この噺には元ネタとなるものが存在します。

CreepyPaste

いわゆる海外で都市伝説として語られるものです。

この奇妙奇天烈な噺を知って、ポケモンの世界を少し深く考察していただければ語り部として最高の幸福でございます……拙い文章ではございますが、この噺が持つ独特の恐怖感をほんの少しだけでも、味わっていただければと思います。

※そんなにグロテスクな描写はありませんが、念のためR15タグをつけさせていただきます。

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ポケットモンスター ロストシルバー

──ここはどこだ?

 

 しばらくこのだだっ広い空間を右往左往した後に浮かんできたのはそんな考えだった。

 

 なぜ自分がここにいるのか、どのようにして入ってきたのか、その手がかりは一切無い。

 

 四方は高い柵に囲まれ、出入口と思われる穴がない。床にも、天井にも、もちろん壁にも穴は無かった。人が、自分が通れると思われるだけの穴がなかった。

 

──落ち着け、こんな状況、前にも何度かあったじゃないか。

 

 焦る気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。少し落ち着いたところで、胸に吊り下げていたポケギアを起動し、地図探索用アプリケーションを開く。そこで、さらなる異常を目の当たりにした。

 

 地図が、黒い。オクタンや、ドククラゲの墨、あるいはマタドガスの放つガスのように、真っ黒だった。その真っ黒な地図の中央に、自分がいることを示すポインターだけが正常に起動していた。

 

 何なんだこれは、何が起きているんだ。この現象を引き起こすことが出来るポケモン──1匹だけ心当たりがある。だが、そいつの影も気配も感じない。奴の放つ独特の電磁波を一切感じなかった。

 

 どういうことだろう。これは、自分がこの世ならざる場所にでもいると言いたいのか?

 

 超常現象に頭を悩ませたところで状況は一切変化しない。頭から邪念を振り払い、帽子を深くかぶり直してあたりを見渡す。この独特の構造には見覚えがあった。

 

 床も天井も、果には壁までもがすべて木で造られている部屋、その中央に構える巨大な一本の柱。

 出身地のジョウト、隣接するカントー、遥か彼方に位置するホウエン、シンオウ、イッシュを旅して来たがこのような建造物はアレしか無かった。

 

 ジョウト地方の建物。マダツボミの塔。または、スズの塔。

 

 だが、どちらとも違うと言える要素がそれぞれにあった。

 

 スズの塔が否定できるのは、その構造に理由がある。

 記憶違いや記憶喪失、記憶のすり替えなどが無ければ、こんな正方形の床と中央の巨大な一本の柱という構造はスズの塔のどのフロアにも無かった。これがスズの塔ではないと言える理由だ。

 次にマダツボミの塔ではないと言える理由だが、これは装飾が主だったものに挙げられる。

 マダツボミの塔は遥か昔に人とマダツボミが協力してやっとのことで建てられた塔だとその塔で修行をしている住職に話を聞いた。そして、その時のマダツボミに対する感謝を未来永劫忘れずに後世に伝えるために、マダツボミの石像を各フロア最低4つ置いているらしい。

 しかしこの部屋には、マダツボミの石像どころか、たった一つの装飾でさえも無い。どこにも見当たらない。ならばこの空間は、マダツボミの塔でもないと考えるのが自然だろう。

 

 しかし、ではここはどこなのかと聞かれると全く答えられない。それほどまでに今の状況は異常で異質だった。

 

──ポケモンなら何か知っているかもしれない。

 

 持っているポケモンは6匹、いずれも苦楽を共にして世界中を駆け巡ってきた歴戦の仲間達だ。その実力は、ポケモンたち以上に自分が良くわかっている。彼らの様子を見ようとして──言葉を失うハメになった。

 

 持っているポケモン6匹の内、5匹がアンノーン。ニックネームは付けられておらず、1匹目から順番に、「L」「E」「A」「V」「E」

 最後の1匹はヒノアラシ。ニックネームは「Hurry」

 

