人の寄らない森の中。――その奥深くに私は居た。
パパもママも私を愛していた。
私もパパもママも大好きで、毎日が幸せだった。
それに間違いはない。
でも、突き付けられた現実は非常だった。
大人の事情が全く分からない程子供じゃないつもりだ。
それでも……予想していない事態に私は目を背けたかった。
それは誕生日、十月十七日の事。
いつものように朝食を食べて、いつものように
そう、十歳の誕生日を迎えた私の魔力検査を行うために。
パパに渡された水晶はとても綺麗で、しかし、私に突きつけた現実は残酷な物でした。
全くなんの反応も示さずに、ただただ時間だけが過ぎていく。
時間が経つにつれてパパの顔も険しくなっていきました。
そして悟りました。
ああ、私には魔力がないんだな、って。
「なんで、私なんだろう」
何故、私には魔力がないのでしょうか。
どうせ
必要とされない世界にいても自分が傷つくだけ……
だったらいっそ――
死ねば楽になれるのかな?
「グルルルル……」
覚悟を決めるのを待っていたかのようなタイミングで犬型の魔物が現れ、それと目が合った。
その目は赤く、とても正気には見えない。
仮に普通の犬だったとしても、野に生きる者に会話など通じることもない。
――息が止まる。
死ぬ覚悟は出来ているとはいえ、怖いものはやはり怖いです。
数秒間沈黙が場を支配する。
私が抵抗しないと分かったのか、ゆっくりと地を蹴り、こちらへと向かってきた。
残された時間、最期の
もしもゆるされるのなら、魔力を持たずに生まれてきた事を……
・・・。
……おかしい。
既に十数秒はたっているはず。
野生の動物が獲物を前にして去るなんてことがあるはずありませんし、かと言っていくらゆっくり歩いていてももう噛み付かれていてもおかしくありません。
むしろ噛まれていないとおかしいくらいの時間が経っています。
恐る恐る目を開けると目の前にいたのは犬型の魔物――ではなく、顔に血を付けて笑っている女性の方が立っていました。
「大丈夫かいお嬢さん?」
「……まぁ、はい」
「ははは……立てる? ここは危険だからとりあえず出よう」
私が無事なのを確認すると、素っ気ない態度に苦笑をしつつも優しく私を立たせてくれました。
でも、この人も私が魔力を持たない落ちこぼれだと知ると侮蔑の眼差しを向けるのでしょうね。
そうなったら殺してくれと、頼んでみてもいいかもしれません。
……流石に人殺しは渋りますかね?
その時はまたこの森に餌になりに来るとしましょう。
「疲れたら言ってね?」
「わかりました」
三十分程直進し続けると森から抜け、昨日まで慣れ親しんだ、美しい街並みがそこには広がっていました。
正確には私の家……いや、元私の家の領土ではないけど。
それでもシレジアの街並みは……美しい。
「着いたよ……まあ、その様子じゃあ言わなくてもどこかはわかるみたいだけど」
振り向き、私の顔を凝視する女性。
なにか付いているのでしょうか?
「僕の予想が当たっていれば見過ごせないかな。単刀直入にきくよ、捨てられたのかい?」
私の頬に触れ、悲しげな表情を見せる女性。その指先は少し湿っていました。
つまり、私は泣いている?
「許せないよね……自分の腹痛めて産んだ子を、罪のない少女を、自分の勝手な理由で……」
沈黙を肯定ととったのか、まさに自分勝手に怒り出しました。
けど、事情を知らないのに
けれどこれは、死ねるいい機会かもしれませんね。
「魔力が無かったから……仕方ないんです。これも運命ですから。……だからこれでいいんですよ」
「仕方なくなんてない! 君は知らないだけなんだ、家族の温もりを……人の愛を!」
「私が愛を知らない? なんでそんなことが初対面のあなたに分かるんですか!」
「――っ!」
いけない、つい声を荒らげてしまいました。
いえ、貴族のプライドなんて今やちっぽけなただの意地……もはやどうでもいいですね。
それでも、今までのパパやママ、
「いくら子供の私でも、貴族の誇り位は理解できますよ。……世間から魔盲がどれだけ蔑まれるのかも。だからこれでよかったんです。私が死ねば、家も私も――」
「だから死ぬの? もう無理だって諦めるの? そんなの絶対おかしいよ! 生きていれば、必ずいい事がある。だから、死ぬなんてそんなこと簡単に言わないで…」
自らの倫理観を押し付けるのは大概にして欲しいものですね。
こんなのに拾われるくらいならここで自殺を――
「煩いから見に来てみたら……いい年してガキ虐めてんじゃねぇよ」
「……シンラ君」
煩い戯言を右から左へ受け流しながら、視界の隅で手頃な石を探していると銀髪の少年が街の方から現れました。
女性の反応から考えると知り合いでしょうか、もしそうなら連れ帰って欲しいものですね。
死ぬならひっそりと死にたいですから。
「僕はこの子を正さないといけないんだ、間違ってる人を正しい道に導くのが勇者の役割なんだよ!」
「どうだろうな、勇者なんてただの傀儡でしかないさ。そんなことより、あんた名前は?」
急に出てきたと思ったら図々しく名を名乗れと言いますか……
まあすぐに意味もなくなるし、名乗っても損は無いですよね。
「……アリス」
「闇の所の娘か……俺はシンラ、お前を殺す者の名だ」
「――っ」
息が……出来ない!
