京太郎放浪記   作:偶数

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チンチロ部落 1-3

 京太郎は久しい安眠を楽しんでいた。だが、深く眠れていると聞かれるとそうでもない。自分自身という存在が何故、戦後まもない東京に来てしまったのかを考えると眠れるものも眠れない。深く考えれば考える程、睡眠という行為を邪魔してしまうのだ。

 京太郎は学ランのポケットの中に入ったシワだらけの十円札を取り出し、これで何日持つかを考えてみる。

 

「安宿での生活はたいした金はかからない......でも、これが永遠に続くわけじゃない」

 

 京太郎は何故、こんな事になったのかを振り返ってみる。

 あれはインターハイから帰ってきた次の日の事だった。団体戦の全国制覇を果たした清澄高校の麻雀部は部長、竹井久との打ち納めのために部室で朝から夜まで麻雀を打った。だが、京太郎は一度しか勝利することが出来なかった。運の要素が強い麻雀で、数十回もの対局を重ねてもなお、一度しか勝利することが出来なかった。

 圧倒的実力と言えば、彼女達も胸を張れるかもしれないが、京太郎はそうとは思わなかったのである。

 

「勝ったのは殆ど運だった......国士無双がダブルリーチ状態で入ってくれば誰だって上がれるに決まってる。いや、あの面子じゃあ、二割程度だったのかな......」

 

 国士無双、それがダブルリーチで入ってきた。普通ならば出やすい老頭牌でも、あの面子、宮永咲、原村和、竹井久の面子で打てば二割程度の和了率だと考えても可笑しくはない数字である。それくらい、彼女達にはオカルトという超常現象に愛されているということだ。

 

「国士無双――あんなに出て嬉しくなかった役満ははじめてだった......」

 

 京太郎は溜息を吐き出し、不貞寝をするように誇り臭い枕に顔を埋めた。

 あの日、役満はそう珍しいものではなかった。天和や九蓮宝燈などこそ出なかったが、役満御三家と緑一色、はたまた四槓子などという役満のオンパレードだった。そう考えると『国士無双』という価値のある役満はそこら辺に落ちている石ころと大して変わりはなかったのだ。

 

「......俺は間違った打ち方をしたのか?」

 

 オカルト打ち、デジタル打ち。京太郎はこの二つの中のデジタル打ち、それも守り重視のデジタル打ちを学び、放銃率を下げて最低でも二位に入れる打ち方を勉強した。絶対に放銃せず、手に似合った役を作り、一発を消して相手の手を安くする。理想的なデジタル打ち、だが、それすら砕くのがオカルト打ち。どんなに放銃率を下げようともツモられたら意味が無い。ツモられ貧乏、最終的に千点の差で四位に甘んじる。

 悔しいと思おうとも、守り重視の打ち方で勝利をもぎ取ることは出来ない。なら、攻め重視なら? 逆にそれは放銃率を上げて飛ばされるのが関の山、愚策でしかない。結局はオカルトにデジタルは歯がたたない。

 

「バカバカしい......あれは麻雀じゃない、ただの札合わせだ」

 

 負け犬の遠吠えを吐き捨てて浅い眠りについた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 ある程度体を休めたと同時に安宿を出て安くて腹を満たせる飯屋を探した。だが、物資が不足しているこの時代に質と量を問える店は少なく、米軍からの横流し品のレーションと呼ばれる軍用食量の方が安くて腹を満たせる。それでも、昨晩の大勝で勝った金を少しでも使って豪遊をしたかったため、うどんと書かれた看板の店に腰を下ろした。

 

「うどんをちょうだい」

 

 京太郎は暗い表情でうどん屋でうどんを注文する。

 

「負けたのかい?」

 

 うどん屋の店主は暗い京太郎の表情を見て博打で負けたのだろうかとカマをかけてみるが、京太郎は学ランのポケットから札束と呼べる十円札を取り出し、ここのうどん屋はこれだけ持ってても足りないのかと逆にカマをかける。

 

「博打で勝って暗そうな表情をする奴は珍しいよ」

「あぶく銭より、汗水たらして働いた金の方が気持ち良く使えるのさ」

「違いない!」

 

 割り箸を裂いて作られたうどんを口の中に入れた。物資が不足しているのであろう、薄味だが、久しいうどんの味に涙を流しそうになる。それでも、箸と口は止めないで一口一口を味わって噛みしめる。

 すると隣に老人が現れて例のものと店主に言葉をかけた。

 

「若いの、勝ってるか」老人は隣りに座っている京太郎に質問をする。

「人並みに」京太郎はひとまず謙遜するように人並みにと答えた。

 

 店主は奥の方からダンボールに入った大量のさつまいもを持ってきた。

 京太郎はそのさつまいもが少しだけ気になった。

 

「ワシはこの近くの教会で神父をやっとる者じゃ」

「へぇ、そうなんですか......」

「恵んではくれないか。戦争で親を亡くした子供を育ててるんじゃが、育ち盛りの子供達に芋だけを食わすのは少し忍びないんじゃ。一円でいいから恵んでくれないか......」

 

 京太郎は少し考え、神父の目をしっかりと見つめた――嘘がない。

 

「なあ、そのさつまいもはいくらなんだい?」

「んあ、ああ、市場で安く買い叩いたから五十円ほど貰えれば......」

「六十円、うどん代を含めて足りるかい?」

 

 ポケットの中から十円札を六枚取り出してその場に置いた。

 嘘をついていない人間に恵まない人間なんてただの屑だ。懐が温かいならば恵むのが当たり前だ。

 神父は一言、温かい一言、ありがとうと告げて芋を持って店から立ち去った。

 

「あの人は本当に人間が出来てるよ――あれが聖職者ってやつなんだろうな」

「戦争で両親を亡くした子供は多いってことですね......」

「でも、それを庇ってくれる大人は雀の涙だ」

 

 うどんの汁を飲み干してもう一度、昨日の部落に足を運んだ。




 この作品の中の京太郎の麻雀の打ち方は作者の打ち方です。
 出来る限り放銃率を下げて門前で手を進める。そして、高い手を和了って一位になる。でも、ツモに非常に弱い。
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