The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
第三十八話「収斂者の参戦」
全てはいつか終わる。
路地裏同盟と遠野家の人々は今や一つ処で【夜】の終わった後の時間を送る事となっていた。
全てが真白い部屋。
壁も床も平衡感覚を失いそうな程に眩い牢獄へのギュウ詰めである。
押し合い圧し合いという狭さに耐えながらも彼らの間には一種和やかな気配がある。
「うぅ~~酷い目にあった・・・吸血鬼(笑)とか言われちゃうかもわたし・・・」
さつきが一面白い床にふにゃりと倒れ込みながら唸る。
「あの状況でした。そのような言葉が吐けるだけ良いと思わなければ。さつき」
一人冷静なシオンが何処かやつれ気味に呟く。
「というか。彼の目的が見えない・・・一体彼は何を思ってこんな事をしたのか・・・」
リーズバイフェがいつもの盾の変わりに付けたデュエルディスクを袖で磨きつつ溜息を吐く。
「カドウリツ・87パーセント・シュウフクチュウ」
究極の汎用家電メカヒスイはフシュウッと耳から煙を上げつつ、半分停止している。
「ああ、黒猫に脅えなくて済むなんて! 此処ってある意味天国なのでは!!?」
一人だけ喜びに溢れたななこが場違いに目を潤ませて囚われの自由を満喫した。
「それにしてもまさか弓柄さんが生きてるなんて。そっちの方が僕には驚きだよ。その、生きていてくれて、嬉しいよ」
鈍感野郎遠野志貴は優しくさつきに微笑み。
「に、兄さん!? な、何デレデレしてるんですか!!?」
遠野秋葉は嫉妬の炎を燃やし。
「秋葉様も此処は押さえて下さい。私だって行方不明のメカヒスイちゃんがそこにいるのに我慢してるんですから」
マジカルな琥珀がすかさずフォローし。
「姉さん。やっぱり此処出られないみたい」
探偵よろしく周辺の壁やら床を調べていたヒスイが報告する。
「とりあえず、状況を整理したらどうかにゃ? 諸君」
音頭を取ったのは突如としてにゅっと床から現われた染み。
何処にでもいそうなダンディーな混沌。
ネコ・カオスだった。
「む!? 幸せな生物じゃないか!!!」
即座にリーズバイフェが反応する。
「初っ端から我輩クライマックス?!!」
急いで捕まえようとする細腕がシオンによって押し留められる。
「リーズバイフェ。此処は我慢して下さい。幾ら害描とはいえ、此処にいきなり現われたところを見ると脱出の糸口に為りえます」
「・・・分かった」
渋々手を引っ込めたリーズバイフェに安堵した様子で黒猫は翡翠・琥珀・秋葉・志貴・ガクガクと震えるななこ・志貴に微笑み返すさつきの頭を渡り、シオンの腕の中に納まった。
「それでさっき何処から入ってきたんですか? 害描」
「はっはっはっ。この後に及んでの害描呼ばわり、天地が赦してもこのダークネスフィーバーが止まらない我輩が赦さな―――」
メギィィィィィィッッッ!!!
と、生物が立ててはイケナイ音を立ててネコ・カオスの顔が歪む。
ジタバタともがく猫がグッタリした辺りでシオンが顔を引き伸ばすのを止めた。
「この扱い。動物愛護団体にキルマークされるんじゃないかと我輩は常々思うんだがにゃー・・・・・・」
「それで?」
「まだ逃げない方が得策だ。と言ったら?」
「それはどういう事ですか」
シオンが瞳を細めた。
「諸君も夜の中で見ただろう。あの力を・・・人類が遺した最後の叡智司る者達の威光(ちから)を・・・」
「人類が遺した?」
「そもそも、何故あんな場所で夜が始められたのか。誰も知る者はいないのではにゃいかね?」
「それは・・・」
「何故、やり直したのか。何故、カードだったのか。何故、この“人類最後の砦”の出現を機に諸君のデュエルディスクが全て止まったのか」
狭い牢獄に囚われた誰もがネコ・カオスを見つめた。
「・・・・・・何を知っているのか吐きなさい。害描」
シオンの言葉にひょいと腕から飛び出して、陰から鹿の角を取り出した黒猫がガリガリと床に何やら書き始めた。
「何を書いてるの?」
さつきが背後から覗き込んで首を傾げる。
「まぁ、この場の全員に分かり易く状況を説明してやろうという我輩のピカソ的良心だにゃー」
描かれていく図にほぼ全員ピンとは来なかった。
たった一人。
終末を越える為に人類を滅ぼす己を知るシオン以外は。
「これは・・・」
四本の線が互いにあみだ籤のように線で乱雑に結ばれながら、最終的に一本の線へと収束していく。
全員が見たのはそんな図だった。
「まず、そこの兄妹姉妹は一本目」
サラサラと遠野家の面々のデフォルメされた絵が一本の線の上に載せられる。
