The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
第四十話「敗残者の再起」
「はぁはぁ・・・慎二・・・生きてろよ・・・」
間一髪。
眉間を貫こうとしていた黒い剣が崩れ去った時、衛宮家の面々は強大な英霊の軍団を統率していた何者かが消え去った事を知った。
全員が満身創痍。
何せ真名開放した宝具こそ飛んで来なかったものの、誰もが圧倒的な英霊の物量に押され、限界ギリギリのところで何とか踏み止まっていたのだ。
最初から死に掛けて倒れ込んだ教会のシスターと壊れた橋を背に戦い抜いた彼らはようやく助かる、はずだった。
【ふ・・・まさか、三割とはいえ、聖杯を持って負けるとは・・・まぁ、排除する手間も省けたか】
ズルリと夜の闇から虚が染み出す。
「お前は!!?」
【久しぶりじゃのう。桜】
突如として現われた小柄な影。
着物姿の老人に桜が悲鳴のような声を上げて後ろに下がった。
「桜!? く、妖物の類が今更何の用ですか!!!?」
ライダーが桜を後ろから抱き止め、老人、間桐臓硯から庇う。
【そろそろわしの番が回ってきたかと思ってのう】
「クソッ!? 慎二は!! 慎二はどうした!!?」
「衛宮の倅か。まさかとは思っておったが、やはりか」
「な、何!?」
目を細めた臓硯が唇の端を歪める。
【慎二・・・凡人でしかなかった貴様が得た力・・・確かに認めよう。死して尚、今のわしにすら対抗してみせるとは・・・出来は一番悪かったが、わしの心を躍らせた褒美に貴様の親友とやらの命、もう少し延ばしてやるわい】
そのまま、老人の影がズブズブと地面に沈みこんでいく。
「ま、待て!!? 慎二は!!? 慎二はどうなったんだ!!?」
【ふん。己の胸に聞けい】
千載一遇のチャンス。
今正に磨耗し切った英霊達とマスター達、魔術師達を前にして現実主義者にして人の苦悩を娯楽とする妖物が消え失せていく。
本来、桜の下で間桐に使えていたライダーには老人の行動が不可解だった。
すぐに気配が消え失せた事を確認して、凜が持っていた【決闘者の作法】を懐に仕舞う。
「一体、何だったの? 此処まで追い詰められた私達を見逃すなんて・・・あの妖怪・・・」
「シロウ! 大丈夫ですか!?」
駆け寄ったセイバーに士郎が頷く。
「それより桜の方は?」
「問題ありません。多少、生気が持っていかれた程度で・・・」
「先輩。大丈夫、ですから・・・今は兄さんの下に」
「あ、ああ」
「ストップ」
「姉さん?」
動き出そうとした桜を凜が留めた。
「今からあのめちゃくちゃなところに行くなんて危険過ぎるわ。一端、私の家で体制を立て直しましょう」
「で、でも!? 兄さんが!!?」
「あんただって、あの魔力は感じたでしょう? あれは聖杯・・・しかも、完成してたわ」
「そ、それは・・・」
「何だって!? どういう事か説明してくれ。遠坂!」
「このカード、分かる?」
【闇の聖杯】
カードが1枚凜のデッキケースから現われる。
「それって、まさか」
イリヤがすぐに見当を付けた。
「そうよ。桜の中に埋め込まれていた力がカードになったものよ。これがさっきから反応してたわ。言いたい事分かるわよね?」
「それじゃあ、慎二の奴は聖杯を手にした誰かと・・・」
士郎の言葉に凜が唇を噛む。
「あっち側が全部焦土になってるの見える? 十年前と同じ・・・いえ、それ以上でしょうね」
「――――――」
「言っておくけど、生存者を探そうとか言い出さないでよ? 今の状況じゃ、自分の命、いえ、仲間の命を最優先にして。シロウ」
「分かってる・・・分かってるさ・・・」
握られた拳が震える。
セイバーが眉を下げた。
マスターの内心が如何ばかりか。
