The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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よくある話なのですが、空しい勝利というものがあります。結果が無ければ、空しいも何もないとリアリストは嘯くのが常であり、効率という名の悪魔が全てを陳腐化させ、感動を奪う事も多々あります。過程が大事とは言わないものの、人が紡ぐ幻想ならば、せめてこうであって欲しい。

これは負け犬が辿り着いた幻想の果て。

「敗北者」にこそ、人は勝利を見る・・・そんな話だと思って今回は書いています。


第三十九話「勝利者の微笑」

第三十九話「勝利者の微笑」

 

きっと、人間に必要なのは思い出だ。

早足に過ぎていく時。

いつか来る終わりの闇。

零れていく命の火。

幼き頃の汀。

とめどなく残酷に落ちる砂。

刻まれた傷。

独り眠る寂しさ。

それでも人は生きていかなければならない。

だから、思い出すのだ。

大切な人の笑顔を。

いつか失ってしまった自分の想いを。

「僕は・・・カードを五枚セット。モンスターを一枚セット。ターンエンド」

「拍子抜けだ。まさか、それが本気だと言う気か?」

黒き神父が嗤いに嗤う。

英霊の軍団を率い、慎二のターンが開始されたと同時に八千万の攻撃力とライフを得た。

正に化け物。

そして、言わずもがな。

無限とも思える令呪はあらゆる英霊を完全に屠る必殺の手札。

倍掛けされれば、如何な英霊も抗いは出来ない。

マスターを殺し、己を殺し、強制的な隷属を強いられる。

だからこそ、慎二が敵となったのは運命だったかもしれない。

あらゆる英霊に頼らず。

自ら掴んだ英霊の力によって自らの運命を拓いた存在。

祝福は無く。

傲慢を友に進むならば、彼以外に神父を打倒出来る者はいない。

「ならば、行かせてもらおう。殺せ、砕け、我が軍団よ。はははははっははははははっははははははは!!!!!」

魔力に高揚したか。

如何な者も赦さぬと悪意の塊が命令を下す。

「敵能力を確定。一ターンに任意の回数、令呪を発動出来る」

世界を覆う暗黒。

英霊の軍団が魔力の迸りに人とは思えぬ絶叫を迸らせる。

令呪が英霊の軍団の前方に魔力溜りを生み出す。

英霊そのものが魔法を受けずとも、攻撃自体を増幅する事は可能。

二倍。

魔力溜りが膨れ上がる。

二倍。

膨れ続けた力は巨大な魔法陣を形成し。

二倍。

都市を飲み込む如き巨大な壁となった。

 

―――攻撃力六億四千万。

 

影に染まり、意思を奪われた英霊達が各々の宝具による一斉攻撃を掛ける。

慎二の眼前。

伏せられたカードは六枚。

だが、【決闘】の原則上、モンスター一体の攻撃は一度。

そして、ダメージは通らない、はずだった。

 

黒き光の乱舞。

 

闇に融ける一撃。

 

迫る殺意と憎悪。

 

攻撃を受けたモンスターが割れ、慎二の身体が襤褸屑のように衛宮邸の土蔵へと激突、巨大な光芒の中に融けて行く。

その力は周辺一帯にある複数の家々を巻き込んで一直線上にある全てを消し飛ばした。

衛宮邸はその余波で消滅。

一瞬にして地形を塗り替えた攻撃は聖剣エクスカリバーの威力を完全に超えていた。

「ほう? この一撃で消し飛ばなかったか」

溶けた灼熱の大地。

その上で一人。

焼け爛れた全身を跪かせて、衣服の失せた慎二が完全に意識を途切れさせた様子で足と手を焦がしていた。

「確かに【彼】の力は素晴らしい。だが、何事にも限界はある。貴様は忘れているようだが、聖杯戦争とは魔力と霊体を使った巨大な儀式に他ならない。他を圧倒する魔力、強大な魂を持つ英霊と幻想の力を抱く宝具。これによって行われる術式なのだ。【決闘の作法】と言ったか? それもまた【宝具】である限り、限界はある。この圧倒的、只管に圧倒的な魔力と無限の令呪。幾ら原則に従わなければならないとはいえ、無傷で済むと思うかね?」

