白の青年   作:保泉

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第十三話 《過去》 陰り

 ミゲロのおつかいで帝国を訪れ、そこで出会った男達――ルーファスとエレン、そしてヴェーネスとなし崩しに友人となったセロ。彼はミゲロの店の前に置いてある木箱に腰掛け、小刀でなにやら木を削っていた。

 

「よう、セロ。なにやってんだ?」

「んん? ああ、なんだトマジか。装飾品を作っているのだよ」

 

 通りかかったトマジが声を掛けると、セロは顔を上げて作業の手を止めた。馬鹿丁寧だった「以前」とは違い、こちらを向いてからりと笑う彼の姿に成長を感じ、トマジの胸にしみじみとしたものが満ちる。帝国へお使いを任せてから三ヶ月、あれ以来トマジは仕事場である酒場――実は副業――が忙しくなったこともあり、帝国へ商品を納入しに行く役目はセロが専任となっている。不慣れな彼に任せきりになることをトマジは心苦しく思っていたが、その経験が良かったのかセロの口調は年相応と言うには落ち着きすぎているものの、破落戸には絡まれない程度には崩れるようになった。

 

「へぇ、木彫りのペンダントか。器用だな」

「ふふふ、最近はきちんと効果も出るようになったのだぞ。まだまだ実用にはほど遠いがな」

「……まて、そっちの意味の装飾品だと?」

 

 手元をのぞき込んできたトマジに、セロは嬉しそうに胸を張った。そんな彼の言葉に唖然とした表情をトマジは浮かべた。

 ただのペンダントと”装飾品の効果がある”ペンダント。この二つの差は非常に大きく、前者が素人でも――たとえどれほどペンダントとは見えなくても――作成できるのに対し、後者は「魔石の加工技術」を必要とする。属性の異なる魔石をパズルのように組み合わせ、魔力が流れる複雑極まりない回路を組み込み、任意の効果を作り出す――その作成難易度は効果が高く珍しいものほど、現代の技術では再現が不可能なほどである。

 実用可能ではないとはいえ、効果を実感できるほどの”装飾品”を作り出せるようになるには、センスと途方もない修行期間を必要とする、という認識が一般的だった。

 

「おま、どこで覚えてきたそんな技術」

「え? 帝国でできた友人が教えてくれたが」

 

 きょとんとした表情のセロを見て、トマジは内心でありえねぇ、と全力で彼を怒鳴りつけた。

 魔石加工の技術は装飾品職人達によって秘匿されている。魔石を加工して効果を生み出すこと自体は、飛空挺の例を挙げるように装飾品職人達以外でも可能だ。しかし、高い効果と魔石や魔力回路の縮小化の両立となると、装飾品職人でなければ知ることができない。

 それを、友人とは教えられたセロがどれほど幸運なのか、言うまでもないだろう。

 そして普通の常識と良識を持っているのならば、軽々しく友人とはいえ「他人」に教えることはない。秘匿技術の漏洩は装飾品職人達の地位の転落を意味するからだ。そこまで考えてトマジは天を仰ぐ。帝国の友人とやらの異質さは、彼にもその行動ひとつで十分に理解できた。一筋縄では行かないだろう存在に、世間ずれしたセロが巻き込まれないかと、最初の安堵が幻のように不安が沸き上がってくる。

 

「セロー、ミゲロさんが……って、トマジ」

「ヴァン。お前しっかりセロを見てろよ」

「え、あ、おう」

「……私が頼りないのは事実だが、いきなりなんだ」

 

 店の中から顔を出したヴァンの肩をがしりと掴み、真顔で忠告をするトマジ。そのあまりの真剣さに腰が引き気味のヴァンと、どうしてそういう発言に至ったのか理解していないセロを見て、トマジはミゲロにもしっかり伝えておこうと心に決めたのだった。

 

