The Duelist Force of Fate   作:Anacletus

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第四十二話「増殖者の反撃」

第四十二話「増殖者の反撃」

 

館の一部が半壊している遠坂邸の庭で。

飛び出してきた衛宮士郎を待ち受けていたのは懐かしい顔だった。

火の手が既に回り始めている屋敷の消火はアサシンとようやく傷が塞がったカレンが引き受けている。

残る全員で元凶である男に打って出たのは相手の様子見をしていられる状況ではないと凜が判断したからだ。

ライダー、セイバー、バゼット、イリヤ、凜、士郎、桜の七人での出撃は半ば、偵察していたライダーからの映像にセイバーが目を剥いて徹底した戦力で叩き潰すべきだと主張した事実に拠る。

衛宮切嗣(えみやきりつぐ)。

第四次聖杯戦争においてあらゆる敵を圧倒した冷徹非情にして冷酷無比の参加者。

士郎がそもそも土蔵においてセイバーを召喚し得たのは彼ともう一人。

アイリスフィール・フォン・アイツンベルンが衛宮邸に住まい準備していた魔法陣が偶然にも起動したからだ。

セイバーの元マスターにして魔術師殺し。

彼に撃たれた者の多くは彼の事を知らないか、彼の戦い方に憎悪を抱いて滅された。

その戦いぶりは徹底した合理主義に基く。

嘗て、男は魔術師という魔術師を卑劣とも卑怯とも言われる手法で薙ぎ倒した。

その手際を実際に知るセイバーにしてみれば、その姿形だけしか確認出来なかったとはいえ、同じ姿の“何か”を警戒せざるを得なかったのだ。

人間の情というものを解しながら、あまりにも非人道的だった手練手管。

その男が自分の元マスターであると言うだけでセイバーは十分に吐き気がした。

男の前にはどんな契約も空手形に等しい。

もしも、切嗣が会話を始めようとしたならば、過去を知っているセイバーは初手における【約束された勝利の剣】の一撃で葬り去ると決めていた。

それが行われなかったのは一重に彼の愛する者。

セイバーにとって唯一信頼に値した女の姿が見えなかったからだ。

何処からか狙われているとすれば、一瞬の宝具の発動が命取りになる。

哀しいかな。

衛宮切嗣が一人切りで行動し、突入してくるという時点でセイバーは敬愛するべき者を考慮に入れざるを得なかった。

彼を最後まで愛していただろう彼女。

そして、彼に最後まで付き従った従者。

この三人を思い浮かべたセイバーの勘は概ね正しく。

ようやくの再会を果たした親子の片割れが瞬時に即死する事を防いだ。

馬鹿正直に飛び出そうとした士郎の眉間に音を置き去りにして放たれた弾丸。

セイバーが剣で弾かなければ、対応出来なかっただろう。

チュゥンッ。

「マスターはサーヴァントの傍に!! 狙撃されています!! ライダー!!!」

「解りました。こちらは任せてください! 凜、桜、イリヤ、私の後ろに」

唯一、バゼットのみが自らも最前線に立とうと士郎の横に立つ。

再びの狙撃。

性格に眉間を狙った一撃をバゼットは力任せに手袋をした片手で弾き飛ばした。

「バ、バゼット!? 大丈夫か!!?」

「ええ、この程度。眉間か胸を狙うと解っていて、尚且つ狙撃場所も割れていれば対処のしようは幾らでもありますから」

その時だった。

彼らの背後。

屋敷の頭上から切嗣の横に何かが着地した。

グチャリと肉の潰れる嫌な音がするものの。

その音を自分の足に強いた主は吐息一つ漏らさず。

愛する男の横に燦然と立つ。

「―――?!!!」

イリヤが息を呑んだ。

「じいさん?!!!」

ガチャリと拳銃が士郎の眉間に向けられる。

「・・・・・・貴方は死んですら、その銃を向けるのかッッッ!!!」

その慟哭はきっと第四次聖杯戦争を生き抜いた者にしか吐けなかっただろう。

「キリツグ!!! アイリスフィール?!!!!」

ふわりと白い髪が風に舞う。

イリヤの母親が其処にいた。

思わず前に出ようとした少女をライダーが手で制していなければどうなっていたか。

アイリスフィールを中心に針金が溢れ出し、二人の周囲を河のように流れながら周囲へと拡散した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「人間くらい聖杯で簡単に生き返らせられるのね。まさか、そこまではって思ってたけど、あのジジイが自信満々なわけだわ」

