魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

10 / 13
09話

 

 

 

 屋上にて幽霊少女・相坂さよを呼び寄せた瑞樹は、彼女に自身に纏わり付く理由を問いただした。すると相坂が言うには

 

「(私、幽霊に成ってかなりの時間が経っていると思うんですけど、気付いてくれたのは瑞樹さんだけなんです!)」

 

 との事だった。

 一瞬、エヴァンジェリンをジト目で見た瑞樹だったが、とは言えココ数日の付き合いを見るに、『面倒くさいとか思っていたんだろう』――と納得をしてしまう。

 

 遠くから覗かれるだけでは、無駄に心労が貯まると瑞樹は相坂に告げると、

 

『用がある時は普通に話しかけていいから』

 

 と言って、遠間から覗くことを止めてもらうのであった。

 相坂はそれで満足したのか、先程までエヴァンジェリンを睨んでいたことを忘れたかのようにフワフワと飛んでいってしまう。

 瑞樹はそれを眺めながら

 

「まぁ、ずっと一人ってのは寂しいよな」

 

 と、口にしていた。

 

 一応、エヴァンジェリンもその後は帰っていったのだが、御見舞い(?)が終了してから瑞樹が部屋に戻ると、其処にはルームメイトであるタカミチと、何故か明日菜が未だに居た。

 

 当然瑞樹は、明日菜に『家に帰らないのか?』と聞いたのだが、本人から返ってきた返事は『今日はココに泊まる』といった短い言葉だけだった。

 

 何でも、家ではタカミチと明日菜の二人きりの生活で、流石に何の準備もない状態で明日菜を一人だけ家に置いておく訳には行かないとのこと。

 病院側にも了解を取り、今日一晩だけは明日菜をこの部屋に置いておく事になったようだ。

 

「で――だ。どうしてお前様は、さも当然のように人様のベッドを占領しているんだ?」

「寝る場所がないから」

 

 若干の苛立ちを含んだ瑞樹の問に対し、返ってきた答えは非常に解りやすいシンプルなものだった。もっとも、解りやすいからといって、それが納得の行くものかどうかは別問題である。

 

 タカミチが入院しているため、家で一人になってしまう。だからこそ、今晩は病室に泊まりこむ――と、此処までは瑞樹も納得がいった。

 しかし

 

「だからって、お前が俺のベッドを占領する理由には成らないだろーがぃ!」

 

 そう、明日菜が占領しているベッドは、あろうことか瑞樹のベッドなのである。

 力強く主張をする瑞樹であるが、当の明日菜は不思議で堪らないといった、表情を浮かべて首を傾げている。

 

「ミズキは私みたいな小さい子供に、寒々とした床で寝ろって言うんだ」

「え? あ、いや、さすがに其処までは言わないけど……」

「頼むよ瑞樹くん。今日一日だけだからさ」

「……そう言うのは、保護者をしてるタカミチがやってやれよ」

「何言ってるの? タカミチのベッドを私が使ったら、タカミチはいったい何処で寝るの?」

「いや! お前のその論法は、そもそも根本が可怪しいからなっ!?」

 

 あんまりと言えばあんまりな展開である。

 尚も表情の薄い明日菜と、実際に何を考えているのか解らないタカミチの2人に、瑞樹は一方的にやり込められている。

 

「それじゃいっその事さ、明日菜ちゃんと一緒に寝ればいいじゃないか?」

「明日菜がそれで良いなら、俺はそれでも構わないけどさ」

「その結末は最低すぎる」

「お前が言うなやっ!」

 

 元々ツッコミ役をするタイプではない瑞樹は、タカミチと明日菜二人のやり取りで精神をガリガリと削られていく。まぁ、エヴァンジェリンの来訪時に、瑞樹のことをロリコンだと認識した明日菜にしてみれば当然の返答なのかもしれない。

 

 声を出すことに疲れた瑞樹は、息も荒く肩を上下に大きく動かしているが、

 

「もしかして、興奮してる?」

「疲れてんだよ!」

 

 明日菜にはその事が伝わっていないようである。

 

「まぁまぁ、瑞樹くん。なんなら僕のベッドで寝るかい?」

「その選択は、最低を遙か通り越して最悪だから」

「一応言っておくけど、他意はないよ」

「有って堪るか! 俺にそんな事を言うくらいなら明日菜と寝ろ!」

「明日菜ちゃんは――」

 