「苦しいか? 吸っても吐いても酸素がないからな、息なんてできねぇよ」
やっと死ねる、これで良かった?
「シンラ君! っ君を人殺しにはしたくないんだ!」
私が望んだことなのにどうして――
「アリスちゃんだって泣いてるじゃないか!」
――私は泣いているんでしょうか…?
「不思議そうだな」
うるさくない方……シンラ? が語りかけてきましたが、私には言葉を返す事ができませんでした。
いくら、問いかけようとしても息が漏れるだけで声がでることはなかったので、諦めて口を
「声が出ないことが不思議か? それとも、泣いている事が不思議なのか?」
声がでないこともそうですが、泣いていることの方が私には不思議で堪りません。
とうの昔に涙など枯れてしまったと思っていたのに。……今日は泣いてばかりですね。
「簡単なことだろ、そんな事」
分からない。
捨てられ、世間からも後ろ指を指される将来が確定したのに、今更死が近づいてきただけで泣くなんて。
魔物の時は泣いていなかったと言うのに……本当に不思議で仕方ありません。
「そこの馬鹿に感化されて死にたくなくなったんじゃねぇの?」
心境を当てられ心臓が、明らかに早く動く。
息ができないのも大きな理由の一つですが……本当の理由は、生への渇望。
散々殺して欲しいだのなんだのと宣ったくせに、何を言うかと私自身も驚いています。
ですがなるほど、確かに生きていればまた
嫌われていなかったとしても、……嫌われていたとしても。
「だったら、なにか行動してみろよ。その二本の足で、立って歩け!」
「う……ぁ…ぁぁあああああ!!!!」
私の中で音がなった気がした。
そして、水門が開くかのように魔力が、私が捨てられた原因になった魔力が、ゆっくりと流れ出す。
「アリスちゃん!? クッ 凄い魔力…近づけない!!」
やがて私の魔力は突然の解放で体から溢れ出し……シンラ君の魔力を打ち消してしまいました。
その様子をシンラ君は笑ってみていました……何がおかしいのでしょうか…?
◇
「魔力が無かったから……仕方ないんです。これも運命ですから。……だからこれでいいんですよ」
「仕方なくなんてない! 君は知らないだけなんだ、家族の温もりを……人の愛を!」
門の近くで口論している少女たち……家族愛を説いている方は最近召喚された勇者クアル。
もう片方は……恐らく先日死亡報告があった、闇の七大貴族の次女アリスだろうか。
俺の予想が当たっていれば、大方魔力が無くて捨てられたとかだと思う。
流石に誕生日を迎えた直後に重病にかかり死亡は都合が良すぎるし、家が大きくなればなるほど魔盲はさっさと処分しないと付け入られる隙になる。
勿論魔盲は貰い手がつかないから政略結婚にも使えないしな。
そんな相手に家族愛を説くなんて悪手以外の何物でもないと思うんだが……
「私が愛を知らない? なんでそんなことが初対面のあなたに分かるんですか!」
「――っ!」
ほら言わんこっちゃない。叫んだアリス自体、目を見開いて驚いている。
……大声を出すタイプの人間じゃないだろうに、そこまで嫌だったのか?