 トマジが肩から手を離したことで、ヴァンはほっと息を吐いた。なんだったのだろうか今のは、と疑問に思う彼だったが、聞けばまたあの妙な威圧感を向けられると思えば、尋ねるという選択肢は彼の中から早々に消えた。

 そうだセロ、とヴァンは店から出てきた用事を思いだし、手に持っていたものを彼に手渡した。

 

「ん、ピピオの実か。ミゲロさんに貰ったのかよ」

「うん。セロの分も貰ったから食べようと、おも……」

 

 ヴァンの手の中にあるいくつかの小さい実を見て、おやつ用かとトマジは納得した。だが言葉が途中で途切れさせたヴァンを不思議に思い、視線をあげれば顔色を青ざめさせたセロが顔を強ばらせているのが見える。

 

「そ、その果物は……」

「……やべ」

「おいおいどうしたセロ、腹なんかおさえて?」

 

 いや、と首を振るセロ。何か体調不良ではないようだが、未だその顔色は悪い。トマジはヴァンを指で呼び、何が原因だと耳元で尋ねた。

 

「いや、前にもミゲロさんがピピオの実を買ってきたことがあって」

「ああ、チョコボ用に捌けるからってよく仕入れてくるよな」

「それが相手側のミスで在庫が余っててさ、俺たちに好きなだけ食えって言ってて……でも飽きるだろ?」

「飽きるな」

「残って痛んできたのを別の篭に入れていたんだけど、セロそれ知らずに食べてさ」

「……それで腹を壊したと」

 

 トラウマになってるじゃねえか、とトマジは青い顔のセロが腹部に手を当てている理由が解った。そしてセロの「育ちの良さ」に苦笑いを浮かべるしかなかった。痛んだ果物なんざ、ラバナスタのそこら中の店で売っている。痛んでいるとはいえ煮込めばジャムとして食べられるため、安いからと痛んでいることが解って買う客もいる。痛んでいる果物かそうでないかの判断は、ラバナスタでは十にも満たない子供でもできることだった。

 できないのは一部の、痛んだ果物なんか見ることがない富裕層だけ。生まれて初めて食べてはいけないモノを理解したのならば、あれほど警戒するのは当然だとトマジは納得する。

 

「そんなに怖がらなくてもこれは大丈夫だぞ、ほらここの部分が青いだろ。これは丁度一番美味い時のちょっと手前だな、間違っても腹は壊さないから」

「と、トマジ」

「食え」

 

 トマジは強引にセロの手の中へピピオの実を押しつける。受け取ってしまったセロは、トマジに突き返すこともそれを食べることも、はたまた捨てることもできずに、手の中のピピルの実とトマジを交互に視線を向けていた。

 情けなくも眉尻を下げ、困りきった表情のセロを見かねたヴァンは、彼に向かって手を差し出す。

 

「無理して食わなくていいって。俺、ピピオの実好きだからさ」

「こらヴァン」

「ジャムなら食えるかもしれないだろ。そこからならせばいいよ」

 

 それでいいだろ、とトマジの顔を伺うヴァンに、彼は盛大にため息をつくことで返答した。了承を得たヴァンが、ほら、とピピオの実を手にしたままのセロに再度手を差し出す。その手をじっと見つめているセロ。

 

「あ」

「お、よくやったな」

 

 なにやら決意した表情で口にピピオの実を放り込んだセロに向かって、トマジがパチパチと手を叩く。ひきつった顔で租借していたセロが、ごくりと喉を動かした。

 にやりと笑いつつ、感想はどうだとトマジが問えば、何も味が解らなかったと返し、セロは空笑いをする。

 

「まー、次は味わえばいい。まだあるぞ」

「も、もう少しだけ休んでもいいかな?」

 

 一つ果物を食べるだけで随分と気力を消費してしまったセロは、追加を渡してこようとするトマジから一歩後ろに離れる。しかし、横からひょいと延びてきたヴァンの手から反射的に実を受け取ってしまい、情けない表情で弟分を見た。