 瑞樹に正論(?)を言われ、タカミチはその視線を明日菜へと移す。しかし明日菜はタカミチの視線が向いた瞬間にプイッと他所を向いてしまった。

 

「と、まぁ……こんな感じでね」

 

 困ったように苦笑を浮かべるタカミチに、瑞樹は苦笑いを浮かべたいのはコッチの方だよ! と思っていた。

 互いに無言に成ってしまった瑞樹とタカミチだが、そうしていると不意に明日菜が口を開く。

 

「いい。私が我慢すれば良いだけだから。――瑞樹」

「なんだよ」

「変なことしないで」

「誰がするか!」

 

 結局のところ、瑞樹のベッドを使って2人で寝ることに落ち着いたようである

 因みに……

 

「なぁ、タカミチ。俺って入院患者だよな?」

「一応はね」

「なんか引っかかる言い方だな。……入院患者ってことは、病院のほうで食事を用意してくれるはずだよな?」

「あぁ、勿論。君が帰って来る前に配膳に来ていたからね」

「え?」

「うん?」

 

 食事についての質問をタカミチにすると、その内容に瑞樹は不思議そうに返さずには居られない。タカミチも何を考えているのか? そんな瑞樹に逆に不思議そうな表情を向けている。

 まぁ、瑞樹のそんな疑問の対する答えは、タカミチからではなく自身の隣から聞こえてくる。

 

「思ったよりも美味しかった」

「はぁ?」

「病人食って、もっと味気ないかと思ってたから」

「……え? 俺の飯、食べたの?」

「? そうだけど」

「…………え?」

 

 明日菜が言ってきた言葉の意味が理解できず、思わず数瞬程固まってしまった瑞樹。その視線をタカミチに向けると、タカミチは

 

「いや、てっきりエヴァと何か食べてくるのかと思ってたからね」

 

 ほくほく顔で言ってくる。

 いや、若干申し訳無さそうな表情をしているのかもしれない。

 

 飯の恨みは何より怖い――とは言うものの、とは言え瑞樹もさすがに、小学校低学年程度の子供である明日菜に怒ることは出来ない。

 そのためタカミチを一睨みすると、文句だけは口にするのだった。

 

「俺の腹がEmpty」

「ハハ……」

「? どういう意味?」

 

 苦笑いを浮かべるタカミチと、そして不思議そうに首を傾げる明日菜が対照的である。 瑞樹は「はぁ……」と溜息を吐くと

 

「空っぽって意味」

 

 とだけ明日菜に説明をすると、ベッドにポスンと倒れこんでいったのだった。

 空腹という強敵と闘う夜を過ごすことになった瑞樹だが、とは言えそれも睡魔には敵わないのかもしれない。就寝時間に成るまでの間、タカミチや明日菜との雑談をしていた瑞樹であったが、それも暫くすると睡魔とやらに襲われてままならなくなってしまう。

 

 結局は就寝時間に成る頃には、瑞樹はベッドの中に沈むことに成るのであった。

 

 時間が過ぎ、真夜中に成ろうかという時間。

 シン……と静まり返った室内には動きらしい動きをする者は見当たらず、室内のベッドの上に布団を被った膨らみが存在を主張するだけと成っている。

 

 そんな彼等の病室に、ガチャっとドアを開けて入ってくる一つの影があった。

 その影は慎重な手付きで扉を閉めると、音を立てないようにユックリと歩いてくる。

 白いワンピースタイプの衣装を着た看護婦だ。

 

 彼女は、眼鏡の奥から色の薄い瞳を瑞樹の寝ているであろうベッドに向けている。

 一歩、二歩近づいていくと、彼女は懐からキラリと光る小刀を取り出した。

 

「時間……が、無い」

 

 小さく、掠れるように零した言葉。

 看護婦は小刀を逆手に持つと、それを勢い良く瑞樹の寝ているベッドに向かって振り下ろした。

 

 が――

 

「其処までにしてくれるかな」

 

 パキィン!

