The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第十八話「不幸者の血族」

第十八話「不幸者の血族」

 

「あのー大丈夫ですか?」

何処とも知れぬ路地裏。

高校生と思しき少女が一人、ゴミ箱の横でグッタリしている彼に話しかけていた。

「喋れます?」

「・・・・・・」

「お腹・・・空いてるんですか?」

彼がコクコクと頷く。

「もし良ければコレ・・・」

人の良さそうな少女がガサゴソと手にしていたコンビニ袋の中から肉まんを取り出した。

「・・・・・・」

「え? いいのかって? 困った時はお互い様ですから」

彼が少女の声に頷いて肉まんを頬張る。

「(どうしよう。コレ本当はシオンのなのに・・・う・・・ちょっと惜しいけど、わたしのアンマンで許してもらおう)」

彼が肉まんを平らげた瞳で少女を見つめる。

「(な、何か見られてる。物凄い見られてる。まだ、足りないのかな?)

少女は悩んだ。

二つ目の品まで友人に何も言わずに差し出すのは躊躇われた。

「あ、あの・・・どうしてこんな所で?」

「・・・・・・」

「ちょっと手強いシスターとガチンコ対決して数日デッキ強化ばかりしてたら路銀が尽きた?」

少女は?と疑問符を浮かべる。

シスターという単語ならば縁があるものの、少女の知るシスターはカードゲームをするような人間ではない。

「あ、それ知ってます。確か・・・世界で一番売れてるカードゲームですよね?」

「・・・・・・」

「知ってるのか? はい。昔、お友達の弟さんがやってるところを見た事があって」

「・・・・・・」

「え? お礼? いえいえ、そんな!? もらえません!! ただ肉まんをあげただけなのにそんな分厚い紙束!?」

「・・・・・・」

「可愛い顔して結構エグイ? そ、そうですか?」

「・・・・・・」

「やっぱり何かお礼がしたいから静かな場所に行かないか、ですか? なら、わたしのお家に行きませんか?」

少しだけ考えてから少女が彼にそう提案する。

「・・・・・・」

「名前? あ、はい。わたしの名前は弓塚さつき。親しい人(ネコ)にはさっちんとか呼ばれたりします」

「・・・・・・」

「ネコは喋らない? ま、まぁ、細かい事はいいじゃないですか。とりあえず案内しますから」

彼が埃を払って立ち上がる。

ふと少女は彼に聞いていた。

「あなたの名前も聞かせてくれませんか?」

「・・・・・・」

「え・・・名前が、無い?」

「・・・・・・」

「でも、称号ならある?」

「・・・・・・」

「でゅえりすと?・・・確か・・・むやみやたらに何でもカードゲームで解決できると思ってる【くれーじーかーどまにあ】な【でゅえる脳】の人とかをそう呼ぶんですよね?」

「・・・・・・」

「やっぱり結構エグイ? ええ、そんな!? この間、リーズバイフェさんが玩具屋のバイトで働いてたら【デュエルに勝ったら付き合ってください】とか言われてドン引きだったって・・・」

「・・・・・・」

「は、はい。そういうのはツッコミ禁止なんですか」

微妙に納得行かない顔でさつきと名乗った少女が頷く。

「分かりました。わたしもお腹が空いてきたのでそろそろ行きましょう」

二人はそのまま路地裏をトボトボ歩き始めた。

「・・・・・・」

「こんな夜中に女子学生が出歩いてていいのか、ですか? えっと、実はもう学校には行ってなくて」

「・・・・・・」

「落ち零れ? いえ!? そんな事は!! こう見えても成績は普通でした!」

「・・・・・・」

「なら、どうして夜中に行ってない学校の制服で出歩いてるのか? それには色々と訳がありまして」

「・・・・・・」

「へ? わたしと同じオーラを出してる人を知ってる?」

「・・・・・・」

「専用ルートがあるにも関わらず自分のサーヴァントにすら人気順位で負けてしまう健気な巨乳女子高生?」

しばらく沈黙したさつきが彼にニッコリと笑う。

「あの、一つ言っていいですか?」

「・・・・・・」

「専用ルートがあって助けてくれる王子様がいるだけで、万死に値します♪」

「・・・・・・」

「え? その笑みは見なかった事にしておく? あ、そうですね。その方がいいかもしれません」

微妙に物騒な会話を続けながら二人が廃工場の入り口までやってくる。

「・・・・・・」

「ここが家なのか? はい。一応、我が家なんですけど」

『どうぞ、粗茶ですが』

『にゃにゃー!? そ、それは賞味期限の切れたサバ缶汁!? レディ!? そんなあからさまなお中元の残り汁を食せというのかね!? ふ・・・漢には喰い意地が無い時も―――ギニャァアアアアアアアアアアア!?』

『さつきが帰ってくる前に駆除しておかないと』

彼が微妙な視線でさつきを見る。

「あ、気にしないでください。猫イラズで害猫を駆除中なんです」

「・・・・・・」

「あ、喋りますよ? 猫って近頃は突然変異するみたいで。この間までは仲間もワラワラいたんですけど、リーズバイフェさんが来てからは何故か一匹以外寄り付かなくなって助かってます」

