世の中にはどうしようもない理不尽と理解不能なことが転がっている。
「正面から行かせて貰うのです。電の本気を……。」
「全てを焼き尽くすわ! 逃げるなら今の内だよ?」
炎の中に消えた船霊が最後に感じた特筆することもない、有り触れた感想である。
北緯xx,xxx 経度xx,xxx
太平洋上にある日本所属沖の鬼島鎮守府。深海棲艦の勢力図を押し戻した際に日本が太平洋で見つけた謎の島に建てられた鎮守府である。
名前の由来はこの島に居座り、大海戦の折に撃破された泊地水鬼から取られている。
鎮守府の中で最前線の一つであるここを統べているのは若い中佐だ。一風変わった艦娘を率いる彼は沖の鬼島を奪還した本人でもあった。
「提督、今日届いた書類は以上なのです。」
「もうかい? いつもより少ないね。」
「淀さんもいますから、何事もなければこんなものなのです。」
秘書艦『電』が差し出した緑茶を啜って一息吐いた提督はそんなものかと一人ごちて、大きな窓から鎮守府を一望した。
中庭で駆逐イ級を虐めている軽巡洋艦がちらりと見えて眉を上げた彼は、ういろうを切っている電にそれを尋ねた。
「鎮守府内に駆逐イ級が入り込んでいるようだが……。」
「あぁ……それなら球磨型姉妹が近海ではぐれたのを捕まえてきちゃったとかで、報告上げるって言っていたはずなのです……。」
「聞いてないなぁ。」
「とてもはしゃいでいたのです……。」
「まぁ、侵入されたんじゃないなら、後で少し言い聞かせておけばいいか。」
提督には懐の広さも求められるのだ。
「そろそろ第三陣の出撃時刻か。」
「なのです。 編成は戦艦清霜を旗艦に、陸奥爆弾、那珂ちゃん、出雲丸、七面鳥、島風、です。」
「やめなさい、本当……。まぁ、その編成なら安心だ。流石の空母棲姫も飛行艦隊を相手にした後では艦載機もそう残っていまい。」
「電たちだって勝てるのですよ?」
「幼神は弾薬かかるから駄目だ。」
執務室を出て港へ向かうと、提督を見つけた艦娘が道中集まってくる。
走り込みをしていた吹雪型がわらわらと集まり(深雪はそそくさと逃げ出した。初雪はいない)、魚雷手裏剣の訓練をしていた川内が夜戦抗議に現れて、姉妹と現れた足柄が提督と腕を絡める。
途中一矢乱れぬ団体行動の訓練をしていた五十六人の不知火に見つめられた吹雪型が燃料漏れを起こすアクシデントはあったが、提督は港の管制室に入ってドッグを見渡した。
「見送りには間に合ったか。」
少しひやりとする静謐な空気が張り詰めるドッグの艤装台に立った清霜は管制室が見える窓を見上げて唇を舐めた。
提督が見ている。
それは清霜にとって何よりも魂を震わせる。提督のためなら戦艦の艤装も振り回してみせる。提督のためなら何でも出来るのだ。駆逐艦の限界を超えることすら何でもない。
「さぁっ、出撃でーす!」
彼女の乗った艤装台の下から巨大な艤装がせり上がる。清霜が愛用する武蔵の艤装を改造したものだ。大和型の艤装は同じ戦艦級でも扱えない者がいるほど重い。
しかし、清霜は艤装が接続されも顔色を変えることなく海上に滑り出した。
《清霜さん、艤装の説明をしますね。》
「よろしく、明石さん。」
《今回艤装に追加したのは最新型の斬艦刀です。大型で扱い辛いけど、貴女ならモノにするって信じてます。》
「任せて下さい!」
風を切る音を聞いて艤装を僅かに傾けた清霜の体に衝撃が走り、鋼が擦れる音が響いた。
《不明な▒▒▒艤装が接続▒▒▒▒されました▒▒▒直ちに使用を停止▒▒▒▒してください。》
「明石さーん、また登録忘れてるー!」
《あはは……。》
照合不全を知らせる警告を切って艤装を作動させた清霜の顔脇に無骨な柄が弾き出され、動作確認を済ませた清霜は再びそれを戻した。
続いて抜錨してきた五隻の気配を感じて振り向いた清霜は陸奥、那珂ちゃん、飛鷹、瑞鶴の姿を確認した。
「しま」
「後ろだよ。見えなかった?」