 

 瞬間、看護婦の持っていた小刀が弾かれる。

 割って入る様にして言ったのはタカミチであった。見るとパジャマ姿のままではあるが、両手をポケットに突っ込んだ状態で看護婦を睨みつけている。

 

 看護婦は視線をベッドへと向けるが

 

「残念だったな。ソイツは枕を丸めて入れてあるだけだぜ」

 

 言うと、タカミチの居たベッドの脇から、ヒョコッと様子を窺うように瑞樹が顔を出してきた。背中にはグッタリとした明日菜を担いでいるが、念の為に言っておくと彼女はただ寝ているだけである。

 ……やはり、子供は良く寝るものらしい。

 

「でも、まさか本当にタカミチの言ったとおりに成るなんてな」

「ハハ、学園長から、『敵が動き出すなら』今晩中だって言われていたからね」

 

 瑞樹の感心したような呟きに、タカミチは苦笑で返した。

 実際、瑞樹自身も背中の明日菜同様に、つい先程までグッスリと眠りこけていたのである。しかし寝ている最中にタカミチに叩き起こされ、瑞樹は言われるままに枕を布団へと詰めるとベッドの影に隠れて様子を伺っていたのだ。

 

「早速だけど拘束させてもらうよ。君には――え? 貴女は」

 

 タカミチは暗がりの中、相手を確認しようとユックリと近づいていったのだが、ある程度の距離まで来た所で眉をしかめた。

 その理由は瑞樹には理解できないことだったのだが、タカミチにとってはその間は油断であり、相手にとっては好機でもあったようだ。

 

「神鳴流・斬岩剣!」

「クッ!?」

 

 看護婦は瞬時に手を振ると、いつの間にか握られていた二振りの小太刀を持ってタカミチに斬りかかってくる。タカミチはその動きに咄嗟に反応をしようとするが、自身の背後に居る瑞樹と明日菜を思い出して動きが止まってしまった。

 

 ザグシュンッ!!

 

 初めて聞くわけではないが、刃物がモノを斬り裂く音が瑞樹の耳に聞こえる。振られた刃は、その場に有ったベッドを容易く両断し、そのうえタカミチに手傷を負わせたようだ。

 タカミチは「クッ」と苦悶の表情を浮かべると、たたらを踏むようにして瑞樹の近くまで後退してくる。

 

「へぇ……。まさか今のタイミングで出した私の剣を、その程度のダメージで防ぐなんて。流石ですね高畑君」

「御陰様で。ちょっとばかり、氣を巡らせるのに失敗してしまいましたがね」

 

 2人が会話をしている最中にも、ツン……とした血液の匂いが瑞樹の鼻を通過する。瑞樹は目の前の看護婦がベッドを一瞬で両断したことに驚くが、それ以上に護衛? のように考えていたタカミチが、早速怪我をしてしまったことに焦燥感を覚えてしまう。

 

「ちょ! 大丈夫かタカミチ!」

「……あぁ。怪我自体は大したことはないよ。けど」

 

 瑞樹の問いかけにタカミチは視線を看護婦から外すこと無く返してくるが、腕には一筋の斬り傷が走っており、そこからは血が溢れている。

 もっとも、ベッドを両断するような一撃を受けながらその程度で済んだのなら、それは儲けものなのかもしれない。

 

 タカミチは視線を看護婦へと向けながら、苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。

 

「まさか、襲撃者が『貴女』だとは思いませんでしたよ。……刀子さん」

「……フフ」

 

 襲撃者が誰なのかを、どうやらタカミチは知っているらしい。まぁ、それもそうだろう。普段見ない看護婦という服装をしているとはいえ、この麻帆良と言う土地で神鳴流という剣を扱うのは京都から来た彼女を置いて他には居ない。

 

「どういう事です、刀子さん? 何故貴女がこんな真似を――」

「時間が、無いんですよ。高畑君」

 

 タカミチの言葉を無視するように看護婦――神撫 刀子は小太刀を逆手から順手に持ち替えて構えを取る。本来、神鳴流という流派は野太刀を扱うのだが、彼女ほどの腕前になればそれが例え得物違いでも問題にはならないらしい。

 

 途端に辺りの空気が切り替わり、張り詰めたモノへと変化していく。

 

「ちょっとマズイかな……瑞樹くん」

「っ! ……あ、なに?」

 

 雰囲気に飲まれ固まってしまっていた瑞樹は、タカミチの声を掛けられるとビクッと肩を震わせた。一瞬、瑞樹は自分の状態を情けない――と卑下してしまう。

 

