ナザリックの首無し騎士(仮題) 作:石上三年
各キャラの口調など含めて違和感があれば、ご指摘ください。
今回の話は、ある意味で作中最大のターニングポイントです。
ユグドラシルのサービス提供最終日。
早めに残業を切り上げさせもらってトミータはユグドラシルにログインした。
円卓の間に現れたトミータに、待っていたモモンガが真っ先に声をかける。
「トミータさん、こんばんは。来てくれたんですね」
「こんばんは、モモンガさん」
トミータは挨拶と会釈で反すと周囲を見回す。やはり黒い円卓の周りはモモンガ以外に誰も居ない。
ユグドラシルのサービス最終日だから集まりませんか、と仲間たちにメールする覚悟はトミータには持てなかった。「もしもの未来」で起る異世界への転移に巻き込まれる者を増やすのは恐ろしい。戻ってこれるかどうか分からないのだ。
そして最終日までに、モモンガを午前0時となる前にログアウトさせるための説得内容も思いつかなかった。友人のユグドラシルへの熱意を知り、「物語」を通してその根源を察しているためトミータにはモモンガを納得させるだけの内容を見つけられなかったのだ。
「トミータさん、今日はいつまでインしてられるんですか?」
「とりあえず妹を迎えに行く時間までは。その後時間が取れたらまたログインしますね」
「そうですか。ちょっと残念ですけど仕方ありませんね」
トミータの言葉は彼女自身の一種の願望であった。しかしトミータは異世界への転移に巻き込まれる可能性はどうしても潰しておきたいのだ。
そのトミータの傍らで、誰かにいい聞かせるように呟く骸骨の横に泣き顔アイコンが浮かぶ。友人の歎きを示すサインを見ればトミータは喉元に苦いものがせりあがってくる気がした。トミータは無理やり唾をのみ込んでその思いを喉の奥におしやった。
友情が壊れるのを覚悟して土下座で頼むべきか、トミータは内心で迷いながらモモンガと思い出話を始める。ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の黄金時代に心を馳せれば、自然と思い出話に花が咲く。
気づけばトミータが家を出なければならない時刻が、あと10分に迫っていた。トミータは愕然とした後、焦りを感じ始める。
「あ、あの! モモンガさん!」
「どうしたんですか、急に大声を出して?」
「いや、あの、そのちょっと焦ってしまって」
「……ああ。時間ですか?」
モモンガは気づきたくなかったと言わんばかりに肩を落とす。トミータは自分の胸が痛むのを感じながら、言っておかないとと思っていたことを語り出す。
「ユグドラシルは私にとってすっごく楽しいゲームだったのは、このギルドの人たちに出会えたからで、モモンガさんがギルド長としていつも皆のことを考えてくれていたからです。ありがとうございました」
「な、なんだか照れ臭いですね」
「言ってるこっちも恥ずかしいですけど、言わなきゃ後悔しそうなのでお願いしますから最後まで聞いてください」
「続くんですか?」
「続くんです」
何かを掻き毟るように頭蓋骨の上で骨の手を動かすモモンガを前に、トミータは仮想世界にダイブしている最中だというのに目元が熱くなった。きっと現実だったら泣いていた。
前世の記憶の存在こそ明かしたことは無いが、トミータは前世で得た知識を含めて自分というものをギルドでは曝け出すことができた。それでも違和感なく溶け込んでいられたのはきっとアインズ・ウール・ゴウンというギルドのメンバーの寛容さと彼らの作り出す独特の空気があったからこそだ。
リアルの家族の前でさえ彼女は自分を出せているとは言い切れなかった。富田緒理恵が知っているはずもない知識や読んだこともない本や見たこともない映画の話題を出し、家族に疑問を抱かれてしまうのは恐ろしかった。
富田緒理恵という人間はどこまでも臆病だった。
ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」と「ナザリック地下大墳墓」という異業種たちの秘密基地は、彼女にとって一種のオアシスだったのだ。彼女のオアシスを作り上げた最大の功労者は間違いなく、今トミータの目の前に居るモモンガだ。
モモンガは彼女にとって恩人で、かけがえのない友人だ。
「物語のモモンガさん」がリアルに戻りたくないと考える理由もトミータには分からなくもない。彼女も天涯孤独の身上であれば、異世界で生きていくのを迷いはしなかっただろう。
