The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
敵とは何か。正義の味方とは。紙束に命を掛ける理由(わけ)は。彼は一体、何を求めたのか。
全ては決闘の中に・・・。
第四十一話「帰還者の真相」
チリンとベルが鳴る。
夜中を騒がすには聊か小さな音だった。
「ふぅ。やれやれ」
黒猫か。
いや、それを猫と評するならば、世の中の猫の殆どは正に化け猫でなければならない。
黒い猫のような物体X。
極端にデフォルメされた黒いダンディズムの化身。
あるいはネコ・カオス。
そう呼ぶべき彼はようやく戻ってきた居場所の一つに腰掛けた。
落ち着いた店内には本来のマスターはいない。
それどころかバイトの二人組みもいない。
しかし、飴色のカウンター付近でキョロキョロと辺りを見回す場違いな猫風味少女ならいた。
他にも黒い外套を纏い桃色な五望星(ペンタゴン)の杖を持った魔法少女なども一緒だ。
俗に彼女達を呼ぶならばロリだろうか。
どちらもまだ幼い。
いや、一部の人間達には白いレンの略称において白レンと呼ばれたり、不幸が服を着て歩いている女キャスターとも言われる彼女達にしてみれば、呼び方なんて些細な事だったかもしれない。
白猫は奪われた主の可能性を追い求めて決闘へと参加し、新妻気取りの魔法少女は夫の帰りを案じる余り、三咲の地に蔓延る影という影をその無限の魔力を齎す杖で暴虐の内に滅していた。
どちらも最後の敵は何処だと都市を徘徊していたわけだが、いつの間にやら其処に座っている理不尽である。
何が何やら解らない。
白レンにしてみれば、決闘途中に気付けば其処にいた。
キャスターにしてみれば、夫の夕食の為に一端家に戻ろうとした途端だった。
二人が魔法に限りなく近い破壊光線なり、ただの椅子なりで喫茶店を壊さなかったのは単に事情が知りたかったからだ。
「ふぅむ。揃って見てると何だかにゃー」
「面妖な・・・喋る猫ですって・・・」
「いや、魔法少女も大概だと思うがにゃぁ」
とてとて歩いてきたネコ・カオスがヒョイとカウンターに上がると置かれていたリモコンで今時珍しいブラウン管型TVの電源を入れた。
『遠坂ぁああああああああ!!!?』
何やら始まっている番組内容はテロップで【出るか無限の剣製!? 遠坂凜危機一髪。親子の見せる涙。彼は言った。正義の味方になってやる】と右端に出ている。
「此処は一体何処なのよ?」
白猫少女が番組もそっちのけでネコ・カオスに問う。
「ようこそ。お嬢さん達。此処は【アーネンエルベ】・・・全ての可能性が集う場・・・いや、馬鹿騒ぎのメイン会場と言ったところか」
ダンディーフレーバー溢れる煙草を吹かし始めた化け猫にキャスターが目を細めた。
「あの影の仲間・・・と言うには聊か違うようですわね。一体何の目的で私を此処に呼び込んだのか言いなさい。今ならまだ丸こげで済ませてあげましょう」
「はっはっはっ、まったく我輩も舐められていると言うか。舐められっぱなしじゃなかった事なんて一度でもあったかなんて野暮なツッコミは無しにしても、もう少し尊重して欲しいにゃー」
『シロウ!! キリツグの魔弾は危険です!!? 直撃は絶対に避けてください!!?』
TVの中では青き衣と鎧を身に纏った少女が己の剣を輝かせながら前に出る。
「パチモンの何を尊重しろって言うのよ」
白猫の身も蓋も無い最もな声にゲラゲラと黒猫が笑う。
「そぉーこなんだよにゃー。我輩はこう見えても脇役。いや、猫役。それすらあの類似品(とてもよく似ていますが完全に別物です)と被るという悲劇!! でも、負けない。我輩男の子だもん♪」
イラッと二人の少女の内にどす黒いものが沸き上がる。
ゴシャァッと良い音がした。
「NOOOOOOOOOO!!? 何故にWHY!? どうして私でこんな病気持ってそうな化け猫とか殴るんですかぁぁぁ!!!? こっちは勇所正しき魔女っ子ヒロイン専用装備なんですよ!!? ルビーちゃんショッキン!!? ショッキン過ぎてもう逃げちゃうくらいにショッキン!!? あぁああぁああ、いつになったら由緒正しきロリっ子の手元に私は逝けるのでしょう!!」
平行世界より無限の魔力を汲み出す殺人ステッキの一撃で平べったくなったものの、ニョッキリ立ち上がったと同時にポンと音を立てて膨らんだ化け猫モドキがゴキゴキと肩を鳴らす。
「あわや殺猫という絵面。全国の不幸大好き大きいお友達にしか見せられない光景だにゃー」
「いいから説明なさい」
「あぁ、こういう時だけ我輩の存在意義(レゾンデートル)が発揮される現実こそ聖杯で改変すべきじゃね?」
ギラリと再び杖が振り上げられようとしてサクッとシリアス?な顔を作ったネコ・カオスがスッとカウンター内部に侵入し、やおらタンブラーに冷蔵庫から紅茶のパックを取り出して注ぎ始めた。
「つまり、世界にどうして機構(システム)が存在するのかって話なんだよにゃー」
「何言ってるの?」
白猫がついに頭がおかしくなった?