 イマスグ、デテイケ

 

 鳥肌が立った。どういうことだ、わけがわからない、理解が出来ない。今すぐ出ていけ?一体何が言いたいんだ。何を伝えたくてこんな手の込んだイタズラを……

 

 さらに驚いたのはヒノアラシの技構成だ。覚えている技はたった2つ、「フラッシュ」と「にらみつける」。

 

 フラッシュは技マシンとして広く流通している。暗闇の洞窟を抜けるトレーナーはほぼ全員がこのマシンを持っている。だが、ヒノアラシは、「フラッシュ」を覚えることは出来ない。そして、もう1つ重大な問題があった。

 

 俺は、こんなポケモンに──心当たりは、ない。

 

 ヒノアラシは旅立ちの時、ウツギ博士に貰った1匹が最初で最後だ。卵を作った記憶もない。遺伝子操作の類の技術でヒノアラシにフラッシュを無理やり覚えさせたこともない。アンノーンは確かに「A」から「Z」までの全種類捕獲した。しかし、2匹同じアンノーンを捕獲した経験はない。

 

 何より、アンノーンを連れて外を歩いたことは今まで無かった。

 

 高鳴る心臓を押さえつけ、深く、ゆっくりと呼吸をする。有り得ない出来事が起こりすぎてもはや何がなんだかさっぱりだ。しかし、この場にとどまるのは良くない、その事実は明白だった。

 

 立ち上がろうと柱に手を添えた瞬間、柱の一部が回転し下へ下へと落ちていった。

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 気が付くと俺はどこかよくわからない空間にいた。先程の空間とは違って、どうやらレンガ造りの床らしいが、光が全くなく真っ暗であるために何があるのか、どんな色をしているのかがわからない。

 

 ふと、ヒノアラシがフラッシュを扱えるということを思い出す。ヒノアラシのモンスターボールを探り当てて出してやり、ヒノアラシにフラッシュを使わせた。眩い光があたりを包み、周囲が鮮明になる。これでようやく周囲が確認できる……そう安堵したのと同時に、フラッシュを使わせたことを後悔するハメになってしまった。ヒノアラシをボールに戻した後、視界に入ってきた景色は──血のような何かで四方を塗りつぶされた、レンガで囲まれた空間、そして正面につづく長い通路だった。

 

 赤色のレンガを使った建物はイッシュ地方に存在したが、ここまで巨大なものではなかった。さらに言うなら、奥に長い通路など着いてなかった。

 

 他に出入口はない。罠の可能性だって十分ある。だが、その道を進まざるを得ない。その長い道に1歩を踏み出さざるを得ない。出入口はどこにも見えず、通路はそこにしかないからだ。

 

 少し歩いた後、俺は進み出したことを後悔した。

 進むにつれてだんだんと暗く、光が失われていくことに気がついてしまった。

 

 長い長い通路を、永遠とも思える通路を歩くと1つの看板が見えた。看板には「TURN BACK NOW」──今すぐ引き返せ──とあった。

 

「YES」と「NO」の2つのボタンがあった。息を整え、「NO」を選んだ。

 

 しかし、何も起こらない。それどころか、ボタンがニュートラルの位置に戻ってしまった。

 

──誰だよ、こんなイタズラを仕掛けたのは

 

 ボタンが勝手にニュートラルにに戻るなんて、何がしたいのか本当にわからない。少しむかつき、いらだちを覚えながらも何回かガチャガチャと弄ると、不意にどこか遠くで轟音が響いた気がした。スイッチを弄る手を止め、音のした方向へ、赤い大部屋の方へ走り出した。

 

 赤い大部屋に息も絶え絶えで着いた時、左の隅の方が壁ではなく階段ができていることに気がついた。呼吸を整えることもせず、どこへ続くともしれない階段を降りていった。

 

 階段を降りると、眼前に広がっていたのは迷路だった。そして、アンノーンがボールから勝手に飛び出てきた!グルグル回ったかと思うと、薄暗い空間の中、目の前に横位置列に並んだ。

