The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第十七話「回想者の覚悟」

第十七話「回想者の覚悟」

 

昔、私にはたった一人の妹がいた。

とても内気で私とは正反対な性格の妹だった。

父も母もきっとそう思っていただろう。

けれど、私だけは知っている。

私とあの子はとてもよく似ていた。

まるでコインの表と裏。

一つである事は変わらないのに見た面によって見え方が違う。

たった、それだけの事だ。

だから、目の前にいるのはもう一人の私だった。

もしも、選ばれたのが自分だったならば、目の前にいるのは自分で此処にいるのはあの子だったはずだ。

『がえ゛せ゛がえ゛せ゛がえ゛せ゛がえ゛せ゛がえ゛―――』

壊れたCDのように繰り返しているのは体の半分以上が呪泥に融けた少女。

桜。

もう人間の形をどれだけ保っていられるのかも分からない存在。

私のたった一人の妹。

『桜。大丈夫です。必ずアレは取り返します』

付き従うのは背の高いボンテージファッションとも思える服を来た眼帯の女。

ライダー。

今、唯一あの子を庇おうとする存在。

「私はカードを四枚伏せる」

虚空に投げた五枚のカードが私を守るように戦場(フィールド)へセットされる。

『あのサーヴァントの能力を使えるようですが、それで勝てると思わない方がいい』

ライダーの言葉に私は内心で笑い出しそうだった。

その通りだ。

同じ能力を得ていようと彼が強かったのは彼だからだ。

【決闘者(Duelist)】と名乗り、己の全てをたった四十枚の紙束に預けて戦う存在。

その行為を愛し、そのゲームに命を掛けたからこそ、彼は英霊として戦えた。

この聖杯戦争という暴力と謀略が支配するGAMEの中で勝ち続ける事が出来た。

だが、私は違う。

Duelistではない。

それどころかカードゲームの経験さえ殆ど無い。

この力で戦えたとしても彼のように強くはなれない。

「そうね。確かにそうだわ。でも、だからって諦めたら試合終了じゃない」

ライダーはもう何も言わなかった。

「あ、そうだ。桜・・・あんた衛宮君が今どうしてるか知りたい?」

私がニコニコしながら言うと、もう人間を半分止めているような状態にも関わらず反応が返ってくる。

『ッッッッ、せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいせんぱ―――――』

私は確信した。

未だ、目の前の存在は桜だった。

まだ、自分の知っている妹だった。

「今日、衛宮君は・・・」

『?』

「私の部屋で寝てるわ」

『!!!!』

『桜!? 耳を貸してはいけません!!』

慌てるライダーだったが体が動かないのでは桜の耳を塞ぐ事すらできはしない。

「ふふ、驚いた? だって、しょうがないじゃない。あんたがいなくなって泣いてる衛宮君が可哀想だったんだもん」

『?!!』

「ホントならあんたに譲っても良かったのよ? でも、あんたは自分から衛宮君を手放した。そして、衛宮君を失望させた。可哀想な衛宮君を優しく優しく慰めてあげたら、ね? 分かるでしょ」

クスクスと嗤えば、呪泥と化した桜は震えていた。

その黒い半身に点在する赤い目が驚愕にざわめき始める。

「衛宮君は私が貰っておいてあげるわ」

私の声に桜の表情が一変する。

今までの壊れた空ろな表情に明確な人格を思わせる激情が浮かぶ。

「嘘・・・うそッ!? 嘘ッ!! うそッッ?!」

「嘘じゃないわよ? 何なら教えてあげましょうか。衛宮君があの時、どんな声で泣いて、どんな声で求めてくるのか。あ、そうか。ごめんごめん。あんたはそもそもそんなの分からないから嘘かどうかなんて分からないわよね♪」

「うそ嘘うそ嘘うそ嘘うそうそうそうそうそうそ嘘うそうそうそうそうそうそッッッ!!!!!」

「気に入らないからって乱暴に投げ捨てた玩具を今更欲しがるわけ?」

「違うちがうちがう違うちがちがちがちがちがッッッ!!!?」

「桜!? それ以上興奮しては体が!?」

「そんなに衛宮君が幸せになるのが嫌なの?」

「せんぱい・・・しああああわせえええなんてないないないない!!!!」

「あんたは衛宮君を自分のものしたいからって、あんな手段取ったじゃない。衛宮君の事なんか何も考えずに自分の事だけ優先した。それに比べれば衛宮君の事を考えてあげる私の方がよっぽど幸せにできるわ」

