The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第二十三話「壊乱者の矜持」

第二十三話「壊乱者の矜持」

 

【僕は手札から『カード・ガンナー』を召喚!!! 効果発動!!! デッキの上から三枚を墓地に送って攻撃力を1500アップだ!!!】

彼が身構えた。

夜の公園。

渡る風が孕むのは狂気か。

いや、それよりも尚恐ろしい。

全てを賭けてデッキを駆る決闘者が乗せたものは激烈なまでの自己顕示欲。

運命すら擲つ者の前には平伏す。

それを示すかのように。

結果が現出した。

【ははははは、こいつはいい!!! 墓地に送られたカードの効果を発動させてもらおうか!!!】

墓地へと送った三枚のカードが慎二のフィールドへと舞い戻る。

【僕は墓地に送られた『ライトロード・ビースト ウォルフ』の効果を発動!!! 墓地から三体のウォルフを特殊召喚!!!】

慎二のフィールドに現れた機械の戦車を囲むように三体の獣戦士が現れる。

輝ける後光(ハロウ)を背に抱いた者の咆哮が響く。

【!?】

ライトロード。

己の仲間が墓地に送られる度に力を増す聖なる者達。

デッキ切れによる己の身の破滅など省みない戦術を取るならば、特定状況下では無類の強さを発揮する。

問題は効果によって墓地に落ちるカードの種類だが、彼には分かっていた。

この状況。

決闘者として全てを賭けた慎二が魔法・罠カードを落とす事など期待出来ない。

Duelを制する者達が持つのは何も戦術・運・デッキ構築力だけではない。

何よりも意思こそがDuelの勝敗を引き込む。

より強く、より早く、より高く。

志(こころざし)無い者に決闘者は務まらない。

それがどんな意思であれ、彼の目の前にいる男は間違いなく強敵だった。

【僕は三体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!!!】

黒い渦へと三体のウォルフが沈んでいく。

【?!!】

ズンと周囲に鼓動が響く。

渦から正八方体が浮上する。

【エクシーズ召喚!!! 現れろ!!! 『NO.16色の支配者ショック・ルーラー』!!!!!!!!!】

あまりにも早過ぎた。

レベル4とはいえ三体ものモンスターを使う重量級のショックルーラーを開始ターン手札一枚で実現された事など未だ嘗て彼には覚えが無かった。

硬質な体が展開されていく。

機械族のような姿と頭部に付いた不気味な鳥の仮面。

無慈悲な法の番人が姿を現す。

【さっそく使わせてもらおうか。ショック・ルーラーのモンスター効果発動!! オーバーレイユニットを一つ取り除く事により、宣言した種類のカードを相手ターン終了時まで互いに発動する事が出来なくなる。僕は魔法カードを宣言!!】

ショック・ルーラーから波動が周辺へと放たれる。

【これで僕はターンエンド!! さぁ、お前のターンだ!!】

慎二の動きが拘束される。

【ドロー】

彼が手札に目を細めた。

【カードを五枚伏せてターンエンド】

彼のフルセットに慎二が嗤う。

【おいおい!? 何だソレ!! そんなんで僕が止まると思ってんのかよ!!! 僕の、ターンッッ!!!!】

ドローの声。

慎二の唇からくつくつと声が漏れる。

【く、くく、そうだよなぁ。モンスター効果多様のご時勢・・・罠多用されたらライロなんざ負けフラグだよなぁ】

【・・・・・・】

【僕は手札から『大嵐』を発動!!!】

巨大な嵐の如き風が彼の前に伏せられた五枚の札を直撃したと思われた瞬間。

【カウンター罠(トラップ)発動(オープン)!!!】

彼の罠が迎え撃つ。

【『アヌビスの裁き』 手札を一枚捨てる。相手のフィールド上の罠・魔法カードを破壊する魔法カードの発動を無効にして破壊する。その後、相手フィールド上の表側表示モンスター一体を破壊して、その攻撃力分のダメージを相手に与える。対象は『ショック・ルーラー』!!!】

