The Duelist Force of Fate 作:Anacletus
第四十三話「証明者の決意」
「【投影開始(トレース・オン)】!!!」
魔術師にありがちな詠唱らしい詠唱ではなかった。
夜中。
騎士王が見たのは隣の主人(マスター)の両手から溢れ出すカード二つ。
それが凜の上空に舞った。
「私は装備魔法【静寂のロット‐ケースト】を発動!!! 対象は衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アイツベルン!!!」
「「……!!!」」
二人の人形。
いや、男女が肉体を戦慄かせ、巨大なフラクタルな形の水晶のケースに囚われた。
パリンッ。
呆気ない音と共に切嗣の手から銃が落ちる。
アイリスフィールの効果によって破壊こそされないものの、完全に分離された。
起源弾入りの魔術師殺しの一品が手に無ければ、彼にはもう戦い様もない。
同時にアイリスフィールの前に鈍く輝く赤銅の杯が出現する。
二人はケースの中でグッタリと浅い息を吐いた。
「やっぱり……死者を留めおく為に何処から魔力供給してるのかと思えば……聖杯そのものだった貴女を復元する過程で仮の器を与えていたのね。これなら、単独行動も可能ってわけか……」
凜が二人の上空に現れた聖杯モドキに溜息を吐く。
そもそも死人が生き返り、英霊でもないのに単独で魔力供給も無しに動いているという時点で凜は大きな疑問を持っていた。
それは完全な甦りの秘儀なのかと。
だが、器と属性を復元したとて、完全なはずがない。
聖杯は有限。
そして、ただの使い捨ての駒に完全な死者蘇生を施すような敵ではないと見切った凜は魔力の供給元を断てば、相手を破壊出来ると踏んだ。
その読みは正しかった事になる。
「士郎?!」
ドッと膝を付いた主にセイバーが二人の警戒を解かずに近寄った。
「だ、大丈夫だ。さ、さすがに剣以外を投影するのは魔力喰うみたいだ」
【静寂のロット‐ケースト】
装備モンスターを対象にする魔法カードの効果を無効にして破壊する装備魔法カード。
本来は相手側からの装備魔法を破壊したり、対象とする魔法カードからモンスターを守る為に使われる。
しかし、此処で重要なのは相手側の装備品に付いてだ。
如何に死人を生き返らせたとて、相手が非合法に銃器を準備出来るかと言えば、凜は答えはNOだと思っていた。
最初に衛宮切嗣が敵と分かった時点で凜は銃もまた魔力で編まれた英霊の宝具の扱いであると看破していたのである。
同時に相手と宝具を分断する戦術は対サーヴァント戦で凜が隠し置いた必殺の一手。
相手そのものから宝具を切り離してしまえば、能力以外、器物としての宝具は防げると踏んでいた彼女の奥の手でもある。
アイリスフィールの能力は基本的に聖杯に拠っていた。
ならば、その聖杯を分離すれば、能力は使えなくなるという道理だ。
本来は黄金の鎧を着た英霊に対する備えであり、同時に妖怪爺。
間桐蔵硯を聖杯から隔離する手の一つであって、実は使わずに済ませたい力だった。
この戦術が利かなかった場合、奥の手として未だ二手、三手を隠し持った凜ではあったが、何とか相手を無力化出来たようだと溜息を吐いたのも仕方ない事だろう。
「セイバー。その偽の聖杯を頼める?」
「凜……」
セイバーがギュッと剣の柄を握り締める。
「甘い事言ってるのは承知してる。けど、何も家族の目の前で死んだ人間を二度も倒す事無いと思うのよ」
「遠坂……」
思わず士郎が後ろを振り向いていた。
「な、何よ。別にただの合理的な判断よ。偽聖杯一個壊して終わるなら安いもんでしょ」
「……ありがとう」
凜が視線を逸らした。
「ねぇ。凜」
「イ、イリヤ?」
「お願い。休ませてあげて……」
オズオズと凜の傍までやってきた白い少女が自らの母を見つめながら告げる。
「ええ、そうね。セイバー宝具の使用を許可するわ。たぶん、偽とはいえ、死者を留めている程の魔力。通常の魔術や攻撃でケリが付くとは思えない」
「分かりました。いいですね? 士郎」
「ああ、やってくれ」
主人(マスター)に頷いて。
騎士王アーサー・ペンドラゴン。
いや、アルトリアという一人の仲間として。
少女は高らかに嘗て共に駆け抜けた主達の頭上へ向けて剣を構えた。
「切嗣、アイリスフィール。私は彼方達と共に駆けた時間を忘れない」
それは戦場で者々が見た理想の果て。
ただ独りに許された祈りの容(かたち)。
故に一振りの理不尽の名は常にこう叫ばれる。
「―――約束された―――」
燐光が舞い。
収束し。
黄金が世を拓いていく。
その輝きの中で嘗て裏切られた英霊は嘗ての主達を真っ直ぐに見る。
(彼方が聖杯を破壊しろと言った意味。今なら分かる気がします。切嗣)
聖杯に命を掛けて散っていった者達がいた。
いや、散らせて来た彼女だからこそ、過去の聖杯戦争時、衛宮切嗣が聖杯を破壊させた理由を何となく察せられた。
今まで聖杯の為に仲間達と戦い、気付いた事。
桜やイリヤの事を知れば、聖杯が邪悪と犠牲の上に成り立つのだと誰だって気付く。
それは……彼女が聖杯を討つ理由に足りた。
「―――勝利の剣―――」
光の中。
融けて消えていく聖杯の下。
二人の男女は消え失せていく己の肉体に見向きもせず。
ケースの中で互いに手を伸ばし合っていた。
「父さん。オレ、正義の味方になるよ。でも、それはオレだけじゃなくて、皆が望んでくれる正義の味方にって事なんだと思う……」
「さよなら……切嗣……ママ……いつか胡桃の芽……皆で探しに行こうね……」
吹き上がる黄金は敵を打ち倒す宣言ではなく。
尊き祈りとして、死者を天に運でいく。
泣き声は誰のものか。
輝きの中では判然としない。
だが、それでいい。
全てが徒労に終わろうと。
決して相成れぬ定めだろうと。
諦めないならば、いつか分かり合えるかもしれない。
それこそが剣の輝きなのではないか。
戦場で散った者達が編んだ理想はきっと敵も味方もなく。
約束された勝利は剣の主ではなく。
剣の輝きを望んだ者にこそ、与えられたのではないか。
そう、彼女は…遠坂凜は、都合の良い妄想だとしても…思わずにはいられなかった。
「姉さん?」
後ろから何とか声を掛けた妹にも振りむかぬまま。
未だ甘さも棄てられない未熟な魔術師は、彼女は言う。
「桜。ごめん。私、生きて帰れないかもしれない……」
「ッ……ご一緒します」
いつの間にか戻ってきた者達も含めて。
その場の誰にも凜が高らかに告げる。
「このままじゃ私達の家が、家族が、仲間が、友人が、この冬木が消える。そんなの絶対許せないわ。何様のつもりよ。此処が何処なのか。私達が誰なのか。あの人間崩れに教えてやろうじゃない。“人間”の力って奴を!!!」
誰もが頷きを返していく。
英霊、執行者、監視者。
揃いも揃った兵達(つわものたち)を前にして。
贋作者、少聖杯、元聖杯。
揃いも揃った志し持つ者達を前にして。
“彼”の力を持ち、彼女は言う。
【決闘者(デュエリスト)】
遠坂凜は立ち上がる。
「行くわよ」
向かうは円蔵山地下【大聖杯】。
万能の願望器を破壊する為、全てを覆す決闘が始まる。