「―――――ちが・・・ちが・・・」

「ま、そもそも今更あんたが衛宮君に迫ったって無駄だろうけど。だって、あんたソレ」

「それそれそレ!?」

桜が動揺する。

「そんな化け物みたいな体じゃ衛宮君の前に何か出られないでしょ? それともそんな姿で迫ってみる? 衛宮君に『せんぱいせんぱいせんぱいすきすきすきすき』って♪」

震えた桜の体から呪いが溢れ出す。

闇が路地裏を塗り潰していく。

赤い瞳が憎しみを宿してこちらを見る。

「――――殺すッッッ、姉さんなんか殺してやるッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

明確な言葉。

壊れた己なんて拭い去るような殺意。

人を呪う時、人は最も強い力を発揮する。

泥となった半身を蠢かせて、僅かに桜が形を取り戻す。

「できるもんならやってみなさいよ!!! ターンエンド!!!」

そのまま相手ターンに移った時点で猛烈に周辺へ闇が拡大し始める。

「ライダーは手を出さないで!!!」

桜の叫びにライダー自身が一番驚いたのかもしれない。

明確な声が私の鼓膜を震わせ、呪殺する勢いの視線が全方位から圧力を掛けてくる。

「姉さんになんて渡さない!!! 先輩は絶対に渡さない!!!」

「あっそ。負け惜しみはみっともないわよ。桜?」

「死んでッッッ!!!!!!」

全方位から襲い掛かってくる泥に対して私は発動を宣言する。

「罠(トラップ)カード発動(オープン)『暗闇を吸い込むマジック・ミラー』!!!!」

私の前で一枚の罠が表側表示になる。

「ッッッ?!!」

「桜ッッ!!!」

カバーに入ろうとしたライダーの行動は全て無駄と終わった。

周囲に存在するあらゆる闇の眷属が私の前に姿を現した一枚の鏡へと吸い込まれていく。

名の通り、闇だけが世界から消え去っていく。

半身を闇で構成している桜もその例外ではなかった。

「あぎゅい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッッッ!!!!!?」

「ほらほら、早くしないと体が半分無くなっちゃうわよ? 桜」

「ぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!?」

「蟲みたいな声。衛宮君に後で聞かせてあげようかな。あの桜は実は蟲みたいな最後だったのって♪」

「ぐ、ぐぅぅッッッッッ、うあああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」

叫んだ桜の体が僅かにまた形を取り戻す。

膨大な闇が桜の雄叫びに反応して周囲から溢れ続け、鏡に吸い込まれていく。

「あはは、それでずっと耐えるつもり? あたしを殺すんじゃなかったの? そんな如何にも負けそうな闇なんかに頼ってるからダメなのよ」

「――――――」

「ああ、言葉すら出ないの? そうね。あんたはもう人間なんかじゃないものね」

「!!!!!」

「桜をこれ以上はやらせない!!!?」

突撃してくるライダーに更なる罠(トラップ)を発動させる。

「罠(トラップ)カード発動(オープン)『デモンズ・チェーン』!!!」

「なッ!? ぐ、これは―――」

「姉妹の喧嘩に口を挟もうなんて無粋よ。ライダー」

ライダーの全身に鎖が絡みついて完全に拘束する。

「油断、しましたねッッ!!!!」

ライダーの声に反応するよりも早く、ライダーの眼帯が取れた。

たぶん取れる状態にしておいて突撃してきたのだろう。

何かしらの罠に嵌るのは承知の上で。

しかし、それも無駄に終わる。

「どうかしたのかしら? ライダー」

「ど、どうしてッッッ!!!」

石化する兆候どころかピンピンしているこちらを見てライダーが今度こそ驚愕する。

「対策済みよ。メデューサの魔眼がどんな属性なのか魔術師なら理解できて当然。闇の力はこの鏡を前にして全て無効化される。それが例え神の力だろうともね」

ライダーの瞳を私は見つめ返す。

人間には在り得ない眼球。

今まで有史以来裸眼でそのまま見つめられた事など無いだろう瞳は僅かに感嘆してしまうくらい美しく禍々しいものだった。

「さて、と。そっちはどう桜? まだ生きてる。生きてるなら返事して。それが無理ならとっとと諦めて衛宮君を私にくれるって頷くだけでもいいわ。衛宮君にこれ以上近づかないって約束するなら罠を止めてあげてもいいのよ?」