開かれたカードから閃光が放たれる。

嵐が切り裂かれ、ショック・ルーラーに直撃し、爆砕した。

【ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!】

ショックルーラーの攻撃力は2300。

【8000-2300=5700】

ライフの四分の一以上を持っていかれた衝撃に慎二が吹き飛び、公園の樹木を薙ぎ倒す勢いで激突する。

【ぐ、ぐぅうう!!!!】

もしも、常の慎二ならば泣き喚くか漏らすかしていただろう状況だった。

しかし、全てを失った者にもはや退路は無い。

激痛と呼吸困難に陥りながら唾液を滴らせて、それでも慎二が立ち上がる。

喉の奥から・・・まるで地獄の底から響く哀願のような、慟哭のような、空(から)っぽの嗤い声。

【そこはさぁ。空気呼んで『魔宮の賄賂』とかだろ?】

ギラギラと瞳を輝かせて、ふらつく体を押して、慎二が立つ。

【僕はモンスターを一枚セット。『カード・ガンナー』を守備表示にして再び効果発動。デッキの上から墓地に三枚送る。ターンエンド】

彼は慎二の様子から手札が容易に想像出来た。

ショック・ルーラーを破壊されて、これから罠の激しい洗礼を受けると分かっていながらの笑み。

ライトロードは多くの切り札を有するデッキ、いや・・・多くのカードを受け入れ多様化するデッキとして勇名を馳せてきた。嘗て墓地リソースを使うデッキの中で最大の勢力を誇った理由は墓地とのシナジーが見込めるカードプールの増加と複数のカードとのシナジーによって環境へ適応してきたからだ。