推し量って余りある。
「シロウ。悔しいでしょうが、今は体勢を立て直すのが先決です。皆、疲れ切っている。気持ちは分かりますが、救出活動は・・・・・・」
「・・・ありがとう。セイバー」
「いえ、そんな・・・」
「ふむ。では、先行いたそう」
「お願い出来る。小次郎?」
「任されよ」
自らも掠り傷や切り傷を抱えながらもアサシンがそのまま霊体となって消えた。
「では、周囲警戒はこちらで。偵察が戻り次第出発しましょう」
バゼットが空気を読んでか。
十メートル程離れて警戒行動に移る。
「ちょっと、休みながらでいいから聞いて頂戴」
「はい。姉さん」
「何だ。遠坂?」
「何? 凜」
三人の傍で橋の欄干に背を凭(もた)れさせて、凜が大きく深呼吸した。
「現状の整理をするわ。まず、最初に今回襲撃してきた敵に付いて。これはたぶんあの妖怪の知り合いか何かでしょう。そして、それと戦って慎二は・・・」
妹の前で死んだと言い切るべきかどうか悩んだ凜だったが、その手を桜が掴む。
「分かってます。私は大丈夫ですから、続けてください・・・」
桜の様子に凜は僅かに目を見張った。
「あんた・・・強くなったわね・・・」
首をゆるゆると桜が横に振る。
「強くなったんじゃありません。今だってほら、震えてます。でも、強くならなきゃ、強くなれなきゃ、先輩や姉さんに迷惑が掛かる事くらいは私にだって分かります。ですから、私に気を使ったりしないでくさい。姉さん」
「分かった。慎二は・・・たぶん死んだわ。もしくは死んでないけど、瀕死の状態だと思う。でも、あいつはやってくれた。完成した聖杯の何割かの力を持ったはずの相手を・・・あの馬鹿は倒してくれた・・・」
「慎二ッ・・・」
グッと士郎が拳を握り締める。
「あの言い分からしてあの妖怪ジジイは完成した聖杯をもう既に持ってる。何割か失ったって、こちらに漏らして全然構わないくらいには力に自信があるんでしょう。なら、並大抵の戦力じゃ話にならないのは当然よね。それでも消耗し切った私達に手を出さなかった。それにはちゃんと理由があるはずよ。シロウ」
「ん?」
「ちょっと、ばんざいして」
「え、あ、こ、こうか?」
思わぬ事を言われたものの、素直に士郎が腕を上げると服の下からポロッと何かが落ちた。
「あ、このカードって」
それを拾い上げたイリヤが凜に渡す。
やっぱりと凜が目を細めた。
「姉さん。それってカードですか?」
「ええ、たぶんあのジジイはこれを警戒してたのね」
「これって・・・慎二が?」
「ええ、十中八九」
「何のカードなんだ?」
「【禁止令】・・・・・・宣言したカードの使用を封殺するメタカード。なるほど、あいつ考えたじゃない」
「どういう事だよ?」
「いい? たぶん、慎二はこいつに予めあの妖怪ジジイの切り札か何かを指定宣言してたのよ。だから、これ以上は攻撃してこなかった。そりゃそうよね。才能無かったし、魔術回路も無かったけど、あいつは間違いなく間桐の家系で魔術の智識は習ってた。自分の家の魔術系統や詳しい事情くらい知ってて当然だわ」
「それでか。帰ったのは・・・」
「兄さん・・・」
桜がカードを見て、顔を歪める。
「いい? あのジジイは聖杯の力を持っていても、カードは警戒した。これは私達にとって勝利の方程式に成り得るわ。つまりよ。【決闘者の作法】を媒介にして決闘(Duel)の形で戦いを進められれば、かなりの不利は解消出来るはずなの。でも、それにしても相手は聖杯・・・魔力切れ掛かってるこっちには辛いわ。家に行って休めば、少しは回復するでしょうけど、全開には程遠いし。例え、カードで回復させたにしても、自力が違い過ぎる。あっちは数百年ものの妖怪で聖杯の力を使いたい放題。しかも、今まで調べた結果から言って、令呪や聖杯戦争の開発者である可能性もある」