「――だ――れ――が――!!!」

「へぇ、まだ喋れるんだ。でも、あんたは人間じゃないんだから人間みたいな言葉使っちゃダメじゃない♪」

「!!?」

「悔しい? でも、あんたが化け物の限り・・・あたしに届く事なんて無いと知りなさい。あたしに届くのは人間の言葉と人間の手だけよ。あんたみたいな化け物に殴られてやる程お人よしじゃないもの」

「―――ッッッ!!!」

私がノコノコと近づいていくと桜は憤死しそうな視線で私を見上げてくる。

しゃがみ込み、必死に己を保とうとしている桜の形はまた少しだけ取り戻されている。

「そろそろエンドね。それじゃ、こっちから行こうかしら。ドロー」

私は自分に装備罠を発動する。

「罠(トラップ)カード発動(オープン)『メタル化・魔法反射装甲』」

私の体にカードから出現した鎧が身に付けられていく。

ダサ過ぎて笑える鎧だったが、その攻撃力は効果だけを見れば確かなもの。

「私は桜にダイレクトアタック!!!」

「桜ッッ!!!!」

私は容赦なく桜のどてっ腹にブチかました。

「――――――ッッッ?!!!!」

そのまま吹き飛んだ桜が路地裏の穢い泥水に沈みこんだ。

こちらを見上げる瞳には圧倒的なまでの絶望。

そして、それでもまだ失せていない殺意。

「どうしたの? 掛かってきなさいよ。掛かってこないならこのまま帰って衛宮君とイチャイチャラブラブしちゃうわよ?」

「ッッッッ!!!!」

歯を食い縛った桜が立ち上がる。

鏡に半身を吸われながら、圧倒的なまでの憎悪と執念が桜の形をまた少しだけ取り戻していく。

「う、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

桜が殴りかかってくる。

それはどう見ても・・・ただの人間の突撃だった。

何の技も能力も力も無い突撃。

だが、そんなもので装備罠をどうにかできるはずもなく。

私の顔を殴ろうとした桜の闇の腕が粉々に砕け散る。

「人間でもない化け物が人間様の姿をして衛宮君を誑かしてるんじゃないわよ!!!」

拳で桜の中心を再び殴り飛ばす。

「あぐぅぅぅぅぅうううッッッ?!!」

「人間みたいな声出してりゃ人間なんて思わない事ね」

「う、うぁあああああああああああああああ!!!!!」

再びボロボロな姿のままこちらに殴りかかってくる桜。

その形はまた少しだけ人間らしくなった。

「そんなに衛宮君が欲しい? そんなに好きな人を手放したくない? なら、あんたはそんな闇じゃなくて人間として普通の女の子として戦うべきだったのよ!! なのに、魔術に溺れて、自分は可哀想な魔術の被害者だから誰かを虐げてもいいなんて甘い誘惑に乗った!!」

殴り飛ばそうとした私の拳が左頬に決まった。

しかし、先程までとは違って桜の闇が崩れない。

そのまま私の顔面に桜の人間の拳がぶち込まれる。

「姉さんは何も知らない癖にッッッ!!? わたしがどんな事をされたのか知らない癖にッッッ!!!」

「ああ、知りゃしないわよッッ!!! だから何ッッ!!! あんたは自分が不幸だからって好きな人まで不幸にしようってのッッッ!!!」

「蟲で体を陵辱されてッッ!!! 弄ばれてッッ!!! 誰もわたしを助けてなんてくれなかったッッッ!!!! いいじゃないですかッッ!!! 好きな人をッッ、優しい先輩を自分のものしたってッッ!! 私だけのッッ、私だけの先輩にしたってッッ!!!!」 

「分かってるじゃないッッ!!! あんたは最初から自分を助けてくれた人間を雛みたいに慕ってただけだってッッ!!! そんな恋ですらない【依存】だったから衛宮君にいつまでたっても手を出されなかったんでしょッッ!!!!」