「R」「E」「L」「I」「V」「E」

 

──ヨミガエレ──

 

 そう、告げているような気がした。

 このメッセージを受け取ったと思ったのか、勝手に出てきたアンノーンたちはまたも勝手にボールの中に戻っていった。自由勝手で、気ままで、それでいて不気味な奴らだと思った。

 

 真意がわからないままその迷路のようなものを歩く。迷路のようではあったが、少し入り組んでいる程度のほぼ一本道で、迷う要素は一切無かった。進むと、俺は崖のようなところで立ち止まった。道が見えない。進みたくても、進みようがない──たじろいでいる俺を、誰かが不意に、背中を軽く押した。顔を確認しようとしたが、体をひねった時には既に崖は遠くに位置していて、誰かが覗いているとしか分からなかった。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 ジョウト地方を制覇し、ポケモンリーグ殿堂入りトレーナーの名前に自らの名を連ねた後、俺は、カントー、ホウエン、シンオウ、イッシュ地方に、名を上げた順で行った。新たなるポケモンたちと出会い、記録し、新たなるトレーナーと出会い、戦い、勝利を収めてきた。

 

 すべての地方のポケモンリーグで、チャンピオンたちが手を抜いていたかどうか走らないが、兎にも角にも結果として俺はすべての戦いで勝利をした。この時は自分が世界最強の座についたという錯覚さえ覚えた。この世界には、まだまだ沢山の強者がいるかもしれないというのに。

 

 何はともあれ、戦いを終えた俺は久しぶりに我が故郷、ジョウト地方のワカバタウンに帰ってきた。その時、母親から奇妙な話を聞いたのだ。

 

 ジョウトとカントーを隔てる境界線、ほかの野生のポケモンとは比べ物にならないほどに高レベルのポケモンがいるシロガネ山に、謎のポケモントレーナーがいる、と言ったものだ。

 

 なんでも、シロガネ山の野生のポケモンたちが全くよりつこうとしない区画にそのトレーナーがいて、今まで確認されたどんなトレーナーとも──元チャンピオンで現トキワジムジムリーダーのグリーン、現ジョウトカントー地方チャンピオンのワタル、ホウエンのダイゴ、シンオウのシロナ、イッシュのアデクは勿論のこと、当然、そこには俺も含まれている──一線を画す、正しく別次元とも言える強さらしい。

 

 その話を聞いて、俺はある1人のトレーナーを思い浮かべた。俺がポケモントレーナーとして旅立つ3年前、当時若干10歳にして、裏社会を牛耳っていたポケモンマフィアのロケット団を壊滅させ、瞬く間に世界最強の座、ポケモンリーグチャンピオンになった、マサラタウン出身の伝説のトレーナー。彼の母親によると、もう何年も連絡をよこしてこないらしかった。

 

 彼の可能性はかなり高い。それほどの実力を持つトレーナーは、彼以外には考えられなかった。その話を聞いた直後、俺は母親に別れを告げ、ウツギ博士とオーキド博士にシロガネ山まで案内してもらった。

 

 確かに噂通り、霊峰シロガネ山周辺のポケモンは異質とも言える程に強かった。だが、数多の戦いの中で共に強くなっていった俺のポケモン達の敵ではなかった。そして、シロガネ山の奥地で、俺はついにあるトレーナーを見つけた。見ただけでわかる、異常とも取れる濃密なオーラ、強者に飢えた貪欲な瞳。間違いない。彼が、目の前のコイツが、伝説のトレーナー……レッドその人だ。5m後ろに立つと彼は振り向き、すぐさまバトルになった。

 

 正直、コイツとあった時にすぐさま逃げ出せばよかったのだ。コイツは、レッドはもうかれこれ少なくとも5年はシロガネ山から下山していない。なら彼はもう──死んでいる可能性が、極めて高かったから。

 

