京太郎放浪記   作:偶数

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ニの二の一座 1-1

 出目徳に連れて行かれた先には、焼け野原にポツリと残ったボロ屋だった。ボロ屋だとは言っても、即席で作られた手製の家というわけではなく、普通の大工が作った一軒家、京太郎は出目徳の顔を見て、この人は手癖の悪さだけではなく、時運も持ち合わせているのかとほくそ笑んだ。

 出目徳が戸を開けると目つきのキツイ女将がお帰りなさいと出目徳に告げた。出目徳は今日の稼ぎだと言わんばかりに肥えた財布を2つ取り出し、片方を女将に手渡した。財布を受け取った女将は京太郎の顔を一度見て、米兵との混ざりなのかいと尋ねる。京太郎は純血の日本人だが、面倒くさくなり祖父がイギリスの人間と嘘をついて適当に流した。

 

「爺、勝ったか?」

 

 出目徳に連れられてちゃぶ台のある部屋に入ると上州虎が何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。京太郎は虎さんどうしてここにいるんだいと質問する。虎の方も京太郎の訪問に大口を開けて驚いていたが、自分が出目徳の知り合いで安い金で居候させてもらっていると説明する。

 

「虎、少し外してくれないか、この坊やをお引きにするからよぉ」

「京をお引きにするのか? こいつは飼い殺せる玉じゃねぇぞ、やめときな」

「この坊やが俺以上の博徒だって言うのか?」

「博徒としては爺の方が上かもしれないが、勝負師としては京の方が上だ。まあ、手を噛まれないように気をつけるんだな」

 

 出目徳は虎の捨て台詞にしこりを残しながらも、雀卓に誘導し、面白い技を教えてやると京太郎の瞳を覗き見る。京太郎は爺さんのシワの寄った顔に薄気味悪い何かを感じながらも新しい技への好奇心に勝てないでいた。

 信じられない速さで4つの山を積み上げ、京太郎の下家に座る。そして、出目徳はサイを振り、二の目を出した。京太郎はサイをつまみ、同じように二の目を出してみせた。出目徳は期待感にニンマリと笑みをこぼす。

 

「坊や、その若さでどれだけ打ってきたんだ」

「打った回数なんて数えるわけないよ。勝った回数も数えてないんだから」

 

 出目徳は自分が取る山を取り、京太郎も続いて山を切り開く。そして、出目徳はポンと字牌を倒して天和と宣言する。京太郎は出目徳の手をよく確認する。バラバラの手にはなっているが、確かに和了しているのだ。

 

「この技を名付けるなら二の二の天和、どうだ、俺と組まねぇか?」

 

 

 京太郎は汚れが目立つ天井を見つめながら、隣で布団を着てる上州虎に声を掛ける。

 

「虎さん、出目徳っていう爺さんはどんな博打打ちなんだい」

「京、博打をする人間は色々といる。おまえさんは流れを感じることが好きで博打をしてる。だが、出目徳の爺は金を握ってねぇと落ち着かねぇ馬鹿なのさ。小さい頃から金に執着して、金を短時間で巻き上げる方法を足りねぇ頭で考えた結果がアレだ」

 

 京太郎は少し考えて、本当の意味の博打打ちという存在がアレなのかと不思議と納得できた。

 出目徳はお引きになるならこの家を宿にしていいと京太郎を居候にさせた。布団は金を持ってるなら自分で買ってこいと言い、明日から遠い雀荘を荒らしに行くとも言っていた。

 場を荒らす、その言葉に少しだけ嫌な気持ちを感じる。彼が打ってきた麻雀は場を荒らす力を場を荒らす力でねじ伏せ、どの荒らしが一番凄いかを決めるようなものだった。だからこそ、自分が場を荒らすという感覚を事前に感じることが出来ない。確かに、技を使って場を荒らした経験はあるが、それは自らが牌に告げる暴力であって、彼女達が行ってきたのは――牌からの一方的な暴力なのだ。

 