「違いますッッ!!! わたしはッッ、わたしは先輩だったからッッ!!! 先輩だったから好きになったんですッッッ!!!!」

「その先輩を失望させたのは何処の誰よッッ!!!!」

「―――ッッッ!!!?」

私の拳と桜の拳が交錯する。

互いの顔はボコボコだった。

体は激しい動きに悲鳴を上げている。

それでも止まる様子もなく殴り合いは続く。

一分すら過ぎて、殴り合いは続く。

それはDuel中、ただバトルフェイズを行い続けているだけだからこその時間。

ややこしい事などない。

ただ、戦い続けているからこそ出来る姉妹喧嘩。

「先輩は私に優しくしてくれましたッッ!!! 先輩は私に沢山の事を教えてくれましたッッ!!!」

「そして、あんたは裏切ったのよッッ!!! 自分の大切な先輩との関係を自分の手で壊そうとしたッッ!!!」

「わたしはただ先輩とずっと一緒にいたかっただけですッッ!!!」

「化け物の分際に出来るつもりッッッ!!!」

「やってみせますッッ!!! どんなに先輩がッッ、先輩が姉さんに唆されたってッッ、わたしのものにしてみせますッッ!!! また私の方を振り向かせて見せますッッ!!!!」

「馬鹿じゃないッッ!! そんな体で衛宮君に嫌われに行く気ッッ!!!」

「そんなのすぐにでも元に戻して見せますッッ!!! 絶対、綺麗だって言わせてみせますッッ!! 先輩はッッ、先輩はッッ!!!」

私の目の前で桜の『色』が戻った。

「先輩は私だけのものですッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

黒の半身。

それが再び桜の形を取り戻す。

桜という存在を取り戻す。

【速攻魔法『サイクロン』対象は『メタル化・魔法反射装甲』】

嵐のような風が私と桜の間を吹き抜けて、私の鎧を剥ぎ取った。

間一髪。

桜のライフがゼロ寸前で止まる。

頬に桜の拳がクリーンヒットした。

脳裏で星が散ってふらつく。

「なッッ!?」

「やるじゃない。それでこそ―――」

私の前で桜が目を見張って固まっていた。

「私の妹だわ」

完全に魔力が枯渇する痛みに体が悲鳴を上げる。

それがDuelの終わり。

Duelそのものを維持していたカードがディスクから弾き出されてデッキへと戻る。

同時に私のデッキがただの紙束と化した。

口から血が滴る。

魔力を限界まで搾り出した肉体が苦痛に屈した。

体が前のめりに倒れ込む。

これほどに魔力消費の激しい戦いをしていたのだと、今更に彼の凄さを思った。

「ねぇ。もしも、ホントにあんたが衛宮君を想うなら・・・魔術になんて頼らないで自分の手で恋を掴みなさい。あの朴念仁は言わなきゃ分からないんだから・・・」

僅かに裂けた肺が血で溺れていく。

「あ・・・姉・・・さ・・・?」

混乱している妹の様子は衛宮争奪戦を前にいつもオロオロしている常の姿。

「それともう一つ。今まで言えなかったけど・・・綺麗になったわね桜・・・リボンまだしてくれてて、嬉しかったわ」

霞んでいく視界の中で桜は己の変化に気付いたようだった。

「・・・生き残りなさい・・・桜・・・でも、それは誰かを殺して生き残るんじゃない・・・あのお人よしみたいに・・・誰かを守って・・・いっしょ・・・に・・・」

「あ・・・あ・・ね、姉さん・・・何・・どうして・・・わたし・・・先輩を・・・だって・・・いや・・・何で・・・」

思わず笑ってしまう。

人の言葉を鵜呑みにする素直さはどんな闇に落ちても直ってはいなかったらしい。

「嘘に・・・決まってるじゃない・・・でも、うかうか・・・してると・・・セイバーに・・・取られ・・ちゃう・・かもね・・・」

「や、やだ・・・姉さん・・姉さんッッ!!!」

泣き顔。

いつ以来だろう。

そんな顔を見るのは。

「・・・しあわせ・・・なんなさい・・・・さく・・・ら・・・・」

「い―――」

変わっていない・・・やっぱり目の前の少女は自分の大切な妹だった。

「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

私の意識はそこで途絶えた。

 

