魔法先生ネギま―三只眼變成―   作:ニラ

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07話

 

「急に呼び出してスマンの、エヴァ」

 

 其処は学園長室。

 一夜明けて早朝から呼び出しを食らったエヴァンジェリンが、ムスッとした表情で学園長を睨みつけていた。

 朝も速いうちから――とか、そんな事を考えているのかもしれない。

 とはいえ、それならば呼び出しなど無視をすれば良いだけのことで、実際最初はそうしようとエヴァンジェリンは考えていた。しかし家の外に広がっている深い森――より正確には深かった森には、僅か一夜で広い更地が出来上がっていたのであった。

 

 その光景に暫し呆然としたエヴァンジェリンだったが、そう成ってしまった森について話があると言われれば仕方が無い――と、こうして呼び出しに応じたのである。

 

「どうせ『正義の魔法使い』とやらが、森の地形が変わった事を私の所為だとか言っているのだろう? ……言っておくがな、私は今朝方まで別荘に居たんだ。外で何が起きていたのか? なんてことは何も知らないぞ」

「む、……そうか。正直それも聞きたいことの一つだったのじゃが」

「聞きたいことの一つ? どういう事だ?」

 

 相手が何かを言い出す前に、『自分は関係ない』と先制をしたエヴァンジェリンだったが、学園長の聞きたいことは其れだけではなかったらしい。

 エヴァンジェリンは眉をピクッと動かすと、学園長に問いかけた。

 

「儂が聞きたかったのは、森が更地になってしまった時の状況の他にもう一つ、お主が昨日連れ去ったという、少年の事を聞きたいのじゃよ」

「少年? あぁ、瑞樹のことか? ――フム。そう聞いてくると言うことは、森のことは瑞樹がやったのか。まぁ、アイツならそれくらいの事は出来そうではあるがな」

「やはり何か知っておるのじゃな、エヴァよ?」

「正直、アイツについては私も聞きたいことがあるんだが――まぁ、先に私が知っていることを言ってやろう。アイツはな、妖怪だよ」

「ホ? 妖怪?」

「あぁ、妖怪だ。しかも最上級の大妖怪、三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)だぞ」

 

 腕を軽く広げ、楽しそうに言うエヴァンジェリン。とは言えそれはフリではなく、本当に楽しくて仕方が無いのだろう。なにせ堅物で正義というモノに固執する魔法使いたちの庭なのだ、この麻帆良学園と言う場所は。勿論、中には柔軟な考えをする者も居るが、それは全体の極一部。そんなガチガチの思想に固まった者達が治める学園で、こともあろうに妖怪が、しかも大妖怪とも言えるような奴が居たのだ。

 正義を謳う連中からすれば、面目丸潰れといったところだろう。

 

 しかし

 

「幻の種族と言われた三只眼吽迦羅? 彼がか?」

「なんだジジイ? 私の言葉を疑うのか?」

「いや、そういう訳ではないが……しかし報告によると、彼は小中高と、この麻帆良学園の学校に通っておる。……数百年前に滅んだ種族とは、到底思えんのじゃが」

「アイツ自身もそんな事を言っていたな。小中高……と、それは本当か?」

 

 学園長の言葉によると、そもそも瑞樹が三只眼であるという確証自体が薄くなってしまう。エヴァンジェリンの考えとしては、三只眼は不老で人間に『憧れている』種族だと聞いている。だからこそ彼等は、自ら人間に成るための術を開発した。

 エヴァンジェリンは瑞樹自身もその類で、自身の記憶を封じ、周囲を騙して人間社会に溶け込んでいたと思ったのだ。

 

 だが、小学校にも通っていたとなれば、流石に話は変わってくるだろう。

 

「中学から高校くらいまでなら体の成長も誤魔化せるが、流石に小学校からとなると難しいか」

「うむ。一応は当時の身体検査の記録も取り寄せたが、順調に成長していたようじゃな」

 

 学園長は机の引き出しから一枚の資料を取り出すと、それをエヴァンジェリンへと渡す。其処には天宮瑞樹の小学校1年から、現在の高校3年までの身長と体重が記載されていた。

 

