「何があったん?」
お茶を飲んで少し落ち着いてきた少女に、希が聞いた。
「女の人が、家に来て……私のお父さんを……あの……っ、それで……怖くて……お父さんまだ生きてたのに……、逃げてきちゃって……っ」
あの連続殺人事件の被害者の娘、ということだろう。
ということは、10歳にも満たないくらいの小さな少女が逃げて来られる距離でまた例の殺人事件が起きたということ。
それはつまり……。
「それって……やっぱり、あの事件の犯人なんかなぁ?だとしたら、犯人がこの辺りにいるってことに……」
希も私と同じ考えらしく、考え込むように俯いた。
それにしても、目の前で父親を殺された小学生が、こんな風に事情を説明できるものなのか。
この子がしっかりしているのか、それともこれが嘘なのか。
いや、嘘にしては出来過ぎだ。
なんというか、それこそ、小学生なのだから。
こんな風に嘘をつきはしないはずだ。
「あの……横になっても良いですか……?」
相当疲れているのか、少女はそう聞いてきた。
無理もないだろう。
目の前で父親を殺されたんだから。
「あっ、わかった。布団敷くから、待っててなぁ〜」
そう言って希は寝室に向かうと、敷き布団を取り出そうを押し入れの戸を開ける。
すると、タイミングを見たように、少女はすっと立ち上がった。
まるで、さっきまでの疲れ切った様子が嘘のように。
声を掛けよう。
そう思って立ち上がろうとしたところで、少女がポケットからナイフを取り出した。
そこからはスローモーションのようだった。
けれど、一瞬だった。
少女は音も立てずに希に近付くと、ゆっくりとナイフを振り上げた。
「待ちなさい」
私は少女の手を掴んだ。
もちろん、ナイフを持っている方の手を。
「ん〜?待つって、何が——っ!?」
希は振り返ると、後ずさりをして息を飲んだ。
キラリと光るナイフの刃。
そんなものを目の前で見るのは、希にとって初めての体験だろう。
「あーあ。ナイフの刃を見ながら刺されたら、きっと痛いでしょ?だから、私は一瞬で眠らせてあげようと思ってたのに」
少女はクスクスと笑いながら、途中少しわざとらしく残念そうな素振りを見せながら言った。
「私が一瞬でやるなんて、とっても珍しいことなんだよ?もったいないことしちゃったねぇ」
見下すような目でこちらを見ながらニッコリ微笑むと、少女は私の手を振り払った。
強く掴んでいたつもりだったが、この少女にはそんなの効かないらしい。
「さっきは届かなかったけど、次はお姉ちゃんのことちゃんと眠らせてあげるからね」
少女はうっとりと見惚れるような笑みを浮かべると、ナイフの刃先をこちらに向けた。
首にナイフの刃が少し当たっているような状態。
このまま私を殺す気なのか、希の人質にするつもりなのか。
どちらにしても早く逃げなくちゃいけないのに、身体が固まって動かない。
「ねぇ、このまま喉にナイフを突き刺したら……絵里ちゃん、どうなっちゃうかなぁ?」
少女はチラッと希の方を見ると、ニッコリ微笑みながら言った。
希の人質にするつもりらしい。
「ぁ……だ、駄目……やめて……」
希が震えながら力無く言う。
完全にこの家の支配者は少女となってしまった。
こんな幼い少女、勝とうと思えば勝てる……と、普段なら言うだろう。
けれど、音を立てずに忍び寄ったり、全力で掴む私の腕を振り払ったりしている様子を見た後だと、そうは言えない。
狂ってる。
この少女は、普通じゃない。
「じゃあさ、お姉ちゃん。いっしょにゲームしない?そのゲームにお姉ちゃんたちが勝ったら、いくらでも二人の言うこと聞く。なんでも言う通りにする」
「私たちが負けたら……?」
「その時は、二人のこと好きなようにしちゃうね」
少女はクリスマスプレゼントを開ける子どものようにキラキラした目でそう言った。
好きなようにする。
その言葉が意味するのは、死だった。
そんなこと、すぐに気付いた。
「お姉ちゃんたちが降参って言ったら私の勝ち。私の血をケースいっぱいに入れられたらお姉ちゃんたちの勝ち。どう?」
つまり。
そのゲームが意味するのは、殺し合い。
傷付け合い。
刺し合い。
少女が言った勝敗の条件は、言い換えれば〝私たちが少女のことを傷付け続けられれば私たちの勝ちだけど、少女が私たちのことを傷付け続けられれば少女の勝ち〟
どちらがより多く相手を傷付けられるか。
そういう受け取り方もできる。
「私がよーいどんって合図したら始まりね」
まるでテレビゲームでもするかのような口ぶりでそう言うと、少女は希の家の中を歩き回り始めた。
「あ、あった。このタッパーの中が、私の血でいっぱいになったらお姉ちゃんたちの勝ち」
こんなゲームを始めてはいけない。
そう思ったのか、口が勝手に動いていた。
「あなたの名前、まだ聞いてないわ。私は絵里で、こっちは希。名前を知らないとやりにくいわよね?」
ゲームが始まるまでの時間を先延ばしにしようとしたのかもしれない。
「私は芽依。聞いたことない?」
芽依。
聞いたことがあるか聞くということは、世に知れている名前と言うことなのか。
「私は知らないわ」
私の言葉に希も頷く。
「そっか、良かった。はい、ナイフ。私もナイフを持ってたら、二人の勝ち目が無くなっちゃうから」
ニッコリ笑って希にナイフを差し出すと、希も戸惑いながら受け取った。
「あ、それと。何をしても良いからね。警察を呼んでも良いし、私のこと殺したって良いし、どんな残酷なことだってあり」
にこにこしながら、「目を潰しても良いよ」なんてくすくす笑ってる。
「だけど、どれだけ逃げてもどっちかが勝つまでゲームは終わらないから。それじゃあ、よーいどんっ!」
芽依は馬鹿げたことを口にすると、直ぐにゲーム開始の合図を放った。
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