The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第二十二話「最弱者の反転」

第二十二話「最弱者の反転」

 

世を渡る風。

立つ背中は赤い。

付いてこれるかと誰かが言った。

幻影を振り払い。

私は一人、いや・・・二人でその場に立つ。

「私のターン。ドロー!!!」

こちらの力は把握しているのか。

動けなくなる事に動揺もせず。

間桐臓硯は静かに杖を付いた。

それに合わせたように無数の蟲が老人の周囲に沸き上がる。

「私は手札を三枚セット。そして、手札から相手フィールド上のモンスターを二体リリースして―――」

燃え上がる魔力が私にまで逆流してきそうだった。

宝石剣によって生み出された魔力はフィールド魔法を経由して世界を変革する。

その余剰魔力はデッキへと魔力を満たし、私の手へ熱い感触を残す。

「『溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム』を特殊召喚!!!」

山門周辺の林が一瞬にして照らし出される。

老人と周辺にいた蟲を巻き込んで石段の中腹が灼熱し、融け溢れる。

形容し難い声。

鳴動する地表から蟲の大群と老人を飲み込んで名前通りのものが現れた。

融け切った肉体の中にあるのは鳥篭。

敵を生贄とする理不尽。

ラヴァ・ゴーレム。

『く、くくく、面白い。儂を供物とするか・・・』

溶岩の中で焼け融けていく蟲がウゾウゾと一箇所に集まり、ゆらりと人型となって結実する。

「やっぱり、本体じゃなかったのね。ライダーから聞いてた通り・・・随分と臆病みたいじゃない」

最初から目の前にいるのが本物だとは思っていない。

ライダーから聞いていた通り、本物は無数の蟲の中に紛れて姿を現していないか、あるいは此処にいないかの二択なのだろう。

『賢しいつもりか?』

「さぁ、ね? 私はこれでターンエンド」

相手ターン。

その始まりと共に老人が溶岩魔人の腕に掴まれ、その内の檻へと囚われた。

『ぐぅううううううううう!?』

苦鳴を漏らしながら、こちらを睨み付けてくる老人にニッコリと笑ってやる。

「アンタが倒しがたい化け物なら、倒せるだけの環境を用意するだけよ。アンタの本体が此処にいなくても私はまったく困らない。このDuelをしている限り、アンタは命を掛けて戦ってるんだから」

彼のDuelルール上。

ライフゼロによって相手の魔力は枯渇する。

それはつまり、サーヴァントならば即死。

魔術師なら生命力を魔力に還元して魔術回路を使用している状態であれば瀕死に追い込める。

更に魔力によって肉体や精神、魂のような自らの構成因子を保っている存在の場合はサーヴァントと同様に致命的な崩壊が起こる。

つまり、魔力の扱いに長けた数百年物の魔術師ならば、サーヴァントと同様に即死させられる可能性は高かった。

『そうか・・・この力・・・奴はそこまでの・・・ならば、往け!!!』

融けたゴーレムの腕が山門目掛けて打ち込まれてくる。

「主よ!!」

「大丈夫!!」

小次郎の声に私は応え、罠カードの発動を宣言する。

「罠(トラップ)カード発動(オープン)『くず鉄のカカシ』!!!」

私と小次郎の目の前に迫る巨大な火の鉄拳が虚空から現れたガラクタの案山子によって防がれた。

老人はまったく動揺する事なく。

受け止められた拳越しに私と小次郎を観察していた。

そのおぞましい視線に私は凍りつくような心地になる。

「レディーをジロジロ見るなんてなってないんじゃない。クソジジイ!!」

「小娘が女を名乗るか」

「そう熱(いき)るな。ご老体」

小次郎の声が私を我に帰らせる。

「主もだ。感情に流されては見えるものも見えん」

「う・・・悪かったわね。確かに冷静さを欠いてたかも」

巨大な拳が引いていく。

「あのような視線を向けられれば仕方あるまい。しかし、その激情は攻勢に取っておくのが良かろう」

「ええ、次のターンに仕掛ける。頼んだわよ」

「おうとも!」

一分の壁が再び相手を拘束する。

「私のターン。ドロー!!!」

夜闇に私の声が木霊した。

 

