「――しょ、障壁を!? ヒッ! も、保たないっ!?」
「そのまま、いけぇえええ!!」
「こ、コレが! コレが、三只眼の力かぁああああああああ!?」
一瞬の後、光の中、悲鳴のような声が聞こえた。
瑞樹の翳した手から迸り、広がるように伸びていく一条の光。
それは路地一帯を埋め尽くし、迫る鬼を飲み込んで消し飛ばし、そして障壁を張った神撫をそれごと飲み込んでも尚足らず、夜空に向かって突き進んでいった。
空へと突き抜けていったその光――妖撃破だが。
上へ上へと突き進んで空へと消えたソレは、
ドォオオオンッ!!!
と、轟音を発して炸裂し、空を覆う雲を吹き飛ばしてポッカリと大穴を開けてしまった。
夜空の雲に、一部だけ大穴が空いて星が覗いている。
瑞樹は数瞬程その様子を見つめて唖然としていると、途端に脱力したようにその場にガクッと座り込んだ。そして大きく「はぁ……」と溜め息を吐くと、妖撃破の余波でボロボロになった左右の壁と、そしてそれをした自身の手を交互に見つめる。
「ハハ、ハ、やった……。やった! やった! エヴァ! 明日菜! 見てたか!」
「あー、そうだな。良くやった。だからそんなに、子供みたいにはしゃぐな。五月蝿いから」
声を出して喜び、瑞樹はエヴァンジェリンと明日菜にガッツポーズをしてみせた。それを溜息でエヴァンジェリンは返し、明日菜は
「三っつ眼?」
瑞樹の額に浮かんでいる、第三の眼に首を傾げるのだった。
明日菜が小さく零した言葉に、瑞樹はドキッとして眼を大きく見開いた。
「あ、あぁコレ? ……俺、妖怪なんだってさ」
「妖怪……?」
問い返すような、そして理解する為の様な言い方を明日菜はする。瑞樹はそんな明日菜を見つめながら何度か瞬きをすると、困ったように頬を掻くような仕草をしてから明日菜へと歩み寄っていく。
「そ、妖怪。人間じゃない、別の生き物ってこと。俺も最近になってそうだって言われて、さ……怖いよな? こんなの」
「別に。瑞樹は怖くない」
「え?」
「だって、瑞樹はそれでも瑞樹なんでしょ?」
「あ、あぁ。そうだ。俺は俺だ」
「だったら怖くない」
「そっか。……アリガトな、明日菜」
「ん、くすぐったい」
妖怪だから、人間だから――等といった、そういった区別で、明日菜は相手を見ては居ないのだろう。それは彼女だからというのも有るのかもしれないが、子供だからというのも有るかもしれない。
しかし瑞樹はそのことを嬉しく思い、思わず明日菜の頭を撫でるのだった。
……明日菜の態度から見るに、撫でられることが嫌だという訳でもないらしい。しかし、そんな2人を面白くなさそうにエヴァンジェリンは眺めている。
「オイ、瑞樹。小娘と戯れてないで、コッチに来て私の身体を支えるくらいしろ。重症患者なんだぞ、私は」
若干ムッとした態度で、看護を要求してくるエヴァンジェリン。瑞樹は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、直ぐに軽めの苦笑を浮かべた。
「解ってるよ。エヴァが居なかったら、俺達こんな風にしてられないもんな。感謝してるって」
「ふん。だったら早く私を起こせ」
「了解。畏まりました」
明日菜を撫でていた手を止め、瑞樹はエヴァンジェリンへと駆け寄っていく。明日菜も瑞樹の後を付いて歩くのだが、
「? ――瑞樹……」
「あん?」
「アレ」
明日菜は瑞樹の袖をクイッと引いて、自身の見つめる先に指をさした。瑞樹はそれに倣って視線を向けると、その先には瓦礫、そして
「っ!? アイツ!」
「まだ、居る」
その瓦礫の中に埋もれるようにして、神撫が居た。
瑞樹はギョッとしたような視線で神撫を見ているが、とは言え今の相手にどうこうしようなどといった余力は有りはしないだろう。
「そう怯えるな。今のソイツには、私達をどうにかしようなんて余力は無いだろう」
「エヴァ?」