「虎さん、まだ起きてる?」

「ああ、珍しく寝付けない」

「健さんに会ったよ、怪しい仕事やってるらしいね」

「ああ、俺も怪しい仕事に関わってるからな」

「……博打打ちが仕事したら終わりだよ」

「博打するための金稼ぎしてるだけさ」

 

 虎の瞳から炎が消えたと京太郎は悟った。彼は何人も煩悩にまみれ、そして、金を必死に追い求める博打打ち、勝負師、博徒、それらをここ一年で多く見てきた。そして、そのすべてが闘志のような何かを感じさせていた。虎に会った時、まだ、虎には炎が残っていた。だが、今は安定という足場に甘えている。

 

 ――博打打ちとして終わる。

 

 案外、安定という確かな地面を見つけてしまったら、博打を家業にすることが出来なくなるのかもしれない。京太郎は自分が何時何時に虎のように地面を見つけるのだろうかと目を閉じた。

 

 

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

 ここに三十四枚の牌が並べられている。この山に技を施す場合、どのような工夫をすることが出来るだろうか?

 

【元禄積み】

 {九}{裏}{八}{裏}{七}{裏}{六}{裏}{五}{裏}{四}{裏}{三}{裏}{二}{裏}{一}

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

 これが一般的に言われる元禄積みである。自分が親番の時に七の目を出し、対面から牌を切り開いて、自分の山を掴む時に一気通貫を仕込むという酷くオーソドックスな積み込み。だが、これを成功させられないようなら、玄人として生きることは不可能。

 

【三元牌爆弾】

 {裏}{裏}{中}{中}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{白}{白} {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 {裏}{裏}{發}{發}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{中}{白} {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

 大三元爆弾、五の目を出し、自分の山に仕込んだ三元牌を引き入れる積み込み。これの爆発力は凄まじく、どんな状態からでも大三元を狙えるとあって、玄人が好んで使っていたイカサマだ。だが、これは爆発力ゆえ、一つの雀荘で一度くらいしか使用することが出来ず、積み込みの粗さ=摘発に繋がる。

 

【左手芸・カッパ抜き】

 

 {白}{中}{發}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 {白}{中}{發}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}

 

 左手芸、カッパ抜きとも言われる初歩的なイカサマ。上家が牌を取る瞬間に山を整える形で仕込んだ牌を手牌の二枚、四枚、六枚とすり替え、自分に有利な展開を引き寄せる技。

 

 これら三つが基本的な積み込みの完成形、これら以外の積み込みは殆どがこの三種類の派生となる。

 出目徳が使った二の二の天和は爆弾の派生になる。だが、爆弾と一線を画す部分が一つだけある。自分の山だけではなく、もう一人の山を使うというコンビ打ちだから出来る暴力。

 この時代、イカサマを防ぐために二度振りのルールを採用する店が多かった。

 

    3・7・11

4・8・12 →↓ 2・6・10

     ↑←

     5・9

 

 二度振りでこの形、気づく人間はどれだけいるのだろうか、いや、発案者の並外れたセンスによって作り上げられた玄人だからこそ気付いた。麻雀打ちが一生に数回見れるかどうかわからない天和という夢の役満。それを即席で完成させる技、それが二の二の天和。

 

【二の二の天和】

 

(下家)

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{七}{五}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{三}{一} {裏}{裏}

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{八}{六}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{四}{二} {裏}{裏}

 

(自山)

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{白}{裏}{白}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{九}{九}{裏}

 {裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{裏}{九}{九}{裏}

 

 これが二の二の天和、二つの山とサイを使って組み上げる手積み麻雀最強のイカサマとなる。コンビで打つことを想定して作られたこの技、コンビで打っているということを悟られない限り永遠に使える最強の技。京太郎にとって、この程度の積み込みは赤子の手をひねるより簡単だ。

 

 

 出目徳は眠っている京太郎を蹴り起こす。京太郎はギロリと出目徳を睨んで、だが、欲にまみれたその表情を見た瞬間に打ちに行くのだと悟った。京太郎は語りかける、どのクラブを荒らすのかと、出目徳は互いの技量を確かめ合う、昨日の安い場所で使うと言った。

 

「……いってらっしゃい」

 

