The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
「~~~~♪」
蒼い髪の少女が一人商店街を回っていた。
その手には買い物籠を携え、中からはにんじんやジャガイモが覗いている。
「お、キャスちゃん。今日もご機嫌だね? 家の魚買ってかないかい? 安くしとくよ!!」
フードを被った天真爛漫そうな少女キャスが笑って頷いた。
「あ、はい。宗一郎様に今日は青魚をと考えていましたので。幾らですか?」
「お、じゃあ、キャスちゃんの可愛さに免じて、おいちゃん半額にまけちゃおうかな?」
「ありがとうございます。おじ様」
ペコリと礼儀正しくお辞儀するお人形のような少女の微笑みに「ほんわ~~」と和みまくった魚屋の親父がオマケオマケとアジだのイワシだのを籠に放り込んでいく。
「じゃ、また明日も来てくれや。キャスちゃん」
「はい。また・・・失礼します。おじ様」
スカートを摘んで再びお辞儀をすると商店街の奥へと少女は消えていく。
「(おじ様・・・甘美な響きだぜ・・・)」
陶酔寸前の顔でイケ面な笑みを浮かべた後、後ろで全てを見ていた奥方に親父はこっぴどく殴られた。
しかし、その光景は商店街を少女が通り抜けていく度に様々な店で繰り返され、ついには食材が山となって籠から溢れそうになるのだった。
三咲のとある場所に奇妙な父娘が引っ越してきたのは極最近の事だ。
父親は無表情な男だが誠実で真面目な働きぶり、塾の講師の職に付いている。
娘は品が良く気立てが良く見目も良い外人の少女で父親の無愛想さを補って余りある愛想を持ち合わせ、炊事掃除洗濯を一手に引き受けている主婦であった。
最初こそ商店街の誰もが少女の見目麗しさに声を掛けられなかったものの、その聡明さと気さくさに少女と打ち解けるのは早かった。
今では商店街のマスコットの如く皆から少女は愛されている。
学校に行っていない理由や少女がいつも父親を様付けする理由やフードを被っている理由なんて、少女を知る人間からすれば些細な事でしかなかった。
噂では病弱な少女は学校へ行けないのだという話まで出ている。
一々深そうな話に首を突っ込んで少女の眉根を寄せたいと願う者は誰も無く。
二人っ切りの父娘は静かに新たな暮らしを始めていた。
「宗一郎様。お疲れ様です」
夜も更けた頃。
ようやく塾から帰ってきた男を少女は労いつつ、そのスーツを壁へと掛ける。
「ああ」
口数の少ない眼鏡を掛けた男はその少女の労わりを受け入れ、小さなちゃぶ台の上でホカホカと湯気を上げる食事の前に座った。
「・・・また、食べずに待っていたのか?」
「はい。一緒に食べたいと思ったものですから」
「夜遅くなるようなら先に食べていてもいいと言ったと思ったが」
少女は首を横に振った。
「宗一郎様にはちゃんと温かいお食事を食べて欲しかったので。それに・・・家族の帰りを待つのは当然です」
十畳程の部屋に二人きり。
そっと恥ずかしそうな顔を伏せつつ、少女は冷蔵庫から瓶を取り出して栓を抜く。
アルコールを飲まない男と共に飲めるものをと考えた末に常備してあるのはジンジャーエール。
いつの間にか男の手に持たされているコップに琥珀色の液体が満たされていく。
「・・・分かった。だが、温め直す手間くらいは」
「いえ・・・」
ジンジャーエールを次ぎ終えた少女が微笑んで首を再び横に振った。
「宗一郎様には私の温もりがある内にお食事を召し上がって頂きたいんです。その・・・もしも、本当にご迷惑と思うのでしたら止めます。でも・・・そうでないなら・・・」
上目遣いで真摯に見上げてくる少女に男は「否」とは言えなかった。
「そうか・・・これからも面倒を掛ける・・・キャスター・・・」
「あ、はい! 宗一郎様!」
パァッと顔を輝かせて少女は頷いた。
それからの一時間。
少女は笑顔を絶やさず晩酌し、男は何も言わず少女の料理を平らげ続けた。
これが聖杯戦争から離脱したキャスターとそのマスター葛木宗一郎の日常だった。
正体を失い、記憶を失い、己すらも失ったキャスターと葛木の逃亡生活は基本的に上手くいっている。