「こちらの真正と計算マニアと不幸がこっち」
カリカリと続いて描かれたのは二本目の線上にリーズバイフェ、シオン、さつきの三人。
「こっちの寝床はここかにゃー」
ななこが三本目の線上に載せられ「寝床!?」と衝撃の路地裏同盟内なら誰でも知っている真実に固まった。
そして、最後の線にネコ・カオス自身が乗っかる。
「・・・・・・これは・・・いえ、こんな事が可能だと貴方は言うのですか? 害描」
シオンが全てを理解したように顔を顰めてダンディーに煙草を吹かし始めた黒猫に訊く。
「それが可能なんだにゃ~~」
「・・・これが真実ならば、彼は、彼とは・・・?・・・!!・・・害描・・・【彼】とは何ですか?」
ネコ・カオスがシオンの表情の移り変わりを見て、悟る。
「もうおっぱじめる気満々とか勘弁して欲しい。我輩これでも平和主義者なんだがにゃ~」
線の上から下りたネコ・カオスが再び床にズブズブと沈んでいく。
「ま、待ちなさい!? 害描!!! まだ訊きたい事が!?」
「優しさは時に残酷って知ってる辺りが憎いというか。最後の聖杯が完成する前に仕事は終わらせようか。にゃにゃ」
トプンと影に体が沈み込んで、黒猫の姿が消えた。
後にはポカンとしている面々が残される。
「その~~シオン?」
「さつき・・・」
何処か決まり悪げな親友の顔にさつきが「どうかしたの?」と心配そうに問い掛ける。
「貴方達も知っておくべきでしょうか。この状況・・・吸血種にすら出来はしないだろう奇跡の理屈を」
「どういう事だい? シオン」
志貴の問いにシオンは内心心を決めた。
「あの害描の話を聞く限り、私達が別々の世界に生きる者であるという事から、まずは説明しましょう」
その場のシオン以外の全員が固まった。
騒がしい一日が過ぎて。
衛宮邸には夜がやってきていた。
既に夕食は終えている。
騒がしい事この上ない席だったが、久しぶりに衛宮士郎は己の家の温かさを感じていた。
今ではそれぞれ思い思いに会話に花を咲かせている。
隅っこでヒソヒソと話し合う執行者とシスター。
これからの事を話し合う英霊達。
そろそろ眠いと屋敷の部屋に引っ込んで言ったアインツベルン勢。
一人お茶やら菓子やらを世話する桜と凜。
まるで祭りのような一日だったと家主は苦笑しつつ、土蔵の中で日課を行う。
「おい。ちょっと顔貸せよ」
「慎二か?」
土蔵の入り口には背中を預けた親友の姿。
「ああ、ちょっと待っててくれ」
士郎が投影していた剣を横において外に出た。
「で、何か用なのか?」
「・・・・・・」
「オレに言い難い事か?」
「これから・・・」
「?」
言い淀んだ慎二がボリボリと頭を掻いた。
「桜の事を頼む」
「・・・一体どうしたんだよ。慎二?」
「お前みたいな正義馬鹿にわざわざ頼んでやってるんだ! どうなんだ!!?」
「あ、いや、さ、桜の事なら別に頼まれるまでもないさ。あいつはオレにとって大切な―――」
「大切な、何だ?」
いつになく真剣な顔。
それに今までいつも通り接してきた士郎が何かを悟ったように笑みを消した。
「大切な人だ」
「・・・ああ、そうかよ。はっ、随分とあの鈍感が言うようになったじゃないか」
「そ、そりゃ、オレもずっとあいつの気持ちに気付かなかったわけじゃないさ」
「そうかよ。なら―――」
不意に慎二は気付いた。
衛宮邸の塀の上に誰か立っている事に。
「オイ、此処のセキュリティーどうなってんだよ!!? 誰か出てこないのか!?」
「え?」
人影が跳び、慎二の背後まで抜けた。
勢いよく血飛沫を上げてひゅんひゅんと腕が虚空に飛んだ。
「慎二!!?」
「ぐ―――おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
片腕を飛ばされたまま、人影に体当たりした慎二が叫ぶ。
「行けッッ!!!! 他の連中と一緒にッッ!!!?」
「な、何言ってんだよ!!!?」
「馬鹿がッ、見ろ、がッッ?!!!」
人影から膝蹴りをまともに受けて、慎二の体が吹き飛ぶ。
人影へ投影した剣を投げ付けようとした士郎が背後からの気配に振り返り、思わず固まった。
無数の黒い人影、いや・・・影としか言えない何かが無数塀の上に立っていた。
それだけではない。
影は空にも無数。
何人要るのか。
いや、そもそも魔術かどうかすら、分からない。
「こいつら、英霊並みだ!!! とっとと、行け!!! 桜をッ、桜を守れ!!!」
「くッ」
一瞬の躊躇。
そもそも相手の事も分からぬ内から親友を見捨てるという選択肢は嘗ての衛宮士郎ならば在り得なかった。
しかし、慎二の形振り構わぬ叫びが、その言葉が真実だと彼に理解させる。