新たなデュエリストの戦いが冬木で開始された頃、遠く離れた都市で一人の若い男が夜の公園をフラフラと歩いていた。

「――――う・・・」

ぼんやりと男は己の手の中にあるものを見つめる。

男に残された極僅かな持ち物。

大きな本と小さなケース。

後は破れ掛けた制服と空の財布が一つ切り。

公園のベンチに腰掛けた男は夜の寒さに背筋を振るわせる。

いや、本当に寒いのは男の心だけだったかもしれない。

震える男の背筋には冷や汗が流れていた。

「ひ、ひぃいい!?」

脳裏で反響する嗤いに男が頭を抱えた。

フラッシュバックする光景。

もはや無いはずの足の傷がジクジクと痛んだ気がして、男はガクガクと口を開きっ放しのままケースを握り締める。

「う、ぐぅううう?! く、来るな!? ぼ、僕のせいじゃない!! 僕のせいじゃないんだぁあああああああ!!!!」

錯乱した男はベンチの上でのた打ち回った後、身を縮めて震えていたが、やがて震えが止まるとノッソリと起き上がり、温かい寝床を求めて歩き出し―――。

「え・・・?」

男が止まる。

己の目の前にいる者を見て止まる。

思考が止まる。

恐怖がせり上がって、吐いた。

「う・・・ぅおぇえええええええッッ?!!」

ドボドボと空の胃からは胃液だけがぶちまけられる。

「ひ、ひぃいい!? ど、どどど、どうしてお前が此処にいるんだよおおおおおお!!!! ぼ、僕は、僕はもう無関係だぞおおおおおおお!!!」

赤い帽子とジャケット姿の彼は目の前の・・・変わり果てたワカメ(間桐慎二)をジッと見つめた。

逃げ出そうとした慎二が腰の抜けた様子で後ろに倒れ込む。

あまりにも落ちぶれ豹変している聖杯戦争の元マスターに彼が聞く。

「・・・・・・」

「ど、どうして此処にいるかぁ!? き、きき、決まってんだろおおおおおお!!!! おま、お前達のせいで、あの、あの、あの化け物に家を追い出されたんだよおおおおおおおおおおおおお!!!!」

臆病でありながらもヤケクソ気味に残ったプライドを引きずり出して慎二が怒鳴った。

「・・・・・・」

「自業自得ッッ!? な、お前!! あいつは、あいつはなぁ!!! 他人の癖に僕の家にノコノコ上がり込んで全部持っていきやがったんだぞ!!!! そうだ!! 本当なら僕が間桐の家を継ぐのは僕だったんだ!! 僕だったんだよぉおおお!!!」