緊張に汗を掻きながら神撫を見ていた瑞樹に、エヴァンジェリンは傷ついた身体を無理矢理に起こしながら言ってくる。捻じ曲がった腕を押さえるようにしている所を見ると、先程言っていた重症患者と言う言葉に偽りはないようである。
「さっき、お前の放った妖撃破は、先ず並の魔法使い程度では防ぐことも出来ない威力だ。……そうだな、戦車砲を軽々といなせる様な奴なら、少しは持ったかも知れんが」
「戦車砲って……」
「普通の戦車砲は、雲に大穴を開けるような威力はないぞ?」
「…………う」
ニュースや何かで紛争地域などの映像を見たことの有る瑞樹だが、エヴァンジェリンの言葉は正しいように思える。
それを有ろうことか対人に放ってしまったことに対して、幾分かの罪悪感が浮かび上がってくる。
もっとも、エヴァンジェリンからすれば『襲ってきた方が悪い』といった考え方なので、瑞樹のように相手に悪いといった気持ちは更々無いようであった。
「さっきの妖撃破の爆発で、流石に他の連中も此処に集まってくるだろう。コイツが黒幕ということに成るのだろうが……まぁ、もう暫く気を抜かずにいろよ」
「そうだな……。明日菜もコッチに来てろよ」
「うん」
瑞樹、明日菜の2人は、流石に少しだけ疲れた表情を浮かべながらもエヴァンジェリンの近くで周囲に視線を向けていた。流石にこんな騒ぎの後だ、正直目を閉じて寝てしまいたい気分になっている瑞樹であるが、そこを堪えて気を張り詰めている。
しかしふと、
「なぁ、エヴァ」
「うん? どうした、瑞樹?」
瑞樹は横たわって気絶しているだろう神撫と、そして空とを交互に見つめた後で口を開いた。その顔は神妙な面持ちをしており、巫山戯のない、真面目な表情である。
エヴァは瑞樹の表情に続きを促すように見つめて返すと、瑞樹はユックリと口を開いていくのであった。
「やっぱり、さ。俺は今迄のまま――って訳には行かないんだな?」
「当たり前だ。お前は、普通の人間ではないんだ。人間らしくなんてのは、今のお前には過ぎた夢だぞ」
「あぁ。今回ので、よく解ったよ。……巻き込んじゃったもんな。俺さ、正直なところさ、結構気楽に考えてたんだ」
「言わなくても知ってる。アレで真面目に、真剣に考えてるなんて言ってきたら、その瞬間に思い切りぶっ飛ばしてるところだ」
「おっかねぇーな。俺は新米なんだからさ、もうちょっと優しくしても、罰は当たらいんじゃないの?」
「優しいだろ、私は?」
鼻を鳴らして胸を反らすエヴァンジェリンに、瑞樹は何も言わずに渇いた笑みを返した。まぁ、苦笑いである。
「瑞樹? 大丈夫?」
「うん? ……まぁ、なんとかするさ」
苦笑いを浮かべて明後日の方向を見つめながら、瑞樹は明日菜の頭に手を置いて、優しげな動きでその頭を撫で付けた。
明日菜は声色と動きに瑞樹の心情を垣間見たのだが、しかし何かを口にするでもなく、ただただジッとしているのであった。
その後、
結局のところ、瑞樹達の元に魔法関係者が現れたのは、それから間も無くであった。
瑞樹の放った妖撃波の余波を受けた壁、そしてその前にエヴァンジェリンの放った魔法の射手で抉られた道路など、最初に到着した魔法先生――ガンドルフィーニ等は随分と顔の筋肉をヒクヒクと動かしながら、その惨状に呆然としていた。
とは言え、最初に口にした言葉が瑞樹を気遣う言葉であったところを考えると、ガンドルフィーニと言う人物は恐らくは良識のある人物なのであろう。
まぁ、とは言え、エヴェンジェリンを見る視線が思いの外にキツかったので、どうやら彼女と仲が良い訳ではないらしい。
ガンドルフィーニが到着した後は、続々と他の魔法先生や生徒も集まりだし、現場の状況と、そしてその修繕のために各自が奔走し始める。
そこに来てようやく、瑞樹は助かった――と、心の底から思えるのであった。
そこからは矢継ぎ早であった。
遅れてタカミチも合流し、明日菜はタカミチに引き取られて家へと帰ることとなった。流石に今から病院に戻る訳にもいかないだろうとのことで、瑞樹も一時帰宅。しかしやはり体力の低下が著しく、結局はエヴァの家へと厄介になることとなった。