 噂度通り、彼は異常なまでに強かった。いままで出会ってきたどんなトレーナーよりも。指示の正確性、タイミング、戦闘の状況判断、勝利へのプランニング……何もかもが完璧だった。そして、そんな彼の使役するポケモンが彼の指示に一切遅れずに、完璧とも言えるタイミングで行動を起こす。この事が彼の、彼らの強さに拍車をかけている。

 

 俺も負けじと最高の指示を出した。それでもようやく、戦いは互角と言えるものになった。拮抗とも言えた戦いも終着点が見え始めた。互いのポケモンが1匹、また1匹と倒れていく。そして最後は、俺のパートナーポケモン、バクフーンが相手の最後の1匹であるリザードンを撃破して、戦いは終わった。

 

 その瞬間、目の前で異常なことが起きた。超常、と言ってもいいかもしれない。俺に負けたレッドが賞金を渡したあと、少し離れてこっちに向き、少し笑ったかと思うと──次の瞬間には、姿を消した。まるで亡霊と戦っていたかのように、最初からそこに存在しないものと戦っていたかのよう、空気、あるいは闇に溶けるように彼は消えたのだ。

 

 「バクフーン、よく……やってくれた。俺達は、勝ったんだ……さぁ、帰ろう……?」

 

 そう声をかけた。【俺達は勝った】その一言に安心したのか、バクフーンは倒れ、眠るように息を引き取った。そして、彼もまた、虚空へと消えてしまった。

 

 思えばこの時点で既にもう異変は起きていたのだ。

 

 ポケモンが消えたこと、トレーナーが消えたこと。そして、手持ちに、4匹のアンノーンと1個のポケモンのタマゴがあったのだから。

 

 俺がその空間を出たら、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に襲われた。水が止まり、動かない。それだけではない。あれだけ沢山いた野生のポケモンにも、一切出会わなかった。しばらく歩くと、アンノーンがあるメッセージを示した。「D」「E」「N」「Y」一体何を否定するというのか、俺には分からなかった。

 

 空気が重く、響く音もいつもより数オクターブ低く感じる。ジメジメとした、生気の一切を感じない洞窟を抜けると──俺は呆然とした。

 

 美しい自然が大量にあったシロガネ山の麓は最早見る影がなく、白と黒のツートンカラーで統一されていた。そこに唯一の色を持っている俺と、もう1人の誰かが異常で、異質であるかのように感じるほどに。

 

 そいつには、話しかけようと試みたが全く反応がない。生気が失われてしまったかのように、呼びかけに応じない。

 

 どうしたものかと左を向いた時、それの存在に気がついた。青い、自分より遥かに大きな巨体を持つそれは、俺をじっと見つめてきた。オーダイル。こいつはたしか、こいつの相棒ではなかったか?なぜここに……

 

 少し距離をとった時、違和感を覚えた。まるで自分がどこにいるのかわからないかのように、迷子のように、どこか不安げな表情を浮かべていたから。

 

 同時に、ボールから勝手にヒノアラシが出てきた。あれだけ付き纏っていたアンノーンたちは今どこへやら消えてしまった。この状況を逆転するため、カバンの中に手を伸ばした。プラスパワーか、ディフェンダーの類のものでもあればという切なる願いを込めて。カバンの中から出てきたのは、予想に反して、全く見たことのないアイテムだった。見たことは無いが、使い道はすぐにわかった。

 

 そのアイテムでしっかりと狙いを定めて、オーダイルを狙撃する。するとどうだろう、オーダイルがグウグウと眠り始めてしまった。このアイテムが一体何なのかはわからない、だが、これで勝利へのピースは揃った。

 

 「ヒノアラシ、『あくむ』!」

 何故か覚えていたこの技を使う。眠っている時に割合ダメージを与える技だ。これで勝てるとは思ってはいない、だが、勝利へとグッと近づく……!!