「成る程、確かに。しかしそうなると、居なくなったアイツの両親が三只眼だった可能性が濃厚だが……いや、もしかしたらアレか? 眼宿蟲(やんすーちょん)か?」

「やんすーちょん、じゃと?」

 

 聞いたことがない――と、首を傾げる学園長。

 エヴァンジェリンはそれもそうだろう、と、軽く鼻を鳴らしてから説明を始めた。

 

「人間を三只眼吽迦羅に化性させる、半植物型寄生蟲のことだ。眼宿蟲は寄生から約2週間で宿主と完全に同化し、その人間は三只眼となってしまう」

 

 エヴァンジェリンの説明に、学園長は驚きの表情を隠すことが出来なかった。

 そのうえ、更に続けられる言葉の内容は追い打ちを掛ける。

 対反応妖撃と呼ばれる、怪光線を放つ防御反応から始まり、外科的に取り出すことがほぼ不可能、宿主が死ぬことでのみ取り出せる――などの情報は、かなり酷くショックを受ける内容であった。

 

「2週間以内に取出さねばならぬというのに、その方法が無いと言うのか?」

「無いかどうかは私は知らん。だが、探すだけ無駄じゃないか? あの感じでは、寄生から既に10日以上は経過しているはずだぞ。ジジイ、お前……瑞樹が眼宿蟲に寄生された日の目処が立っているだろう?」

「……」

 

 無言で返す学園長に、エヴァンジェリンは「やはりな」と言って肩を落とした。そして腕組をして、ジィっと学園長を睨みつける。

 学園長は、そんなエヴァンジェリンの視線にユックリと口を開く。

 

「先々週の金曜日じゃ。その日の晩に、敵の荷物から用途不明の試験管が発見されている」

「大停電が有った日か……」

「其処から逆算すると――残りの日数は2日ということになるかのぉ」

「いや、その計算は少し違うな。アイツは私の別荘で2日ほど過ごしていた。だから残り時間は、良くて後半日といった所だろう」

 

 さして興味も無さそうな口調でエヴァンジェリンは言うが、その内容は酷くヘビーである。学園長は思わず頭を抱えたく成るのを抑えながら、眉間に皺を寄せた。

 

「そうなると……」

「現時点で、奴の妖怪化を止める手段は存在しないということだ」

 

 巻き込まれた、巻き込んでしまったとも言えるのかもしれない出来事。本来ならば、普通の人間としての一生を過ごす筈であった瑞樹。誰が悪かったのかなんてことは、今現在では判別のしようが無いことではあるが、エヴァンジェリンはこう口にして言った。

 

「アイツも私と同じだよ。ただ、運が悪かったんだ」

 

 学園長はそんなエヴァンジェリンの言葉に対し、気の利いたことを言うことなど出来はしないのであった。

 2人がそうやって重苦しい雰囲気を作ってから数時間後、

 

「腕、ちゃんと繋がってるな」

 

 瑞樹は麻帆良医大付属病院のベッドの上で目を覚ましていた。

 仰向けに寝ながら、天井に向かって仰ぐようにして手を翳している。昨夜、奇妙な仮面の人物に襲われた瑞樹は、その際に自身の両腕が捩じ切られたのを覚えている。

 

 だがどういうことだろうか?

 こうして目覚めて知らない場所(病院のベッド)で目覚めてみれば、その腕は何の問題もなくしっかりとくっついている。

 

 まるで夢か何かを見ていたようだ。

 気を失う前には確認することが出来なかったが、瑞樹の考えはどうやら正しいものだったようである。

 

「その調子で、全部が夢……だったら良いんだけどな」

「残念だけど、夢じゃないよ」

「そうだろうね」

 

 呟く瑞樹に返したのは誰あろう、昨晩光の中に飛び込むことになってしまったタカミチである。居る場所は瑞樹の寝転がっている隣のベッド、その身体には痛々しい包帯が幾つか巻かれている。

 

 どうしてかと問うならば、それは昨夜に森で起きた発光現象――瑞樹が放った妖撃破が原因である。マルクト神父の呼び出した翔鬼(しゃんかい)に乗って現場へと急いだタカミチであったが、しかしその後間も無くしてタカミチは翔鬼共々に撃墜されてしまったのだった。

