あの日の夜、京太郎は多くを失った。
ママは姿を消し、家には家具一つ、鼠一匹住み着いてはいなかった。
クラブは跡形もなく撤去され、賭け事を行える場所なんて存在しなかった。
京太郎の心の中に残ったのは、ママと愛しあった生暖かい時間だけだった。
今日は皮肉なことにクリスマスだ。アメリカ人でもないのにジングルベル、ジングルベルと日本人が騒いでいる。お前達は自分達が負けた国の風習を素直に受け入れるんじゃないよと心の中で皮肉を告げた。
ある程度通い慣れた雀荘の中に入ると四人しか客が入っていない。
京太郎はクリスマスの偉大さに肩を落とした。
玄人すら、クリスマスには家族と過ごすんですね、そうですね......
「おや、京太郎くんじゃないですか」
「清水さん」
髪の毛を七三に分けた背のひょろ長い男が京太郎の姿を見て嬉しそうに笑いかけた。
京太郎は勝っていますかと質問してみるがそこそこだよと謙遜されてどのくらいの儲けが出ているのか知ることが出来なんだ。でも、清水という男は京太郎と同等、いや、それ以上の玄人であり、下手に勝負に負けるような器ではない。だから、勝っているのだろう。
彼との出会いはママのクラブでの打ち合いだった。
いつものようにプロとしてクラブで打っていた京太郎だが、その日、その人にだけは勝てなかった。それがこの清水という男だ。そして、京太郎は数個の技を清水から習得している。
「京太郎くん、煙草、やめたのですか?」
「はい。ママと縁が切れて体に悪いからやめました」
「そうですか......愛煙仲間が減りましたね」
清水はラッキーストライクを口に含んで煙を吸って吐き出す。
煙草を楽しんだ後、清水は面白い場所を見つけたんですとニコヤカに返して付いて来ますかと尋ねる。
京太郎はレートはどのくらいなんですかと必然的に返すと――千点棒一本五百円と背筋が凍る金額を提示してきた。
京太郎は懐の額を確かめてゆっくりと考えた。
やれない勝負ではないが、これが消し飛んだら路頭に迷うのは当たり前。
ママのクラブも無くなったし稼ぎ場は殆ど消えたと言っても良い。
この際、大きく勝負して住む場所と安定した狩場を見つけたいと思っていた京太郎は少しだけ悩んだ。
そして、結局は清水の背中に付いて行き、その背筋の凍る勝負、勝負師達が集まる場所に足を運んだ。
店の中には一人の客とマスターが一人だけだった。流石にクリスマスとなると玄人でも、玄人でも家族と過ごすのだろう。だが、テクテクとこの場所にやってくる足音が聞こえた。
二人、酒によった豪勢なスーツを着た男が二人入ってきた。
「俺から打つよ」
京太郎は稼ぎ時だと思い、札束を持って卓にはいろうとする。
が、清水がそれを止める。
やはり、清水も稼ぎたいのかと思い京太郎は瞳を覗き込む。
「代わりばんこで打ちましょう。そしたら五人で打てるでしょう」
清水は一局精算のルールを提示し、放銃した人間が五人目と交代して打つことを提案した。
京太郎は壁をやって欲しいのだろうと思って必然的に酔っている二人の客の後ろに椅子をおいて壁になった。
清水は流石と言わんばかりに軽い上りだが平和をロンアガリして京太郎に席を開けてくれた。
京太郎は不思議に思った。壁役をして欲しいならツモ和了で弾き出すのはあまり良いことではないと。
だが、卓に入れるのなら入るしかない。
数巡後、京太郎の手牌はこのようになった。
{1112334578} {中中横中}
普通に混一色の聴牌でこのレートなら数カ月分の部屋代になる。
京太郎はツモ和了り出来ることを願ってゆっくりと山から一牌の牌を持ってきた。だが、やってきたのは{④}であり、京太郎の上がり牌ではなかった。
「すいません、本当にすいません。ロンです」
京太郎はオヤ? と清水を見た。
コンビ打ちをしているわけではないのだが、ある程度の考慮をして麻雀を打っていた京太郎は清水のこの軽い和了りに少しだけ不信感を感じはじめる。
それに付け加えてこの和了り、
{①②③④④⑤⑥⑦⑧⑨} {横三四五} ロン{④}
これは少し可笑しい。
鳴いて一通を作るのは簡単だ。でも、こういう風に一通の牌を鳴かないで一通を作り上げるのは難しい。
京太郎はこの局、誰か鳴いたかを確認してみるが誰も鳴いていない。じゃあ、積み込みではないのだろう。
不信感が加速する。
京太郎は鳴きの一通の代金を払って清水の後ろに椅子をおいて見物してみた。
――また一通が出来上がっている。
配牌事態はある程度の手だったのだが、それがこういう手に化けたと思うと少しだけ可笑しい。それに付け加えて清水の打牌も少し変だった。
{二二12346789②③④⑥}
一通の聴牌なのだが、何故か清水は不要な{⑥}を着ることなく、必然の如く{6}叩いてた。その次のツモは{⑧}であり、これでもう一度聴牌に持っていた。清水は{1}を迷うことなく叩いて、その次の順にロンと甲高い声を上げた。
「二十日くらい前に下ろしたばかりの牌を使ってるのにもう覚えてしまったのか」
「覚える?」
マスターが小さい口調でそう告げたので京太郎も同調してその内容を確認してみた。するとガン牌だよと麻雀を打っている四人に聞こえないように答えた。
京太郎は確かにガン牌をしているならああいう和了りもわからなくはないと思ったが、ガン牌というものは本来は三元牌や風牌なんかに目印を付けてガメるものなのだ。それなのにああいう風に筒子や索子をガン牌していると思うと少しだけ可笑しいと思える。
だが、清水がガン牌をしていることには変わりはない。京太郎は対策を練った。
もう一度卓に座って清水の瞳を見ていたら申しませんよとニコヤカに笑って麻雀を打った。
京太郎は不信感を感じながらも自分の持つ力すべてを出し切ってこのガン牌に対抗しようと思ったが、そうもいかないで放銃こそしないものの種銭を少しだけ増やすことしか出来なかった。
◆◇◆◇◆
「面白いクラブだったでしょ?」
清水は問いかけるように京太郎に告げた。
「はい。でも驚いたな......怖い麻雀をやっちゃった」
「はっはっは、何故?」
「最初の{④}、あれ、どうやったの? 俺にも出来る?」
清水はニコヤカに笑っていいですよとガン牌について説明した。
一番わかりやすいのは筒子で横の塗装が少しだけ荒いものが多く、{③}{④}{⑦}{⑨}はすぐに見分けがつくらしい。それ以外には彫り込みの端に少しだけ目印があったりとガン牌なんて案外簡単だと説明した。
だが、京太郎はそれでは筒子だけじゃないかと反論した。
「まぁ、そのうちコツを教えますよ」
「でも、貴方みたいな玄人は初めてですよ」
「アメリカ人の方が楽で金を巻き上げられるからね」
「えっ?」
「ママのクラブが閉まったから他のクラブを教えてあげるよ。京太郎くんは筋がいいからね」
清水は京太郎の肩を二回叩いてそのまま夜の街に消えていった。
京太郎はお腹がすいたなと思い。ドサ健が通っているカニ屋に足を運ぼうとした。
その時、キキキキと轟音に近いタイヤの擦れる音が響いた。
清水がだらりと地面に倒れて米兵のシボレーに担いで乗せられた。
京太郎は急いで後を追ったが、車に勝てるはずがない。
京太郎は小さく、クラブ......教えてもらえなかったな......と夜の街に告げた。