「・・・・・・」

慎二のライフは未だ8000のまま。

しかし、【決闘の作法】によって形作られる概念魔術のフィールドは今正に軋みを上げていた。

再び攻撃しようとする英霊の軍団。

その進軍は遅々としていたが、全身を砕かれながらも、確かに影達は進んでいる。

「原則すらも真理すらも捻じ曲げる。これこそ聖杯ッ! これこそ真の力だッッ!!!!」

人が当然とする美しきを醜く、醜くきを美しいと感じる男はもう目の前の塵屑を敵とは認めていなかった。

セットされたモンスターが何であれ。

彼が構う事はない。

ギルガメッシュを屠った相手だろうと今の言峰綺礼に適うものではない。

相手ターン開始に伴いライフを八千万という完全に常識を逸脱した値とし。

カード効果や攻撃では場を離れず。

あらゆる魔法・罠・効果モンスターの効果が効かず。

ライフと同等の攻撃力と守備力を得る。

どうしろと言うのか。

どうやったら勝てると言うのか。

「く」

「?・・・」

もはや死に体。

何一つとして反撃も出来ずに死んでいく。

哀れな子羊に神父が首を傾げる。

「まだ、戦うかね? それともサレンダーか。どちらにしろ、君は此処で死ぬが」

「く・・・く・・・くくく・・・・」

その喉すら焼き潰された慎二のくぐもった嗤い声に眉を動かして、言峰綺礼はおかしいと感じる。

(何だ・・・この違和感は・・・)

何かが変ってしまったと感じる。

「ついにおかしくなったか・・・」

そう呟いていても。

何故か。

心にある不安という名の染みは消えない。

「なぁ・・・似非神父・・・」

ブスブスと黒煙を上げる手と腕を持ち上げて。

ゆっくりと間桐慎二が、“あの間桐慎二”が立ち上がる。

腕に鈍色のデュエルディスクを付けて。

今も生きながらに焼かれる地獄の苦痛を味わいながら。

「僕は・・・今まで生きてきた・・・」

「何?」

脳裏の何かが警戒を促して。

神父はそんな己を否定した。

素晴らしき闇。

聖杯という名の破滅を手に入れた彼が恐れ、警戒する事など在り得ない。

「僕はさぁ・・・これでも生きてきたんだよ・・・」

「何を言っている?」

デュエルディスクが使用者の意思に呼応し、輝きを増していく。

「今まで桜に当たってきた・・・本当に必要なのは僕じゃなかったから・・・聖杯戦争に参加して、誰かに褒めて欲しかった・・・全て自分の思い通りにしたかった・・・」

慎二の瞳が呪いに絡め取られた神父へと向く。

一歩、足が踏み出される。

(何だ・・・一体、この男に何が起こっている!?・・・)

「全部、失くして・・・空っぽになって・・・それでも僕は生きてきた・・・」

「そろそろ消えたらどうだッ!!」

【決闘者の作法】の原則を振り切ろうと軍団が悲鳴を上げながら進んで行く。

その間にも二歩、三歩。

灼熱の大地を、己の足の状態も気に掛けず、慎二が歩く。

「僕を仲間にしてくれる連中が出来た・・・」

黒の英霊達が一斉に慎二へと向く。

それでも歩みは止まらず。

宝具を、英霊達を掠めて、傷付くのも構わずに少年は歩く。

(まさか、畏れて・・・いない?・・・この、私を・・・この聖杯(ちから)を手に入れた私を?)

「気付いたんだ・・・僕は独りじゃなかった・・・自分を被害者だと思いたかっただけなんだってさ・・・」

「ッ、今すぐ、そいつを殺せッッ!!!」

英霊達の間を抜けて、ついに慎二は黒い神父の前に立った。

(―――この瞳はッッッ!!!!?)

「似非神父。僕は負けない・・・いや、負けてなんか、やらない・・・ただ、この世界を壊して悦に入ってるだけのあんたに負けてなんかいられない・・・今、“オレ”には守りたいものがある」

「ぅおおおおおおおおおおッッ!!!!?」

神父が言い知れない恐怖に拳を叩き込む。

しかし、この世の全ての悪を体現せしめる肉体が放った一撃はリクルーターから呼ばれた一体の天使に阻まれる。

モンスター名。

【アルカナフォース0-THE FOOL】

再びの光芒。

爆発的な聖杯の力が、魔法陣が、二度目の死地を生み出す。

「何を、私は何を畏れてい―――」

「オレのライフはまだ8000だぜ? クソ神父」

全てを破壊する黒き輝きの最中から声。

「ッッッッ?!!!!!」

黒き輝きを打ち払った愚者の名を冠する天使がマスターの頭上に輝く。

ジャスト一分。

ターンの壁が全てを間桐慎二へと運ぶ。

「オレのターン!!! ドロー!!!!」

「【ゴブリンのやりくり上手】×3!! 【非常食】!! 【無謀な欲張り】発動!!!」

やりくりターボギミックによる大量ドロー。

更に無謀な欲張りを加えた二ドロー。

「手札から【暗黒界の取引】×3!! 更に【成金ゴブリン】×3!! 発動!!!」

大量のドローカードによって成されるドローに次ぐドロー。

本来、エグゾディアに使われるドローカードの数々はしかし、切り札を呼び込まない。

「何を! 何をしているッッ!!!?」

言い知れぬ不安。

今まで一度だろうと感じた事の無かった精神を軋ませる何か。

それに思わず言峰綺礼は叫んでいた。

「ずっと・・・オレは自分をリアリストだと思ってた。このデッキを選んだ理由なんてエグゾディアが入ってるってだけの話さ・・・だけど、だからなんだろうな・・・デッキは嘘を付かない。オレはあんたを殴りたいらしい」