記憶を失いながらも葛木への信頼から不安を払拭したキャスターは現代生活に馴染もうと努力し、一家庭を担うまでに成長していた。
嘗て聖杯戦争で無慈悲な作戦を淡々と遂行していた時とは完全に別人。
もしも、その少女と本当の魔女を繋ぐものがあるとすれば、それはただ一つ。
葛木への信頼と情だけだろう。
どんなに姿が変わっても、どんなに心が変わっても、変わらないものを少女は持っていた。
だからこそ、葛木との生活に少女は生きがいを見出し、未来を思い描く。
「(明日は何にしようかしら・・・)」
明朝の献立を考えながらモヂモヂしたりもする。
「(お魚をムニエル。いえ、宗一郎様ならきっと素焼きの方が好みかもしれません)」
お日様に干した布団に包まりながら、少女は幸せを噛み締めつつ、まどろみに落ちていく。
「(・・・ああ、明日もどうか・・・こんな日が続きますように・・・)」
眠りに落ちる寸前。
【あらー? これは何と言うか・・・まさか・・・神代のロリっ子GETですよ~~~やっふ~~!!!】
何やら不穏な気配を感じた気がして、少女は少しだけ布団に潜り込んだ。
数日後。
「ふぅ」
バツンと不死者(アンデッド)の首を落としてシエルは一人高架下で一息吐いていた。
「また増えてますね・・・やっぱり【彼】の影響なのでしょうか」
その脳裏に浮かんだのは一人の男だった。
赤い帽子に赤いジャケット姿といういでだちのカードマニアな英霊。
戦ってはみたものの、敗北して無様な醜態を曝した挙句、ご近所のメイドさんに助けられる始末。
その結果はシエルの埋葬機関としてのプライドとか実績とか諸々をズタズタにした。
とりあえず通常業務に戻ったのはいいのだが、傷は癒えても心の方まではまだまだ調子が戻らず、注意力散漫になってしまう程にテンションは低くなっている。
教会からの指示で変な英霊との再戦は禁止されていた。
手を出さないようにとのお達しが何処の圧力によるものなのかは分からない。
ただ、諸々の状況はシエルの内心を覆うかのように靄を立ち込めさせている。
このままでは通常業務にまで差し障るかもしれない。
「(これは何処かで切り替えないといけませんね)」
そう決めていつものように夜食をコンビニに買い求めようとした時だった。
空の彼方に何かが瞬いた。
「・・・・・・?」
シエルが余りある身体能力を強化し、視力を上げる。
「!?」
思わず手を額に当てられ目が細められる。
【多元転身(プリズムトランス)いっちゃいますよ~~~!!!】
空の上。
虚空に浮かぶ小さな体が輝きに包まれる。
【コンパクトフルオープン!!! 鏡界回廊最大展開!!!】
一瞬にして魔力によって物質化した布地はそのまま僅かに見え隠れする裸身を華美に染め上げた。
黒い何かが変身途中の輝きへ突撃するも、内部から突き出された長大な杖に叩き落される。
【真正・カレイドライナー・キャスター・メディア爆誕!!!】
輝きの中から現れたのは薄紫色に朱を織り込んだドレスとも見える衣装に身を包んだ魔法少女だった。
その視線は真っ直ぐ黒いソレに向けられている。
「あれは・・・まさか?! 在り得ない!?」
虚空に漂う黒い者。
今はもう存在しないはずの十三位。
「―――ワラキアの夜!!!」
その中でも生前のゼェピア・エルトナム・アトラシアの姿を模ったソレとシエルは数年前に戦った。
いや、戦った事を「今」思い出した。
「これは・・・どういう・・・また何かの力が働いているというのですか?!」
思わず顔を片手で覆ったシエルだったが、空へと再び視線を向ける。
「ふぅむ。これはこれは古い・・・いや、旧い。ここまでの存在を現出させ続ける媒体があるとは面白い。その玩具の力には見覚えがあるような気もするが・・・さて、何処だったかな?」
仰々しい仕草で目の前の少女に微笑む顔には理性的な色すらある。
しかし、少女は目を細めただけだった。
「こうして幕が上がってみれば、理解出来る。今度の舞台は連夜に渡るものなのだろう。しかし、君は呼ばれてはいないようだ。招待された者達は私のように【本物】が出てくるまでは影に過ぎないのがルールのようだし、私のような【脇役】は中枢と連動しているから早目に出てこれただけに過ぎない」
