The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
第三十七話「忘却者の泡沫」
「・・・不覚を・・・取り・・・ました・・・か」
コホコホと血ばかりが込み上げてくる咳を無理やり押さえ込んでカレン・オルテンシアは明け方の道を這いずるように歩いていた。
その姿は敗残の兵を思わせる。
そして、その感想は間違っていない。
(・・・出血量が・・・限界に・・・近い・・・)
彼女は冷静に己の命の終わりを悟り、ようやく歩いてきた道の先を見る。
(情報が確かなら・・・まだ・・・可能性はあると・・・思っていましたが・・・)
グラリと傾いだ。
カレンには既に命を回す血が足りていなかった。
倒れ込む。
(あの白い髪・・・男性型サーヴァントだけならば・・・ふふ・・・言っても仕方・・・ありません・・・か・・・)
もはや、如何なる魔術でも延命は不可能。
何とか持たせていた内臓は停止しつつある。
残るは心臓と肺と頭部だけ。
だが、自然と彼女は怖く無かった。
今までカナリアのように悪意を身に受けてきた。
ようやく終わりを迎える悪意に出会っただけ。
人外と呼べる恐ろしく呪われた神父。
体が爛れ、吐き気を催す感覚。
もはや魔術師ですら、きっとあの神父は無い。
神父の傍らにいた男に腹部を何発か撃ち抜かれて、それでも逃げる算段だけは立てて。
白い髪が、不意に【布】で何とか防ぎ止めていた二人を解放して。
「ぐ!? かは・・・」
吐血。
もう吐く血すら残っていないのが彼女には分かった。
最後の力で仰向けになる。
空は紫雲で世界を塗り込めて。
(・・・・・・綺麗・・・・・・これなら・・・まぁ・・・そう・・・悪くは・・・)
不意に声。
薄暗い視界には誰か。
この場所に住む魔術師。
聖杯戦争においてセイバーを召喚した者。
たぶん、助けを求めれば、最も助かる確率の高い誰か。
しかし、遅かった。
全てはもう手遅れ。
だから、カレンは、ただ己の死を持って、知らせる。
この聖杯戦争が既に得体の知れない儀式になっている事を。
教会からの使者として。
【・・・ろ!!!・・・ぬ・・・よ!!・・・して・・・】
何故だか。
温かかった。
冷たいはずの体が。
その感覚にどうしてか、微笑んだ気がして。
カレンの意識はそこで堕ちた。
そうして二階建ての衛宮邸で騒がしい朝が始まる。
「逃がしたか。まぁいい・・・」
荒廃した教会内部。
引っくり返った長椅子に腰掛けて言峰綺礼は横で立っている男を眺めた。
相変わらず意思を感じさせない相貌。
その背後には付き従うよう白い髪の女が立っている。
どちらも何も言わない。
いや、言えない。
そもそもが外観を備えた偽者程度の存在でしかない。
だから、綺礼は一人。
ただ一人で、其処にいる。
「どうして頭部を狙わなかった?」
「・・・・・・」
男は応えない。
「何故、足止めを行わなかった?」
「・・・・・・」
女は応えない。
「くく・・・人形の顔にあの頃を・・・郷愁でも感じているというのか・・・私は・・・」
自嘲に応えは返らない。
「聖杯戦争。いや、もう既にその名は意味を成さないな。ギルガメッシュが倒れて尚、小聖杯は聖杯としての機能を停止しているのだから」
明け方の空から光が差し込む。
「あの老人が言うには聖杯に焼べるべき魂は全て消え去った。それこそ聖杯にでも取り込まれたように。だが、その行く先だけは分かっている。正体不明のサーヴァント【決闘者】・・・あれだ」
ステンドグラスは既に無い。
「馬鹿げた話ではあるが、老人の解析したところによれば、彼は大聖杯に満たすべき容量以上の器を保有しているらしい。間桐桜。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。どちらの小聖杯も機能不全に陥ったのそういう事だ」
神を喧伝する舞台装置は無い。
「保管した魂を無理やりに引き剥がされた反動。磨耗して当然だろう」
チラリと横目に白い髪の女に綺礼が視線を向けるものの、反応は無い。
「だが、あのサーヴァントの本質はそこにはない。大聖杯に変質を齎した理由は? どうしてサーヴァントとして呼ばれながら、それ以上の能力を発揮し得る? 何故、中身を既に【満たしていた】のに消える?」
鳥の声が微かに響く。
「願望器たる聖杯。その能力には限界がある。それは最初から分かっていた事だ。人を生き返らせても、人の世の悪を消しても、たぶん・・・それは限定的なものだろう。しかし、完成した状態の願望器を既に保有していたのなら話は違ってくる」
二人の視線がゆっくりと綺礼に向く。