「瑞樹くん。悪いんだけど、僕では無事に彼女から君達を守り切ることは難しい」

「あの女の人が、とんでもなくヤバイ分類の人間だってのは、俺にも感じるけどさ……。タカミチだって」

 

 瑞樹は刀子から放たれている一種の氣……殺気を当てられて、身体を小刻みに震わせていた。それによって、自身に無感動そうな視線を向けてくる刀子の危険さを感じることが出来ているのだが、しかしタカミチからも刀子と同等の凄みのようなものを感じていた。

 

 瑞樹はタカミチならばどうにか出来るのではないか? と、考えていたのだが、しかしタカミチは初手で腕に怪我を負ってしまい、そもそも入院中ということで本調子ではない。更に付け加えるならば、刀子が『そういう事』をするとは思えないが、周りへの被害を考えずに行動された場合には、それらをカバーし切ることは不可能に近い。

 

 故に、タカミチではこの場で刀子から瑞樹たちを、ひいては病院自体を護る自身が無いのである。

 

「今の僕じゃ、精々彼女を抑えこむくらいが関の山だよ。だから、君はその隙に明日菜ちゃんと一緒に脱出をしてくれ」

「脱出って、そんな簡単に言われても、ドアはアイツの向こう側なんだぜ!?」

 

 事実、現在の互いの立ち位置としては、刀子は病室と廊下を繋ぐ扉を背にしており、タカミチや瑞樹は外へと繋がる窓を背にしている。

 部屋から抜けるには、どうしても刀子をやり過ごす必要性があるのだが……。

 

「大丈夫だよ。後ろの窓から出れば良いさ。それくらいの時間は稼ぐから」

「後ろの窓って……此処は3階だぞ!」

「大丈夫」

 

 アッサリとした口調で言うタカミチに反論した瑞樹だが、しかし尚も返ってくる言葉は落ち着いたアッサリとしたものだった。瑞樹は思わず悪態をつこうかと口を開きかけるが、

 

「タカ――ぁっ!」

「何をコソコソとしているんですか?」

 

 瞬間、呟くようにしながら刀子が駆け込んできた。

 瑞樹に向かって一直線である。

 

 瑞樹はそれを、『認識する』所までは出来たが、しかしだからと言って身体はついてはこない。逆袈裟から振り上げるようにして、刀子は小太刀を振り上げてくるが、瑞樹はマトモに身体を動かすことさえ出来そうにはなかった。

 

 だが――

 

 パパンッ!!

 

「クッ!?」

 

 襲いかかろうとした刀子の小太刀は軌道を逸られ、また本人も軽く吹き飛んでしまう。刀子は身体を捻るようにして体制を立て直すと、眉間に皺を寄せてタカミチを睨みつけた。

 

「抑えこむくらいならって、僕は言ったはずだよ?」

 

 先程の破裂音のようなモノは、どうやらタカミチがやったことらしい。

 タカミチは瑞樹の目の前に仁王立ちするように移動すると、瑞樹を刀子の視線から庇うようにしている。

 

 瑞樹はタカミチの背中に安心感を感じたのだが、それと同時に再び鉄臭い血の匂いが瑞樹の鼻を刺激した。

 そうなのだ。

 タカミチは怪我をしてしまったのだ。

 

 しかも普通に考えれば、タカミチは必ずしも瑞樹を護衛する必要など有りはしない人間なのだ。そのタカミチがこうして怪我をしてしまっていることに、瑞樹は申し訳ない気持ちを感じた。

 

「……タカミチ」

「出来れば、背中に居る明日菜ちゃんを起こさない様に頼むよ」

「しれっと難易度を上げるな」

 

 瑞樹はタカミチに返事をしながらも、後ろ手で窓を開け放つ。まぁとはいえ、いきなり窓から飛び降りるには多少の勇気が必要である。

 

「いきなりってのは……流石にな……」

 

 窓枠に脚をかけながら、気持ちに勢いをつけようとしていた瑞樹であったが……。

 

「それじゃ、明日菜ちゃんをよろしくね」

 

 ドンッ!