 がんばれ、と真剣な顔で応援するヴァンに、負けたセロがピピオの実を口に入れるの光景に、トマジは喉で笑った。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「ヴェ……おっといかん。エレン、セロが帝都にくるそうだ!」

「……ルーファス、とりあえず扉は蹴破らないでくれないか。君の家だとしても、だ」

 

 ルーファスの隠れ家、そのリビングでくつろいでいたエレンは、騒々しく現れた友人に苦笑いを浮かべる。右手に薄茶色の手紙を摘み、片足を前方につきだしたまま片目を瞑ってみせた彼は、堅いことを言うなと笑い飛ばした。

 

「それで、いつ来ると?」

「今日だ」

「……手紙が届いたのは?」

「一週間ほど前のようだ。いや、まさか書類の下敷きになっているとは思わんかった」

 

 肩を竦めるルーファスに、エレンは軽くこめかみを揉み解した。下手をすれば時間がとれずに、予め連絡をしてくれていたにも関わらず、遠出してきた友人と会えない羽目になっていたかもしれないのだから。奔放さは彼の魅力ではあるが、時折たしなめたくなるのは自身の心が狭いからではないだろう、とエレンは小さく笑った。

 

「手紙によると昼までにはここにくるそうだ、それから外に食べに行かんか?」

「そうだな、まだ彼を連れていったことがない店はどこだったか……」

「あれはどうだ、魚料理が美味いところの」

「この前も魚だったぞ、それより良い薫製をするところがある」

 

 年若い友人をどうもてなそうかと、二人は笑いながら話し合う。

 だが、昼を過ぎてもセロがルーファスの家のベルを鳴らすことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――少し時間は遡る。

 アルケイディアにたどり着き、空港を出たセロはまずはミゲロから頼まれた使いを先にすまそうと、道具屋を尋ねた。特に荷物の遅れなどもなく契約書の取り交わしを終え、買い付けた荷を配達業者に任せた後は彼の自由時間だ。抱えた荷物に視線を向け、今回も商品になればいいなとセロは口元をほころばせた。

 彼が抱えているのは、自ら作成した装飾品の新作である。ルーファスと出会ってから学んだ技術は、今ではどうにか売り物になる程度の習熟を得ていた。自分が世間ずれしていると自覚しているセロは、自らの技術で糧を得ることができるようになったことを、心から喜んでいた。

 セロがこの世界に迷い込んでからもう半年となる。最初は手洗いの方法すら解らなかった。訝しげにヴァンに見つめられつつ、羞恥に気を失いそうになりながらもどうにか方法を教わったことは、今でも彼のトラウマとなっている。

 元の世界で「彼女」はアルバイトをしたことがなく、働くことは生まれて初めて。ミゲロの店番一つでも、商品の内容すら見たこともないものばかりで、最初は全く戦力となるどころか、遙かに年下の子供たちに付きっきりで教わる始末。それでも拾ってくれた恩を少しでも返せるようにと、セロは必死でこちらの常識を覚えていった。孤児であるヴァンが、パンネロが、店主であるミゲロが、裕福ではないと知っていればなおさら。

 

 ようやく、ようやく。セロは目を細めて建物に区切られた青空を見た。

 

 持参してきた作品は、すべて良い値が付いた。売り手と買い手が共に笑顔で握手ができたくらいに。にやけそうになる表情を押さえながら、少し軽い足取りで友人の家へとさらなる一歩を踏み出す。

 

 細い横道の側を通り過ぎようとした時、彼は暗い道に引き吊り込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチカチ、と時計の秒針が刻む音が妙に気に障る。ルーファスは苛立たしげに時計を見上げた。時刻は正午をとっくのとうに過ぎ、すでに短針が二つほど進んでしまっている。

 なにかあったな、とエレンが呟く声にルーファスは舌打ちをした。

 