いや、本格的に壊れたかと怪訝そうな顔で黒猫を見た。
「根源にしても英霊の座にしても全てを記憶する月の機械にしても一体何が目的で置かれたのか。無論、あの吸血鬼の姫に関しても未だ答えは出てない」
「何の事か解りませんが、早く返しなさい。宗一郎様の夕飯に間に合わなくなります」
「アイスティー二つHEYお待ち! 奥さん。出来る妻は少し男を焦らして気を引くものですよ」
「そ、そう、かしら?」
妻やら奥さんやらの単語に刺激されて、浮かし掛けた腰を下ろしたキャスターを白い目で見つつ、白猫は黒猫が言わんとしている事を図りかねていた。
今更に何を言い出すのか。
そもそもその話にどんな意味があるのか。
まるで彼女には解らなかったからだ。
二人の前に出されたタンブラーの中でカランと氷が鳴る。
「人類規模で見た場合、世界の破滅なんて大して珍しくない現象だったりするんだが、何故その程度の事の為にあんなご大層な機構が使用されるのか。そして、それを行うものが万能足り得るならば、そもそもが全ては茶番に過ぎないのではないか。と、この世界の在り様に関わる連中の幾人かは考えるわけだ」
「私の今のマスターは・・・」
元々はアルクェイドの使い魔の影である少女にしてみれば、そんな事は自分の与り知るところではないし、そもそも話されてもまるで困る事でしかない。
だが、ネコ・カオスの唇の端が吊り上がる。
「あらゆる計算の先に破滅が待っていると知った男は狂った。その名を受け継いだ少女は人を滅ぼして保存する術に辿り着いた。あらゆる悪が根絶不可能だと悟った男は正義の味方になる事を望み。男の願いを背負った息子は正義の味方がただの殺し屋だと気付いて絶望した。魔法使いとして生きる事を決めた女はただ小さな子猫を思っただけに過ぎず。大いなる業を背負いながらも全ての救済を先送りした。ある魔術師は人の幸せを願う為に聖杯を求め、永い年月の末にただの外道と堕した。加速する未来の先で破滅した人類を見た男はそれ故に過去を求め、過去に抗い、朽ちた。そして、唯一たる“彼”は世界を破滅と救世によって捻じ曲げ続けた」
「彼?」
白猫の言葉に反応するでもなく。
黒猫は淡々と続ける。
「彼もまた機構の一つとして組み込まれた人形に過ぎない。そう、過ぎないはずだった。限定的な超越ではやがて“切りがない”という事に気付いたはずだが、何処かの正義の味方とは違って、彼は万能を行う術を得た」
「神様にでもなろうってやつでもいるの?」
白猫が呆れる。
「世の中面白いものでな。神属性とか不幸だよね(笑)という事実もある」
『―――約束された勝利の剣』
「何が言いたいわけ?」
「肝要なのは“救われるべきは何か”という事だ。人類を救いたければ人類を滅ぼせばいいという結論になる。最終的に救いを齎す神が降臨するのは数十億年先の話で第五魔法の使い手以外には関係がない」
「言ってる事が意味不明でしょ。救われるべきは何かとか。一体誰が決めていいって言うのよ?」
「だから、“彼”は幾度となく繰り返す聖杯戦争を戦いの場とした。彼の望みを果たす為にはそれが必要と判断したからだ。その事実は多くの未来と過去に影響を及ぼし、マジカルなアンバーや月の機械、隣り合う世界を渡る老人にすら限定的な枷を嵌めるに至った」
「枷?」
「【決闘(Duel)】とは儀式。それも最古の人類から続く混沌よりの選定行為。我らはそれ無くして何も成り立たなくなった。“全てが【決闘】のみで決着が付く現実こそ”彼が存在する意味だ」
キャスターが目を細めて、その黒猫の戯言を脳裏で咀嚼する。
「現在、彼が繰り返した世界における意思決定方法は【決闘】にほぼ依存するようになった。魔力が枯渇した世界。人類が滅んだ世界。永遠の妄想に取り込まれた世界。その他全ての平行宇宙及び時空間において、人類は救済されつつある。このままいけばその流行(はやり)に全て飲み込まれるだろうにゃー。それはつまり彼の持つ概念魔術、妄想を具現化する結界、空想具現化の極大化に他ならない」