ペンタゴンのモチーフを内包する杖(ステッキ)がワラキアに向けられる。
「舞台が整わない内に消されてしまうのは遠慮したい。彼の舞台は中々見物になりそうなのでね」
少女キャスターが静かに杖を虚空で付いた。
刹那。
空に月明かりに融けるような魔法陣の群れが膨れ上がっていく。
【あの~~出来れば華麗にビームとかキラキラエフェクトな―――」
ガツンと杖が虚空に『叩きつけられ』沈黙した。
無限に供給される魔力は『絶大過ぎる許容量』という蛇口を経て、杖の頂点に無茶苦茶な圧力で圧縮され続け、輝きを高めていく。
「あの街を徘徊する影の源は・・・貴方ですね?」
確認作業という以上の意味を持たない声が冷たく響く。
「源という言い方は正しくない。この土地に新たな夏をアンコールする【彼】は私という存在すら知らないだろう。ただ、【再演】に際して私という存在はその起点に近いというだけで実際には中心というわけでもない。もしも、君が夏を阻止しようというなら【彼女】を見つけたまえ。再現されるのもまた【彼女の可能性】である以上、もう異変は現れているはずだ」
激しいまでに輝いていた魔力が不意に明度を落とした。
それは魔力を霧散させたのではない。
ただ、全てのエネルギーを封じ込めただけに過ぎない。
熱量も光量も完全に閉ざされた暗い塊が分裂し、無数の魔法陣の中央へと配置されていく。
「一つ聞かせてくれないかね? 何故こんな事を? これからの事は招待されていない誰にも気付かれず、悟られず、被害も出ず、記憶されない・・・その程度の話だというのに」
心底不思議そうな吸血鬼の幻影にキャスターはポツリと呟いた。
「―――宗一郎様の手を煩わせる全ては私の敵です」
魔法陣の群れが一斉に影へとその中心を向けた。
まるでレンズのように湾曲していく。
「貴方達のような変なのがいるから、宗一郎様は帰ってくるのが遅いし、変な杖まで出てくるんです!!!」
単純な図式にワラキアが苦笑した。
魔法陣の中心で対空していた黒い塊に罅が入る。
「消えなさいッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
怪しい影が出る=帰りに怪しい影がいるので元暗殺者が掃討する=帰りが遅い=イチャイチャ出来ない。
それこそがキャスターの原動力だった。
まるで太陽が出たかのような光量に空が埋め尽くされた。
魔力制御平面が圧力に耐え切れず、術者であるキャスターと共に後退していく。
瞬間的に光が途絶し、再び夜が戻ってくるものの、魔法陣の向いた先にはもう何も存在していなかった。
大魔術クラスの破壊力を行使した後だと言うのにケロリとした顔でキャスターが衣装の埃を払う。
【あの~~戦闘にありがちな無駄極まる駆け引きとかルビーちゃん的には攻撃力一辺倒じゃなくて派手派手な効果とか―――」
ベキッと再び虚空にステッキが叩き付けられた。
【はぅ!? こ、これはステッキイジメですよ!? イジメ良くない!! イジメ反対!! 基本的ステッキ権を行使して国に帰らせて頂きま――け、契約が上書きされてる!?】
「何となくどうすればいいのか分かったので、上書きさせてもらいました。宗一郎様が安心して帰ってこられるようになるまでは逃がしません」
ニッコリと笑うキャスターにルビーが汗を浮かべる。
【技術的知識無しで勝手に上書き!? ノリでサラッと超高度技能使って攻撃するし・・・こ、これが神代の魔女っ子の実力!? はぅ!? ルビーちゃんショッキン!! これなら幸薄いロリっ子の方がまだマシ・・・イ、イリヤさ~~ん!!?】
何とか逃げ出そうとする杖(ルビー)だったが、キャスターの手から離れる事は出来なかった。
「・・・・・・」
一部始終を見届けたシエルはどうやら頭が疲れているらしいと二回程頭を振って、今正に「何があったのかを記憶出来なかった」まま帰宅する事になった。
三咲の地にこっそり魔法少女伝説が流布されるようになるのはそう遠い日の事ではないのかもしれない。
番外編「カレイドライナー・キャスター・メディア」開幕