「・・・・・・」

「あの声は家族か? あ、はい。二人程・・・同志?的な感じで」

そのまま薄暗い廃工場の中を覗こうとした彼の首筋にストンと手刀が落ちる。

「ふぅ。一週間ぶりのご飯ゲット・・・あ、シオンにも分けてあげないと」

グッタリと弛緩した彼の体をヒョイと担いでさつきが廃工場の中へと入っていく。

「ごめんなさい。でも、ちょっとだけ献血気分で分けて・・・」

申し訳なさそうな顔をして、さつきが担いだ彼に囁いた。

『さつき。お帰りなさい』

『うん。ただいま。シオン』

『それが今日の獲物ですか?』

『ちょっと路地裏で倒れてて、血を貰ったら介抱してあげたいんだけど』

『むむ!? 不幸の香り!? さてはお前さっちんだな!? おぇっぷ』

『あ、キモ可愛い生物がいるじゃないか♪』

『ギニャ!? 撤収!? 撤収!! GCVに帰れとアンテナ受信中!? というか我輩dieピンチ!?』

『あ、リーズバイフェさん』

『お帰り。さつき。その人が今夜の?』

『うん。今其処の路地裏で会った人』

『・・・さつき。ちょっと待ってください』

『はい?』

『確認しますが、それは【人】ですか?』

『え? どういう事? シオン』

『少し確認させてください』

『そして、男一人と女三人というパラダイスからネコは消え去るのだっ―――』

『ふふ、逃がさないよ♪』

『ギニャァアアアアアアアアアアアアア!!!? 真正はマヂでやば―――』

騒がしい夜が更けていく。

 

「・・・・・・?」

私が目を覚まして時計を見るとそろそろ昼時の時間だった。

寝台からゆっくりと上半身を起こす。

「!?」

胸がズキリと痛んで手で押さえた。

まだ桜との戦いでの傷が完全には癒えていないらしい。

昨日、少し無理をしてイリヤを迎えにいったのが響いているのかもしれない。

「みず・・・」

もう水差しに水が無い。

よろよろと起き出して私はパジャマ姿のまま廊下に出た。

ここ数日の衛宮邸は静かなものだった。

私の看病は二人のメイドが交代で行ってくれている。

衛宮邸の防備を厚くする魔術儀式などは殆ど桜とライダーに任せているので心配はしていない。

「(これで元通り・・・後はアンタが帰ってくるだけよ・・・)」

私は少しだけ廊下から見える青空を仰いだ。

彼は今どうしているのだろうか。

サーヴァントとしての責任を放棄して何処かに消えた彼の消息は未だ掴めていない。

「(・・・今、何してるの・・・全員戻ってきたのにアンタだけいないなんて・・・)」

そのまま居間まで歩いていくと声が聞こえてくる。

どうやら私抜きでイリヤと桜が今後の方針を少し話しているようだった。

【桜。今まで忙しかったから言わなかったけど、その体・・・大丈夫なの?】

【あ、はい。姉さんと戦ってから使い方が分かってきて・・・とりあえず現状維持くらいは・・・】

【体の半分以上を呪詛に変えても大丈夫な人間なんていないわ。そのままだといずれ・・・闇(のろい)に食われるか魂や精神を汚染されて・・・】

【分かってます。でも、それはまだ少し先の話ですから・・・】

【凜には黙ってたけど、コレ・・・】

【イリヤさん!?】

【これを再び受け入れれば、少なくとも闇(ソレ)の制御は完璧になる】

沈黙。

イリヤが私に気付いた風も無く一枚のカードをテーブルの上に差し出した。

それは黒い聖杯のカード。

【これは元々が貴女の一部。だから、コレがあれば肉体そのものも再構成出来ると思う】

【・・・お断りします】

【自分を見失うかもしれないから?】

【それも、あります】

【それも?】

【イリヤさんはどうして聖杯がこんなに汚染されているのか分かりますか?】

【何かの拍子に儀式が歪んだから、じゃないの?】

【わたしも詳しい事は分かりません。でも、一つだけ気付いた事があります】

【どういう事?】

【たぶん、たぶんですけど、大聖杯って言われてる大本に聖杯戦争を歪ませている元凶(ナニカ)がいます】

【何か・・・それって一体・・・】

桜が首を横に振る。

【解りません。でも、それはとても黒くて歪んでいて・・・わたしの中にあった闇(ソレ)と呼応してました・・・】

【まさか、聖杯がその何かに乗っ取られてるって言うの?】

【お爺様は・・・間桐を裏で牛耳っていた男は闇(ソレ)をわたしの中に埋め込んで、ずっと育ててました。この聖杯戦争には兄さんを出してお茶を濁すような話をしていたのに・・・姉さんの召喚した『彼』の事を知ってからいきなり、この聖杯戦争に乗り気になったみたいで・・・お爺様は『次回まで聖杯が持たないかもしれない』と・・・】