「はっ、平和になるんなら別にいいんじゃない?」
呆れた様子で白猫が毒づく。
「なら、質問するけどにゃー。争いが全て遊戯(ゲーム)に成り下がった世界で我々が存在出来ると思うかね?」
「?」
眉を顰めた二人が一匹の言わんとしている事が読めず首を傾げた。
「存在理由(レゾンデートル)は時に存在自体の有無に直結するって考えてみれば解り易いと思うんだがにゃー。魔術や魔法が必要ない世界に根源は必要なのか? 滅ばない世界に抑止の環は要るのか? 結果から逆算して原因が消去された世界には少なからず不必要なものが多過ぎるんだよにゃー」
今まで黙っていたピンク色のステッキがグニャリと曲がってネコ・カオスの前に出た。
「それってー。つまり、救済された世界からは救済されるべき原因に連なる者が消え失せるって事でしょうか?」
「卵が先でも鶏が先でも、どっちかが失われたら最後には全部消え失せるわけだにゃー」
「いやぁ~~~、それって真っ先に私が消えちゃうフラグですよね~~」
「平行世界から無限に魔力とか汲み上げてる魔術礼装だからにゃ~~」
「めちゃくちゃじゃない。何その論理!? 破綻してるわよ!!?」
「【人類を救いたければ人類を滅ぼせばいいという結論になる】って言わなかったかね? これはそれを言い換えただけの逆説的な事態なわけで【人類が救われるなら、人類が発生する必要がないという】だけなんだよにゃー」
白猫がようやく席を立った。
「それでそのへんてこ論理で一体あんたはあたし達に何をさせたいの? あんたの言い分は、人は救われない為に存在するって言ってるのよ!!」
「人間がこの星にとっては特別必要な存在だと思うかね?」
「―――それは」
「人類が滅んだところで然して問題ないと考えそうなご主人様もいるよーな?」
「ぐッ」
意地の悪い黒猫に白猫が鼻白む。
「救済の過程として“彼”の行動は最も良心的部類にゃわけだが、結果として救済された人類は存在意義を失って宇宙から消え失せる。そして、その最終段階・・・平行世界中で採取・集積された全聖杯の起動が“今回”という現実であるからして、我輩みたいな使いっぱしりも投入されると」
「あんた・・・一体、何なのよ・・・」
その白猫の疑問に黒猫がニタリと嗤う。
「地球外軌道エンドを喰らった哀れなダンディーとでも呼んでもらおうか。月に兎がいるとか嘘っぱちだったにゃー」
ゲラゲラ笑いながら二人と一本にネコ・カオスはようやく本題を告げた。
「自分の大切なものを取り戻し、失いたくなければ、“彼”と彼に与する全ての者を【決闘】で倒すしかない。我輩と共に往くも良し。己一人で逝くも良し。戦力は多いに越した事はないからにゃ。さぁ、どうする?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あはー。拒否権ナッシングじゃないですかやだー♪」
一本のステッキがニョッキリと自立してカウンターの上に立った。
『無限の剣製』
アンリミテッド・ブレイド・ワークス。
TVの中でついに発動された大結界。
その最中で放たれる夫婦剣の一撃が父親と母親。
二人の人形を貫いた。
『ママ・・・さようなら』
『クソッ、クソッ!! オレはまたッ?!!』
程なく番組が終了して後。
喫茶店の中には誰もいなくなっていた。
その最中、唯一全てを見届けていた着ぐるみが奥の座席で溜息を吐く。
「“彼”に最初の杯(うつわ)を渡したのは間違いだったかなぁ」
紫黒に染まり、デフォルメされた塔。
黒い月の冠。
口から何かを垂れ流す何か。
俗に聖杯君と呼ばれるソレはそう一つ溜息を吐いた。
「ピエロ役にはちょっとシリアス過ぎるよ君は・・・」
終極に向って争いは加速していく。
「―――君」
命を預ける紙束が舞い。
「見せてよ。物語が君に殺されるところをさ・・・ふふ・・・」
ようやく終わりがやってくる。