もはや命など惜しくないと涙と鼻水に濡れた顔で怒気を飛ばす慎二を彼は哀れまなかった。

「・・・・・・」

「僕はッ、僕はッッ、僕はぁあああああああああああああああああああああ!!!!」

腰の入っていないへなちょこな拳が怒りに身を任せた慎二から放たれ、バキリと彼の頬を打ち抜く。

彼は表情を変えず慎二を見据えた。

「――――あ」

ペタンと慎二が尻餅を付いて血の気を引かせる。

「・・・・・・」

「なん、だと!?」

彼の言葉に慎二が愕然とする。

「お、お爺様を・・・間桐の家を桜が捨てた!? そ、そんな、そんな馬鹿な話・・・」

「・・・・・・」

彼が静かに冬木であった事を話す。

本来ならば知るはずの無い遠い地の話を彼は慎二に語った。

「な、なんだよぉ・・・なんだよソレぇえ!? ぼ、僕から全部奪っておいてどうしてあいつはッ、あいつは全部捨てられるんだよぉおお!!!」

嘆きよりも深く、理解不能な桜の行動に慎二の奥底から怒りとも恐怖とも付かない感情が湧き上がる。

「・・・・・・」

「無様・・・僕がッ、この僕が無様だって言うのかッッ!!!」

「・・・・・・」

「大切なものを何もお前は持ってないだって!? あ、あんな、あんな奴に取られさえしなければ、僕だってッッ、僕だってッッッ、間桐の全てを受け継いでたさ!!!!」

「・・・・・・」

彼は言う。

それが本当にお前の大切なものだったのかと。

「な、何を言って・・・」

「・・・・・・」

彼は言う。

お前には何も無いと。

心配してくれる人。

優しくしてくれる人。

守ってくれる人。

魔術の才能。

本当の絆。

辛うじて持っていたものすら捨てたのは誰だと。

「何だよ!? 僕が何を捨てたって言うんだよ!!!!」

「・・・・・・」

「分からないのか? はは、分かるわけないだろ!!!! 僕は何も捨ててなんかいない!!! 奪われただけだ!!!」

彼は訊く。

何故、友人である衛宮士朗を捨てたと。

「な、何が捨てただ!! あいつは敵だったんだ!!! 聖杯戦争なんかに参加する資格なんかない奴だったんだ!!!!」

彼は訊く。

何故、自分の学校を捨てたのだと。

「あ、当たり前だろ!! ああすれば、ライダーは強くなれた!!! 聖杯戦争に勝てるくらい強くなれたんだ!!!」

彼は訊く。

何故、兄を慕おうと懸命だった桜を捨てたと。

「僕が捨てた!? はは、冗談言うなよ!!? 僕は奪われたんだ!!! 僕の方がゴミクズみたいに捨てられ―――」

言い掛けて、慎二が気付く。

「・・・・・・」

「ぼ、僕は・・す、捨てられてなんか・・・捨てられてなんかいない!!!」

慎二の顔が見る見る青くなっていく。

「・・・・・・」

彼の言葉が敗北者の上に降り注いだ。

「!?」

もしも、捨てられて悲しいと感じるならば、それは誰に捨てられて悲しいのかと。

「か、悲しくなんてない!? 僕はそんな弱い人間じゃッッ?!」

唯一の友人に捨てられたのはお前が先に友情を捨てたからじゃないのかと。

「―――ぼ、僕はッッ」

唯一の妹に捨てられたのはお前が先に愛情を捨てたからじゃないのかと。

「う、嘘ッッ!? だ!!!! ぼ、僕はあんな化け物に愛情なんて!!!!」

もはや、恐怖でも悲哀でも苦悩でもなく・・・間桐慎二の顔はただ歪んでいた。

あらゆるものを歪ませて、どうすればいいのかも分からなくなった様子の唇がヒクヒクと吊り上る。

「あ、あはは、はははは、何なんだよお前!!! 一体、何なんだよ!!!! 僕は、僕を、僕が、どうやれば、どうすれば、どうしたい、って、うあ・・・ぼ、ぼぼぼ、僕は僕は、ただ、ただッッッ、クソ、クソッ、クソクソクソッッッ、クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

壊れたレコードのように、今正に壊れようとしている絶叫が響く。

その心からの絶叫に彼はただ一言を持って応えた。

 

【おい。デュエルしろよ】

 

「――――――――」

 

狂気すら越えて、死人の如き歪んだ顔が嗤った。

 

「ふ、はは、これがもしも僕の終わりだって言うなら、やってやるよ。ああ、やってやるよ!!! どいつもこいつも僕をコケにしやがってッッ、僕をッ、僕を見ろよッッ!!! 僕はッ、僕はッッ、間桐慎二だぞッッッ!!!!!!!!」

 

振り切れた感情が全ての責任を一点に集約させる。

 

死の恐怖も、僅かな希望も、己への絶望も、何もかも彼に押し付けて、間桐慎二はたった一つだけ残されていた【己】を鷲掴みにした。

 

ケースが砕け、血が滴り、たった四十枚の紙束が現れる。

 

「裁いてやる!!!!! この僕の正義(ちから)で!!!!!」

 

【Duel!!!】

 

戦いが始まる。

 

最弱と最強の戦いが。

 

しかし、誰一人として彼が背筋に汗を滲ませていると知る者はいない。

 

彼に挑んだ誰も己の全てをたった四十枚の紙束に預けて戦おうとなんてしてこなかった。

 

そんな人間がこの世界で現れるなんて彼自身思ってもいなかった。

 

強者ばかりの世界で弱者として生きる男が最後になけなしの力で拳を振り上げたのだ。

 

その力を甘く見る事は出来ない。

 

彼はそのDuelに己の全力を誓う。

 

己の全てを賭けた決闘者の強さは彼が一番よく知っていた。

 

真に決闘者は世界を変え、奇跡を起こすに足る。

 

彼がいつかそうしたように間桐慎二もまた全てを投げ打って戦おうとしている。

 

「行くぞ!!!!!」

 

「!?」

 

彼がDuelの中、初めて驚愕した。

 

慎二の腕に真白い輝きが集まる。

 

彼が力を与えるまでもなく、彼の力が慎二に呼応してデュエルディスクが具現化する。

 

「僕のターン!!!!!!!!」

 

五枚のカードが引き抜かれ、先行の雄叫びが上がる。

 

「ドロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」

 

あらゆる存在を退け、万能の如く何でも見通してきた彼にも、そのDuelの行く先だけは見えない。

 

【――――――】

 

敗北の影が世界を塗り潰すように彼の背後へと忍び寄っていた。

 

To be continued


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