ナザリックの首無し騎士(仮題)   作:石上三年

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2016/1/24改稿。

この話は円盤4巻初回版特典の小説に記述されている情報に基づいて改稿されています。
(ネットで調べれば判明する程度の情報ではありますが)未読の方はご注意ください。



異分子:42人目


 DMMO-RPGユグドラシル。かつて日本で一世を風靡したゲームである。そのユグドラシルの世界の片隅で二体の異形種がそろって顔の横に焦りを示すアイコンを浮かべていた。

 

「交通事故に巻き込まれてご両親が入院ですか!?」

 

 叫んだのは巨大な黒い円卓の席につく黒いガウン姿の骸骨である。名をモモンガ、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドマスターである。モモンガの横に着席していたのは生成の貫頭衣まとった二足歩行の狼だ。

 狼の名は「トミータ」といい、銀色の毛並みを持つ人狼(ワーウルフ)だ。モモンガにとっては同じギルドのメンバーであり、人が減っても定期的にログインしてくれる最後のギルメンだった。

 しかしこの半月音信不通で久々のログインで明かされたのは相手の置かれた困難な状況である。

 

 そのトミータの鋭い牙の並んだ口から、疲れ切った女性の声が漏れる。

 

「ええ、まあ。幸い重傷で済みました。でもお金が一気に足らなくなりまして……」

 

 トミータの毛は見事なシルバーグレーであるが、モモンガは何故かトミータの毛並みの輝きがいつもよりくすんでいるような気がした。

 

「最初は貯金を崩さなきゃいけませんでしたし、今は仕事場で残業を優先して回してもらってなんとかやってます。土日は入院した親の見舞いとか入院生活で必要なものを準備したりして、落ち着いたのがつい最近で」

「大変だったんですね」

「ええ。モモンガさん、心配させてしまって本当にすみませんでした」

 

 そう言ってトミータは頭を下げる。モモンガは慌てた。

 

「謝らないでくださいよ! トミータさん」

「でも心配かけたのは本当ですし、よりにもよってこんなタイミングでログイン出来なくなってしまうって、なんだかものすごく申し訳なくて……」

 

 狼と骸骨の間に重い空気が漂う。

 運営会社より「あと半年でユグドラシルに関する一切のサービスを終了する」という布告があったばかりなのだ。10年以上続いた有名タイトルであっても、ユーザーが離れてしまえば避けられない終わりである。

 

 最初に気力を取り戻したのはモモンガであった。それはおそらくギルマスとしてのささやかな矜持のためだった。

 

「私も本当に残念です。一緒に遊べなくなるのは。でも狩りに行くような時間がなくたってログインしてくれていいんですよ、愚痴を言いに来るだけでもかまいませんから」

 

 骸骨の顔の横に笑顔のアイコンが表示される。それを見てトミータも同じアイコンを表示させた。

 

「モモンガさんにそう言ってもらえると助かります。私もログインするだけで気分転換になりそうだからちょこちょこログインしたかったので」

「ログインするだけで?」

「ナザリックの作りこみは見てるだけで楽しいですから」

「ああ、なるほど」

 

 疑問の解けたモモンガは誇らしげにうなずいた。

 

「それじゃあ今日はこれで落ちますね。学童保育所に預けてた妹を迎えに行かないといけないので」

「え、妹さん迎えに行ってなかったんですか?」

 

 トミータには18も歳の離れた妹が居る。ギルド内でも公言していたことであるし、彼女の妹への溺愛ぶりはモモンガも知るところである。故にモモンガは驚きを隠せなかった。

 

「家を挟んで仕事場と反対側の施設なんです。迎えにいってから家に帰ると妹の面倒を見て寝かせて家事を終えて、夜中の12時過ぎになってしまうんです。今日は残業を速く終わらせてインする時間が取れましたけど」

「その時間だと、俺も流石にログアウトしてますね。大変ですけど、がんばってくださいねトミータさん」

「ありがとうございます、それでは」

 

 トミータは手を動かしコンソールを開く。トミータがモモンガに向かって会釈した次の瞬間、トミータの姿はかき消えた。

 トミータの分ぽっかりと空いてしまった空間を前にモモンガはため息をつく。仕方のないことだと理性で理解はしても、やはり友が去るのは寂しいものだった。

 

 その後、トミータとモモンガのログインできる時間帯はサービス終了時までほとんど重なることはなかった。

 モモンガは仕事のために12時前には就寝してしまい、トミータは25時ごろや夜明け前に不規則な15分程度のログインを繰り返していた。

 拠点内の貯蔵金貨が増えている日もあったので、トミータはおそらくアイテムの整理をしているのだろう。モモンガはそれをナザリックの維持費として使ってくれということだと解釈した。一人でないと思えることはわずかにモモンガの慰めになっていった。

 しかし実際には彼女が何をしていたのか、モモンガがそれを知るのはユグドラシルのサービス終了後のことである。

 

 

 ◆

 

 マンションの一室で、その女は意識を取り戻す。仮想空間から現実世界に戻ってきた彼女はため息ついて、頭部に装着した仮想空間へのダイブ用マシンを乱暴な手つきで取り外した。

 寝転がっていたベッドから立ち上がり彼女は部屋を出る。ファミリー向けのマンションであるのにどの部屋も灯りをつけていなかった。彼女一人ではどの部屋も寒々しい気配を隠せなかった。