しかし彼女にはリアルに居る家族への情と責任と義務がある。
そしてリアルに残っている彼女自身を含めたアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが、モモンガにとってリアルへの未練と成り得ないという可能性はトミータにとっては考えたくないものだった。
故にトミータは呪縛と保険を目の前の友人にかける。
ナザリックのNPCたちにとって訪れるかもしれない「未来」において、それが非情なことであると知りながら。
「モモンガさん、今までお疲れさまでした。ユグドラシルが終わってしまうのは私も残念で悔しいです」
その時モモンガはトミータが“私も”と言ったことで、彼女も同じ気持ちを抱いてくれているのだな、と慰められていた。
「……そうですね。また皆で遊びたかった」
「モモンガさんも、そう思ってくれているんですね」
「当たり前じゃないですか」
「じゃあ、一緒に探しましょうよ。このギルドに居た皆で満足しながら遊べる新しいゲームを」
「え」
モモンガは予想外の言葉に固まった。
「今度私家族と家賃の安いところに引っ越しするんです。もうすぐ母のリハビリが終わって働きに出られそうなんで時間に余裕も出来そうなんです」
このトミータの言葉に一片たりとも嘘は無い。
「よ、良かったですね」
「ユグドラシルが終わるのは残念です。でもやっぱりまた皆で遊びたいじゃないですか。でも私一人で皆を誘っても良さそうなゲームを探すと難しいし意見が偏ってしまいそうですし、モモンガさんも手伝ってくれませんか?」
「その……」
仲間たちの迷惑にならないかという不安、また仲間と遊びたいという希望。
二つの感情がせめぎあいにモモンガは言葉を詰まらせる。
そうして無言になる友人にトミータは不安に駆られた。モモンガに語った言葉はどれも本音だったから余計に不安はひどくなる。
トミータの願望が幾分か混ざってしまった推測の通りなら「物語のモモンガさん」のギルドへの執着は仲間と楽しく遊んでいた頃への執着と分かち難く結び付いている。しかしリアルでなければ実行出来ない約束をすれば、律儀なモモンガさんなら異世界に転移してしまったとしてもリアルに戻ろうとしてくれるのではないか。
トミータはそう考えていたがモモンガの反応は芳しくない。
トミータは思考を巡らせ、友人の未練と成るものを探して焦り始める。
「あと、ユグドラシル終了残念会みたいな、ギルマス慰労会みたいなオフ会させてくださいね。幹事は私がしますから。そうですね、あとは……」
焦り故に目線を彷徨わせながら色々と口走るトミータは段々と早口になっていった。
その慌てぶりにどこか懐かしさを感じさせられ、モモンガは苦笑した。久々に聞いたモモンガの笑い声にトミータはふと我に返る。
「そうですね。トミータさんの言う通りオフ会とかも楽しいですよね」
「で、でしょう!?」
「トミータさん、慌てないでください。とりあえず新しいゲームを探してみるという名目で私がひとまず仲の良かった人たちの何人かにメールをしてみますよ。オフ会のことも提案してみましょう」
「は、はい! ありがとうございます」
「面白そうなゲームがあったらメールをくださいね」
モモンガの色よい返事にトミータは感謝の念に似たもので満たされて勢いよく頭を下げた。
「本当に何から何まで……」
「あのトミータさん、水を差すようで言いたくはないんですが、妹さんを迎えに行く時間でしたよね? そろそろ……」
「ああ!」
モモンガの指摘を受け、トミータは振り子のように頭を上げながら叫ぶ。妹の迎えをすっかり忘れていたトミータは心の中で妹に詫びてコンソールを開いた。
「すみません! いったんログアウトします。モモンガさん詳細はメールでくれると助かります! それでは」
「トミータさん、また会いましょう」
モモンガの落ち着いた声を聞き、トミータはとても静かな気持ちになってコンソールを操作していた腕を止める。友人とは何度でも会いたいもの、モモンガの短い言葉に込められた切実な思いを感じ取ったのだ。
「はい、モモンガさん。また会いましょう、今度はリアルで友人として」
「……そう、ですね。リアルで友人として」
この時モモンガとトミータは互いに「ユグドラシルでの繋がりが無くなったとしても友人である」という同じ願いを確かに言葉に込めていた。