とは言えだ。少なくともここ最近の騒ぎに、一段落が付いたのは間違いはない。短い期間かも知れないが、しばらく落ち着いた時間を過ごすことが出来るだろう。
これからバタバタと忙しくなるのは、裏方の魔法関係者たちの話。まぁ、事後の摺り合わせと、後は被害の修復であるが、それは今回の瑞樹たちには関係のない話であろう。
今の瑞樹に出来ることは確りと疲れた身体を休め、そして――準備をすることだけである。
だがその前に……
「ポン、お前大丈夫か?」
「コレが大丈夫に見えるのかよ、お前は」
瑞樹は翌日、再び麻帆良医大附属病院へと足を運んでいた。
瑞樹が突き飛ばした所為で怪我をし、そのうえタカミチや刀子が暴れていた病院に置き去りにされたであろう、ポンの御見舞である。
瑞樹の言葉に苦笑いで返してきたポンは、身体のあちこちに包帯を巻き、そのうえ足や腕にはギプスまで付けられている。……思いの外、重症だったらしい。
バツの悪そうに引きっつた表情を見せる瑞樹だが、ポンはそんな瑞樹に首を左右に振ってみせた。
「まぁ、正直言うとさ、アレはそんな大した怪我にはならなかったんだよ」
「え? あんな盛大な転び方しといてか? 思ってたよりも頑丈に出来てるんだな、お前。じゃぁ、なんでそんな大袈裟な格好を」
「頑丈とか言うな! ――まぁ、転ばされたのは大したこと無かったんだけどさ。結局、経過観察みたいな理由で入院させられたんだよ。そしたらあの日の晩に大きな地震が有ったらしくてさ、俺の泊まってた病室の壁が吹き飛んだんだ。御蔭でソレに巻き込まれて、コレだよ」
「…………」
若干の笑みを浮かべながら言うポンであるが、逆に瑞樹の表情は強張ったものへと変化していく。
しかし普通に考えれば、『大きな地震で壁が吹っ飛ぶ』といのは、物理的に可怪しいと思わないのだろうか?
瑞樹は悩むように表情を曇らせると、ジッとポンの事を見つめた。ポンはそんな瑞樹の様子に、不可思議そうな顔をする。
「わりぃ、ポン。やっぱり俺のせいだ、その怪我」
「はぁ? 何言ってるんだ、お前? 」
俯き、言いづらそうに口にする瑞樹に、ポンは怪訝そうな表情で問い返してきた。
「瑞樹?」
「ポン、笑わないで聞いてくれよ? ――俺さ、実は人間じゃないんだ」
「……」
バッと勢い良く顔を上げた瑞樹は、一息に告白をする。
明日菜に自分が妖怪だと告げた時以上に、その表情は険しいものである。付き合いの長い友人に告げることのほうが、やはり気持ち的にも辛いものが有るのかもしれない。
「……」
「…………」
シン――と静まり返る室内。
互いに言葉を発しない時間が、1秒、2秒と過ぎていく。ジッとポンを見つめながら、瑞樹は居た堪れない気持ちで相手の反応を待っていた。
「……瑞樹、コレってツッコミ待ちか?」
「ギャグじゃねぇよ! 真面目な話なんだ。ポン、コレを見てくれ」
「見てって、何を――ッ!?」
瑞樹は自身の額に手を当てると、そこに意識を集中してみせる。
すると、何もなかったその場所には、クッキリと第三の眼が現れだした。どうやら瑞樹は、此処数日の出来事が切っ掛けで、自身の意思で自在に瞳を開くことが出来るようになったらしい。
促されて視線を向けたポンは、その場所に浮かぶ第三の眼に、目を見開いて驚いてみせた。そしてそのまま見つめていると、自身を納得させようと頭を使う。
「オデコに、タトゥーシールを貼ってるとかじゃ」
「違うっての!? ……本物なんだ」
……まぁ、頭を使っても、その内容は瑞樹と50歩100歩だが。
瑞樹は額の瞳をギョロッと動かして、それが本物だということをポンに見せた。
「俺は三つ目の妖怪。三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)って奴らしい」
「マジ……かよ」