凜が一枚のカードを手に持ちつつ、ライダーから離れて士郎達の方へと歩いていく。

それをライダーが止めなかったのは彼女がもうたった一つの方法以外で死なない肉体となっていたからだ。

再び弾けたマズルフラッシュから約七百メートル先。

凜の額を貫かれ―――何事も無かったように肉体が撒き戻る。

最初から貫かれていたのかも怪しい。

確かに己の姉の衝撃シーンを見た桜だったが、まったく問題なく歩いていく背中に半ば震えよりも恐怖を感じていた。

何故、そんなに怒っているのか。

未だ思い通わせても日が浅い彼女には解らなかった。

「遠坂!!」

士郎の叫びに凜が笑みを浮かべる。

「騒がないで。これは起動させた。もう私を殺す事は何人たりとも不可能よ。たった一つの方法を除いてね」

「で、でも!?」

「いいから聞きなさい。シロウ」

バゼットと士郎の前にようやく立った凜が宣誓する。

「私にだって、譲れないものや許せない事はあるのよ」

ルビー色のデュエルディスクが花開き。

そのたった一枚のカードが嵌め込まれた。

「命のやり取りしてる途中に命弄んでんじゃないわよ!!!? 聖杯聖杯聖杯!!! 何でも叶える願望器? 笑わせるな!!! 人間が等身大で持てる願いなんてのは安っぽくて馬鹿っぽくてどうしようもないくらいに矮小で、どんなに大事言ったって世界征服か世界一の大金持ちくらいで十分よ!!!」

「と、遠坂!?」

思わず士郎がツッコミを入れようとしたものの、凜の勢いは止まらない。

「哀しいから、苦しいから、命なんでしょ!! 怖いから、失いたくないから、大事なんでしょ!!! なのに、大切なものを大切に思えなくされるなんて、許せないのよ!!!」

その顔は泣き顔のように思えた。

遠坂の家族の事を士郎は知らなかったが、家に誰もいないのを見れば、想像は付いた。

衛宮も遠坂も間桐もアインツベルンも聖杯戦争に参加していた家系だと知ったのはつい今日の事だ。

だが、その事実を殆ど自分達が知らないという現実が士郎に過去の激戦を想起させた。

凜の怒り。

それは甦りを羨ましいと一瞬でも思った自分にかもしれないし、大切な人の価値を貶められた仲間達を想う故の言葉だったかもしれない。

しかし、どうだろうともう火蓋は切って落とされた。

そして、彼女と共に彼は戦う。

「デュエルディスクセットアップ!!! 行くわよ!!! セイバー!! バゼット!! シロウ!!!」

優し過ぎる目の前の少女に衛宮士郎は応えたいと願った。

例え、相手が己を拾い育ててくれた男であろうとも、その瞳には嘗て彼が見た優しさはない。

ならば、拳銃を向けてくる相手は敵だ。

大切な仲間達を殺そうとする悪だ。

「親父。オレ、正義の味方になるよ・・・・・・だからさ。あんたとだって戦ってみせる!!」

そのマスターの声にセイバーが応える。

「キリツグ。私は貴方を心底に嫌悪する。ですが、それでも言わせてください。貴方がいなければ、私は此処にいなかった。シロウと多くの仲間達に出会えなかった。だから、私は・・・貴方に感謝します」

「・・・・・・」

魂無き人形。

それに問答する能力はない。

それでも形を持つならば、彼らの行動は人間として正しい。

彼らが自らを越えていく。

その為にこそ、過去の亡霊は最後の壁として相応しいのは間違いなかった。

【決闘(Duel)!!!】

ようやく争いの時がやってくる。

それは強者が弱者を強いるのではなく。

弱者が強者を打倒するのでもない。

ただ、自らの叡智と四十枚の紙束を持って、相手を越えていく為の儀式。

「私のターン!!! 先行は頂―――」

チュゥゥゥン。

気勢を削がれた凜の頭部を銃弾が捉える。

機先を制した男が動き出し、魔術師殺しの弾丸をその肉体に向けて撃ち放った。

魔力に満ちた肉体。

確かに今はそれを彼らは滅ぼせない。

しかし、決闘に入った後ならば話は別だ。

切嗣はそれが解っていてやったわけではない。

だが、凜の肉体を衝撃が襲った。

(効果を確定。相手フィールド上に魔法使い族モンスターが存在する時、相手は相手ライフ分のダメージを受けなければならない。相手フィールド上の魔法使い族モンスターを全て破壊する、ですって?!!)