今正に英霊の軍団の剣が槍が背後から無数迫る最中。

必殺の手札が揃わない事を告げながら、それでも慎二の瞳に絶望は無い。

そして、恨みも憎しみも傲慢もその全てが抜け落ちていた。

「何故だ・・・何故、貴様はそんな目で私を見るッッ!!? 間桐慎二ッッッ!!!!」

「あんたにも教えてやるよ。負け犬の気持ちってやつを!!!」

「ッッッ!!? 貴様はッッ!!!」

「オレは手札から魔法カード【デビルズ・サンクチュアリ】を発動!! メタルデビル・トークンを形成!!」

一つ目のトークンが神父の顔を映し出す。

「!?」

己の有様を見て。

動揺なんてしなかった。

だが、男には見えてしまっていた。

自らの顔に浮かぶ恐怖が。

「二体のモンスターを捧げ、生贄(アドバンス)召喚!!!」

天使と悪魔の如きトークン。

二つの命を糧に今、最後の審判を下すモンスターが顕現する。

「現われろ。闇すら無に帰す、天墜の邪悪―――今、此処に」

天に現われる巨大なクリスタル。

邪悪を透かす竜。

「クリアー・バイス・ドラゴンッッッ!!!!!」

降り注いだ結晶が黒の英霊達の中心へと落ち、衝撃で一帯に激震が走る。

「ぐッ!? そんな虚仮脅しがッ!!?」

その叫びも虚しく。

クリスタルが罅割れていく。

鳴動する大地が戦いのゴングを鳴らす。

「闇すら個を解けば無へと還る。あんたの悪意が世界を滅ぼす聖杯(やみ)となるなら、オレはソレすら覆す絶望(ひかり)になってやるよッッ!!!」

砕けていく立体。

響き渡る絶叫。

 

ォ゛ォ゛ オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!!

 

この世全ての悪意に触れたとて、その嘆きには及ばない。

この世を呪う負け犬の遠吠えは世界を震わせて。

神父にすら憐れみという最も程遠い感情を呼び起こした。

 

「ふ・・・そうか・・・私は・・・」

 

―――クリィイイイイイイイイイイイイインマリシャスゥウウッッッ!!!! ストリィイイイイイイイイイイイムッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!

 

相手の悪意(ちから)を得て、己の攻撃力を相手の二倍と化す唯一のモンスター。

攻撃力零の一撃は相手がダメージを受ける寸前。

飛躍した。

 

千、一万、十万、百万、一千万、一億六千万!!!

 

「オレは、デュエリストだぁああああああああああああああああああああああああああああ―――」

 

竜の放つブレスが天を貫き、数多雲を貫いて降り注いだ。

 

英霊の軍団を無が消し去って行く。

 

80000000-80000000=0.

 

Win 間桐慎二。

 

無に飲み込まれて行く神父は最後の瞬間。

 

自分に打ち掛かってくる少年を見つけた。

 

その非力な拳。

 

避けようと思えば避けられただろう。

 

聖杯と令呪すら打ち砕いた敵だとしても。

 

全てが無に帰して行くとしても。

 

言峰綺礼はまだ生きている。

 

まだ、生きていたはずだ。

 

「・・・・・・」

 

拳が、当たる寸前。

 

瞳がそっと閉じられる。

 

ガムシャラにただ突き出された負け犬の拳は男の頬を打ち抜いて吹き飛ばし。

 

男の心にようやく敗北を刻んだ。

 

無に晒されるより先に男の心臓が、嘗て浴びた悪意の全てが、消えて行く。

 

慎二の瞳には見えていた。

 

無に飲み込まれる寸前。

 

男の顔には確かに満足そうな笑みが浮いていた。

 

コンボでも特殊な勝利でもなく。

 

ただ、一撃。

 

己の渾身を乗せた一撃にて。

 

少年は勝利を掴んだ。

 

奇を衒う事なく。

 

ただの拳が勝敗を決した。

 

そうして、勝者もまた地に沈む。

 

(桜・・・元気でやれよ・・・遠坂・・・あの馬鹿を・・・どうか、止めてやってくれ・・・きっと、お前だけが・・・それを・・・)

 

如何に決闘者と言えど。

 

聖杯の力持つ一撃を二度喰らってただで済むわけがなかった。

 

概念魔術の崩壊。

 

魔力の枯渇。

 

受けた傷の修復すら無く。

 

間桐慎二は目を閉じた。

 

最後に己の拳で勝ち取った勝利に酔いしれながら・・・・・・。

 

負け犬は確かに最後、ようやく人並みの心を手にして。

 

勝利者と為った。


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