京太郎放浪記   作:偶数

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不吉な金曜日 1-4

 店の中に入ると同時に卓を囲んでいた四人、二世が一人、白人が二人、それにママ。が一斉に京太郎のことを見た。

 京太郎は臆することなくゆっくりとママの元へ歩み寄り。

 

「今日は旦那さんと待ち合わせをしてるんでしょ? 俺が代打ちとして打ちますから」

「今日のレートは馬鹿みたいに高いから慎重に打ちなさいよ。......ごめんね」

 

 ママが英語で自分は旦那と待ち合わせがあるから京太郎が代わりに卓に入ると英語で説明した。だが、二世が途中で喋らせることをやめた。

 

「オー、ノウ。私、ママとそこの坊やの話、わかる。帰れないよ、ママ、ダメだよ」

 

 二世は鋭い表情と鋭い口調でそう言葉を投げつけた。

 ママはムッと顔をしかめて、どうしてなのテディと二世の名前を呼んだ。

 

「あたし、用事があるのよ。最初に言ったでしょ? 八時になったら店を出るって」

「ダメさ、ママの一人勝ちじゃないか。勝ち逃げは許さない。」

「勝ち逃げなんかじゃないよ。この坊やが私の代わりに打つから」

「確かに、ママは八時に店を出るといった。でも、それが夜の八時とは聞いてない。朝の八時でしょう」

「わからない人ね......」

 

 ママは席を立ってハンドバックの中から財布を取り出して京太郎に渡した。

 京太郎はわかりましたと頷いて卓にはいろうとするが上家に座っているテディという二世が座らせようとしない。

 テディは同席している白人達にママは逃げよとしているとホラを吹き込み、是が非でもママを返そうとはしない。京太郎はどうすればいいのかとママのことを見た。

 ママは英語で京太郎が代わりに打つと何度も説得するがそれでも三人は聞く耳を持たない。

 

「いいかい、この島は今、誰が仕切っているんだい? 僕達が怒ったらどうなるか......」

 

 ママは煙草に火を付けて手牌を立てた。

 京太郎はトイレに行くと嘘をついて三人の手牌を見て聴牌しているかどうかをママに知らせて本当にトイレに向かう。そして、トイレの後はバーテンダーにママは今日は来れそうにないと説明してくれと頼んで店に戻った。

 

「ねえ、レートを上げましょう。誰かが破産したらゲームは終了になるでしょ?」

 

 店に戻るとママが高いレートを更に跳ね上げようと提案した。

 ママは京太郎に有り金をすべて出してとお願いした。多分、誰かに差し馬を提案して少しでも残金を減らしてやろうと考えたのだろう。京太郎はわかりましたと頷いて自分が持っていたお金、札束と呼べるお金をママに渡した。すると三人は口笛を吹いて、その札束を見た。

 

「誰か差し馬をしましょう?」

「なら、僕がやるよ」

 

 テディがニヤリと笑みを見せて京太郎の所持金と同等の札束をチラつかせた。

 京太郎は狂っていると思いながらも、テディと対面の白人の手牌が見える位置に椅子をおいて聴牌したら通しを入れられるように腰を下ろした。

 ママは京太郎の意図を素早く理解してただ、鋭い視線で了承するだけであった。

 

「ロイ、ティック、ゲームを続けるよ。さァ! 挽回だ!!」

 

 対局がはじまり、やはり優勢だったのはママだった。

 相手二人の聴牌がまるわかりでいざという時にはその美しい積み込みで高いてを作ることが出来る。それに、ママは誰よりも相手への配慮を怠っていない。もし、その配慮を怠ってしまえば積み込みが出来ないようにマークされて自由に打てなくなってしまう。だが、彼女にはそれがない。だからこそ、この地位を確立することが出来たのだ。

 京太郎はママの動揺のない安定した打ち方に胸を撫で下ろし、ポケットの中に手を入れた。

 これは聴牌しているかどうかの通しであり、もし、どちらかが聴牌したらテンパイした方の手をポケットから出す。これだけでも勝率はぐんと跳ね上がる。

 オーラス、親、ママから見れば対面のディックにいい手が入ってきた。

 