 

 しかし、俺はある大事なことを忘れていた。

──不自然が重なる時、もはや常識の枠の中の出来事は起こらないのだということを。

 

 悪夢によってオーダイルがうなされ始めたかと思うと、どんどんHPが減少し──そして、0になった。

 

 そして、オーダイルの姿ではなく、ワニノコの姿になって、彼もまたレッドやバクフーンのように、闇に溶けて消えた。その戦いが終わったあと、もう1人いた人間もワニノコの後を追うように溶けて消えた。

 

 すべてが終わったあと、手持ちにはまたアンノーンが戻っていることに気がついた。もう、何がなんだか一切分からなかった。たった1人でよくわからない空間に残された俺は呆然とした。呆然とした気持ちのままシロガネ山の方に足を向けた。洞窟の中に入ると、そこはシロガネ山の内部ではなく、コガネシティだった。

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 コガネシティ。ジョウト地方最大の都市であり、カントー地方につながる玄関口でもある町。なぜここに来たのだろう。誰が、何の意志を持ってここへ連れてきたのだろう。その答えは比較的すぐに見つかった。目の前に、ウツギ博士がいたからだ。声をかけよう、今の状況を彼とともに整理しよう、そうすれば見えるものもきっとあるはず……そう思って、願って近づいた。しかし、彼はあと1mの範囲と言ったところで虚空へと消えてしまった。まるで、実態のない影を追いかけているかのようだった。

 

 この奇妙奇天烈な空間に居たのはウツギ博士だけではなかった。ポケモン界の権威であるオーキド博士、ハヤト、アカネ、マツバなどのジョウト地方各所のジムリーダーさえもいた。また、俺の母親すらも。そして、皆一様に色と生気が抜けた様で、話しかけようと近づいたら虚空に溶けていった。

 

 街を歩き、誰かを見つけ、話しかけようとして消えられる。この一連の作業を何度も繰り返した後にもうコガネシティに誰もいないことが確認した。風も感じず、人の気配も、街の賑わいもない。……ここまで寂しい街は初めてだった。鬱屈し、少しだけ憂鬱さえも感じながらもコガネシティとよく似た街をあとにした。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 コガネシティの北側には一本長い道路があり、コガネシティまで切り抜けたトレーナーたちにとって新たな修行の場として活用されていることは経験則的に知っていた。コガネシティ北側を抜けたらまたあの色の抜けた面白みのない白い道路があるのだろう。そう予測していた。

 

 でも──現実は違った。

 

 俺が出た場所は。俺の目に飛び込んできた世界は。

 街のすべてが紫色に彩られた──コガネシティ。また、俺は来てしまったのだ。この呪われた街に、呪われた世界に、非常識の内側に存在するコガネシティに。

 

 これは本当に現実かと聞かれるとなんとも答えにくい状況だった。なにせここに来るまでに非日常的なありえない出来事が起こりすぎていて、もう何も考えられないからだ。しかし、俺の五感は間違いなくこれが現実であると口うるさく喧しく告げてくる。

 

 「……なんなんだ、何なんだよクソッ!!どこなんだここは!?一体俺が、何をしたっていうんだ!!」

 

 怒りが頂点に達し、ベルトに付いていたモンスターボールを1個強く地面に叩きつけた。ボールは砕けはしなかったが、その中からあるポケモンが出てきた。

 

 「アンノーンH」

 

 突如外に出されたアンノーンは戸惑ったかのような素振りを見せた後、勝手にボールの中へと戻っていった。その様子を見ていた俺は、呆気に取られていた。

 

(アンノーンが、変わってる……?)

 

 ──まさか、アンノーンがなにかメッセージを?

 

 慌てて他のアンノーンもチェックする。アンノーンは6体がしっかりと並んでいた。「H」「E」「L」「P」「M」「E」

 

 タスケテ。アンノーンたちがそう言っている。

 助ける?誰を?どうやって?