【ドロー】

「これでッッ!!!」

雷の魔術が発生するより先に彼の声が響く。

【『ナチュル・エクストリオ』効果発動。墓地のカード一枚を除外、更にデッキから一枚カードを墓地に送って相手の罠、魔法カードの発動を無効にする】

獣の咆哮と同時に魔術がシエルの中で霧散した。

「ぐッッ、しかし!!!」

何度目かの魔術の無効化。

それでも再びの雷が彼に放たれようとして、再び『ナチュル・エクストリオ』の壁に阻まれた。

「これで!!」

残りデッキ0枚。

彼のフィールド上に存在するのは『ナチュル・エクストリオ』一体と伏せが二枚のみ。

「これで貴方の力の源であるカードはもう宝具内部に存在しない。私の勝ちです!! 名も知らぬ英霊よ!!!」

ボロボロになった体を押して第七聖典を構えたシエルが微笑む。

たった二分とはいえ、全ての魔術を無効にする『ナチュルエクストリオ』を相手に全力で第七聖典を振るったのだから当たり前の結果かもしれない。

宝具の性質を途中で見極めたシエルはすぐに彼がどういう戦い方をしているのか気付いた。

そして、それだけの力を扱う代償がどれだけのものなのかも何となく察した。

厳密には分からずともデッキが減っていく様は命をすり減らす様に似ていたのだ。

つまり、持久戦に持ち込んだ時点で彼の結末は決まっていたに等しかった。

「魔術を無効にする獣とは・・・あのネロ・カオスですらここまでの力は持ち合わせていなかった・・・・・・ですが、これで終わりです!!!」

彼は動じない。

「・・・・・・」

「強敵だった? それは光栄です。だが」

彼が引いたカードを見て瞳を閉じる。

「ただ、この町の平和の為に、今此処で貴方を討ち滅ぼします!!!」

全力で戦ったシエルの魔力は未だ三割以上残っている。

肉体の損傷も未だ致命傷は受けていない。

次の相手ターンが無いとすれば、勝利は必定。

しかし、彼は諦めた様子なんてなく淡々とDuelを進行する。

【速攻魔法『神秘の中華鍋』を発動。フィールド上のモンスターをリリースし、その攻撃力分のライフを得る】

「なッッ!?」

シエルが思わぬ状況に固まる。

二人の前で巨大な中華鍋が出現し『ナチュル・エクストリオ』がその中で光と化して彼に降り注いだ。

魔術を無効にする事がもう出来ないとはいえ、その強大な力をあっさりと手放した彼の行動は予想外以外の何物でもなく。

(何を!?)

【『異次元からの帰還』を発動。ライフを半分にして除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する】

虚空に巨大な穴が開いた。

どこまでも黒い穴の奥から何かが飛び出してくる気配。

【『迅雷の魔王-スカル・デーモン』『エフェクト・ヴェーラー』『暗黒界の軍神 シルバ』を特殊召喚】

「そんなッッ!!?」

フィールド上に現れたのは三体のモンスター。

二体の悪魔と一体の妖精。

【『エフェクト・ヴェーラー』と『暗黒界の軍神 シルバ』をチューニング。シンクロ召喚!! 『大地の騎士 ガイアナイト』】

悪魔と妖精が星となり、天に昇った瞬間、遥か上空から地上へと巨大な騎士鎧が落下してくる。

その人馬一体となり落ちてくる二つの槍を持った騎士の蹄を寸前で回避してシエルが第七聖典を構えようとした時だった。

【『スカルデーモン』と『ガイアナイト』でオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚!!!】

更なる声にシエルは目を疑う。

二体のモンスターを前にして、己の魔力を全て燃やし尽くす覚悟をしていたシエルの心を叩き折るように、彼が新たなモンスターの名を呼ぶ。

「『セイクリッド・トレミスM(メシエ)7』」

二体のモンスターが煌めきを宿した地上の渦に呑み込まれ、浮上したのは巨大な機械の竜だった。

「は、はは・・・まさか機械とはいえ、ドラゴンとは恐れ入ります」

僅かに冷や汗を流しながらシエルが顔を引き攣らせた。

【エクシーズチェンジ!!!!】

「まだ、終わっていないというのですか!?」

彼女の前で竜が渦へと沈み込む。

【『迅雷の騎士 ガイアドラグーン』】

最後に浮上したモンスターの姿にシエルはもはや脱帽する以外無かった。

最初にシンクロ召喚されたモンスターに似ていた。

だが、乗っているものは馬なんてちゃちなものではない。

その姿を一言で表すならば竜騎士。

「ここまで自在に幻想種や悪魔、機械までも操るとは・・・」

ドラゴンに跨った黒い騎士の威圧感と圧倒的なパワーを感じてシエルの体に震えが奔る。

膨大な知識を誇る脳が『これは勝てない』という冷静な判断を下した。

だが、その心は後退を許容しない。

こんな危ないものが町に入り込めば、町が混乱するのは確実で、それが己の最後になるとして逃げるわけにはいかなかった。

(すみません。遠野君・・・ここでお別れみたいです・・・)