 

「へ? ――何すんだよおぉぉぉぉー……!?」

 

 背中を押された感覚の後、直ぐ様に感じる浮遊感に瑞樹は絶叫をあげた。

 とはいえ、それもドップラー効果の如く、直ぐに遠ざかって行ってしまう。タカミチは僅かにその声に意識を向けるが、直ぐ様に正面に居る刀子へと戻して睨みつけた。

 

「刀子さん。いったい何があったんです? なぜこんな事を」

「それを語っているほど、時間的余裕は有りません」

「ですが、無用な争いは回避すべきです」

「無用? ……タカミチ君。貴方は邪魔です」

 

 できうる限り穏便に済ますべきだとタカミチは考え、刀子に理由を問いただす。しかし、その刀子から帰ってきたのは、ハッキリとした意味不明な返事であった。

 呂律が廻っていない訳ではなく、理性的に判断が出来ていない状況なようだ。

 

「本心……とは思いたくはないな。何かに操られてるのか?」

 

 タカミチは呼吸を整え、身体中に氣を巡らせると、腰を軽く落として構えを――彼の必殺技である居合い拳の構えを取るのだった。

 より濃い威圧感を放ち始めるタカミチに、刀子は両手の小太刀を順手と逆手に持ち変えて相対する。

 

「神鳴流剣士・神撫刀子……参りますっ!」

 

 静かな、良く通る声で名乗る刀子の瞳は、その雰囲気とは裏腹に光の薄い濁った状態と成っているのだった。

 

 さて、タカミチによって3階の窓から突き落とされた瑞樹はと言うと……

 

「のわぁあああああっ!!」

 

 落下をしながら病院の壁に一蹴り、

 

 ドンッ!

 

 反動で目の前に植えられていた木まで横っ飛びをすると、片腕で明日菜を支えながら空いた腕で枝を掴んだ。

 

「なんっとぉーー!」

 

 ガッ!――バキバキ――ッ!

 

 落下の衝撃に耐えかねて圧し折れる枝だが、その後も2本目枝を掴んだ所で辛うじて体重を支えることに成功をした。

 

「痛っぅう……島《図書館》の探検部に入ってて良かったってところか」

 

 瑞樹は小さく呻くように言うが、腕一本で無理をしたせいだろう眉間に皺を寄せている。まぁ少しばかり怪我をしてしまったようであるが、この程度ならば取り敢えずは無事といえる。瑞樹は数回ほど荒い呼吸をすると、背中に担いでいる明日菜に視線を向けた。

 

「すぅ、すぅ……」

「安眠し過ぎだろう……」

 

 変わらぬ寝息を立てている明日菜に、瑞樹は苦笑を浮かべながらも安堵する。実際、これで騒がれでもしたら堪ったものではないからだ。だがそうやってユックリとしていられる時間はあまり無いらしい。何故なら

 

「うん?」

 

 カ――ッ! ズバァンッ!

 

 一瞬上方で、正確には先程まで瑞樹の居た部屋から光が漏れたように感じた。

 思わずそちらを見上げた瑞樹だったが、

 

「おいおいおい」

 

 どういう手品なのか? 目の前で病院の壁が斬り飛んだのだ。さらに

 

 ドォンッ! ドバァン!!

 

 今度は大砲のような轟音が響き、土煙を上げていく。

 

「何考えてんだ……! アイツ等!」

「……うぅん」

「やばっ」

 

 瑞樹は上を見上げながら、絶句したようになって言葉を漏らしていたのだが、背中の明日菜が身動ぎした瞬間我に返った。

 枝を掴んでいた手を離すと、「よっ」と声を出しながら地面に着地をする。

 

「タカミチには悪いけど、とにかく逃げよ」

 

 一言そう口にすると、後はもう一目散である。

 瑞樹後ろを振り返ること無く、背後から聞こえる音を無視するようにして駆け出していくのだった。

 

 居なくなった瑞樹とは別に、タカミチと刀子は人外めいた戦いを繰り広げていた。

 

「神鳴流・斬空閃!」

「クッ!?」

 

 ガギガギィッ!