軽く深呼吸するように間を置いた瑞樹h、そこから一気にポンに説明を始める。事の始まり……図書館島で棚が吹き飛んだこと、それから此処数日の間に自分が経験したことや、そして、昨日の晩にあった出来事。また、その出来事にポンは巻き込まれてしまったということを。
「だから昨日、お前が体験した地震ってのも、元を正せば俺の所為で」
「待てよ、瑞樹。ちょっと待て、待てって!」
「あ、あぁ。解った」
吐き出すように矢継ぎ早に説明をしていった瑞樹を、ポンは押し留めるようにして静止してきた。瑞樹はそのポンの悲鳴のような声に驚き、口を閉じてしまう。
「えーっと、なんだ、つまり、お前は妖怪で人間じゃない。巨大な本棚をアッサリと消し飛ばすような力を持っていて、ソレを狙ってコレまた変な力を持った奴らが襲ってくるかもしれない……。俺は、それに巻き込まれた?」
自分に言い聞かせるように、そして聞き返すようにしてポンは瑞樹の語った内容を口にした。瑞樹に出来たことは、その言葉の内容に対して軽く頷くことだけである。何故ならそれを口にしていたポンの表情が、より険しい物に変わって行ったからだ。
「悪い、瑞樹。ちょっと一人にしてくれ……頼むよ」
青褪めた顔になったポンの視線は、いったい何処を見ているのだろうか? 少なくとも瑞樹のことは見ては居ない。瑞樹はそのことが酷く辛く感じていた。
「あ、あぁ。だけど待ってくれよ、ポン、俺は――」
「っ!?」
瑞樹はポンに向かって手を伸ばそうとした。しかしその瞬間、ポンは自身の肩をビクッと震わせて短く息を吸い込んだ。そして震える身体を誤魔化そうと、首ごと視線を逸らして瑞樹を見ないようにしてしまう。
あぁ、こんなにも違うものなのか?
瑞樹は数年来の友人であるポンの反応と、そしてそれをアッサリと受け入れたタカミチ、エヴァンジェリン、明日菜などとの反応の差にショックを隠すことが出来なかった。
辛そうに目を見開いた瑞樹であるが、しかしそれでポンの反応が変化をすることはなかった。
ギュッと手を握りしめた瑞樹は、その手をジッと見つめてから力を抜いて息を吐いた。
「ポン?」
「…………」
「いや、何でもない。……悪かったな、ポン」
思わず縋るような言葉を口にした瑞樹であるが、それでも視線を向けようともしなかったポンに、瑞樹は口を開くことを辞めた。そして、小さく謝罪の言葉を口にして、そのまま病室から出て行くのであった。
瑞樹が病室から出て行くその瞬間まで、結局ポンは瑞樹に視線を返すことはしなかったのであった。
病室を出て、玄関へと向かって歩いている瑞樹は、眉間に皺を寄せた顔で一言
「キッツいよなぁ……やっぱり」
そう、言葉を零していた。
人間ではないエヴァンジェリンは兎も角として、タカミチ、明日菜と、偏見のない普通の人間と振れ過ぎた。そのためか、瑞樹は『ポンなら大丈夫だろう』と、根拠のない自信を持っていたのだ。結果は、全くの予想外で、ある意味では想定通りとなってしまった。
そしてそれは、瑞樹にとっては酷くショックなことである。
「言っただろ、瑞樹。普通の人間には、妖怪というのは受け入れ難いものだとな」
「エヴァ……」
廊下の角からヒョッコリと、落ち込む瑞樹に声を掛けてきたのはエヴァンジェリンだった。
瑞樹は情けない表情をエヴァンジェリンへと向け、当の彼女はそんな瑞樹に「フン」と鼻を鳴らしてきた。
「奴の反応は、人間としてみれば当然のことだ。お前は偶々、タカミチやあの小娘という『普通じゃない奴等』と最初に出会ったに過ぎん」
「そんなにズバズバ言うなよ。俺、落ち込んでんだからさ」
「全く、 どうしようもない奴だな、お前」
声に貼りのない瑞樹に、エヴァンジェリンは大きな溜息を吐いた。とは言えだ、元からそういうものだと告げていたとはいえ、それをそのままに受け入れることは難しいことであろう。
瑞樹はエヴァンジェリンと歩きながら、会話を続けていく。
「だってさ、アイツとは一番気があって、それで一番付き合いの長かった友達だったんだぜ? ……もしかしたら――って、そう思ってさ」