 

 方法が全くわからないことは試せない。オーダイルの時のように身に覚えのないアイテムがあるわけでもない。それに、彼らのHPは満たんだ、これ以上回復のしようがない。

 

 怒りが一転、得体の知れない恐怖に取り憑かれた俺は逃げ出そうとした。北側の出口付近に母親が見えた。とりあえず落ち着こうとして話しかけようとした。そんなこと、ここでは無駄な事だって、頭のどこかでは理解していただろうに。

 

 トントン、と肩を叩かれた。その行為の主は……チャンピオンのワタルだった。俺と目が合った直後、彼が言葉を話した。

 

──Who are you,kid?

 

──小僧、貴様は誰だ?

 

 言葉の意味を理解したくないという感情を、この時初めて抱いた。この時初めて、他人の言葉を聞きたくないと思った。

 

 ワタルからその言葉が発せられた後、俺は無数の鳥ポケモン……のような、全く別のなにかに連れていかれ、この混沌としたコガネシティから脱出した。

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 開放された場所は、木々に囲まれた一本道だった。

 

 この道には覚えがある、エンジュシティにいる僧侶が認めたトレーナーのみにしか立ち入ることを許される事は無い、寺院の裏手からのみ行くことが出来る道だった。この奥にある建物の頂上で、伝説として語り継がれるポケモンがいた事を俺は今でもはっきりと覚えている。

 

 じっとこちらを見つめている人がいた。シロガネ山にいるはずのトレーナー、レッドだった。奴はこちらからの視線に気がつくとこちらには来ず、踵を返して塔の方へと向かっていった。

 

 「あ、おい!ちょっと待て!」

 

 慌てて追いかける。あいつがこの事件の、この異常事態を引き起こしたやつなら間違いなく何か知っている、そう考えた。

 

 だが、捕まえることは出来なかった。奴が塔の中に入っていった数秒後、俺も塔に駆け込んだ。しかし、そこには誰もいなかった。幻影を追いかけていたように、奴は消えてしまったのだ。

 

 入ると同時に、どこからか声が聞こえてきた。セレビィの鳴き声だったが、なんといったかは分からなかった。

 

 「セレビィ?そこにいるのか?」

 中央にあった太い柱に近づく。その柱に近づいて……そのまま、落ちていった。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 気がつくと、俺はあの部屋にいた。正方形の形に区切られた部屋、木の天井、床、壁……中央に構える巨大な柱。そう、どうやって来たか分からない部屋だった。

 

 やっとこれで思い出せた。自分の身に何が起きたのかを。そして知ることが出来た、自分が何をすべきかを。自分の身に起きたことは変えられない出来事だ、受け入れるしかない……それは分かっている。わかってはいても、やはり怖いものは怖い。

 

 手持ちのポケモンを確認した。5匹のアンノーンと1匹のヒノアラシ。俺が何者かはまだ良く思い出せていないけど、それでも、ポケモンが一緒なら……不思議と恐怖が和らいだ。

 

 

 

 

──行こう、最期の冒険へ。

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 柱にある穴を降り、またあの空間だ。真っ暗なレンガの空間。流石に真っ暗すぎて、自分がどこを歩いているかもままならないのでは話にならない。

 

 「ヒノアラシ……フラッシュだ」

 

 ヒノアラシに、恐らく最後になるであろう命令をして明るく照らす。赤い、あまりにも赤すぎる部屋だ。ヒノアラシをボールに戻し、視線の先にある先の見えない通路に向けてあるきはじめる。

 

 この先に何が待っているかはわからない。もしかしたら、想像を絶する化物が大口を開けて待ち構えているかもしれない。だとしても、進まないわけにはいかない。進まなければいけない。

 

 歩を進め、看板のところにたどり着いた。

 これを操作するとそこから先は全く予想のできない世界だ。二度と戻れない可能性も高い。それでもいいのか──?

 

 仮にそうだとしても、いや、むしろだからこそ!

