ナザリックの首無し騎士(仮題)   作:石上三年

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この話では円盤4巻の初回版特典小説に記載されている情報に関するネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

今回はある意味「独り言回」です。


メッセージ:残すもの

「こんばんは、アルベド。夜遅くにごめんね」

 

 NPCである守護者統括のアルベドに向かって、プレーヤーのトミータが謝罪をする。

 一種異様な光景であるのは確かで、この場に他のギルドメンバーが居ればそういうロールプレイだと主張して通してきたトミータに呆れか生暖かい視線を向けていただろう。「まだやっているのか」と。

 

 トミータは未来の「もしも」の可能性を否定できず、NPCたちを他のメンバーのようにギルド防衛のためのギミックや一種の愛玩人形として扱うことに少々の罪悪感があった。

 そのためトミータは自分でも愚かしいと思いながら、NPCの近くを通った時は名前を呼んで挨拶することを自ら習慣づけたのである。結果トミータはナザリックの全NPCの名前をそらで言えるようになっている。

 

 傍から見ればいい歳して人形に話しかける残念なイタイ女であるが、NPCに強めの思い入れを抱いている面々からトミータへの心証はおおむね良かった。自分の作った傑作を大事にされて無碍に出来る者が居なかったとも言える。

 

 

 この日トミータがモモンガを避けるように深夜を選んで玉座の間にやって来たのはある種の自己満足のためだった。

「もしも」の未来において異世界に転移したナザリックに火種を植え付けるような行いであると知りながら、物語中の「設定を書き変えられたアルベド」を知るが故にトミータは自分の思いを伝えなければならないと思っていた。

 

「今日はお別れの挨拶に来たの。あと半年しないうちに私トミータはこのナザリックを完全に離れます。モモンガさんは優しいからユグドラシル最後の瞬間までナザリックに残るでしょうけど、私は間違いなくその前にナザリックを離れます。だからその前にアルベドに言っておかなければいけないことがあるの」

 

 無言で微笑みを向けるアルベドを前に、トミータは深呼吸をした。

 

「貴方とパンドラズ・アクターをこの件の代表と考えて先に謝罪を。ごめんなさい。私はいずれ貴方たちに酷いことをする。恨まれて当然のことをする。もし貴方が私を糾弾したいのなら、モモンガさんに私が『カッサンドラになりたくなかった』と言っていたと伝えてね。そして他の40名と違って、何を天秤にかけているのかを明確にしてナザリックを自分の意思で捨てたのは私だけ。だからギルドメンバーを憎むのは私だけにしておいてほしい」

 

 もし彼女たちが心を獲得するなら、NPCたちはギルメンたちを恨む権利がある。

 トミータは真面目にそう考えていたが、実際にギルメンたちが恨まれるのを見たいというわけではない。

 

「あと私がナザリックを離れた後モモンガさんのことを頼みます」

 

 伝えたいことを言い終えたトミータは微笑んだままのアルベドを前に、言い難い思いに駆られた。

 

「物語」の中でアルベドは愛と憎悪に生きる2面性を持つキャラクターだ。

 ヒドインであっても、人間種に対して残忍で邪悪であっても、富田緒理恵の前世もトミータ自身も彼女を嫌いになれなかった。

 彼女の結末が不幸なものでなければいいと願うぐらいには。

 

 だがトミータが彼女に対して言葉で出来ることは既に終えている。

 トミータは恐る恐るガラス細工に触れるようにアルベドの頭部に手を伸ばして、ゆっくりと撫でた。

 

「ごめんね。さよなら、アルベド」

 

 手を離すとトミータはコンソールを開いてログアウトする。

 トミータの姿が一瞬で消えた後も、アルベドはプログラムで指定されるままに微笑んでいた。

 

 

 ◆

 

 次の日トミータは宝物殿に足を運んでパンドラズ・アクターに向かってアルベドと同じことを語った。

 

 それからしばらくしてからシャルティアを尋ねた時には、トミータがナザリックを離れることを伝え、トミータを恨んだり憎んだりしてもよいという許可を与え、モモンガのことを支えてくれるように頼んだ。

 

 次の日はコキュートスにシャルティアと同じことを語った。

 

 その次の日はアウラとマーレに、

 さらに次の日はヴィクティムと戦闘メイドたちの末妹に、

 その翌日には執事のセバスと戦闘メイドたちの副リーダーであるユリ・アルファに、

 その翌日にはメイド長のペストーニャと執事助手のエクレアに。

 

 それから数日後、夜が明ける頃にトミータはデミウルゴスの元を訪れた。

 

「デミウルゴス、こんばんは。……それとも、おはようかな?」

 

 破壊された神殿に置かれた白い玉座、そこに座るデミウルゴスを前にトミータは首をかしげる。

 それからコキュートスたちに話したものと同じ内容を語る。だがデミウルゴスに対してはそれだけで終わらない。

 

「それとナザリックのNPCたちの中でトップクラスの頭脳を持っているデミウルゴスにお願いしておきたいことがある。これはついでだから断ってくれてかまわないし、後から余裕がなくて出来なかったとしても構わない。けれど貴方に出来なければナザリックの他のNPCにも不可能なことだと思う」

 

 惨いことを言っている。「もしもの未来」でデミウルゴスにとって重石となる言葉だとトミータは理解したうえで言っている。それでもトミータはできるだけの備えをしておきたかったのだ。

 

「単純な話なんだけど、ナザリックのNPCが仲間やギルドメンバーへの不満をため込まないようにしてほしい。不満を抱くのは心がある限りどうしようもないことだけど、そういったものが積もり積もって最終的にどうしようもない形で訣別するのは取返しがつかないからね。注意を向けて必要な時には誰かが誰かのケアに向かえるようにしてくれると助かる」