「都合の良い考え方だな? 割り切れ。私たちは人間以外、あっちは普通の人間だ。特殊な連中でもなければ、理解なんてしては貰えない。お前の事を理解できるのも、魔法関係者か、私のような人ではない生き物だけだよ」
「それって、妖怪には生きづらい世の中だってことだよな?」
「妖怪に生き易い時代なんてのは、私は今の今まで経験したこともなかったぞ」
軽口のようなやり取りをする2人。
瑞樹はエヴァンジェリンに取っ付きやすい、親しみのようなモノを感じ始めていたが、しかし、これはエヴァンジェリンがそれだけ気を割いていると言うことなのだろう。
瑞樹はそれが解ってしまっているため、有難いと思う反面、申し訳ないとも思ってしまう。
……まぁ、そういうことが解っていながらも、ついついエヴァンジェリンに甘えるような言葉を口にしてしまうのであるが。
「どのみち、聖地行きは確定かぁ。いつごろ出発に成るんだろ?」
「ソッチはジジイの方での調査待ちだな。もっとも、今回のゴタゴタで幾分調査は遅れるだろうが」
「……そっか。俺としては、今みたいな状態で寮に居るのは気不味いんだが」
「うん? だったら、暫く私の家にくるか?」
「へ?」
サラリと言ってくるエヴァンジェリンだが、瑞樹は間の抜けた返事を返してしまう。
「今回のことで、お前の状況というのはノホホンとしていられる物ではない事が解っただろ?」
「それって、匿ってくれるってことか? ――男としては、見た目子供のエヴァに匿われるっていうのは抵抗があるんだけど?」
「誰が匿うと言った? というか、そもそも私が言っている意味を勘違いしてるな、お前は」
「意味ってなんだよ? 一時的なホームステイじゃないのか?」
「私がそんなに優しいわけ無いだろ。私は悪い魔法使いの筆頭格だぞ」
「え、なにそれ」
「暫くは私の別荘に監禁だ。良かったな? 南国のリゾートで充実した時間を過ごせるぞ」
「……それって、バカンス的な?」
「そんな訳ないだろ」
一縷の望みを載せて聞いた瑞樹であったが、しかしエヴァンジェリンはアッサリとソレを否定する。
「どうせ調査が済むまでは暇なんだ、ソレまでに少しくらい戦えるように成っておいたほうが良いだろ」
「で、でもほら、俺は魔法の才能がないって……」
「魔法が使えなくても、氣は使えるからな。安心しろ、お前の氣の量はそこらの妖怪よりも遥かに大きい。最初は調整が上手く出来ずに干乾びそうに成るかも知れんが……、まぁ、すぐに慣れるさ」
「干乾……びる、だと」
『良いこと思いついた』といったノリで、軽く言ってきたエヴァンジェリンに、瑞樹は表情をピシっと固める。エヴァンジェリンの言い方や雰囲気から見るに、どうやら冗談では無さそうである。
病院から離れていく瑞樹たちを、ポンは病室の窓から複雑な表情で眺めていた。
それは、『悪いことを言ってしまった』といった後悔の表情ではなく、『本当にコレで良かったのか?』という苦悩の表情である。
「済まなかったね、木枯優太(こがらしゆうた)君。……君には、嫌な役をやらせてしまった」
外を眺めていたポンに声を掛けたのは、全身を黒い神父服《スターン》で見を包んでいるマルクトであった。ポンは体ごとマルクトの方へと向き直ると、眉間に皺を寄せた顔のままに口を開く。
「あんなんで、良かったんですか?」
「あぁ。正直、彼は今の状態で日本の残っていては、更に不幸に成るだけだからね。一度、外に出る必要があるのさ」
穏やかな笑みを浮かべながら、マルクトはポンを諭すように語りかける。とは言え、それでポンの表情が緩んだりはしないが。しかし、マルクトの言い様とポンの返答を見るに、どうやら瑞樹とのやり取りには裏があったらしい。
「俺、アイツに酷い態度を」
「辛い役を任せてしまった。許してほしい」
心に響く、暖かな声色。
淀んでいた心の奥に染みこむような、不思議な力をもった声で、マルクトはポンに声をかけ続ける。『大丈夫』『君は悪くはない』『彼のためにしたことなんだ』