「老人と私は同じ意見に達した。あのサーヴァントは聖杯を超える力を欲している。なればこそ、ただの完成している聖杯には興味がない。くくく・・・分かるか? お前が望んだ力は・・・あれにとって不十分だったという事だ・・・全ての願いを叶えない聖杯。根源へと至る為の餌。その程度、彼にはどうでもよかったのだ」
何も映さない瞳が四つ。
立ち上がった綺礼が教会の壊れた扉へ。
外へと向う。
「もうアレを誕生させる必要も無い。我が手で直接に答えは得られる。ああ、お前をこうして不完全ながらも甦らせたように・・・」
ただ侍従のように付いて来る嘗ての友を、その妻を、嘲笑い、神父は震える。
これから起こるだろう戦いに身を震わせる。
男の前で息子を八つ裂きにしたならば、女の前で娘を粉々にしたならば、その時にこそ、完全な蘇生をと願う。
「ふふ、ははは・・・あぁ、この世の全ての悪を体現しよう。私自身がアレになってみるのもいい。お前の望んだ世界すら叶えてやろう。争いの無い世界。悪徳の無い世界。全て息絶えれば争いは消える。善が失われれば、悪徳という言葉は必要ないのだから」
興奮していた。
あの常に人を映す鏡のような神父が。
悪意にこそ素晴らしいと嘯く神父が。
故に彼は後ろを見なかった。
どうでも良かったから。
ただの人形に絶望はないと知っていたから。
「「・・・・・・」」
だから、神父は気付かない。
男と女。
その二人の唇が微かに何かを呟こうとした事に。
「この聖杯戦争・・・いや、この【運命の決闘】を勝ち抜こう。ただ、我が望みの為に」
屋根の無い教会に二度と三人が足を踏み入れる事は無かった。
今朝の騒々しさが嘘のように。
衛宮邸には静けさが戻っていた。
休日。
のんびりと住人達が居間で遊んでいる。
「タイガはどうして今更ハーピィーに手を出したの? というか、没収!!!」
「いつの間にか真デッキをロリっ子に持ってかれたぁあああ!!?」
「む、アサシン!!? ど、どうして一体の攻撃で三体も私の戦士達が墓地へ送られているんですか!!?」
「セイバー。済まぬ・・・遊び事には手を抜けぬ主義なのでな。三回攻撃させて貰った」
「く・・・何で蟲デッキの癖にこんなに展開力が高いのよ!!? 桜!!!」
「あ、姉さん。ドローしたカードが攻撃力1500以下のモンスターと罠と魔法だったら全部棄てて下さいね♪」
「セラ、リズ。お茶にして頂戴」
「な!? ここで攻撃力五千ですって!!? いつの間にか準備されていた!!?」
「む・・・罠でぜんめつした」
「当たり前です!?」
「いくぞ。慎二。エクスカリバーの効果発動!!!」
「ふ・・・お見通しなんだよ!!? 天罰!!!」
「カウンタートラップ発動。盗賊の七つ道具」
「クソ!!? 何で始めたばっかりの奴が構築難度の高いパーミッション使いこなしてんだよ!!?」
「暇潰しをしろと言われたから全力でしているだけではありませんか。まさか、じゃんけん死ねぇが通用しないとは」
「当たり前だ!? 何で見ず知らずの筋肉女に両目を潰されなけりゃならないんだ?! 罰ゲームか!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
衛宮邸の居間の横。
冷たい視線でカレンが半眼になっていた。
「ね、ねぇ・・・凜。あの教会のシスターが物凄い視線飛ばしてるんだけど」
「いいじゃないイリヤ。助けたのはこっちなんだし。文句言われるような事はしてないでしょ?」
「うん、でも凄く見てる。何だか【ああ、これが魔術師の成れの果てか】みたいな!!?」
「何を・・・しているのですか。あなた方は・・・」
「何ってDuelだけど」
ポロッと呟いたイリヤが?と僅か疑問符を浮かべた。
「Duelだよね~」
タイガが取り戻したデッキに頬擦りする。
「決闘だな」
今は一般人にも見えるようになっている小次郎がさも当然の如く言う。
「Duelですが何か?」
キリッと何の疑問もなく騎士王セイバーがダンディズムを気取るニヒルなライオンを召喚しつつ言い切る。
「まさか、知らないのですか?」
白いメイド服姿のセラが眉を顰め。
「乗り遅れてるひと?」
白いメイド服姿のリズが首を傾げ。
「こうやって皆で親睦を深めてるんだ」
衛宮邸の主である士郎が正論を吐き。
「皆で一緒に遊ぶのって楽しいですよね。先輩」
「はい。その通りです。桜」
笑顔で桜が頷き。
それにライダーが同調し。
「ふん。脇が甘い連中をこの僕が指導してやってるだけさ」
常の傲慢で久しぶりに慎二が髪を掻き上げ。
「これらのゲームはジャンケンゲーと風の噂に聞いていたのですが、どうやら間違っていたようだ」
協会の執行者がシレッと衛宮邸のカードプールからカウンタートラップを自分のデッキにブチ込んでいた。
「ま、とりあえずこのマッチが終わってか―――」