 

 転移後の世界では何故か社蓄属性を得てしまったNPCたちにカウンセリングが必要になる事態が出てくるかもしれない。「物語の中のモモンガさん」も恐らく気にかけていたであろうことだが、やはりプレイヤーとNPCの間では齟齬も出てしまうだろう。

 

「デミウルゴスはギルドへの忠誠心で結ばれている自分たちにそんな心配は不要だと言ってくれるかもしれないね。でも実際に私たちギルドメンバーの間でそういうことがあったんだ。だから私は恐れて準備せずにはいられない。正確にはアインズ・ウール・ゴウンの前身となった集団(クラン)での話だけど」

 

 トミータはギルドの前身であった集団において、起った対立について思い起こす。

 

 元々たっち・みーとウルベルトの両名はスタンスの違いから意見の対立を繰り返していた。

 ウルベルトがたっち・みーへの嫉妬や一方的な苛立ちを抱えていたせいもあるかもしれない。

 

 そしてウルベルトとは別の仲間が集団のリーダーであるたっち・みーと意見を対立させその集団を辞めてしまった。この止めてしまったメンバーがウルベルトと仲がよく、この事件を機にウルベルトはたっち・みーへの嫉妬心や敵愾心を隠すことを辞めて攻撃的な態度を取るようになってしまった。

 

 いざとなればギルドのために協力する二人を見てモモンガを筆頭にした穏やかな気性の者たちはいずれ時が解決するだろうと思っていたようだが、トミータを含めた悲観的な者たちは既に二人の関係を修復不可能なものと見て危惧していた。

 集団の中で正義を重んじる最強の騎士と悪を追及する最強の魔法使い、スタンスを異にする中心人物たちの対立は派閥を生みかねないものだった。

 

 その事件の概略をデミウルゴスに語り、トミータは溜息をつく。苦い思い出だったのだ。

 

「多分モモンガさんがアインズ・ウール・ゴウンの結成されたあの日にギルド長に就任しなければ、私たちのギルドはいずれ分裂したか、ギルド内で潜在的な派閥に別れてしまったと思う。そうなっていたらナザリックはここまで大きくならなかっただろうね。私はナザリックが内側で分裂するような事態になって欲しくない。ナザリックを私たちが素敵な秘密基地と思ったように、NPCにとってもナザリックが素敵な場所であってほしい」

 

 ふと本来は独り言に過ぎない語りに熱が入ってしまったことを自覚し、トミータは自分を落ち着かせるために深呼吸する。

 

「ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が私たちにとって楽しい居場所だったのはモモンガさんの尽力も大きかったんだ。だから、私はモモンガさんに恩を感じてる。これから先私の分までモモンガさんのことを助けてほしい。よろしくねデミウルゴス」

 

 言いたいことを言い終えたトミータは、ウルベルトの作った神殿を見渡してからデミウルゴスに別れを告げて、ログアウトする。デミウルゴスの尾は動かぬ頭部に代わって項垂れるかのように揺らめいていた。

 

 

 ◆

 

 

 二週間ぶりのログインは深夜になっていた。トミータはログイン後真っ先に自分の作ったNPCの元に向かう。

 

「こんばんは、デュランバート」

 

 トミータのNPCへの挨拶は最早癖である。

 

 トミータがデュランバートに語るのはアインズ・ウール・ゴウンの黄金時代の思い出たちだ。

 しかし本当の狙いはその思い出を語る際に現実世界の情報や価値観、それとトミータの見てきたモモンガの人となりをそれとなくデュランバートに伝えることである。

 

 トミータは不定期なログイン時間をやりくりして、デュランバートに情報を残し、自分のアイテムを整理してナザリックに出来るだけ多くのものを残そうとしていた。

 それはユグドラシル最終日の前日まで続けられる。

 

 

 そしてユグドラシル最終日の前日、トミータはデュランバートに向かって残酷な真実を明かす。

 ユグドラシルとリアルの関係を、自分の選択とその理由を。

 

「だから私は、リアルの経済的に私無しでは生きられない妹と母を捨てられない。貴方たちNPCは私が居なくても生きてはいけるだろうから」

 

 強い忠誠心を持つNPCたちが聞けば、嘆いて泣き叫んで当然の言葉である。

 

「この事実を私が貴女に伝えたことをモモンガさんに話すかどうか、この事実を他のナザリックのNPCたちに話すかどうかは貴女に任せるよ、デュランバート」

 

 こればかりは転移後のことを考えるとその精神状態がどうなるか、予測できない他のNPCには話せない。

 デュランバートに明かすのは、トミータの持つ我が子のようなNPCへの信頼と親馬鹿故だ。

 私の描いた理想の騎士なら乗り越えられるはずだ、と信じているのだ。

 

「私が貴女の設定に加えた『まじない』は貴方にとっては祈りというより呪いなのかもしれない。それでも貴方なら、その呪いをより良く生きる糧に変えられると信じているよ。私の大事なデュランバート」

 

 言いたいことを全て言い終えデュランバートに別れを告げると、トミータは円卓の間までの道のりを歩き出す。

 

 トミータのナザリックへの心残りは最早モモンガのことばかりとなっていたが、少しだけデュランバートへの未練もあった。

 転移後の世界で自分の作ったNPCと言葉を交わしてみたかったと気付いた瞬間、トミータはコンソールを開こうと腕を動かす。最後の機会にナザリックをゆっくりと眺めたいという望みも一緒に捨てて、彼女はそのままログアウトした。

 

 

 

 

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