「遠坂ぁああああああああ!!!?」

一撃必殺。

魔術師殺しの弾丸はフィールドにモンスター扱いとなって存在する士郎とバゼットによって絶対の死となって凜を襲った。

相手が特定種族のモンスターをフィールドに保持していれば、即死。

まるで衛宮切嗣という男を具現化した如き能力だ。

慈悲無く対抗手段もなければ、特定環境下では初見必殺の域だろう。

「シロウ!! キリツグの魔弾は危険です!!? 直撃は絶対に避けてください!!?」

セイバーの声でカードの一枚が弾丸を受け止めている事に気付いた凜はそのモンスターが初手に来た事を感謝した。

ハネワタ。

手札から発動し相手の効果ダメージを無効化する手札誘発型モンスター。

決闘者としての勘で凛が無意識に発動させたソレは間桐の妖怪と戦う時に聖杯による効果ダメージで即死しない為の備えだった。

「くっ、こっちは大丈夫!! それよりもう一回来るわよ!!! 備えて!!!?」

「?!!」

再び、切嗣の拳銃が火を噴く。

効果モンスターの効果として発動される弾丸はバトルフェイズを挟まないメインフェイズ時に効果が発揮される。

セイバーには効かずとも士郎とバゼットは破壊可能という時点で、通常ならば凜は仲間の死を目の当たりにしたはずだ。

しかし、そうはならない。

「手札から【エフェクト・ヴェーラー】を発動!!! 相手モンスター一体の効果を無効にする!!!」

嘗て、黄金の鎧を纏った英雄王の効果すら防ぎ切った妖精が今度は魔術師殺しの弾丸の前に現れ、逆戻しにしていく。

発射された弾丸が全て切嗣の拳銃へと納まった。

「お生憎様。こちとら万能の願望器を相手にしようっていう輩よ。破壊だの効果ダメージで即死するのは防ごうって多めに入ってんのよ。メタカードは」

凜が最初にハネワタを切ったのは無意識下とはいえ、切嗣の効果が宣誓効果に近いと読んだからだ。

宣誓効果は特定の行動が出来なくなり、特定の状況下でライフが失われる事もある。

どちらかと言えば、自分のカードのデメリットに等しい。

だが、切嗣の効果は誓約効果の中でも特に珍しい。

相手に効果ダメージをコストのように強要するものだ。

モンスターとしての彼が場にいる時、魔術師(まほうつかい)はライフ分の効果ダメージを“受けなければならない”のだ。

効果を無効にしても誓約効果は残る。

それと同じく切嗣の能力は魔術師に死を強制する特定の相手には絶大な効果を発揮するタイプ。

もしも、最初にエフェクト・ヴェーラーで対処していれば、凜は間違いなく死んでいただろう。

「これ以上何かあるなら出してみなさいよ!!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

凜の挑発にも無言のアイリスフィールと切嗣はただ立ち尽くすのみだった。

「ふ、所詮は人形ね。でも、手加減は無しよ。あんた達を退けて、私達はあのジジイを止めなきゃいけないんだから!!!」

一分の壁が凜にようやくターンを運ぶ。

「行くわよ!!! 私のターン。ドロォオオオオオオッッッ」

たった四十枚の紙束に命を掛ける。

自らの化身たるデッキは命と等価。

そんな思想にあってこそ、決闘者は輝く。

運命も勝敗もカードに乗せて。

最後の一枚までも己の力として使い切る。

その覚悟が勝利を呼び込むのだ。

初手五枚より二枚を消費し、一枚のドローにて四枚となった手札。

デッキは応え、一枚で全てを終わらせるカードを凜に齎す。

「私は相手フィールド上のモンスター二体をリリースして―――」

【溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム】

相手をリリースすると言う極めて珍しい効果は特に【決闘】の場においては恐ろしい程に有効だ。

何故なら、相手をモンスターやプレイヤーとして固定する【決闘者の作法】の効果によって相手プレイヤーでもあるモンスターを墓地に送れば、勝利は確定するからだ。

それを防ぐには相手がモンスターを操る立場にいなければならないが、プレイヤーとして狙撃手は数えられなかった。

その時点でプレイヤーがモンスターである二人組みであるのは明白。

一度墓地に送ったカードを再びフィールドに特殊召喚するのはそれこそ死者蘇生、甦りの秘儀であり、並みの魔術師にとっては手の届かない領域。