 

 居間に入ると控えめながらもしっかりとした作りの仏壇が真っ先に目に映る。仏壇の中には額も写真も真新しい遺影が飾られていた。遺影の中で白髪が目立つ壮年の男性が笑顔を浮かべていた。

 

 彼女は自嘲を込めて呟く。

 

「本当に何やってるんだろう、モモンガさんに嘘ついてどうなるっていうんだ……」

 

 彼女は嘘をついていた。

 両親が交通事故に巻き込まれたのは本当だが、入院したのは母親だけである。彼女の父は遺影からも娘に微笑みかけてくれるが、現実においてこの一家の家計はしがない市役所職員にすぎない彼女の肩に重くのしかかるのだ。ただその重みは重いだけで、決して彼女を苦しめることはない。

 

 彼女に苦い思いをさせるのはもっと別のものだ。彼女は自分に嫌気がさしていた。

 友人であるモモンガに待ち受ける未来の可能性を知っているのに、彼女は逡巡さえなく家族を選ぶことができたのだ。

 

 彼女の名は富田緒理恵。ユグドラシルではトミータと名乗っている。

 アインズ・ウール・ゴウンのある意味で「42人目」のギルドメンバーだった。

 

 ◆

 

 

 富田緒理恵には前世の記憶がある。

 緒理恵の前世はしがない学生で、交通事故に巻き込まれて死んでしまった不運な女だった。古典や神話からライトノベルまで古今東西の物語を読みふけっていて少し内向的なことを除けば至って平凡な人間だったのである。

 

 前世から蓄積した物語の知識故か、前世の記憶のようなものを認識し始めた時緒理恵はそれなりに分別のついた小学生だった。同時に前世の記憶を言いふらさない程度の分別はあった。

 

 だから緒理恵は自分のことを単純に「前世の記憶を持って生まれただけ」と捉えていた。

 その考えが打ち砕かれたのは緒理恵が高校生の時だ。

 

 DMMO-RPGユグドラシルの広告を見つけた時、彼女は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 そして思い出す前世の記憶にある物語「オーバーロード」の知識。

 前世でオーバーロードの物語を読んだ時に何度も思った「ユグドラシルというゲームで遊んでみたい」という想いが緒理恵の中に急激に湧き上がり、その感情は波となって彼女を襲った。

 

 そして高校1年間のバイト代を費やして自分専用のダイブマシンとユグドラシルのゲームソフトを購入したのである。

 

 緒理恵は熱に浮かされるようにユグドラシルを始めた。

 作製したPCの種族はワーウルフ(人狼)、用意されていたサンプルビジュアルに一目ぼれした結果だった。

 そのときの彼女は忘れていた、ユグドラシルでは「異形種狩り」が流行していたことを。

 

 ログインしてすぐに異形種狩りに遭遇したトミータは、ユグドラシルへ感じていた高揚が霧散した。

 一目ぼれした種族を捨ててまでアカウントを作り直したくないがこのまま続けるのも、と悩み始めた。

 そして、その後もまたPKを受けた。

 ただその日は転換点であった。PKKの魔法によって助けられたのである。

 

 PKたちが背後から間断なく撃ち込まれる魔法によって全滅し、その場に現れたPKKは異形種のチームだった。ピンク色の粘液と弓を持ったバードマン、覆面をつけた忍者と2足歩行する山羊の魔法使い。代表としてか山羊とスライムが前に出る。黒い唾つきの円錐型の帽子とマントの下にワインレッドのローブを着こんだ山羊が「ウルベルト・アレイン・オードル」と、ピンク色のスライム種は「ぶくぶく茶釜」と名乗った。

 

 トミータは知っている名前を耳にして言葉を失う。そのトミータをウルベルトは案じるように言葉をかけた。

 

「あー、もしかしてPKに遭うのは初めてですか?」

「ち、違います! PKされるのは慣れてきましたけどPKKしてまで助けてもらったのは初めてで、びっくりしたというか」

「あれ? 一緒に遊ぶ仲間とかは居ないんです?」

「居ません。異形種で始めたばかりなので」

 

 声をかけられて我に返ったトミータの答えに何を感じたのか、ウルベルトとぶくぶく茶釜は目を見合わせてから後方の仲間と何事かを話し合い、彼らは低lvのワーウルフを自分たちの集まりに誘ったのだった。

 

 ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の前身となった集団(クラン)はまだこの時団員15名ほどの規模であった。新規加入メンバーとなったトミータにとって、楽しい冒険の日々はここから始まった。

 この時トミータは自分のことを「せいぜい原作に描かれなかったアインズ・ウール・ゴウンのギルメンの一人だろう」と軽く見ていた。

 

 自分が異分子でとはないかと疑いだしたのは最終的にギルメンが「42名」となった時。

 異分子であると理解したのは、「オーバーロード」に登場しないNPCを作製する羽目になった時だった。

 

 

 




2016/1/24改稿内容
誤字脱字修正。
一部の文章を改稿。
後のアインズ・ウール・ゴウンのギルメンとの邂逅シーンを修正。大筋に変更はありませんが登場人物をウルベルトさんの他にも追加しています。

2/21
誤字報告を適用。ご報告ありがとうございました。
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