走馬灯が脳裏を駆け抜け、シエルは己の人生を振り返る。

刹那で消えた儚い思い出は・・・辛い事の方が多かったはずなのに・・・輝かしい記憶に満ちていた。

それは三咲町に来てからの事ばかりで、苦笑するくらいに己は笑っていた。

「しかし、相打とうと貴方は此処で止めます!!!」

【『ガイアドラグーン』でダイレクトアタック!!!】

真っ向勝負。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」

槍VSパイルバンカー。

シエルは己の全魔力をバンカーに集中し正面から竜騎士へと激突した。

切っ先同士が拮抗し、削り合い、すり抜けて、竜騎士とシエルが交錯する。

間を置いて、シエルが罅の入ったバンカーを取り落とした。

「ぐッッッ!!!?」

倒れ込もうとする体を踏ん張った彼女が彼に向けて笑う。

「私の、勝ちです」

彼は瞠目した。

ここまで追い詰められたのは久しぶりの事だった。

だからこそ、相手への最大限の敬意として全力を誓う。

【罠(トラップ)カード発動(オープン)『現世と冥界の逆転』】

最後の一枚。

今は公式で扱う事を許されない禁止カードの力が開放される。

闇(めいかい)から空(げんせ)へとカードが舞い上がる。

「―――――」

【自分の墓地にカードが15枚以上ある時、ライフ1000を払い発動する。お互いに自分の墓地と自分のデッキのカードを全て入れ替え、墓地のカードはシャッフルしてデッキゾーンにセットする】

(・・・そうか・・・此処で私は・・・)

墓地にあるはずのカードが彼のデッキのあるべき場所へと吸い込まれていく。

デッキ枚数38枚。

彼が竜騎士を挟んで対峙する

シエルの体には今まで使った魔力がほぼ戻ってきていた。

「・・・魔力が戻ってきても、この傷や疲労はそう容易には癒せない・・・守りなんてその竜騎士を前にしては無意味なのでしょうね」

第七聖典の損傷が限界となった為に罅割れたパイルバンカーが元の分厚い本へと戻る。

どれだけの魔力を注ぎ込もうと武器は修復しなければ完全な力を発揮できない。

魔術を使おうと思えば使えただろう。

が、聖典無くしてシエルがあの竜騎士から命を永らえる方法は無かった。

使った魔力の全てが戻ってきたとしても、どんな魔術を使ったとしても、一撃で彼を沈める事が出来なければ、それで終わりだった。

【ターンエンド】

シエルが己の最後のターンになるだろう一分を始める。

「行きますよッッ!!」

己の全ての魔力を使って、突撃を掛ける。

その魔力の使い道はただ一つ。

魔力の暴走。

つまりは自爆。

魔術回路の全てを焼き切る勢いで使い潰して、己諸共に敵を消滅させる最後の切り札。

「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

魔力のオーバーロードにシエルの肉体が―――小さな背中に遮られた。

「?!!」

「あらーシエルさんじゃないですか」

「あ、貴女は!? 遠野君の家の!?」

「これはこれは覚えて頂けてたんですね。嬉しい限りです」

「な、何を!?」

「ここは一端逃げましょう!! メカヒスイちゃん」

「ハイ・ドクター」

彼の前で煙幕が焚かれると同時に二人と一体の姿が掻き消える。

突然に現れた怪しい姿の少女とロボがシエルを持って空の彼方へと逃げ出していた。

【サレンダーを確認。勝利1。アンティールールに基づきレアリティー最上位カード一枚を接収する】

彼方で空が光る。

すると、光の粒子が遠方から彼の手に降り注いだ。

『あ~~~~れ~~~~~~』

誰かが遥か上空から悲鳴を上げて落ちていく。

パキン。

そんな音と共に光が結晶化して二枚のカードと化した。

「・・・・・・」

彼がカードを見つめる。

 

一枚目。

『第七聖典』

耳と尻尾付きの少女がカードの中でビクビクしながら彼を見ていた。

 

二枚目。

『メカヒスイ』

【アラタ・ナ・マスター・ヲ・確認】と呟きながらカードの中でメイドロボが彼にお辞儀していた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

まぁ、いいかと彼はそのまま公園からコンビニへの道を戻っていく。

 

数分後。

 

パチパチと小さな拍手が公園に木霊し、闇に消えた。

 

To be continued


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