辛みが延々と続いた。サイタマはほとんど聞いていなかった。
『であるから、ライバルであるお前に戦いを託そうと思う』
えっ? ライバル? 誰かと勘違いしてないか? ワクチンマンなんて聞いたことないし。あっ、でも声には覚えがあるな。アニメで聞いたような。
『聞け。お前はもうすぐ火星と木星の間にあるアステロイドベルトに入る。要するに隕石群だな。そこでは、あまり確率は高くないが、お前が隕石にぶつかる可能性はある。そこを逃がすな。思いきり蹴って地球に帰るんだ。と言ってもひとっとびでは無理だからな。私が誘導する。いくつかの隕石を順々に蹴ってジグザグに加速していくんだ。お前にならできるはずだ。私が認めたお前になら。私はできるぞ』
隕石群? そうなのか?
サイタマはちょっと期待して足元を見る。
時間が過ぎていく。特に何も当たらない。
『うむ。どうやら外れのようだな。後は頑張れ』
と、それっきりで光は消えてしまった。
なんだったんだ? 一体……。
『聞こえるかしら?』
と、今度はタツマキの声が聞こえた。
『おっ、エスパー娘か?』
『ええ。しかし驚いたわよ。あなたまだ生きてたのね』
『ああ。まあな』
『今、私達は非常に危険な状態にあるわ。はっきり言って絶望的』
『……そうか』
『今、敵の大将からあなたに話しかける時間をもらってるの。だからそれがタイムリミットよ。終われば全て破壊される』
『ちょっと待て! ボロスは今暴れてねえのか!?』
『ええそうよ。そして何故か、あなたをここへ戻すよう私に命令してきた』
『なんだって!? お前、俺を地球に戻せるのか!』
『ええ、できるわ。あなたは何故か念力のかかりが薄いから直接は動かせないけど、近くの彗星に乗せて運ぶことならできるはず』
『そ、そうか! よく分からんが頼む!』
『頼むって、あなたこっちに来てどうする気?』
『どう? そりゃあボロスと戦って倒すんだよ』
『バッ、バカ言ってんじゃないわよ! ただの人間のあんたに勝てるわけないでしょう!』
『お前こそバカか? 勝てる可能性とかそういうのはどうでもいいんだよ。ヒーローが逃げたら誰が皆を守るんだ?』
『……っ! ほんっっとバカね! でも、そんなあんただから宇宙人が興味を持ったのかもね。御愁傷様』
直後、タツマキは念力を駆使し、近くの隕石をサイタマの元へ運んだ。サイタマがそれに乗ったのを確認すると、地球へ向けて発進させた。