安定性に欠けて現在では環境上位に食い込めないものの瞬間的な爆発力だけを見れば、その攻撃力は未だ健在。

手札一枚一枚が正に彼にとっては死線に違いない。

【ドロー】

彼が思案する。

たった一度の間違いが死に繋がるDuel。

ライフが僅かな状態で迂闊にモンスターを出すのは躊躇われた。

それでも彼は手札を虚空へと投げ放つ。

【『ツイン・ブレイカー』を召喚】

弐振りの剣を持つ戦士が姿を現した。

【『ツイン・ブレイカー』で『カード・ガンナー』を攻撃】

二本の剣が守りに入っているカード・ガンナーを一刀両断する。

【『ツイン・ブレイカー』の貫通効果発動。相手の守備力を攻撃力が上回っていれば、その差分の戦闘ダメージを相手に与える】

【ぐぅううう!? だが、『カード・ガンナー』の効果発動ッッ!! フィールド上で破壊され墓地に送られた時、1ドロー!!!】

慎二が歯を食いしばり、デッキからドローする。

【更に『ツイン・ブレイカー』は守備表示モンスターに攻撃した時、もう一度攻撃する事が出来る】

ダメージ反射、効果ダメージ。

どちらかでダメージを食らう事も間々ある時勢。

それでも怖じる事無く彼が再びセットされたモンスターに攻撃を仕掛けた。

【『ツイン・ブレイカー』でセットモンスターに攻撃】

【が、あああああああああああああああああああああ!!!!!!!】

慎二がダメージに絶叫した。

セットモンスターが破壊される。

【リ、リバース効果発動!!! 『魔導雑貨商人』 自分のデッキをめくって一番最初に出た魔法・罠カードを手札に加える。それ以外のカードを全て墓地に送る!!!】

彼が目を見張る。

【送る送る送る送る送る送るぅううううううううううううううッッッ!!!!!】

軽く十枚以上のモンスターカードが墓地に送られた。

【僕はデッキから墓地に十三枚モンスターカードを送って、十四枚目の魔法・罠カードを一枚手札に加える】

彼が拳を握る。

拙い展開だった。

もしも相手ターンにリバースしたならば、相手の弱小モンスターは残る。

それは突破口と為り得た。

しかし、相手フィールド上のカードはゼロ枚。

更に相手の手札は七枚。

次のターンで八枚。

墓地には合計でデッキから十九枚のモンスターが送られている。

ライトロードの真価を発揮するには十分過ぎる量だった。

【1600×2-700+400=2100 5600-2100=3500】

慎二がいつの間にか額から流れている血にも構わず獰猛に微笑む。

【さぁ、エンドしろよ!! 僕にターンを寄越せ!!!!】

彼は瞠目した。

手札0。

伏せ4。

【メインフェイズ2。自分フィールド上のカードを一枚手札に戻して墓地の『BF-精鋭のゼピュロス』を守備表示で特殊召喚】

ボンと彼の足元が爆発し、彼はフィールドから数メートル背後へと着地する。

ガクリと片膝が折れた。

【自分は400ダメージを受ける】

彼のいた場所に墓地から新たなモンスターBFが現れる。

【ターンエンド】

この状況で相手の八枚を耐え切る事が出来なければ、勝ち目は無い。

それはほぼ絶望的な戦い。

そうと知っていても彼は一分を待たずしてエンドする。

己とカード達を信じられなければ、Duelistを名乗ってはいない。

四枚のカードに己の命運を託して堪えるDuelが始まる。

【僕のターン!!! ドロー!!!】

デッキから引き抜いたカードに慎二は全てが勝利へ自分を導いていると確信した。

【僕は墓地の『D‐HERO ダッシュガイ』の効果発動!!! ドローフェイズ。ドローしたモンスターカードを互いに確認して特殊召喚する事が出来る。僕はドローした『ライトロード・ドラゴン ドラゴニクス』を見せてフィールド上に特殊召喚!!!】

【!!!】

上空から巨大な後光を背負ったドラゴンが降臨する。

墓地のライトロードを参照して、その種類×300の攻撃力・守備力を得る終盤においては切り札の一つであるドラゴニクス。

それだけならば、まだ彼には何とかする術がある。

しかし、墓地に落ちていたカードの属性に彼は全ての状況を瞬時に悟った。

次が来る。

【そうさ。このデッキはカオスライロでもある・・・つまり、お前に次のターンなんて回ってこないんだよ!!!! 僕の墓地には闇属性が三体。手札から自身の効果で『ダークアームド・ドラゴン』を特殊召喚!!!】

地から闇に染まった鉤爪の腕が現れ、一瞬で地表が爆発した。

朦々と上がる粉塵の中から闇色のドラゴンが現れる。

【罠(トラップ)発動『奈落の落とし穴』】

ダークアームドの真下に巨大な穴が開く。

何処へ続いているかも分からない奈落へと闇の竜が堕ちていった。

【まぁ、そうだよなぁ・・・だが、ここからが本番だぜ?】

ギラギラと瞳を輝かせて、慎二が叫ぶ。

【墓地にライトロードと名の付くモンスターが四種類以上。さぁ、出てこい『裁きの龍』(ジャッジメント・ドラグーン)!!!】

眩い光が全てを包み込んだ。

ドラゴニクスの上から輝く龍が舞い降りてくる。

四肢に漲る力。

己以外の全てを破壊する裁きの龍。

罪人はその姿を前にして震え上がるだろう。

ライトロード最強の切り札。

【耐え切れるならやってみろよ!!!! 『裁きの龍』効果発動!!! ライフを1000払ってフィールド上のカードを全て破壊する!!!】

【罠(トラップ)カード発動(オープン)『スターライト・ロード』】

ジャッジメントの雷光を星屑の煌めきが切り裂いた。

【フィールド上のカードを二枚以上破壊する効果を無効にして破壊する。エクストラデッキから『スターダスト・ドラゴン』を特殊召喚。シューティングソニック!!!】

ジャッジメントが切り裂かれ墓地に送られて尚、慎二の勢いは止まらない。

【お見通しなんだよ!!!! 魔法カード『死者転生』を発動!!! 手札一枚と墓地のモンスター一枚を入れ替える。再臨しろジャッジメント!!! ライフを1000払って効果発動!!!】