 

「昨日のアレが完全に夢だとしたら、ここに居る僕は浮かばれないよ」

 

 溜息を吐きつつ、そんな事を言うタカミチ。

 タカミチがこうして隣のベッドで寝ている理由を聞かされはした瑞樹だが、しかし瑞樹からすれば完全に不可抗力である。

 そもそも、自身の力を制御する方法どころか、使う方法さえ知らないのだから。

 

「まぁもっとも、僕が君を見つけた時には怪我なんて何処にもなかったよ。多分だけど、幻覚か何かを見せられてたんじゃないかな? そういう魔法も存在するしね」

 

 瑞樹はタカミチの言葉に胡散臭そうな表情を浮かべるが、とはいえそれを否定することは出来そうにない。昨日一日(正確には別荘での事も含めると3日)で、今までの常識外の出来事が起こり過ぎていて、頭が変になりそうなのだ。

 

「……妖怪とか魔法とか、色々ありすぎじゃないか。此処は何だ? 絵本の中に存在する夢の国(ワンダーランド)か? せっかく昨日、エヴァの所で妖怪って事実を受け入れたっていうのに。……そのうち今度は錬金術だの、悪魔だのが出てくるんじゃないだろうな?」

「錬金術があるかどうかは知らないけど、悪魔ならそのうち出てくるんじゃないかな?」

「居るのかよ、悪魔」

 

 瑞樹は『冗談も通じない世界なのか?』 と、内心で愚痴を零した。

 とは言え、今となっては瑞樹自身も其の冗談の仲間入りをしているような物なのだが。

 

「あ、そうだ。タカミチ……さん」

「そんなに畏まらないで、僕のことはタカミチでいいよ」

 

 見た目から年上に見えるタカミチに、瑞樹は敬称をつけて名前を呼ぶ。しかしタカミチは、軽く笑みを浮かべると、呼び捨てで構わないと返事を返した。

 

「じゃあ、タカミチ。聞きたいことがあるんだけど」

「うん? 僕に答えられることなら良いけど。何が聞きたいんだい?」

「……その、眼宿蟲って知ってる?」

 

 昨晩に仮面の人物から言われた言葉。

 自身の額に入っているという蟲のことを思い出した瑞樹は、少なくともこういったモノに自分よりも詳しそうなタカミチに聞こうと思ったのだ。だが、そう聞かれた時のタカミチの反応を見るに、どうやら望みは薄そうである。

 

「さぁ? 残念だけど、僕は知らないな。学園長やエヴァなら、もしかしたら知っているかもしれないけど」

「そうか……まぁ、仕方が無いか。あの仮面をつけた変態も、エヴァでも気づかなかった――とか言ってたし。何か特別な物なのかもしれないからな」

 

 瑞樹はそう言って、ベッドに身体を投げ出すようにすると再び天井へと視線を向けた。正味2~3日程度の付き合いではあるが、瑞樹はエヴァンジェリンを相当な力を持つ人物だと判断していた。それは瑞樹の感覚に依るものだったが、まぁエヴァンジェリン自身、自分のことを『人間以外のモノ』と評していたことも理由の一つなのだろう。

 

「あ」

「うん?」

 

 会話のネタが無くなって、暫く無言で居た瑞樹とタカミチだったが、瑞樹はふと思いついたことがあるのかガバっと起き上がって声をあげる。

 

「そう言えばさ、魔法だの妖怪だのっていうのは、隠す必要があることだったりしないのか? こんな事に成るまで、俺そういうの聞いたこともないんだけど?」

「あー、その事か。確かに、基本的には『秘匿しなさい』ってことに成っているね。でも、学園長からの意向でね、君にはある程度なら話をしても良いと言われているんだよ」

「それは、俺が妖怪だから?」

「と、言うよりも、知らずに居られる状況ではないって事の方が大きいかな?」

 

 タカミチが言うには、例え妖怪だろうと、もそれを知らずに済むのならそれでも構わないとのことらしい。人間ではないから此方側、要は魔法に携わる裏の関係に首を突っ込まなくてはイケない――等と言うことはないとのことだ。

 

 では何故、瑞樹にはその手の情報の開示がされているのか? と言うと、それは瑞樹が普通の妖怪ではないからである。

 