 俺は自分の役目を果たさなければならない。

 

 レバーを握り、軽く呼気を整え……力強く、「YES」の方にレバーを倒した。

 

 その行動を待っていたかのように、床に大穴が空き──底知れぬ闇の中に、俺の体を飲み込んでいった。

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 気がついたら……またしても、わけのわからない空間にいた。自分の足元は底なし沼のように暗く、周囲は石に囲まれ、さらにその外側には大量の、おびただしいまでの数の墓石が所せましと並べられていた。

 

──なんなんだ、どうなっているんだこれは。

 

 今の今までもさんざん非常識の中だったが、今のこれは群を抜いている。俺は一体何を見せられているんだ。

 

 ベルトのボールが目に入った。もしかしたら、アンノーンからの新しいメッセージがあるかもしれない。見てみると……やはり、予想通り、新しいメッセージがあった。今回はアンノーンは6匹。ヒノアラシが、いない。

「H」「E」「D」「I」「E」「D」

 彼は、死んだ。

 

──死んだ?

 

 まさか、と思った。ありえない、なんて言いたくはなかったし、言わないだろうと思っていただろうけど、しかしありえない。

 

 あいつが、ヒノアラシが死んだって?おいおい、タチの悪い冗談だろ……?その瞬間、“何か”に足を掴まれた。振り払おうとしても解けない。振り払えない。その“手”は逃がしてはくれなかった。

 

 必死の抵抗虚しく、俺はそのまま、深い闇の底に引きずり込まれていった。

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 俺がたたき落とされたのは、木製の橋のような道路の上だった。橋、にしては幅が広すぎる。建物の中だろうか?しかし、ここまで広い建物……どこにあっただろう。

 

 腰のあたりに手を回すと、ボールがしっかりとあった。少しだけホッとして、中に何が入っているのかを確認した。アンノーンは5匹。「D」「Y」「I」「N」「G」。

 

 死にかけている?誰のことだ?

 

 アンノーンメッセージは5匹で成立している。理解はできなくても、成立自体はしている。残りの1匹……何が出てくるだろう。

 

 ボールの中に入っていたやつを見て驚いた。

 

──色違いのセレビィだった。

 覚えている技はたった1つ、「ほろびのうた」だけだった。

 

 もう1つ、大きな違和感の理由に気がついた。

 見間違いであって欲しいが、このセレビィ……体が、半分しかない。アンノーンメッセージは、こいつのことを表していたのかもしれない。

 

 お前に縛られれいるこいつを早く楽にしてやれ、そう言われているような気がした。

 

 ボールをベルトにセットしなおして、左右二つの通路のうち、俺は右側を選んだ。

 

 最初は人のいない通路だったが、しばらく歩くと人が出てきた。右側の橋に寄り添うようにして立っている。その姿は俺と同じく、色が抜けたかのように白くて、どことなく不気味だった。

 

 5、6人の前を通り抜けると曲がり角が見えた。どうやらここで左側に曲がるようだ。

 

 特に何の注意もせずに曲がると、あるトレーナーにいきなり、唐突に勝負を仕掛けられた。

 

 忘れたくても、忘れられるわけがない。俺がこの場所にいる原因となった男だ。

 

 目の前にまた立ちふさがってくるとは、予想だにしてなかった。

 

 その男、ポケモントレーナーのレッドはこちらをギロッと睨みつけるとピカチュウを繰り出した。あいつの手持ちの中で最もレベルが高いポケモンだった。

 

 それはいい、そこまでは何ら問題ない。こちらにはレベル100のセレビィが……!

 

 問題は、そのピカチュウのレベルが、255と表示されたことだ。図鑑に搭載されているサーチ機能に間違いはない。だが、普通ポケモンの最大レベルは100までだ。レベル255なんて、ありえないのだ。

 

 そのピカチュウ相手にどうすべきか迷っていると、勝手にセレビィがボールから出てきた。

 

 俺はボールを握っていない。なのに、勝手に。自分の意思で出てきたのだ。

 

 「おい……セレビィ、何を……?何をする気だセレビィ!いいから戻れ!」

 

 セレビィはちらりとこちらを向いたあと、無視するかのようにピカチュウと向き合った。そして、ある歌を歌った。

 