再び空から降臨するジャッジメントに対し、彼はスターダストドラゴンの効果を発動させる。

【『スターダスト・ドラゴン』の効果発動。フィールド上のカードを破壊する効果を無効にして破壊する。ビクティム・サンクチュアリ!!!】

光の粒子と化したスターダストの煌めきに再びジャッジメントの能力が防がれ、ジャッジメントが消え去っていく。

【3500-2000=1500】

無駄撃ち。

普通ならば、この局面でわざわざ『スターダスト・ドラゴン』の効果を使わせはしない。

しかし、セットカードを完全に使い切らせ、ケリを付ける事を決めた慎二にはライフすら惜しくは無かった。命を削る痛みすら、戦いの中で置き去りにされていく。

【まだまだぁああああああ!!! 墓地の闇属性と光属性のモンスターを除外して『開闢の使者‐カオス・ソルジャー』を特殊召喚!!!】

混沌(カオス)最強の戦士が慎二の前に広がった闇とも光とも付かない空間を切り開き現れる。

【罠(トラップ)カード発動(オープン)『激流葬』!!! フィールド上のモンスターを全て破壊する】

膨大な魔力の濁流が場のモンスター達を一呑みにした。

その圧力に彼と慎二が吹けば飛ぶような体を無理やりに押さえ込んで睨み合う。

【後、一枚・・・魔法カード『龍の鏡』(ドラゴンズ・ミラー)発動!!! 墓地のドラゴン族モンスター五体を除外してエクストラデッキから『F・G・D』(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)を融合召喚!!! これで消し飛べ!!!】

巨大な五首を持つドラゴンが現れた。

攻撃反射系の罠を恐れず慎二が攻撃を宣言する。

攻撃力5000の一撃に最後のセットカードが開かれた。

【罠(トラップ)カード発動(オープン)『和睦の使者』!!! このターン戦闘ダメージを受けず、戦闘で自分のモンスターは破壊されない!!!】

最後の一枚が開かれると同時に彼の周囲を光が満たしていく。

もはや、効果ダメージ以外で彼をそのターン倒す事は叶わない。

五つの首から吐き出されるブレスを受け切った彼を前にして、それでも慎二の瞳から光は消えない。

【それが、どうした】

彼が僅か目を細める。

【それが、どうしたってんだよ!!!】

吼えた慎二が血が流れ落ちる程に唇を噛み締めた。

【いつも、いつもいつもいつも!!! 僕を見下しやがって!!! どいつもこいつも僕がどんなに優秀か知らない癖に!!! 何で、何でいつもあいつらなんだ!!! お爺様も学校の連中も遠坂も!!! 衛宮が何だってんだ!!! 桜が何だってんだ!!! どうして僕を見ない!!! どうして僕じゃない!!】

血を吐くような言葉。

長年に渡って積み上がった孤独を慎二は歪んだ顔でぶちまける。

【何も無いだって? 自分から捨てただって? じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ!!! どうすれば、僕は選ばれたんだよ!!】

彼は何も言わなかった。

慎二自身、その答えは知っている。

そして、知っていて拒絶している。

【・・・・・・】

誰も自分からは逃れられない。

どうやっても自分以外にはなれない。

それは業というべきもので、時に罪とさえ言える。

彼がDuelを止められないように間桐慎二は他人を見下す事を止められなかった。

自分の劣等感を誰かに押し付けてしか生きて来れなかった。

彼は慎二の生き方が己に瓜二つだと感じる。

一つだけ彼と慎二が違うのは己の業を全うし肯定したか否定したか。

【何だよ。自分で考えろって・・・甘えるなって・・・たかだか死人の癖に生意気なんだよ!!!!!】

デュエルディスクが慎二の歪んだ顔を掻き消すように輝きを増していく。

【僕は、僕は手札から『究極時械神セフィロン』を特殊召喚!!!】

【!!?】

遥か頭上から四枚の羽を纏った機械の神が神々しい姿を現す。

輝きを帯びる体。

巨大な体に比して小さく、されど引けを取らない輝きを帯びる輪(ハイロウ)。

滅びた世界でただ一人戦い続けた聖人が使った一枚。

彼が本当の意味で息を呑む。

【このカードは墓地のモンスターが十体以上の時、手札から特殊召喚出来る!! そして、一ターンに一度、墓地・手札のレベル8以上の天使族モンスター一体を攻撃力4000にして特殊召喚出来る。この効果で召喚されたモンスターの効果は無効となる!!! 僕は墓地の『テュアラティン』を特殊召喚!!】