 学園長自身も今朝方のエヴァンジェリンとの会話で知った事実ではあるが、瑞樹は三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)と言う、非常に稀有な妖怪である。まぁ、正確に言えば眼宿蟲(やんすーちょん)に寄生された人間だが、其の区分も今となっては余り意味は無いだろう。

 

 三只眼の特筆としては、強力な術を使うことの他に『不死の法』と言うものがある。もし瑞樹が三只眼であるということを聞きつけた誰か、悪人が居た場合、その不死の法を狙って何らかのアクションを起こす可能性が非常に高い。

 

 不老不死

 

 それは昔も今も、人を魅了して止まない輝く財宝のようなモノであるようだ。

 

 そのため瑞樹には、そういった裏事を知らずに平凡な生活を送るといった、そんな選択肢は存在しない。勿論、気づかれずに済むのであればそれが一番であるが、三只眼と成ってしまった瑞樹の人生は、人のソレよりも遥かに長く成るだろう。それは100年や200年では利かない年月だ。遅かれ早かれ知る時が来るだろう。

 

 そのうえ、瑞樹は厄介なことに一度狙われてしまっている。

 

 誰がソレをしたのか? は解らないが、そうなっては悠長なことは言っては居られない。瑞樹は早急に識る必要があるのだ。自身を取り巻く状況と、そしてそれから身を護る術を。

 

 瑞樹はタカミチの話を聞き終えると、腕組をして「う~ん」とう唸り声を挙げる。

 話は理解したのだが、どうにも納得するまでは行かないらしい。

 

「まぁ俺、普通の人間じゃないもんな」

「人間じゃないって言っても、それで何かがどうにか成る訳じゃないよ? 僕の知り合いにも人間じゃない人って大勢居るけど、僕は彼等に何かをしようなんて思わないしね」

「それって、もしかしてフォローのツモリだったりする?」

 

 平和じゃ居られない――と言った後に『自分は大丈夫』と言われても、瑞樹にしてみれば何処がどう大丈夫なのか判断に困る。

 

「僕が言いたいのはさ、悪い奴らばっかりじゃないから、そう気落ちしないで貰いたいなってことだよ。それに――」

 

 タカミチが続けて何かを言おうとすると、

 

 バタバタバタ

 

 喧しく廊下を走る音が扉の向こう側から聞こえてきた。

 瑞樹とタカミチはその音に耳を向け、視線をそちら側へと向けると

 

 バンッ!

 

「瑞樹! 大丈夫かよ!!」

「え、ポン!?」

 

 勢い良く扉を開け放って入ってきたのは、友人である木枯優太(こがらしゆうた)。通称『ポン』であった。

 一直線に瑞樹のベッドに駆け寄ると、『大丈夫なのか?』『生きてるのか?』なんて言葉を連呼してくる。

 

 どうやら今朝方に、瑞樹が病院に運ばれたことを聞いて慌ててやってきたらしい。

 自分自身、昨日は道端で眠りこけるといった不思議現象に遭遇したというのにも係わらずだ。

 

 タカミチはそんな二人のやり取りを見ながら

 

「良いお友達も居るみたいだしさ」

 

 と、先程の言葉の続きを小さく口にするのであった。

 しかし

 

「でもまぁ、心配かけたみたいで悪かったなポン」

「良いよ、別に。思ったよりも元気そうだしな。それにリアルな白衣の天使が見れたしさ」

「――っ!?」

 

 ポンのその一言に、タカミチは思わずズルっとベッドの上で滑ってしまう。とは言え瑞樹たちはその事に気づいていないようで、変わらずに話を続けている。

 タカミチは困ったような顰めっ面を浮かべながら、瑞樹たちへと視線を向けるが

 

「なに? 本当か? 俺さっきまで寝てたから、看護婦さん見てないんだよな」

「おぉ、何時になく乗り気だね、瑞樹! いつもならこの手の話は乗ろうとさえしないのに!」

「そうだな。いつもの俺だったらそうだろう。だがポン、考えても見ろよ。既に俺達も高校3年。そしてもうじき、高校最後の夏に成ろうとしている。なら……」

「やることヤラなきゃ……って?」

「あぁ」

 