自力で死んだ後に復活する魔術師なんてのはまずいない。

その手の魔術師はほぼ吸血鬼の死徒並みの能力であり、魔術師殺しと言う我の強い効果を持つ切嗣には防ぐ手段は無いと凜は踏んでいた。

事実上、「リリース出来ない」の効果を持たない限り、あらゆるモンスターを墓地送りにする最強のリリース除去であるラヴァ・ゴーレムの前に二人の人形はズブズブと地下から現われた溶岩に飲み込まれ―――無かった。

「?!」

凜が目を細める。

「効果を確定。このカードがフィールド上に存在する時、相手カードによって自分フィールド上のカードは場を離れない」

手札のゴーレムは未だ相手フィールドに特殊召喚されていない。

「これは・・・」

「アイリスフィールです!!! 彼女は、彼女はッ!!!」

「聖杯、なのよね。セイバー」

「ッ」

ライダーの背後でイリヤが呟く。

セイバーが言い淀んだ。

厳然たる事実。

自分の運命を知っていたイリヤが母の事を知らないわけがない。

「って事は聖杯としての機能が生きてる。万能の願望器だって言うの?」

「いえ、アイリスフィールはイリヤと同じ。小聖杯としての機能を有していたはずです。多くの魂を受け入れているなら、肉体は機能していないはず。たぶん、能力を支える魔力には限界があるはずです!!」

「なら、こっちだって!!」

「ああ、了解だ!!! 行くぞ遠坂!!!」

士郎の腕に眩い緑の幾何学模様が走る。

それは魔術回路。

魔術師の血統が自らの精粋として子孫に受け継がせていく遺産。

だが、切嗣の魔術回路を一切受け継がなかった士郎のソレは自前のものだ。

唯一無二の力でもある。

魔術世界においても稀少さだけで言えばトップクラスだろう。

投影魔術が上手かったのも結局は彼の持つ力の一端に過ぎない。

だが、その魔術にこそ、凜は願望器たる聖杯への勝機を見出していた。

「私は手札から【魔法都市エンデュミオン】を発動。このカードがある限り、魔法カードを発動する度、魔力カウンターをこのカードに一つ置く。そして、魔力カウンターを消費する効果はこのカードからカウンターを取り除いて発動出来る!! シロウ!!!」

凜がカードを二枚士郎へと投げ放った。

それを片手で掴み取った士郎はそのカードを、“装備魔法カード”を掲げた。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

一種の概念魔術である【決闘者の作法】の能力において最も優秀な力。

それは相手の宝具(カード)を奪い取る事でも決闘以外で死なない事でもどんな相手でも倒せる事でもない。

最も凜にとって優秀だと映ったのは決闘中ならば熱力学の第二法則を無視する事だ。

それを知ったのはバーサーカー戦での事。

凜は意識しなかったが、“彼”が戦った時、明らかにカードの発動一枚で世界の法則が変わった。

攻撃力を二倍や三倍にする方法なら魔術師にもある。

だが、元手である魔力がほぼ零では無理だ。

しかし、たった一枚の紙切れの発動で攻撃力や魔力が激増した時、そのカードに込められた魔力は、その事象を起こすには明らかに不足していた事を彼女は覚えていた。

つまり、カードは魔力そのものを操作するものではなく法則そのものを書き換えていると彼女は気付いたのだ。

魔力1だけを使用して魔力2を生み出す事が出来たら、それはもはや魔法の域の力だ。

それがたった一枚のカードに内包される無限の可能性。

そのカードがもしも“無限にコピー出来たとしたら”彼女は一晩で大金持ちにも魔術師の世界の大家にも為れるだろう。

勿論、それには無理がある。

カード所有者にして決闘者以外にカードは生み出せないし、それにしても四十枚の束で戦っている最中にそんな事が出来るような技量や能力は凜に無かった。

だが、その無いはずの能力が彼女の目の前にはあった。

魔力は少なくてもいい。

問題はコピー出来るかどうか。

そして、そのカードが【決闘】で使用出来るかどうか。

 

―――衛宮士郎の能力を確定。手札の装備魔法カードを増殖(コピー)出来る。

 

今、願望器を覆す決闘が始まる。

 

「投影開始(トレース・オン)!!!!!!!!!」


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