硬質の肉体を持つ天使が彼の墓地から甦る。

その体はすぐセフィロンと同等にまで巨大化した。

【更に僕は二体目のセフィロンを手札から特殊召喚!! 墓地の『大天使クリスティア』を攻撃力4000効果を無効にして特殊召喚!! 】

二体目のセフィロンが慎二の脇へとそそり立つ。

そして、赤い翼と白い鎧の天使がその後ろへと控えた。

【はははは、どうだ!!! これが僕の力だ!!! お前を倒す力だ!!! カオスに気を取られたな。このデッキ本来の姿は天使ライロさ。僕が都合よくエクシーズで効果ダメージを狙うなんて思うなよ!! 大方お前の墓地には効果ダメージを防ぐ効果モンスターでもあるんだろう? お前のデッキ枚数を見れば分かるさ!!! 始まって七枚しか使ってないはずなのに減り過ぎなんだよ!! 最初から墓地アドバンテージ有りの時点でライロ使いは警戒するに決まってるだろ!!!】

彼がゆっくりと瞳を閉じた。

弱者故に強者を越える強かさを持ち。

敗者故に勝者を解する洞察力を持つ。

それは確かに未来を切り開いていく力の一つに違いなかった。

強い者は強い故に脆く。

勝つ者は勝つ故に儚い。

彼は初めて自分より圧倒的に弱い者の怖さを知る。

間違いなく。

目の前にいるのはDuelistだった。

ただ、歪み過ぎてしまっただけでDuelistに違いなかった。

認められない劣等感を抱えたまま、己の業に押し潰され、それでも足掻き続ける人間(Duelist)だった。

【僕の場には攻撃力4000越えのモンスターが五体・・・そして、お前のライフは400。更に手札の無いお前に勝ち目なんて無い!!!!】

勝てる見込みはほぼゼロに等しいなんて事は彼にも理解出来ていた。

それでも、

【・・・・・・】

【どんな時も勝ち目はある? 諦めない限り希望はある? く、ははは・・・そんなにお約束が好きなら少年漫画でも読んでろよ。この世界の何処に希望なんてある? 僕は目の前に現れた事の無い物は信じない主義だ。生憎そんなものと出会った覚えは無い!!】

それでも彼は言う。

希望なら此処にあるとデッキをデュエルディスクを翳す。

【なら、見せてみろ!!! その希望ってやつをッッッ!!!!】

ただ一つ彼のデッキにはこの状況を打破し、勝利するカードが眠っている。

しかし、それを引く可能性は限りなく低い。

そして、相手の墓地に眠っているカード次第ではそのカードを引いてすら彼は勝つ事が出来ない。

それでも、そうと分かっていても、彼の手がデッキから遠ざかる事は無かった。

【僕はこれでターンエンド!!!】

四体の超重量級天使族が四体。

超弩級のドラゴン族が一体。

総攻撃力21000の壁を前に彼がそっとデッキに手を掛ける。

【お前が僕に勝てる確率はゼロだ!!!】

慎二は己の勝ちを疑わない。

公園には嵐のようなDuelが嘘のように静寂が満ちていた。

巨大な天使達とドラゴンに比べれば、矮小に見えてしまう彼がただ一枚のカードを手にする為・・・その限りなく絶望に近い運命(ドロー)に立ち向かう。

 

Duelistの勝ち負けが運だけで成り立つのか。

 

確率を計算し尽くした者ならば勝つのか。

 

強いカードさえあれば結果は決まっているのか。

 

それは一面の事実でありながらも、否だ。

 

【ドロー】

 

己の全てを持ち寄って、何もかもを捧げ尽くして、それでも尚・・・彼は求めた。

 

決闘(Duel)を。

 

相手(Duelist)を。

 

人が人生を掛けて何かを為そうとするように、彼は全てを掛けてDuelを求め続けた。

 

だから、彼は知っている。

 

何もかもが未知(X)という事。

 

結果など誰にも分からないという事を。

 

引きの強さだけで勝てるなら、決闘に意味はない。

 

計算だけで勝てるなら、決闘に意味はない。

 

強いカードだけで勝てるなら、決闘に意味はない。

 

【自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札からこのカードはリリース無しで召喚する事が出来る】

 

勝敗の行方はいつだって己と相手の積み上げてきたものの先にしかないのだと彼は知っている。

 

【・・・・・・嘘だ】

 

慎二は今までの激しさが嘘のように呟く。

 

戦闘では破壊されず。

 

効果では破壊されず。

 