「令呪の?」
「そうよ。詳しい経緯はどうだか分からないけど、あの妖怪ずっと聖杯戦争を見てきたようなのよ。なら、聖杯の構造や聖杯戦争の内実、裏技もかなり知悉してると見ていい。だから、あいつに一杯食わせるには聖杯戦争のシステムとは別のところで勝負しなきゃいけないわけ。ここまでは分かった?」
「あ、ああ、つまり、その一環が決闘なんだろ?」
「そうよ。で、相手が令呪関係の智識が鉄壁だとすると、英霊を使っての戦闘はリスクが高過ぎるの」
「まさか、姉さん・・・私達だけで?」
「半分正解だけど、半分外れ」
「遠坂。もったいぶるなよ」
「いい? 決闘で相手に勝った時、そいつの一番大切なものをカードとして【決闘者(Duelist)】は奪う事が出来るわ。これで私達は今幾つかの宝具やそれに類するものをカードの形で保存する事に成功した」
「はい。私の【闇の聖杯】やバーサーカーさんの【狂戦士の魂】ですよね?」
「他にも幾つかあるの。あの金ぴかサーヴァント、慎二の話じゃギルガメッシュだったらしいけど、あいつの宝具とかもあるし・・・でも、これ全部使い捨てなのよ。しかも、真名開放出来ない宝具なんて宝の持ち腐れ・・・って、相手側は思ってるでしょうけど、私達には頼もしい人がいたわけよ」
「頼もしい人?」
桜が首を傾げる。
「ね? シロウ」
「え? は、はい?」
何を期待されているのか分からずオロオロする士郎に凜がニヤリと笑った。
「デュエルディスクを作ってた時、思ったのよ・・・これ使ったら実は大儲け出来るんじゃないかって」
「「?」」
何の事か分からず桜と士郎が首を傾げた。
「とにかく精密作業になるから家の工房へ行きましょ。話しはそこで。セイバー、ライダー、手伝ってもらうわよ」
「何が何やら分かりませんが、シロウの為に必ずお役に立って見せます」
「桜の為なら、どんな事でも必ず遣り遂げてみせましょう」
【今、帰ったぞ】
小次郎の声が響き、全員が再び集ってくる。
「ごほ・・・どうなりましたか?」
全身にカードをペタペタ張られたシスターがようやく目覚めた様子で集る衛宮家の人々の群れに混ざった。
「この勝負、勝つわよ・・・いえ、勝たなきゃ、あのジジイに全部持っていかれる。皆、力を貸して。全員の明日を勝ち取る為に」
凜を中心に出来る輪を一番近くで見守らなければならない英霊は未だ現われず。
しかし、その彼が思っていた以上に遠坂凜は、普通の宝石魔術師は、しぶとく、生き汚く、足掻き続けていた。
危険がもうそこまで来ている事を彼らはまだ知らない。
いや、それは危険ではなく郷愁や邂逅と呼ぶべきだろう。
本来なら。
ただ一つ確かなのは安寧の中では得られないものが迫っているという事だけだった。
二つの影。
黒と白。
主を失いながらも、命令を遂行し続ける人形が二体。
黒の英霊達とは別に彼らを襲ったのは遠坂邸への帰還から二時間後。
一人は言葉を失い。
一人は驚きに硬直し。
一人は襲撃者の姿に剣を振るわせる事になる。
【―――?!!!】
【じいさん?!!!】
【・・・・・・貴方は死んですら、その銃を向けるのかッッッ!!!】
衛宮士郎の育ての親は硝子球のような瞳で嘗ての己のサーヴァントを見据え。
イリヤスフィールを産んだ母たる女は何の感情も浮かばない瞳で嘗ての伴を見つめ。
彼らと共に戦った戦士は叫んだ。
【キリツグ!!! アイリスフィール?!!!!】
宿命というものがこの世にあるとすれば、それは正しく今。
衛宮士郎。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
セイバー。
家族だった者達との悲しき決闘が始まる。