 神妙そうな表情を浮かべながら言っている瑞樹とポンだが、その会話内容は色々とアレである。タカミチは苦笑いを浮かべながら、

 

(煙草が吸いたくなって来た……)

 

 と、額を抑えて思うのであった。

 

「よっし! そうと決まれば早速行くか! 白衣の天使ちゃんをナンパだ!」

「いいねいいね、瑞樹! 今日のお前、すごく乗りが良いぞ! この病院の看護婦ランキングの上位者データはバッチリだからな! お前が入院してる間に、ググっとお近づきに成れるようにしようぜ!」

 

 バタバタと動き出す瑞樹とポン。瑞樹は未だ病院で着せられた病衣の侭なのだが、そんな事はお構い無しで行くようだ。

 ポンはさっさと部屋から出て、瑞樹の準備ができるのを今か今かと待っている。

 瑞樹はいそいそとスリッパを履くと、先に出たポンを追いかけようとするが

 

「あ、タカミチも行く? ナンパに」

「い、いや、僕は遠慮しておくよ」

「そう? 勿体無いなぁ」

 

 ドアノブに手を掛けた状態で言う瑞樹に、タカミチは苦笑いのままそう返す。実際のところ、タカミチは結構な男前である。瑞樹は正直に勿体無いと思っていたのだが、本人にその気がないというのなら仕方がないだろう。

 

「おい瑞樹、早く行こうぜ。時は金なりと言うけども、この場合は時は好機――チャンスを逃すぜ」

「解ったよ。直ぐ行く」

 

 瑞樹は廊下のポンにそう言うと、タカミチに

 

「じゃ、行ってきまーす」

 

 と、明るすぎる台詞を口にして出て行くのであった。

 一応瑞樹は緊急搬送という形で病院に運ばれた身である、幾分の心配をタカミチは感じたのだが。

 

「先ずは院内ランキング1位の、かずさちゃんだ!」

「おぉ!」

 

 廊下から馬鹿馬鹿しい声が聞こえると、そんな心配など消えてしまう。

 この軽いノリも、もしかしたら眼宿蟲の影響なのかもしれないが、当然タカミチにはそんな判断は出来ないのであった。

 

 意気揚々と飛び出した瑞樹とポンの二人は、ポンの脳内にあるというデータを元に看護婦ランキング上位を求めてひた走る。

 

 が、その成果はイマイチのようだ。

 

「瑞樹! いきなり声を掛けるとか何考えてるんだよ!」

「だって、善は急げって言うだろ?」

「急ぎすぎなんだよ!」

 

 廊下は走るな! なんてことなど無視するようにしている二人だが、そんな脇見に近い状態は当然事故のもとである。

 

「あっ!?」

 

 視線を前に戻した瑞樹は、そこに居た小さな人影に気がついて声を上げた。 

 人影の方も瑞樹たちに気づき、その場でビクッと体を振るわせる。

 

「南無三ッ!」

 

 瑞樹はそう口にすると、隣を走るポンを横からドンッ! と突き飛ばし

 

「え?」

 

 疑問を口にするポンを置き去りにして、自身はそこから足に力を込めて加速をする。

 そして

 

「のわぁああああ!!」

 

 ドッガラガッシャーン!

 

 廊下を盛大に転げまわるポンの声を尻目に、瑞樹はその小さな人影を抱きかかえていた。

 

「あー、危なかった」

 

 まるで自分は当事者ではなく、巻き込まれただけだとでも言いそうな口調の瑞樹。後方ではポンが、床の上で奇妙な格好をしながらピクピクとと蠢いている。

 

「済まない、ポン。幸い此処は病院だから大事には至らないはずだ」

 

 大して申し訳なさそうでもない表情で、瑞樹は後ろで倒れているポンにそう言った。

 

「……そろそろ降ろして」

 

 ポンに向かって謝罪(?)を口にしている瑞樹に、腕の中から声が掛かる。

 瑞樹はそこに目を向けると、それは茶色の髪の毛を左右で分けている少女で、虚ろそうな瞳をジィっと見上げるようにして向けていた。

 

「あぁ、悪いな。えっと……」

 