 

 刀子が二刀の小太刀を使って刀身から氣を乗せた斬撃を放つと、タカミチはポケットから抜拳して居合い拳を放って相殺をする。互いに放った攻撃が空中でぶつかり合うと、それらは耳喧しい音を鳴らして弾けあった。

 

 また互いに放つその攻撃は、相殺されずに外れると病院の壁を斬り裂き、周囲の地形を変形させてしまう。

 

「刀子さん! 一体何を考えているんですか! こんなトコロで神鳴流の剣を使うなんて!」

「だったら、早く斬られてしまってください。私はこの後、先程の少年を斬りに行かねばならないんです……から。時間が無いのです」

「そんな事はッ!」

「斬空閃!」

 

 声をあげ、刀子の真意を引き出そうとするタカミチだが、当の刀子はやはりその返答内容が可怪しい。

 

(やはり何かに操られている可能性が高い……ッ!)

 

 タカミチは刀子の状態をそう判断すると、自らの攻撃の数を減らして防御に専念をし始める。踏み込まれれば離れ、斬撃を放たれるとそれを出来うる限り相殺して被害を減らす。タカミチはそうやって、付かず離れずを繰り返すことで刀子をコントロールしていった。

 

 逆に刀子の方はと言うと、

 

「……時間がない、時間が、無い……のよ」

 

 ブツブツと呟く頻度が増していき、瞳の色もそれに合わせるように黒く暗いモノへと変化していった。タカミチがそうやって誘導したのは、先日瑞樹によって作られた森の更地である。まぁ更地とは言っても、瑞樹が無意識にはなった妖撃波に薙ぎ倒されていったものなので、所々に木々が残ってはいる。

 

 更地にタカミチが降り立つと、殆ど間を置かずに刀子もその場に到着してくる。しかし視線鋭くタカミチを睨み、その色は既に黒く染まりきってしまっていた。

 

「刀子さん。僕には今の貴方が、普通の状態とは到底思えません。ですから、いま目を覚まさせてあげます」

「何を……時間がない、と、言っているでしょ」

「右に魔力……左に氣……」

 

 タカミチは苛立ちを見せるような刀子を他所に、軽く深呼吸をするように息を吐いた。そして小さな声を出して呟くと、自身が持ちえる二つの異なる力を呼び起こして体内で『融合』させる。

 

 パンッ!

 

 タカミチが両手を自身の前で合わせるようにして叩くと、その瞬間

 

 ブワァッ!!

 

「な、なに!?」

 

 タカミチを中心にして、吹き出すような強い力の奔流が現われた。大気が渦を巻き、突風と成って刀子の身体をビシビシと刺激する。それは、タカミチと同じように人の持つ内なる力、『氣』を扱うことが出来る刀子から見ても異常な光景であった。

 タカミチから感じる雰囲気、威圧感、力。それらが自身の知るものから外れたモノへと変わっていったこともそうだが、なによりも先程までタカミチから感じていた心の焦り。それが、この一瞬で無くなってしまっている。

 

「それは……まさか」

「行きますよ、刀子さん」

「……ッ!? ハァッ!」

 

 驚くような呟きを口にした刀子だったが、タカミチは一言開戦の言葉を口にすると一気に駆け込んできた。刀子はその動作に対応するように、手にしている小太刀を振り下ろした。

 

 ブンッ! と空気を引き裂く音が響き、刀子は自身の手に『なんの感触も無い』ことに気がついた。とは言え、刀子は並の使い手ではない。まさしく達人と言える領域に居る人間だ。瞬間的にタカミチが何処に居るのか? どのような動きをしたのかを理解する。

 

「クッ!」

 

 刀子は咄嗟に、自身の背後に向かって小太刀を振るうが、それは空を切ることはなく確かな手応えを手に感じさせた。

 僅かに刀子の口元が綻ぶが

 

 ガギィリィッ

 

 手に伝わる感触は獲物を斬ったそれとは違い、また聞こえる音も遠く離れたモノである。小太刀を振るった先に目を向けると、刀子はその光景に目を疑った。

 

「クッ……流石は刀子さん。危うく腕を持っていかれるところでしたよ」

 

 氣を伴わせた自身の一撃が、岩や鉄すらも容易く両断する神鳴流の剣が、あろうことか腕一本で防がれている。いや、それどころか傷一つ、逆に斬りかかった小太刀が刃毀れをしてしまっていた。

 

「そ、んな!?」

「すいません、刀子さん。まだこの状態を持続させるのは難しいんです。ですから――」

 

 タカミチは言いながらも、更に一歩大きく踏み込んできた。刀子は思わず飛び退こうとするのだが、

 

 ガクンッ

 

「っ!?」

 

 タカミチが小太刀の刃を強く握り締めているため、その動きに制限がかかってしまう。そしてその瞬間に、

 

「フンッ!」

 

 ズドォンッ!