二人は仮想世界で別れを告げる。コンソールに触れながら会釈し、トミータはログアウトし一瞬で姿を消した。
「……ああ」
モモンガは溜息をつくが、彼の中の寂寥は少しだけ軽くなっていた。
◆
もしもこの時トミータがギリシアの預言者カッサンドラのように自分に訪れる未来を知ることが出来たのならば、あらゆるものをかなぐり捨ててモモンガをリアルに留めようとしただろう。
モモンガを前に躊躇わず土下座でも何でもしてユグドラシルのサービス終了前にログアウトするように頼み込んでいただろう。
モモンガとの約束が果たされる日が来ないなどと、この時点で彼女は知る由もなかったのである。
そして彼女は妹を連れて自宅に戻った後、ユグドラシルにもう一度ログインする決心がつかなかった。
午前0時を過ぎた頃、富田緒理恵として彼女はモモンガにギルド長への労りを込めたメールを送る。
普通なら返事は速くて夕方だと考えながらも、自分を愚かしいと思いながらも、彼女はモモンガからの返事を朝まで待ち続けた。
◆
ユグドラシルのサービス終了時刻を過ぎた後、異世界に転移してしまったモモンガたち。
その事実をNPCたちは正確に把握しているとは言い切れないが、モモンガの命令を受けて防衛体制の再構築に勤しんでいた。
そんなナザリック地下大墳墓のNPCが一体、守護者統括の任務につく女性姿の悪魔アルベド。
アルベドは玉座の間にて第八階層守護者デミウルゴスと再構築された防衛体制の最終チェックを行っていた。
守護者統括の権限を使ってコンソールを動かしていたアルベドは、新たな体制通りにしもべたちが動いているのを確認して満足気に頷いた。
「これでいいわね。あとはモモンガ様に書類を提出して完了よ」
「お疲れさまでしたアルベド」
「ええ、お疲れさま。デミウルゴス、書類は私が仕上げてモモンガ様に渡しておくわね」
慇懃な悪魔はアルベドの予測では「それではお願いしますね」と言ってその場を立ち去ると思われた。
しかしデミウルゴスは動かない。
「デミウルゴス?」
「……アルベド。聞いておきたいことがあります。トミータ様のことです」
聞きたくなかった至高の42名のうち1名の名前を出され、アルベドは表情を強張らせる。
「トミータ様は貴方に何を言ったのかしら?」
「……トミータ様がいずれナザリックを離れられること。我々しもべにトミータ様ご自身を恨むことをお許しになられたこと。あとは我々しもべがモモンガ様を支えることを願われていること、でしょうか」
「トミータ様らしいお言葉ね」
「本当に」
恐らく既にしもべたちでは手の届かないリアルに去ってしまったであろう主人を思い、デミウルゴスは心の中で嘆息する。
至高の御身でありながら、至高の御方々の誰よりも、しもべであるNPCたちの近くにあろうとした方だった。恐らく名を持つしもべでトミータに名前を呼ばれたことのないものは居ない。トミータは気さくにしもべの名前を呼んで労をねぎらう優しき主人だった。
……しかしそんな主人でさえもナザリックから姿を消した。
「温厚篤実、胆大心小という言葉がふさわしい御方でした」
デミウルゴスの温厚篤実という評にアルベドの眉がかすかに動く。
「アルベド、何か異論でも?」
「……個人的には温厚篤実というより謹厳実直という言葉の方がトミータ様にはお似合いになると思っただけよ。とても律儀な方だと思うから」
「そうですか」
アルベドの返事にデミウルゴスはふと何かを考え込んでいるように言葉を切った。
アルベドは一分一秒でも多くモモンガのために働きたいのでデミウルゴスを急かす。
「それでデミウルゴス、貴方は何を聞きたいの?」
「トミータ様が挨拶をなさったのは私だけなのかと気になりまして」
「トミータ様は私にも別れを告げられたわ。それが貴方より先だったか後だったかは分からないけれど」
「その内容は?」
「トミータ様がナザリックをお離れになること、トミータ様を恨んでよいという御許可、モモンガ様を頼むと仰ったこと。だいたい同じだったのではないかしら?」
「……もしかしたらトミータ様はしもべ全員に別れを告げられたのでしょうか」
「ありえなくはないわね。それにあの時のトミータ様の口ぶりでは私の他にパンドラズ・アクターにも会って行かれるおつもりだったように思うわ」
「宝物殿の領域守護者ですね?」
パンドラズ・アクター。
