The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第三十六話「敗北者の明星」

第三十六話 敗北者の明星

 

カラカラと空っぽな音がして回る。

クルクルと狂った音がして廻す。

一人。

ただ一人。

黒い自分が殺(まわ)している。

何を?

勿論、ただの肉の塊を。

あのおぞましい首を。

ふふふと楽しそうに。

あははと愉快そうに。

 

―――明日、先輩のところに行ってきますね。兄さん。

―――いつまであいつの家に行く気なんだよ。

 

空気の読めない兄さん。

馬鹿な兄さん。

先輩の事を嗤う兄さん。

ああ、許せない。

許せない。

許せない。

許していいはずが無い。

 

―――止めて下さい。止めて・・・いやぁ・・・。

―――うるさい!!! お前にボクを止める資格なんてあるわけないだろ!!!

 

可哀想な兄さん。

役立たずな兄さん。

ああ、死んで欲しい。

死んで。

死んで。

ただ死ぬだけでいいはずが無い。

 

―――先輩。助けて助けて助けて・・・・・・・・・。

―――あいつが来るわけないだろ!!!? あいつじゃなくてボクを見ろよ!!! ああ!!!?

 

ダメな兄さん。

クズな兄さん。

絶望した顔を見せてください。

ああ、絶望して。

絶望して。

絶望して。

絶望しただけいいはずが無い。

【兄さん。兄さんは喉なんて要りませんよね? だって、それは私に先輩の家に行くなって言うだけの代物なんですから。あ、腕なんて要りませんよね? だって、それは私に暴力を振るう為だけの代物なんですから。ああ、目玉なんて要りませんよね? 確かそれは私をどうやって屈服させるか見定める為の代物なんですから。あはは、鼻なんて勿論要りませんよね? それに私の匂いを嗅がれてると思うと全身を蟲に弄られてるよりキモチワルイ代物なんですから。ふふふ、耳なんて要りませんよね。私の悲鳴を聞く代物なんですから。他に要らないものがあったら、また取って上げますね♪ 兄さん。だって、私達、兄妹(どれい)なんですから】

私は兄さんがいなかったら幸せなんです。

私はお爺様がいなかったら幸せなんです。

あの家で姉妹仲良く暮らせていたはずなんです。

ああ、なのに。

どうして家で私は一人なんですか?

大切な大切な先輩の家から帰ってくると寂しいんですか?

家族って何ですか?

ふふふ、兄さん。

兄さんがいなくなってから、良い事ばかりだったんです。

先輩が私の事を受け止めてくれたんです。

こんなに穢れた醜い狂った馬鹿な私なんかを受け止めてくれたんです。

でも、言えないんですよ・・・。

私は先輩に上げられるものなんか何一つ無いなんて・・・。

女として捧げられるものが何一つ無いなんて・・・。

こんな風に堕ちた私がもし何か一つ先輩にしてあげられる事があるとすれば、それは一つだけ。

こんな戦争で邪魔になる存在を消してあげる事だけ。

良いですよね?

だって、兄さんは私から沢山を奪ったんですから。

私だって兄さんから奪ったって、良いですよね?

誰からも愛されない兄さん。

誰からも必要とされない兄さん。

せっかく見逃してあげたのに、何処かで朽ち果ててれば良かったのに、戻ってきた兄さん。

「・・・っ・・・ぅ・・・・ひっく・・・ぅ・・・ふ・・・く・・・うぅ・・・・・・兄さん・・・・・・」

ギュウッてしてあげます。

真っ黒な腕で。

呪いの腕で。

ジワジワ殺してあげます。

大嫌いな兄さん。

可哀想な兄さん。

私は立派な化け物で。

今も先輩には相応しくなくて。

そんな、そんな怪物の腕で殺してあげます。

きっと、殺してあげます。

(私は私が嫌い・・・こんな穢い自分が嫌い・・・こんな私にした・・・兄さんが・・・嫌い・・・)

 

―――そうして私は兄さんを、たった一人しかいない兄さんを、たった一人もいた兄さんを―――。

 