 出目徳は何も返さずそのまま部屋を出た。京太郎はあくびを一つつき、最近できた喫茶店に足を運んだ。

 

 時間が過ぎるのは早いもので、喫茶店で泥水と同じ味のコーヒーを飲んでいたら丁度いい時間になった。京太郎は風呂に入りたいとボヤキながら雀荘に入る。すると出目徳が飄々と牌を握っていた。京太郎は空いた卓の椅子を取り、その卓を観戦する。

 打っているのは、この雀荘のマスター、ロイド眼鏡の男、パイプを咥えた男。マスターに至っては、他の仕事から帰ってきたのだろうか、額から汗を流しているが、ネクタイも外さず卓に向かっている。

 

「誰が勝ってるんだい」

 

 京太郎はわかりきったことを出目徳以外の三人に聞いた。

 

「馬鹿つきさ。このおっさんの」

 

 ロイド眼鏡が顔色を悪くして出目徳を睨んだ。

 店主はこれじゃあ商売が成り立たない。卓代を倍にするかとぼやく。が、その言葉を言い終わると同時に出目徳の大きな手に差し込んでしまう。出目徳が京太郎を見て、次は坊やが相手かいと白々しく尋ねた。

 

「待ってくれ、このままじゃ俺の意地が許さない。坊や、もう少し打たせてくれ」

 

 マスターが奥さんを呼んで財布を持ってきてくれと頼む。京太郎は出目徳を睨んで、マスターの肩を持つ。

 

「マスター、どのくらい負けたんだ? 俺がこの爺さんに差し馬握らせるから、金額を言いな」

 

 マスターは京太郎が負けた時はどうするんだと尋ねる。俺が負けたらマスターの負け分を俺が払うよ、なんて無表情で告げて、立たせる。マスターは金額を言って、京太郎は出目徳に差し馬を申し出る。出目徳は顔をしかめ、わかったよ、なんて駄々っ子が渋々納得するように言った。

 一曲勝負、京太郎の親だ。出目徳は下家に座っている。

 

「強欲爺、店主からどれだけ巻き上げてるんだよ、打てなくなるぞ」

「毟り取れる奴から取るのが麻雀だろうが」

 

 一局勝負、出目徳が京太郎のことを睨んだ。だが、京太郎はこの睨み、二の二の天和を仕込むと読んだ。洗牌の中で必要な牌を拾い、山を積み上げる。

 

「二だな」

 

 京太郎は当たり前のように二の目を出す。出目徳も当たり前のように二の目を出した。

 カチッカチッと音を立てて山を切り崩す。そして、京太郎の手は天和に仕上がっていた。

 

「気持ち悪いぜ、人助けしたら、お天道様が味方してくれるのか、天和」

 

 出目徳は露骨に嫌そうな顔で金を投げた。最初の一番、通しも入れないで二の二の天和を仕込んだ手前、一本目で成功させるとは考えていなかった。京太郎は金を拾ってマスターに渡す。マスターは感謝の言葉を絶やさない。

 

「爺さん、搾り取ってやるよ、お天道様は俺のことを見てるようだ」

 

 京太郎はピースサインを額に二回押し当て地面に指を指した。出目徳はニンマリと笑って、どっちが絞られるんだろうね、と、高笑いをした。

 京太郎がやろうとしていること、それは二の二の天和の地和版。自分の積み込みの腕を見せてやるから地和を和了しろという宣言だ。

 

 

 京太郎は煙草の紫煙を楽しみながら歩く。出目徳の爺さんは巻き上げた金をニマニマとした表情で眺めている。その姿を見て、嫌悪の表情になるが、玄人はこういうものだと理解してそっぽを向く。

 

「坊や、どうして差し馬を握らせた」

「暇潰しで打つ場所を減らしたくなかっただけさ。普通の麻雀を打てる場所ってのは、打ち手にとっては大切なんだよ」

「ケッ、巻き上げられる雀荘は腐る程にあるのに一つの店に執着するな、金運が逃げるぞ」

 

 結局は金か、そう呟いた。




お久しぶりです。多分、次の投稿は来年ですね。
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