 少女を降ろしながら、瑞樹は視線を向ける。

 着地をした拍子にふわりとワンピースの裾が舞うが、少女は先程の出来事など無かったかのように落ち着いている。

 手には誰か入院患者への見舞い品? いや、手荷物なのか、大きな紙袋を持っている。

 

 年頃は、恐らく7~8歳。

 こんな小さな少女が一人で患者の荷物を持ってくるという事に、瑞樹は色々と考えてしまったのか、その表情はぎこちない。

 

「廊下は走らない」

「へ?」

「そんな事は子供でも知ってる。そのうえ此処は病院」

「確かに病院だな」

 

 目の前の少女に言われながら、頭を掻くようにして瑞樹は同意を示した。

 少女の言うことはいちいち尤も、その通りの事だった。

 瑞樹は普段の自分らしからぬ行動に今気付いたのか、罰が悪そうに表情を顰めた。

 

 少女はそんな瑞樹の反応に解りやすい溜息を吐くと、

 

「私には、どうでも良いことだけど」

 

 と言葉を漏らす。

 随分と年齢不相応な反応をする子供だな――と思い、瑞樹は眼を少しだけ丸くした。

 この時分の子供ならば、もう少しくらい明るい表情をしていても良さそうなものである。だからだろうか? 瑞樹はこの少女に、ほんの少しだけ興味を覚えたのだった。

 

「病院に一人で来たのか? 小児科に案内してやろうか?」

「いい。別にかかりに来た訳じゃない」

「そうなの? それじゃ何しに?」

 

 笑みを浮かべて首を傾げる瑞樹。少女はそんな瑞樹に面倒くさそうな視線を向けるが、ジッと見てくる瑞樹にやはり溜息を吐くと、諦めたかのように持っていた紙袋を見せるのだった。

 

「私、コレを届けに来たの」

「コレ? 家族の着替えか何か、かな?」

「そう。緊急入院だって聞いた」

「へぇ、緊急入院。……それってさ、もしかしてタカミチって名前の奴じゃないよね?」

「タカミチを知ってるの?」

「知ってるというか、同室だけど。え、なに? タカミチの着替えなの、コレ?」

「うん」

「タカミチと、どういう……」

 

 頷いて返す少女に、瑞樹はタカミチとの関係性を少しばかり考えることになった。……タカミチは思ったよりも老け顔であるから、もしかしたら子供だろうか? なんて考えも浮かんだのだが、流石に7~8歳の子供が居る年齢には見えない。

 

 親戚だろうか? それならば無理なく話が通ると言うものだ。

 

「なんだ、なんだ? 何が有ったんだ?」

 

 不意に周囲から聞こえた声に引かれて、瑞樹は再び視線をポンへと返す。するといつの間にか、周囲はザワザワとした人混みが出来始めていた。

 

 瑞樹はその様子を見ながら

 

「一先ず移動したほうがいいな、これは。俺がタカミチの病室まで案内してやるよ、えっと……」

「? なに?」

「いや、名前はなんて言うんだ? 因みに俺の名前は天宮 瑞樹ね」

「……神楽坂明日菜」

「そっか。宜しくな、明日菜ちゃん」

 

 勝手に自己紹介をした瑞樹と暫く見つめ合うことになった少女は、仕方が無いといった態度で、素っ気なくだが名前を告げるのであった。

 

 瑞樹は口元に笑みを浮かべると、少女――明日菜の頭をワシャワシャと撫で回す。

 まぁ、直ぐに明日菜の手で払われて、そのうえ睨まれてしまったのだが。

 

 明日菜を連れたって移動をしようとする瑞樹は、チラッとポンが転がっている場所を見やると

 

「ポン。強く生きろ」

 

 と、訳の分からない台詞を吐いて、自身の病室へと戻るのであった。

 そこに、誰が居るのかも知らずに。

 

 因みに、そこにタカミチ以外の誰が居るのかというと

 

「瑞樹の奴は何処に行った?」

「いや、さぁ……何処に行ったんだろうね?」

 

 小さな紙袋を一つ持って、黒いゴシック系ドレスを着たエヴァンジェリンが、不機嫌な表情を浮かべてタカミチを詰問していた。

 

 

 

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