ピタリと途中まで言い掛けた普通の宝石魔術師遠坂凜は愕然と己の手にあるカードに気付き、まるで正気に返ったとでも言うようにプルプル震えて、落とす。
「(今、サラッと流そうとした? 私、今何か【とりあえずDuelしよう】とか思わなかった? 落ち着いて遠坂凜! 今の私は何? 宝石魔術師。うん。うん。覚えてる。それでどうしてこんな流れになったんだっけ? そう、そうよ。あのワカメから【彼】の事を聞いて。それで・・・【何だかDuelしたくなって】・・・アレ?・・・私、私! どうして、Duelしたくなったの!? 遠坂凜!!? 貴女って結構心の贅肉が嫌いな普通の宝石魔術師よね? そうよね? なら、Duelはおかしいわよね? そうじゃない? そうじゃないような・・・だ、だってこれは戦闘技術を磨く的なアレなわけだから・・・まぁ、Duel嫌いなわけじゃな―――)」
バンッと凜はテーブルを叩いてワナワナと震えた。
「何で私達Duelしてるのよ!!? おかしいでしょ!!? ここはそう、何ていうか真面目な顔してとりあえず回復した監視者の話を聞くべきじゃないの!? 何で誰も何も言わないのよ!?」
「何だ遠坂? どうかしたのか?」
困惑した様子で士郎が凜を見る。
それを機に他のカレン以外の誰もが【目の前の遠坂凜はどうしてしまったのだろう】という顔をした。
その全員の様子に内心、恐怖すら感じて。
ギギギと凜は自分の掌に【いつの間にかあるカード】を見る。
(私、いつカードを握ったんだっけ・・・やだ・・・ちょっと!!? 呪われてるんじゃないのこのカード!!!)
再びDuelに戻り始めた衛宮邸の人々が次々に会話に華を裂かせていく。
「あ、そう言えば新しいパックと最近のパック三箱ずつ買ってきたのよ~~はい。お土産」
タイガーがそう言うと一番に飛び付いたのはイリヤとセイバーだった。
「大河。素晴らしい補給線の維持能力です」
「やっぱりもう時代は黒いカードよね~~」
夢中になってパックを開け始めたイリヤに桜とライダーが加わる。
「あ・・・この子可愛いです。ね? ライダー」
「はい。桜」
闇属性モンスターの信奉者と化している桜の背後が何だか黒い気配を放った。
「く!? 僕を差し置いてレアカードを!? 桜!!? お前のデッキにそのカードは合わないだろ。こっちに寄越せ!!」
「ほぅ。これは面白そうなコンボが組めそうだ」
慎二が桜に詰め寄ってライダーに撃退され、小次郎がニヤリと一枚のカードをそっとデッキにピン差しする。
「ほら、えっと、カレンだったっけ? あんたもやろうぜ?」
「!!?」
唯一違和感を感じていたはずのカレンが何故か士郎に手取り足取り教えられながら、ちょっと困惑しつつも「覚えました」を連発し。
「遠坂凜。一つ聞きたい」
「な、何よ・・・」
いきなりバゼットが凜に神妙な顔をして。
「あの恐ろしく美味なプリンは何処で売っているのかを」
「へ?」
部屋の片隅、【彼】が残していった置き土産の一つである無限に高級プリンを製造出来る冷蔵庫を開いていた。
「あ、ちょ、それは?!!」
凜がマズイと思った時にはユラリと今までカードに興じていたセイバーが立ち上がる。
「貴女が何処の誰かは知らないが、【彼】の遺品であるソレに軽々しく触らないでもらおう!!! 更に言うなら、中身を食べてしまうとは言語道断だと思わないか!!!」
プリンの空になった器が一つ、いつの間にか食卓には置かれている。
「いや、死んでないから!!?」
凜のツッコミに反応する事無く。
おやつを奪われた者と奪った者が見詰め合う。
「いいでしょう。受けて立とう騎士王よ。その覚悟が私にはある」
バゼットが片手のデッキを構えた。
「ならば、私はその身に反省の二文字を叩き込もう。食べ物の恨みはいつだろうと恐ろしいという事を!!」
ドン。
そんなドヤ顔な擬音が響いた気がして凜は「ああ、この家はもう・・・」と内心、突っ込むの面倒になり諦めた。
【【Duel!!!】】
彼らは一時、ほんの一時、安寧を得る。
誰もが近付いてくる何かを感じながら、遊戯に興じて。
最後の戦いの幕が開くまで。
「・・・?」
不意に凜は思った。
そういえば。
(【彼】って誰だっけ?)
その日、一人の男の事を誰もが忘れた。
【・・・・・・】
遠く。
移動する巨大な城の上で。
一枚のカードを掲げた者が一人。
凜と一人の女の名を呟き。
手にしたカード『洗脳解除』を破り捨てる。
【・・・・・・】
人が生み出せし遊戯の化身は。
空の果て、未来世界の果てであった場所で。
やがて来たる運命の決闘を待っていた。
全ての者が集うのは大聖杯在りし円蔵山直下地下大空洞。
決着は唯一ただ【決闘】のみにて、付かんとしていた。