 

 下から抉りこむようなタカミチの拳が、刀子の腹部に突き刺さった。

 

「なるべく早く、終わらせますよ」

「あ、グゥ、えぁ――ッ!」

 

 ミシミシと刀子の肋骨が、タカミチの放った一撃によって悲鳴を上げる。外から刺激された内器官である胃が動き出し、刀子は思わずえづいて蹲り、口から吐瀉物を撒き散らす。その際、タカミチは刀子の口元から覗く『奇妙なモノ』を目にしていた。

 

 それは、大きな太さ5㎝以上は有ろうかという……芋虫?

 

 タカミチは眉間に皺を寄せるが、だがそれで行動を遅らせるようなことはしなかった。即座にバックステップをして必殺の構えをとると、間髪を容れずに

 

「豪殺居合い拳ッ!」

 

 ハンドポケットからの抜拳術、現在の彼がつかえる『必殺技』を叩きこむのであった。

 

「なっぐひゅ!」

 

 口元から奇妙なモノを覗かせながらも、刀子は迫る居合い拳の衝撃に抗おうと剣を振る。しかし

 

 べギィ!

 

 居合い拳の一撃は、刀子の持つ小太刀をアッサリと粉砕し、そのまま刀子自身を飲み込んでいった。

 

 ズドドドドドォオン!!

 

 瞬間、刀子の口から悲鳴のようなものが聞こえたのかもしれないが、それは地面を抉って突き進む居合い拳の衝撃破に掻き消されて聞き取ることが出来ない。

 

 ざっと20~30mは伸びているだろう、地面に一直線に残る傷跡。

 タカミチはその先で濛々と立ち込める土煙を、ジッと見据えていた。

 

 そしてやがて煙が晴れ、その先でボロボロな状態で倒れている刀子を確認すると

 

「ふぅ、ここで限界」

 

 大きく溜め息を吐く。それと同時に、タカミチから溢れるようにして吹き出していた威圧感や力は鳴りを潜めてしまう。

 タカミチが歩を進めると、倒れている刀子の口元から先程姿を覗かせた芋虫が丁度這い出しているところだった。

 足早に近くへと移動し、タカミチは気絶する刀子の口元から出てくる『蟲』を摘み上げて凝視してみる。

 

「なんだ……コレは? 虫? まさか刀子さん、コレの影響で?」

 

 タカミチは自身の見たことのないその奇妙な蟲に、ただただ嫌悪感を覚える。

 そして現在の状況から考えて、恐らくはこの蟲の影響で刀子がこのような行動を取ったのだろうと判断した。

 

 まぁ事実として、それは『腹生蟲(ふくせいちゅう)』と呼ばれる寄生虫の一種である。人体に胃から腸に掛けて住み着き、寄生すると内部から催眠物質を吐き出して、宿主の思考を著しく低下……もしくは誘導しやすい状態にすることが出来る蟲だ。

 

 本来は卵の状態で相手に気づかせず服用させるか、もしくは無理矢理に飲ませるかしないと寄生させることなど出来はしないだろう。

 

 タカミチは復生蟲を握り潰すと、今回の刀子とのやり合いに関しての報告を思って気を重くする。

 

『誰かに操られた刀子さんとやり合って、結果として病院が半壊してしまいました』

 

 とてもではないが、仕方がなかったね――では済みそうにない。

 

「……ガンドルフィーニ先生に、これは怒られるかもしれないな」

 

 現在自分がいる場所(更地)からでも解るほど、麻帆良医大の方角では幾つものサイレンが聞こえてくる。タカミチは頭を掻きながら、再び「ふぅ……」と溜息を吐いた。

 

 しかし、この時タカミチは気付くべきだったのだ。

 

 刀子という人物は、所謂『達人』に分類される人間であることを。

 そしてその刀子に蟲を寄生させることが出来る人物が近くに居り、尚且つ現在は護るべき対象のはずの瑞樹や明日菜が、護衛も無しに居ると言うことを……。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。