アルベドもデミウルゴスも面識はないが管理と任務の都合上、その存在と名前を知っている100lvNPC。
そしてナザリックに最後まで残ってくださった主人が手ずから作り上げた唯一の存在である。
「デミウルゴス、もういいかしら?」
忌々しいことを思い出し、アルベドは話を切り上げようとした。
デミウルゴスも多忙なはずの守護者統括をこれ以上は時間的に拘束するまいと玉座の間を後にした。
この時点で双方「相手が自分に明かしていないトミータからの言葉がある」と思ってはいなかった。
一人になったアルベドは、玉座の間の上層部の壁に飾られた旗を睨む。
42枚の旗にはそれぞれ「至高の42名」のシンボルマークが描かれている。
その中の1枚、狼の横顔を模したトミータのシンボルを見つけ、アルベドは握りこぶしをつくる。
アルベドは自らの手を傷つけかねないほどに力強く爪を食い込ませた。
糾弾されても仕方ないと思っていながら「モモンガさんのことを頼みます」なんてしもべにとって当然の義務を言い残して、アインズ・ウール・ゴウンの盟主諸共ナザリックを捨てた厚顔な元主人。
アルベドはトミータをそのように評しながら恨んでいる。
しかしトミータの静かな声に込められた強い思いを、同じ女故にかアルベドは痛切に感じ取っていた。
モモンガ手ずから「モモンガを愛している」と設定を書き替えられた後にはトミータに共感めいた想いさえ感じ始めているのだ。
そして対面の終わりにアルベドがか弱い少女であるかのように恐る恐るといった様子で頭を撫でていったトミータの手の力加減を、その時のトミータの弱弱しい声を、アルベドは忘れることが出来そうに無かった。
「……私たちを、モモンガ様を捨てていったクセに」
アルベドは最早トミータを思い出す度に恨み言を零さずには居られない。
アルベドの中にさえ大きく跡を残す元主人は、彼女にとって裏切り者たちの中でも一層疎ましい存在になっていた。
◆
モモンガがナザリックの支配者を演じ始めた翌日、モモンガは時間を作って玉座の間に足を運んだ。
「アルベド、今より私が確認するのはギルド長のみ閲覧を許された極秘の情報。今はお前も下がれ。それと私が出てくるまで玉座の間には何人たりとも近づけるな。お前自身が見張ってくれるなら、これ以上に信頼できる見張りは無い」
モモンガはそう嘯いて狂喜するアルベドに人払いをさせると同時に一人になった。気を抜いたモモンガは玉座に腰かけて溜息をつく。
「疲れたな……。でも最初の日に確認してた守護者たち以外のNPCの設定やスキルも確認しておかないと。名前を間違って覚えてたら困る。そんなことで支配者ロールが崩れて幻滅されたらもっと困る」
モモンガさえ倒しうる能力を持ったNPCたちの様子と設定は緊急性が高いこともあって初日に確認したが、その他のNPCたちを後回しにしていたのだ。
孤独な支配者は「マスターソースオープン」と唱えて、ギルド情報を表示させるコンソールを呼び出した。
モモンガはユグドラシル時代同様に空中に現れた情報表示用のコンソールを不思議に思いながら、そのコンソールを操作する。
目的のナザリック内NPCデータを確認できるページを呼び出すと、装備品の効果を除いた基礎ステータスの値とlvが高い順に項目を並べ替えた。
そしてモモンガの作った黒歴史の名前が手元の近くに表示されたせいで真っ先に目に入り、モモンガはやる気を削がれた。
「……うーん、コイツのことは作った俺が良く知ってるし後回しにして」
次に目に止まったのはその項目の一つ下に記された100lvNPCの名前だ。
「デュランバート・ホロウ。……トミータさんの作ったNPCか」
デュランバートの名前からモモンガは黒い鎧の首無し騎士を思い出す。
トミータの趣味とロマンを詰め込んだNPCであり、トミータと親しくしていたこともあって結構モモンガが覚えている情報も多い。デュランバートの外装を作るにあたって意見を求められたことさえあった。
デュランバートは高性能装備が増える代りに基礎ステータスが半端になるように設定されている【チャリオッター】である。チャリオッターの弊害と戦士職を中心にしたビルドのために、魔法防御力が100lvの戦士職にしては低いのだ。フル装備となれば多少改善されるものの、モモンガが油断しなければ遠距離からの魔法攻撃で破ることも容易く単体では脅威に成り得ない。
しかしギルドの仲間と全力を出して作った彼女専用の装備群と騎獣を持たせれば、ナザリック全NPCの中でも最速のスピードを出せる。