そうやって語りかけるマルクトの言葉、確かに優しいモノなのかもしれない。
「神父様。アイツは、大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、きっと大丈夫だよ。……きっとね」
窓の外へと眼を向けながら言ったマルクトの言葉は、曖昧な返事でしか無かったのに何故かハッキリとした口調であった。
そして、事件から3日がたった夕刻。
その日、麻帆良学園長にして、関東魔法協会の長である近衛近右衛門は、纏め上げられた報告書を前に眼を丸くしていた。
「う、むぅ……」
学園長室に備え付けられた自身の椅子に腰を下ろし、手に持ったA4サイズの紙切れに視線を向ける学園長。
その表情は、お世辞にも晴れ晴れとしているとは言い難い。
そんな学園長に言葉を投げかけたのは、この場にいる別の人物、タカミチである。
幾分疲れが溜まっているのか、眼の下には隈が見える。
「一応、僕の方からの実体験と、それとエヴァと瑞樹君からの話を纏めてみたんですが……読みにくかったですか?」
「いや、そんな事はないぞ。十分に上手く纏められておるし、問題はないじゃろう」
学園長は少しばかり明るい調子で言葉を返すが、しかしその口調は無理をしているのが良く解るものだった。なにせ立て続けに事件が起きてしまい、しかもそれをしていたのが自分の管理するべき魔法使いだったのだから。
実際のところ、こんな事ならばまだ外からに侵入者による犯行であったほう遥かにマシだっただろう。
「タカミチ君には続け様に、面倒事を押し付けてしまってスマンのぉ。御苦労じゃった」
「いえ、それは良いんですけど……。学園長、刀子さんと、それから神撫さんの処遇はどうなるのでしょうか?」
タカミチは、良くも悪くも優しい男である。
見るからに可怪しかった刀子は勿論として、その首謀者であろう神撫の処遇も気に掛かってしまう。一時は同じ職場で同じ職種《魔法関係者》として働いたよしみとでも考えているのかもしれない。
「刀子君に関しては、君の報告書に有った『腹生蟲』によって、操られていた痕跡が見つかっている。なんの咎めもなし――とはいかんじゃろうが、それでも厳重注意で済むレベルじゃ。……しかし、神撫君の方は」
「……オコジョ刑、ですか」
「うむ。免れんじゃろうな」
神妙そうな表情の二人に反して、随分と可愛らしい刑罰に聞こえる『オコジョ刑』。しかし、その内容は残酷極まるものである。魔法によって、人間の自我を残した儘にイタチ科の動物に変えられ、そしてオコジョ収容所へと更迭される非道な刑罰。
そこではオコジョらしい生活を余儀なくされ、刑期を終えても人間らしい生活に戻れない者まで居るというディストピア《反理想郷》なのだ。
その事を思うと、流石に少しばかり可哀想に成ってしまう。
「今でも尋問は続けているが、しかし、時折要領を得んことを言っておるらしい。暫くは尋問を続け、聞き出すことを全て終えてから本国に送還する予定じゃ」
「そうですか……取り敢えずは、これで一段落ですかね?」
「そうなるがの。何にせよ……天宮瑞樹君。彼には済まないことをしてしまったのぉ」
「はい」
タカミチや学園長にしても、今回のような面倒事はゴメンだろうが、それは瑞樹にしても同じである。いや、本来ならば関わらずに済んでいたであろう事柄に巻き込まれてしまったぶん、タカミチや学園長よりも悲惨であると言える。
「まぁ、何はともあれ……後はエヴァに言われた調査の方も何とかせねばな」
「調査ですか?」
「うむ。まぁ、そちらの方は誰か手の空いてる者に任せるとしよう。君は君で、明日菜君の方をどうにかしなければな」
「……はい」
学園長のその言葉に、タカミチは僅かに眉間に皺を寄せた。
今回の事件に巻き込まれてしまった明日菜を、『どうにか』しなければならない。ソレが酷く、気が重く、タカミチの方にズッシリと重みと成ってのしかかるのであった。