「ほろびのうた」

 

 聞いたポケモンは3ターン後に戦闘不能になってしまうという捨て身の技。互いに滅びを与える技。

 

 歌っているセレビィに対しピカチュウは「じたばた」を仕掛けてきた。幸いにもHPの値が多く大したダメージにはならなかったようだ。その様子を見て理解したのか、ピカチュウは今度は「やつあたり」をしてきた。

 

 「……っ!セレビィ!」

 今の一撃でほぼすべてのHPを削られた。アンノーンたちはいつの間にやらボールごといなくなってしまっている。

 

──負けた。

 そう思った。セレビィは「ほろびのうた」以外に技を持っていなかった。勝負はついた……はずだった。

 

 セレビィが片腕でがっちりとピカチュウを掴んで離さない。あのボロボロの小さな体の、一体どこにそれほどの力が……そして次の瞬間。ピカチュウが突然苦しみ出した。

 

 セレビィが受けた傷があれよあれよという間に回復していく。

 

 間違いない、この技は「いたみわけ」だ。

 

 さっき確認した時にはセレビィはそんな技を持ってはいなかった。なぜ使えるんだろう?

 

 苦痛に顔を歪めたピカチュウは、最後の抵抗のつもりなのだろうか、「くろいまなざし」を使ってきた。

 

 さらに、お前も一緒に地獄に来てもらうぞと言わんばかりに「みちづれ」も。どちらもどう足掻いてもピカチュウが怯えることは出来ないはずだ。

 

 そして時間が経過し──終わりの時が来た。

 

 セレビィは最期の時に「私やりきったよ」と言わんばかりの、清々しい、安らかな笑顔を浮かべていた。

 

──ありがとう、セレビィ。

 

 セレビィが消えた瞬間、同時にレッドとピカチュウも、砂の城が強風に吹かれたかのように、溶けるように消えていった。

 

 

  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 気がついたのは、自分の部屋のベッドの上だった。ベッドからするりと抜け出し、あたりを確認する。

 

 特にこれといった問題は無いようだ。

 唯一あるとすれば、あえて上げるとするならば、自分の体が透けてしまい、ものに触れないぐらいか。

 

 だが大した問題ではない。最早物に触れて確認する気力すら失せてしまった。見るだけで十分だ。

 

 階段を下りて1階へ。案の定、母親はそこにはいなかった。もぬけの殻で、人の気配も、ポケモンの気配すらも感じられなかった。一応一通り見て回る。皿などの揃って入るが生活感は一切ない。自分の家というより、自分の家にソックリなモデルハウスを見ている気分だった。

 

 扉のない玄関から外へ出る。見えていたとおり、ワカバタウンののどかな景色が広がっている、なんてことは無かった。

 

 暗い道を歩いていく。一心不乱に、何も見ずに。10分ほど歩いていると、不意に白い道に切り替わった。少し疑問に思ったが、もう何も考えられなかった。

 

 白い道も何も無い道だった。人も、ポケモンも、草木さえもない。脇道も、曲がり角もない。

 

 そんな道を無心で歩くこと約5分、ある人間が見えた。それは憎たらしいほど自分に似ていた。俺自身、俺そのものと言っても過言ではないかもしれない。

 

 「……Goodxxxxxxxever ……」

 

 そいつが最後に、なんて言ったのかはうまく聞き取れなかった。でもこれだけは事実だ。

 

 俺が最期に聞いた言葉は、そいつの、その言葉だった。

 

 俺はそのまま、強い眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シオンタウンのポケモンタワーには誰も参りに来ない墓がある。誰が建てたのか、何のために建てたのか、誰が眠っているのか……誰も知らない墓が。

 

 その墓には花も置かれず、シンプルな造りで、ただこう刻まれていた。

 

 

 

 

 R.I.P.──PKMN Trainer,GOLD.

 

──安らかに眠れ、ポケモントレーナー、ゴールド。


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