攻撃表示で戦闘ダメージは発生せず。

 

自分のスタンバイフェイズにはデッキに戻ってしまう。

 

そんな自分のデッキにも入っているカードを・・・慎二は知っていた。

 

その時点で彼は己が勝ったのだと知る。

 

【『時械神(じかいしん)メタイオン』を召喚】

 

勝者と敗者に終幕の帳が落ちる。

 

セフィロンにも似た一体の天使がフィールドに姿を現した。

 

【・・・・・・】

 

【なんだよ・・・その自己顕示欲さえなければ勝っていた? は、はは・・・】

 

【『メタイオン』で『F・G・D』に攻撃】

 

カオスライロにならば入っている事も珍しくない一枚のカードを慎二は己の墓地に探した。

 

無いとして、探さずにはいられなかった。

 

【効果発動。バトルフェイズ終了時。このカード以外の全てのモンスターを手札に戻し、戻した数×300のダメージを与える】

 

五体のモンスター達が一体の天使から放たれる輝きを前にして消えていく。

 

幕を引いたのは絶叫でも怒声でもなくて。

 

【300×5=1500 1500-1500=0】

 

彼の澄んだ・・・何処か惜しむような声だった。

 

紙一重の勝利。

 

勝敗が決した瞬間、敗者は静かに崩れ落ちた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――『モウヤンのカレー』を発動。

 

 

明かりの消えた街の中を彼は進む。

 

その背中には敗者が一人背負われていた。

 

彼は訊く。

 

どうして、墓地に『ネクロ・ガードナー』が落ちていなかったのかと。

 

敗者は語る。

 

サイドには入っていたさと。

 

【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 

敗者は訊く。

 

どうして、あのまま殺さなかったのだと。

 

彼は語る。

 

お前がDuelistだからだと。

 

【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 

彼は教える。

 

実は墓地に『ダメージ・イーター』なんて無かったと。

 

敗者は嘆く。

 

深読みのし過ぎかよと。

 

【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 

嘲笑が嗤いが慟哭が悲哀が切なさが絶望が歪み切った全てが敗者の瞳の端からボロボロと零れていく。

 

全てを掛けて、負けた、失った。

 

何も残ってはいない。

 

帰るべき場所も得たかった物も傍にいて欲しい人も何も残ってはいない。

 

だから、そんな人間には死が相応しいはずだと・・・敗者は彼に死を乞うた。

 

甘えるなと、やはり彼はそう一言を告げる。

 

抜け殻のような顔が力無く笑った。

 

「最初は・・・僕が哀れんでやる方だったんだぜ・・・でも、桜は僕なんかより間桐の家に必要な人間だった。ははは、馬鹿な話だよなぁ。最初からお爺様は僕なんてどうでもよかったんだ。あの衛宮の方が僕より良いって言う奴がいるなんて百も承知なんだよ。あいつは・・・馬鹿でどうしようもなくお人よしだが、僕より人に好かれてた・・・あの遠坂が選んだんだ・・・あの遠坂が・・・ははは・・・敵うわけない・・・見る目が無いってんだよ・・・あの女・・・」

 

その笑みにはもう空虚さしかなく。

 

彼は黙って受け止める事しか出来ない。

 

「・・・・・・・降ろせ」

 

彼の背中が軽くなった。

 

独りで立った男が破れかけた制服のポケットから紙束を取り出して彼に差し出す。

 

「僕にはもう必要ない」

 

彼が首を横に振る。

 

そして、事実を口にする。

 

試合には勝ったが勝負には負けたようなものだと。

 

その言葉に憑き物が落ちたような顔で・・・間桐慎二はその場に背を向けた。

 

「希望ってやつがあるなら、それは・・・」

 

純粋に憧れるような響き。

 

「きっと・・・お前みたいな奴の下にあるんだろうな・・・」

 

初めて他人に心からの賞賛を送って明け方の白み始めた方角へと慎二は消えていった。

 

何もかもから開放された・・・その虚しさを抱えながら・・・・・・。

 

 

数日後、廃工場に一人の餌が運ばれてくる事となる。

 

行き場の無い男がそれから一番の下っ端として路地裏同盟に名を連ねる事になるのは未来での話だった。

 

To be continued


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