「死ぬなよ!!?」
「誰に言ってるッ!? 此処は任せてお前は連中と合流しろ!!! 逃げる時間くらいは稼いでやるよ!!!!」
「済まん。慎二!!」
士郎が衛宮邸の中に駆け込んでいく。
その間にも塀を越えて内部へと影達が入ってきていた。
どれもこれも気配は英霊の如き強さ。
幾多の戦いを経てきた慎二には影が並みの魔術で括られた存在以上のものだと既に理解出来ていた。
ボンッと壁の一部が爆破される。
「これはこれは、まさか最初に潰すのが君になるとは思っていなかった。間桐慎二」
「似非神父・・・今日は一段と頭のもじゃが沸いてるようだな」
一発の銃声が慎二の体を通り抜ける。
「ぐはッッ!?」
ボタボタと口から吐かれた血の塊が足元に水溜りを作った。
「これでも死なないとは・・・やはり【彼】の力とは面白いものだな」
壁を粉砕した噴煙の中から言峰を守るように二人飛び出してくる。
一人は何処か擦り切れたような顔の男。
一人は美しい白い髪を持つ女。
それが衛宮邸にいる二人に似ていると思った慎二の直感は正しい。
「お前・・・まだ記憶があるのか・・・」
「そういう君も記憶を保持しているようだが?」
「知った事か!! 僕のやる事は変わらない!!! デュエルだ!!! 似非神父ッッッ!!!?」
再びの銃声。
更に影達の追撃。
だが、銃弾は弾かれ、影達が光の本流に吹き飛ばされた。
「あるはずのないクラス【決闘者(Duelist)】。だが、彼こそが私の望みを果たしてくれる存在となった。いや、この力さえあれば、聖杯すら不要かもしれん。それで君は何故戦う? 彼が何を為すか・・・気付いているのだろう?」
言峰の言った事はほぼ当たっていた。
様々な状況証拠。
多くの謎への答え。
幾つも持ち寄られた情報。
そして、記憶の消去。
それらを総合し、尚且つ的確に分析できた唯一の存在として、【彼】の力を授かった人間として、もう慎二には今現在の聖杯戦争と彼の事情が見えてきていた。
「今日一日・・・楽しかったんだよ・・・」
「何?」
復元された腕に煌めく銀の輝き。
デュエルディスクが唸りを上げて、間桐慎二という男を唯一無二の存在へと変貌させていく。
「人様の人生にたかが“もじゃ”が口出してんじゃねぇっつってんだよッッッッ!!!!」
「追え」
言峰の言葉に二人の男女が衛宮邸の中へと突入していく。
「君は・・・もう少し利口な人間かと思っていたが、詰まらない人間になったようだ」
「なら、その詰まらない人間に負けるお前は屑って事を証明してやる。似非神父!!!!」
デュエルディスクセット。
デッキセット。
デュエルモードスタンバイ。
「【決闘(デュエル)】!!!!!!!」
「くくくく・・・いやはや、世の中何があるか分からぬものだ・・・既に聖杯を手にした私に挑む者がいるとは・・・」
絶対強者の余裕か。
もはや神父の仮面に未練も無いのか。
バサリと上着が脱ぎ捨てられた。
「いいだろう!!! ならば、掛かってこい。この無限の英霊と令呪を手に入れた私に勝てると思うなら!!!!」
哄笑が響き渡る。
衛宮邸を余波で吹き飛ばしかねない程に男から魔力が立ち上っていく。
その量、その密度、バーサーカーやギルガメッシュですら、魔力で劣るに違いない。
指先から何か黒いものが滲み出し、神父を覆っていく。
それが圧倒的数の令呪だと理解して、慎二の額から汗が一筋滴った。
「さぁ、幾多の世界を救世せし力を見せてみるがいいッッ!!!」
口の奥底から眼球の深奥まで令呪(のろい)で埋め尽くされた男が叫ぶ。
「【決闘(デュエル)】!!!!」
英霊の強さは能力の強さであり、宝具の強さであり、空想の強さであり、神話の強さであり、魔力の強さであり、主の強さでもある。
ならば、無限と嘯く者の強さとは如何程か。
―――ちくしょうが・・・こんなの反則だろ・・・。
言峰綺礼。
ATK3000.
DEF3000.
英霊の軍団
ATK?.
DEF?.
このカードがフィールド上に存在する各ターン開始時、自分のライフは80000000になる。このカードは自身以外のカードによる攻撃・効果により場を離れる事が出来ず、また罠・魔法・効果モンスターの効果を受けない。このカードの攻撃力・守備力はプレイヤーのライフの値となる。マスターはこのカードの能力を得る。
嗤いながら、慎二はこれが最後の決闘になるだろうと悟った。
「オレのターン。ドロォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」
一万倍のライフ差の中、終わりのデュエルが始まる。