その闇の中で、月明かりが差す世界で。

夢を見る。

ようやく自分へ素直になった妹の夢。

黒い半身を引きずって、泣きながら嗤う夢。

閉ざされていく視界で涙は空ろな瞳を赤く輝かせて。

こんな最後で良いのだと。

何故か納得出来てしまって。

これが罰なのかと理解した。

苦しくなんてなかった。

悲しくなんてなかった。

ただ、己が消えていくだけで。

「           」

何と言ったのかは分からない。

そもそも声が出たのかすら定かでは無い。

だが、心からの声だったのは確かだ。

それが響きを伴わないものだったのだとしても。

あの日、妹が出来た時、窓際から覗いて思った事を、今更に、思い出す。

そういえば、そうだった。

あんなに可愛い子が自分の妹だなんて、誇らしくて、兄として教えてやりたい事が沢山、あったのだ。

「に・・・い・・・さん・・・・!」

悪夢を見た。

一夜限りの儚い儚い夢。

 

それは嘗て抱いた、幼さに抱かれた尊き輝き。

 

「                        」

 

時にそれは家族愛と呼ばれるものだと結局、間桐慎二は思い出せなかった。

 

闇に閉ざされた一室。

その中で泣きながら、嗤いながら、間桐慎二の首を絞める間桐桜は幾つもの声を聞いた。

黒い衝動に襲われて。

その思いを否定し切れなくて。

誰かに止めて欲しいとすら思わなかった行動の途中。

微かに、首を絞めた男の、兄である男の声が、した。

たぶん。

 

―――お前、もうこんなに綺麗になってたんだな。桜。

 

どうしてだと。

動けと。

呪いながら、呪われながら、怒りを叩き付けるはずの、縊り殺すはずの黒い腕から力が抜けて。

「に・・・い・・・さん・・・・!」

間桐桜は思い出す。

あの日、あの時、あの頃、初めて出会った自分に少しだけ優しくしてくれた男の子。

「・・・な・・・く・・・・・・な・・・・さく・・・・・ら・・・・」

「ッッッ」

まるで魔術を掛けられたみたいに腕は首から弾け飛んで。

自分の意思で、腕を、退けて。

「兄さん・・・にい・・・さん・・・・・・」

ポタポタと。

ポロポロと。

溢れ出るものを取り戻して、兄の胸に泣き伏して、呪いは一人の女の子へと還った。

 

【桜・・・】

今にも飛び出して行きそうな凜を押さえつけていたライダーがようやくその腕を放す。

【戻りましょう。今夜はもう大丈夫なはずです】

【・・・ええ、分かったわ】

そっと中庭から屋敷の中へと戻って己の部屋へと向う二人は途中、何も言わなかった。

ライダーの部屋の前。

凜がライダーに尋ねる。

【ねぇ。あの時、どうして止めなかったの?】

【止める理由があると?】

【だって、あのまま行ってたらあの子は・・・】

【そうなれば、私も悲しい。ですが、家族とはそういうものを受け止めてこそではないですか?】

【え・・・?】

【それにそれは桜の・・・桜だけの選択です。復讐も憎悪も受け止めてやれるのは真に疎まれ憎まれた者だけ。あの男は・・・それを受け止め切った。そして、尚生き残った。私はそれを尊重します】

【ライダー。貴女・・・その、そういう経験あったり、するの?】

【・・・・・・嘗て、化け物に成り果てた私を受け止めてくれた人がいた。だから、私は今、この形でいる。きっと、この形でいられる。全てが終わった後にまだこうして・・・人である事を止めないまま・・・】

【そっか・・・】

【今日の事は士郎やイリヤ、セイバーには伏せてくれませんか】

【・・・・・・いいわ。私だってあの子の姉だもの。妹の幸せを願わない姉なんていないわよ】

【ふふ、姉より優秀な妹なんていないと世の姉達はよく嘯きますが、それでもきっとそれは・・・愛すればこそなのだと私は思います】

【何だか桜のお姉さんみたいね。ライダー】

【憎悪の別名は愛と言う名なんですよ。凜】

少しずつ白み始めた空を見上げて二人の『姉』は願わずにはいられなかった。

あのどうしようもなく苦しみ抜いた妹が幸せになっていく未来を。

 

朝。

 

友人の様子を見に来た衛宮士郎は一人の兄と妹の細やかな時間を見て、そっとその戸を閉めた。

 

二人の間に一枚のカードがあった事を誰も知らない。

 

『精神同調』

 

紫煙の夜明けにカードは解けて消えた。

 

そして、ようやく不器用な兄と妹の・・・和解出来ない、それでも新しい朝がやってくる。


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