【聖杯が持たない?】

【はい。詳しい事は聞けませんでしたけど、兄さんと話してた内容は確か『聖杯の召喚機構(リソース)が致命的に食い荒らされた』とか何とか・・・】

私は思わず襖を開けていた。

「り、凜!?」

「あ、姉さん!? 起きても大丈夫なんですか!?」

「今の話。本当なの桜?」

私は桜の横にパジャマのまま腰を下ろす。

「だ、ダメじゃないですか!? まだ寝てなくちゃ!?」

「そんな話されてたら寝てられる状況じゃないわよ」

「あ、凜・・・これは、その・・・ごめんなさい」

イリヤが私に頭を下げた。

黒の聖杯。

無断で桜に返そうとしていたのは頂けないものの、桜の為を思っての行動に今更腹は立たなかった。

「いいわ。でも、まだそのカードは物騒だから、後で戻しておいて。それより今の桜の話を聞いてイリヤ貴女はどう思う?」

「え? う、うん。その話が本当なら・・・聖杯には何か致命的なエラーが起きてて、次の英霊召喚が不可能になるかもしれないって事よね」

「何となくだけど、心当たりがあるわ」

「どういう事?」

イリヤに私は今まで自分の中で疑問に思っていた事を告げる。

「聖杯の英霊を召喚するリソースを多大に消費してるかもしれない存在に心当たりがあるって言い方の方がいいかしら?」

「まさか、それって・・・」

気付いたようにイリヤが考え込む。

「でも、そんな事がたかだか一英霊に可能なの?」

私は苦笑する。

「本当に彼が普通の英霊なら、ね」

「凜。大聖杯の召喚機能はあくまで―――」

「ええ、解ってるわよ。聖杯はあくまで英霊しか呼び出せない。いいえ、正確には神様は呼び出せない、って言った方が正しいのかしら。でも、イリヤ。貴女のバーサーカーは半分神様の血を引いてた英霊よ」

「でも、それでも人間の枠に収まってるから聖杯にだって呼び出せるのよ?」

「彼は自分で言ってたわ。自分は未来の英霊だと。救世と破滅の先で英霊となったんだって」

「救世と破滅。そんな矛盾した存在なんて・・・」

「ねぇ、イリヤ。時間軸を越えて英霊が呼び出せるとすれば、それには私達から見てIFな存在が呼び出せると思わない?」

「IF?」

「そう。例えば、世界を破滅させた英霊と世界を救世した英霊。まったく反対の事をした同じ英霊が同時に過去の私に呼び出されたとすれば、どう?」

「そんなの在り得ないわ!? そもそもそんな事が起きたとしても自己同一性が無くて簡単に崩壊しちゃうはずだし」

「イリヤ。私の家の源流は第二魔法に繋がってるのよ。考え方として無くはないと思わない?」

「そうだとしても、英霊の座に取り込まれてる魂は歴史上一つのはずよ」

「そうね。でも、考えてもみて? それは過去に対してだけなのよ。確定した過去の英霊としては一つの存在しか呼び出せない。でも、私達から見て未来は文字通りIFの世界。未確定の未来から英霊を呼ぶとすれば、それはどの未来から呼んだ英霊なのかも確定してない状態で呼ぶって事じゃない?」

「・・・・・・」

場を沈黙が支配する。

「私はこう考える。私はあの時、未来で英霊となった人間を召喚した。そして、同時に私は召喚した人間の可能性も英霊の座から引き出した」

「・・・神様になった【かもしれない】存在をその可能性ごと召喚した? 御伽噺もいいところね」

「本当のところはちゃんと聞いてみなくちゃ解らないわよ? でも、当たらずも遠からずってところだと私は思ってるわ」

イリヤが額を揉み解した。

「英霊としての属性を持ちながら、完全な神霊の属性も持ち、更に破滅と救世・・・対極の属性すらも兼ね備える。もし、そんな英霊を召喚したとすれば、確かに聖杯が機能不全に陥ってもおかしくない、か・・・」

「そして、その英霊が勝手に聖杯のリソースを使って召喚術を行使しているとすれば、ますます聖杯の負担は大きくなるって寸法なんじゃない?」

「「・・・・」」

私とイリヤが顔を見合わせる。

その顔には同じ言葉が書いてあった。

とんでもない事に気付いた気がする、と。

「あのー姉さん。お茶要りますか?」

知らぬ間に桜が台所から三人分のお茶菓子を用意してやってくるところだった。

「・・・聞いてなかったでしょ?」

私が訊くと桜が僅かに目を逸らした。

「難しくて。こ、今度からちゃんと魔術の勉強もしますから!!」

「ま、いいわ。推測はこれくらいにして。とりあえず現状の戦力分析と戦力強化案でも練りましょ」

「あ、それに付いて一つ提案があるんだけど」

私とイリヤと桜はそのまま衛宮君が帰ってくるまで話し込んだ。

 

新たな戦いの幕が開けるまでに何とか準備を終えなければ。

 

そう焦る私の心の隙間に何かが積もり始めていた。

 

ゆっくり、ゆっくりと。

 

To be continued


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