彼女の装備品である戦車に付加された回避率上昇データの存在もあり、彼女に向ける攻撃は自動追尾効果や必中効果を付属させないと魔法や遠距離型スキルの命中率を3割ほど低下させられてしまう。
敵に回すと仕留めるのに少々手間がかかる相手だな、と考えながらモモンガはデュランバートの設定を確認する。そして味方から撃たれたような思いを味わった。“パンドラズ・アクターと友人関係にある。”という一文を確認したせいだ。
「……この設定をデュランバートに追加していいかと聞かれた時になんでOK出しちゃったんだよ俺」
モモンガが徹夜でパンドラズ・アクターの外装と設定を完成させた日は奇しくも休日であった。
昼頃にログインしたトミータに見せたら
「宝物殿に住んでるならギルメンが訪ねないとずっと独りぼっちです。そんなの寂しくありませんか? 彼にも友達がいたら、ちょっとはマシですよね」
と言われて、モモンガは「確かに」と納得してしまったのだ。
「じゃあ自分も」とパンドラズ・アクターに「デュランバートと友人関係である」という設定をつけてしまったことまで思い出し、モモンガは身悶えした。
……徹夜の勢いって怖い、とモモンガは猛省しながら文章を読み込む。そうしているうちにモモンガは違和感を覚えた。
“過去・未来を問わずアインズ・ウール・ゴウンの下に名を連ねた者たちの心の平穏と幸福を、もっとも尊いものと感じ、重んじ、その実現のために行動する。またギルドメンバーに等しく忠誠を誓う。”
その文章は前後の文章と脈絡が無く、どこか浮いていた。
デュランバートの設定を最初にトミータが書き上げた時、モモンガは設定を一通りを読んでいたため、トミータが後からひっそりと書き加えたその文章に気づいてしまったのだ。
モモンガは当時軽い誤字脱字のチェックのために気楽に内容を確認しただけだが、この文章が無かったことだけは断言できた。
――――トミータさんはいつこれを書いたんだ? もしかしてあの夜中の不定期なログイン時間か?
モモンガはそう推測した。そしてモモンガの知るトミータは基本的に温和な奥ゆかしい人である。出会った当初はそそっかしい面もあったものの、ギルドの最盛期には落ち着いた振る舞いを身に着けていた人なのだ。
誰が読むとも知れないのに書き加えられた文章が、モモンガにはトミータのギルドメンバーへの祈りのようなものに見えた。
モモンガは胸の奥にじわりとした熱を感じる。だがその感情に水を差すように、表示されている文章に続く不自然な空白に気づいた。
「……まだスクロールできるのか?」
モモンガは指を動かし、文章の表示されているコンソールの画面を一番下までスクロールさせた。
そして意味の分からない文章を発見した。
“眼前で造物主の語った全てを忘れることなく、いつでも正確に思い出せる「まじない」をかけられている。”
設定上の意味もつながりも不明で、トミータがこの文章を書いた理由がモモンガには全く分からない。
しかしモモンガはトミータが無意味な悪戯としてこの文章を書くとも思えなかった。
無いはずの胃がむかついた気がして、モモンガは急かされたようにデュランバートのスキル構成を確認し始める。それからアルベドに呼ばれるまでモモンガは次々とNPCたちの設定と能力を確認していったが、その間も彼の内を不安まじりの感情がが少しずつ焦がしていった。
やがてその感情は小さな棘に姿を変えて、モモンガの胸に突き刺さって抜けなくなってしまった。
◆
“私が貴女の設定に加えた『まじない』は貴方にとっては祈りというより呪いなのかもしれない。それでも貴方なら、その呪いをより良く生きる糧に変えられると信じているよ。私のかわいいデュランバート”
とても優し気な、子に語り掛ける母親を思わせる声だった。
報いることが出来なければ、期待に応えられないのならば、この世に生まれた甲斐が無いと思わせるような、温かい思いがその声には満ちていた。
“モモンガさんのことを私の分までお願いするね”
その声音は柔らかいのに痛みをこらえ不安を隠しているような気がした。
「我が造物主(神)にして忠誠を誓いし御方のご期待、このデュランバート必ずや応えてみせましょう」
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誤字報告を適用。ご報告ありがとうございました。