大体初対面で深くまで踏み込みすぎなんだよあいつ。曰く、「勇者たる物、常に正道を行け」だそうだ。馬鹿でしかない。
所詮は魔物を……人類の敵を滅ぼすための兵器でしかないのに。
「いくら子供の私でも、貴族の誇り位は理解できますよ。……世間から魔盲がどれだけ蔑まれるのかも。だからこれでよかったんです。私が死ねば、家も私も――」
「だから死ぬの? もう無理だって諦めるの? そんなの絶対おかしいよ! 生きていれば、必ずいい事がある。だから、死ぬなんてそんなこと簡単に言わないで……」
埒が明かないな…そろそろ出るか。
もし、アリスがこの世界の主人公だとしたら…このチャンスを生かす以外無いし、違うなら違うでその時は肥料にはなるだろ。
自己中心的? 元々死んでいたはずの人間を救う方が俺は自己中心的考えだろ。少なくともダークネス家にとって、アリスの存在は抹消したいのだから。
いやまて、なんて出ていこうか…ちょい高圧気味で行くか。
「煩いから見に来てみたら……いい年してガキ虐めてんじゃねぇよ」
俯いていた顔がこちらを捉える。
若干
俺がロリコンだったらコロッと落ちてたな。ロリコンじゃないから特にどうということではないが。
「シンラ君……僕はこの子を正さないといけないんだ、間違ってる人を正しい道に導くのが勇者の役割なんだよ!」
クアルにとっての正解ははたして、アリスにとっての正解なのだろうか。
大体、魔王を倒すために呼ばれただけのくせに……まあ、いまはいいか。
「どうだろうな、勇者なんてただの傀儡でしかないさ。そんなことより、あんた名前は?」
ボソッと、名残惜しそうに名乗るアリス。
いや、本当にアリスでよかった。これで違った自殺級の黒歴史だったぜ。
「闇の所の娘か……俺はシンラ、お前を殺す者の名だ」
魔法を発動しアリスの周りの酸素を薄くしておく。
突然だが、この世界に存在する全ての人間は魔力を持っているということは常識として知っているだろうか。
テンプレすぎて笑えてくる話だが、母胎に対して強力な魔力を持つ胎児は母胎を守るために自己封印をするそうだ。
本来は生まれてくる時に封印は解除される。だが、その時に封印が解かれなかった子も少なからず存在する。
それが俗に言う魔盲ってやつだ。……まあ、魔力を持っていても非常に少ない場合も魔盲とされる場合があるからこれが全てでは無いが。十中八九、七大貴族は古の血族だから後者は有り得ない。
それに、人為的に封印を解く方法は無くはない。まあ、一番手っ取り早いのが生存本能による覚醒である。
じわじわと死が近づいてこれば、生存本能で封印が解けるだろうという算段だ。
下手に首絞めたりとかしたらクアルにぶった斬られるしな。
こちらをじっと見つめる目は確かな動揺を現していた。
「苦しいか? 吸っても吐いても酸素がないからな、息なんてできねぇよ」
「シンラ君! 君を人殺しにはしたくないんだ! アリスちゃんだって泣いてるじゃないか!」
任せとけ。
そうアイサインを送ると渋々といった様子で下がるクアル。
本気で殺すつもりならとっくにやってるっつうの。
顔に手を当てて泣いているのか確認するアリス。
「不思議そうだな」
きょとんとしているその姿は抱きしめたくなるが我慢だ。
「声が出ないことが不思議か? それとも、泣いていることが不思議なのか?」
本気で何で泣いているのか分かっていないようだ。
理解していなくても、心の底では生きていたいと、そう感じているはずだ。それが本能なのだから。
「簡単なことだろ、そんな事」
もうひと押しか? 本能だけじゃだめなら、頭で理解させればいい。
「そこの馬鹿に感化されて死にたくなくなったんじゃねぇの?」
目を見開き驚く。やはり抱きしめたくなる……なんていうか抱き枕にしたいというか……俺は変態じゃないぞ?
よし、あんま恥ずかしいこと言いたくないから気を紛らわすためにふざけて見たが、あまり効果がないな。
「だったら、なにか行動してみろよ。その二本の足で、立って歩け!」
「う……ぁ…ぁぁあああああ!!!!」
やはり主人公だったか。
アリスを中心に魔力の奔流が起きる。
その魔力に流されて俺の魔法は打ち消されたが、これでいい。
「アリスちゃん!? クッ 凄い魔力…近づけない!!」
予想通りの結末に思わず笑みが溢れてしまう。
「魔力、あるんじゃねぇか」
「これで……兄様に……あえる」
糸が切れた様に倒れる彼女を受け止めた。
慣れない魔力の使用、それも暴走のせいか気を失ってしまったが、直に目を覚ますだろう。
「シンラ君のこと……誤解してたかもしれないね」
「いや? もしも彼女が本当に魔盲だったらあのまま殺してたけど」
「嘘。本当に魔盲だったらこんな事してなかったくせに」
たしかに平民の少女だったらこんなことしないで家に戻っていた。それは認めよう。
何故バレたし。
「ま、まあそんなことはどうでもいいだろ? それよりアリスをどっか連れてってくれないか? うちは流石にまずい」
「たしかにどうでもいいか、今は一人の少女が救われたことが重要だね。わかった、マスターに話してみる」
「ギルドか……まあ、あそこならアリスも生活していけるか」