あの虚しい戦いからそれ相応の日数が過ぎ、京太郎の傷が完全に癒えた頃だ。
京太郎はママの家に半ば居候として住まわせてもらい。亭主が帰ってきていない日、そして、ママが男を欲する時に快楽に溺れる時間を過ごしていた。
この際だから彼女の説明をさせていただこう。彼女の名前は八代雪。当時、日本軍が占領していた大東亜共栄圏の一国、インドネシアのセレベスの生まれであり、戦時中は南アジアで軍の仕事を請け負っていたらしい。年齢はあのようなバーで大きな顔をしているのだから、京太郎よりそれなりに年上なのだろうと思ったが、京太郎より一回り年上というだけで二十五~六程度である。失礼であるが、小鍛治プロより年下である。
旦那はこの辺りでは顔の効く人間らしく、詳しくは説明してくれはしなかったが、一般人なんかより何十倍も権力を持っていて、気に触れば殺されかねないということは理解できる。
「嫌な話だな......」
「どうしたんだい?」
京太郎は酷く沈んだ顔でちゃぶ台に置かれている札束を睨みつけた。だが、その札束が京太郎の不利益になるわけではない。逆にこいつは京太郎の純増利益であった。それでも、こいつを綺麗な眼差しでながめることはできなんだ。
京太郎はママの後ろ盾を持ってあの店で麻雀をある程度打つようになった。その途端に米兵達は銃を抜くことはなくなり、普通の麻雀を打ってくれるようになった。連日連夜の勝利。生まれ持っての運の見極め方と勝負強さで敗北していないというわけではないが、勝ち越している。だが、それが京太郎の心を抉る。
「坊や、気が付き始めてるだろ? 客が少し減ったことに」
ママはニヤリと京太郎の考えを見透かす。まったくその通りである。
京太郎が麻雀を打つようになって少し、だが、確実に減少した。それは勘の良い京太郎ならわかっている。だからこそ、自分の打ち方に疑問を持ちはじめているのだ。もし、これが部員達との慣れ合いの麻雀ならともかく、金銭が飛び交う戦争で勝ち続けるのは愚策。ある程度の蜜を塗らなければならない。
「坊や、アンタはプロになりたいんでしょ?」
「プロ? ......いやいや、俺じゃあプロなんて」
京太郎は自分が住んでいた時代のプロのヴィジョンが走馬灯のように流れはじめる。
――三尋木咏。
――戒能良子。
――瑞原はやり。
――野依理沙。
――小鍛治健夜。
絶対に勝てない相手というものは必ず存在するものである。
京太郎ではこの五人のプロには勝てない。本来の麻雀であれば、素人でもプロに勝利する可能性を秘めている。だが、彼女達は例外であり、素人でも玄人でも勝利できるかわからない。正直、全国大会で優勝した程度の麻雀打ちに翻弄されている時点で勝ち目などありはしない。
「大丈夫、プロなんて朝から昼まで打ってたら自然となれるよ。でもね、勝ち過ぎるのはプロなんかじゃなくて雀ゴロってやつなのよ」
「雀ゴロ......」
ママの言葉が矢のように突き刺さった。
確かにそうだ。自分より弱い相手を一方的に叩き潰して金を巻き上げる。それだけ、それだけでは芸がない。誰も面白くない。
「プロってのはね、お客の力が6なら7、3なら4、10の相手なら11、12の相手なら全力で叩き潰すのよ。――プロはね、どの相手でも好勝負をするのよ。そして、お客を喜ばして、遊ばせて、場代を取る。それが本物のプロよ。でも、時には12、つまりはサマを使って場を荒らすマナーの悪い雀ゴロがいるの――そいつは全力で叩き潰す。これもプロのプロたる由縁よ」
正論、圧倒的な正論だった。
振り返れば、どの賭博場でも京太郎は勝利を重ねていた。自分だけ甘い蜜を舐めていた。そんなのはプロではない。ただの質の悪い勝負師に過ぎない。
「ママ......俺はどうしたらプロになれる?」
酷く細々とした口調で京太郎はたずねた。
するとママはニヤリと笑って明日から特訓をはじめるわと告げた。
◆◇◆◇◆
自分に出来る精一杯の接待麻雀をママの店ではないレートの低い店で打っては見たものの、自分が振り込めば勝てる戦いも勝てなくなるし、流れも振り込んだ相手に呑み込まれてしまう。運の流れを誰よりも重視する京太郎にとって、自分の流れを他人に譲るのは酷く滑稽なことなのだ。
ママの家へただいまと告げて入るとニヤニヤとした表情で麻雀牌をかき混ぜているママがいた。
「今日から特訓よ」
「プロになるための特訓ですか?」
「ええ、座りなさい」
ママは牌をかき混ぜるのをやめて京太郎の顔をにこやかに覗き込んだ。
「積み込みは出来る」
「積み込み? ......山に自分が欲しい牌を仕込むことですよね。米兵がよくやってる」
「あれは左手芸、雀ゴロが使う卑怯で見破り難い技ね。本当の積み込みを見せてあげるわ」
得意な手付きで山を積み上げる。そして、親が取る部分を捲っていくと――一通の積み込みが完成しているのである。
{一■二■三■四■五■六■七■八■九}
信じられなかった、山を積むのに不順な動作は一つも見当たらなかった。それなのにこれ程の積みこみが出来るなんて......
京太郎は山を崩して自分も必死に順子を山に仕込んでみた。
{三■四■五■1■2■■■■■■■■}
「はじめてにしては上出来じゃない」
「一面子だけですよ......」
「いいや、右手で必要な牌を拾って左手でそれを隠す。それをあの一回で理解したなら上出来よ」
「でも、速度が足りない......」
「ええ、そこら辺の雀ゴロの方がもっと早く積めるわね」
京太郎は必死に牌を握り、プロになろうと歯を食いしばった。その先に自分よりずっと強い部の仲間の背中があると信じて。
私は物凄く麻雀が弱いのでこういう展開に憧れます。
因みに十回打ったらこのようになりました。
一位:3
二位:4
三位:2
四位:1
守り重視なので最後に捲られるのが多いのですよね......