{東中中北③⑤⑥⑧二五九677}

 

 配牌はなんということもない手だったのだが、ツモが良かった。筒子が川の流れのように押し寄せて、あるいはこのオーラスで捲らないと行けないという気迫がそういうツモを呼んだのか、こういう配牌に変化した。

 

{中中①①②③⑤⑤⑥⑧⑨67}

 

 ディックは{中}を鳴いて連荘をしようと構えているのだが、中々、思う牌が出てこない。

 だが、{中}が出ない間に不思議に手が育っていき、薄い、だが、確実に筒子の清一色をテンパイした。

 

{①①②②③⑤⑤⑤⑥⑦⑧⑨⑨}

 

 京太郎は慌てて懐から煙草を取り出して口に加えて高い位置で火を着けた。これは捲られるという通しである。

 だが、ママは京太郎の通しを見ることなく目を瞑っていた。

 その時の顔と役はとても印象的だった。まるで女神のような顔でゆっくりと手牌を倒して――

 

{一二三四四四五六七七八八九} ロン{六}

 

 惚れ惚れとした。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 差し馬を続けて三人の懐は完全に崩壊した。そして、賭ける金がなくなり勝負をすることができなくなってしまった。これでようやくママは開放される。

 時計で時刻を確認すると午前0時と表示されていた。だが、京太郎にとって、この数時間は数十秒程度にしか感じられなかった。それくらい、濃厚で詰め込まれた大勝負であったということだ。

 テディはまだ勝負を続けたいようであったが、二人の白人が勝負を切り上げて次の機会に倒してやると意気込んで店を出てしまったので勝負を続行することは出来ない。

 

「負けたよ、ママ」

 

 テディは二人の白人を送った後にもう一度店の中に戻ってきた。

 

「車が無いだろ? 東京まで送ってあげるよ」

 

 ママも京太郎もテディの言葉を信じて彼の車の後部座席に腰を下ろした。

 京太郎もママも闘牌の疲れからか、車の中で眠ってしまった。

 

「どこなの? ここはどこ?」

 

 というママの声で京太郎は目を覚ました。

 

「東京さ――」

 

 運転席に座るテディからの返事はとても冷たく、冷徹であった。

 

「東京はわかるわ、東京のどこなの?」

「さぁ、そいつは日本人の方が詳しいんじゃないの」

 

 左手に大きな川、右手には畑が続いていた。東の空が白みががっていたが、まだまだ暗い。

 

「多摩川、かしら――」

 

 車が止まった。

 

「ここは東京じゃないわよ」

「だが、送ってきたぜ。ガス代をいただこうか」

「なによ、それ」

「ガソリンを食ってるんだよ」

「......そうなの、いくら?」

 

 テディは拳銃を突き付けてママのバック全部さと洒落た口調で呟いた。

 

「冗談でしょ......」

「冗談じゃないよ。本当は僕が大勝する予定だったんだけど、今回はママに勝ってもらうことにしたんだ」

 

 テディは白々しくそう告げてママのハンドバックを奪い取った。

 京太郎は何もすることが出来なかった。

 

「さぁ、大人しく車からおりてくれ、撃たないよ、撃つもんか。でも、鉛球は入ってるんだ。いいかい、この島を取り仕切ってるのは僕達――アメリカ人なんだからね? ジャップが大きな顔をするんじゃないよ。――さぁ、坊やからおりるんだ」

 

 京太郎とママはただ呆然と走り去っていく車を眺めた。

 数分間の沈黙の末にママはゆっくりと崩れ落ちた。

 京太郎が見ていた強くたくましいママの姿など毛ほどもなく、ただただ、普通の二十代後半の女性――八代雪という女性の姿を見ることが出来た。本当は彼女も弱い存在なのだ。

 

「......宿を探しましょう」

 

 京太郎はルーレットで勝利した四百円を靴下の中から取り出して、宿を探した。

 そして、宿を見つけて、あの日――はじめて出会った時のように激しく重なりあい。愛しあった。

 ......それ以来、京太郎は彼女と会っていない。会えていない。




 疲れた......
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