「私たちの事情に巻き込んだ……というわけではないだろう」

「ああ、未だにこの秘密基地すら嗅ぎつかれておらん。となると、セロを狙う理由があるということだが……それによっては面倒なことになるぞ」

「まったくだ」

 

 そして二人は同時にため息をついた。友人であるセロにいはいくつかの秘密がある。そのなかでもっとも世間に漏れていけないことは、「ナブラディア王に瓜二つ」という容姿であること。これが発覚した途端、反乱軍からも帝国からも、大砂丘を越えたロザリアからも彼はその身を狙われる。

 そうならぬように、エレンが――ヴェインが手を回していたというのに。

 

「一度私は戻る。君は」

「ここで待機だな。わかっとるよ」

 

 片手で持った書類を振りながら、ルーファス――ドクター・シドはどっかりとソファーに腰を降ろした。これからは自分ではなくヴェインの領分だ。権力で彼が動かせない公的な集団など、ほとんど存在しないのだから。

 

「わしは彼にルーファスと呼ばれることが気に入っておる」

「私とて、そうさ」

 

 友の声援を背に受けて、ヴェインは微かに笑い――そして皇子としての顔で扉をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひやりとした平らな感触、それが頬に当たっていることを感じてセロは薄目を開けた。視界に映ったのはこちらをのぞき込んでいる茶色い髪の子供。セロと目が合うなり、跳び退いた少年に驚いて目を丸くしていると、少年は壁に背中を打ったのかいてっ、と小さく悲鳴を上げた。

 

「――大丈夫か?」

「へーきだ……たぶん」

 

 思わずセロが心配すれば、さすろうとしているのだろう、少年は背中に手を伸ばしていた。その手が動く度に、硬質な音が辺りに響く。原因は、少年の両手につけられた鎖付きの手枷であった。

 

 目を見張るセロの視線に気づいた少年は、お兄さんにもついているよと指で示した。それをたどってセロが視線を動かせば、目に入るのは少年よりも厳重に拘束された両手だった。

 

「一体……ここはどこなんだ」

「とある貴族様の屋敷だよ。窓もないし僕も気づいたらここにいたから正確にはわからないけど、地下牢ってところじゃないの」

 

 少年の言葉にセロが周囲を見回す。太い金属製の格子、布団代わりなのか畳まれ積み重なった毛布、そして牢の端には壷が置いてあった。セロは寝転がった体制から身体を起こす。妙に頭がくらくらとするのは、連れ浚われる際に薬剤でも使用されたのだろう。足もがっちりと拘束されていたため、這いずるようにして壁まで移動し、背を預けた。

 

「君も連れてこられたと言っていたが、どうしてここが貴族の家だとわかるんだい」

「そりゃあ、屋敷の主に会ったからだよ。僕は会いたくもなかったけどね」

 

 ふん、と鼻を鳴らす少年は、セロと向かい合う場所に移動し、腰を降ろした。

 

「お兄さんって、装飾品職人だろ」

「それは」

「ここに連れてこられる人は、大抵そうだからね。あのロクデナシに目を付けられるってことは、有望だってことだよ。おめでとう」

「……ありがとう、と言った方が?」

「皮肉をまともに受け取らないでくれる。言ったこっちが馬鹿みたいだから」

 

 徐々に言葉が辛辣になっていく少年を、セロはまじまじと見つめる。年の頃は十を少しばかり過ぎたくらいか、幼い顔には不似合いな、鋭い目をした少年だった。立ち振るまいは上流階級のというほどに洗練はされていないが、裕福な暮らしが伺えるほどには丁寧なもの。なぜこんな地下牢に少年が捕らわれているのか。

 

「どうして少年はここに、君も装飾品職人なのか」

「違うよ。まあ、兄はそうだけどね。僕がここにいる理由は簡単さ」

 

 じゃり、と少年の手枷から鳴る音が妙に響く。

 

「人質なんだよ」

 

 

 


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