「……島風もいるわね。」
既に先行している島風を先頭に単縦陣を組んだ艦隊は空母棲姫が確認された海域へ進路をとった。
《第三艦隊の諸君、祝勝会の用意をしておく。早く帰ってきなさい。》
短い、提督からの通信。
血が沸き立つような興奮を覚えた。
「暁の水平線に提督の名を刻んできます!」
「頼もしいわ。後詰は任せるわね、清霜。」
鈴を転がしたような声が頭上から振り、第三艦隊は視線を上げた。
「護衛艦も艦載機も数えるほどにしか残ってないよ。第三艦隊なら楽勝。そうでしょ、日向?」
「まあ、そうなるな。」
「弾薬切れで沈めきれないなんて……不幸だわ……。」
艤装を高速航行形態から通常形態へと目にも止まらない速度で変形させた四隻の航空戦艦は静かに海面へと着水する。
色彩鮮烈な光を纏った甲板を引き連れた扶桑から最後に戦った海域と敵艦隊の進路を清霜が受け取った。
「瑞鶴、貴女それいいじゃない。八段式?」
「……悪くない。中々格好良いぞ。」
「はーい、那珂ちゃんだよー!」
「ズイ(( (ง ˘ω˘ )ว))ズイ」
「頑張ってね、陸奥……。」
「ありがとう、山城。もう爆発しないわ。火薬庫の壁を厚くしたの。」
「ぜかまし、先行くからー。」
「第三艦隊、行きます!」
飛行艦隊は航空戦艦用のドッグへと飛んでいき、清霜の号令で速度を上げた第三艦隊は遠洋へと目を向けた。
どれだけ弱っていても深海棲艦は油断ならない。特に姫や鬼に至ったものは常識を破壊してくる。何があっても心乱れぬように清霜は深く息を吐いた。
「飛鷹、瑞鶴。先制お願いします。島風は飛び出ていいから、徹底的に攻撃して下さい。那珂ちゃんは全体の支援を、陸奥は私と弾薬尽きるまで砲撃し続けて。」
飛鷹と瑞鶴の艦載機で索敵をしながら数時間かけて扶桑に伝えられた海域に到達すると、先の海戦の激しさがまざまざと視界を埋めた。
浮いている破片から推測するだけでも三桁の艦載機がこの海域で撃墜されている。飛行艦隊の前に第一艦隊が一度攻撃したと聞いていた清霜は姫級の底力に舌を巻いた。
「見つけたわ。東南東に敵艦隊見ゆ。」
「針路修正、追いつきます! 艦爆出して、島風も先行許可!」
「島風、いっきまっ」
「瑞鶴攻撃隊、発艦始め! 第一から第八甲板開放!」
「飛鷹攻撃隊、発艦よ! 陰陽甲板伸びなさい!」
声を置き去りにして遠ざかる島風の頭上を覆うように艦載機が空へ広がる。
それが遠くへ消えてから数十分して第三艦隊は空母棲姫の艦隊の姿を捉えた。空母棲姫は艦爆の群れに蜂の巣にされ、護衛艦は四方八方から砲撃する島風の対処で混乱している。
そこへ容赦ない清霜と陸奥の砲撃が振った。那珂ちゃんの魚雷が着弾の衝撃で足を止めた護衛艦に突き刺さる。
次から次へと横っ面から撃ち込まれる攻撃に空母棲姫以外が轟沈し、艦載機が戻った一瞬の空白。最早死に体の空母棲姫が言い表すに難い光を発した。
即座に砲撃した清霜たちは真っ直ぐ突撃してきた空母棲姫に対して格闘戦を選択した。
「もぉ、痣ができたらどうしようかしら……。」
「扱い辛いだか何だか知らないけど、最新型が負けるわけないでしょ!」
無骨な斬艦刀を両手に構えた清霜と、下げた左手を揺らすボクシングの構えをとった陸奥は破れかぶれに突っ込んでくる空母棲姫と正面から激突した。
戦艦級二隻を相手にして力負けしない空母棲姫が憎悪を込めて二隻を睨んだ。
「ヒノ……カタマ、グァ!?」
「全速前進島風バスター!!」
最大戦速で脇腹に突き刺さった島風の頭に空母棲姫が苦悶の呻きを上げる。僅かに浮き上がるほどの威力のそれに目を向いた彼女に休む間もなく、背中から蹴り飛ばされた。
飛鷹のお嬢天罰覿面蹴りを貰った空母棲姫がつんのめるようにたたらを踏んで射程圏に入ると、瑞鶴が交互に高速回転する八段式甲板を空母棲姫に叩きつけた。
「うおりゃああああ、五航戦最終奥義ぃぃぃ!! 沈め、加賀ァ!!」
「あんた殺されるわよ。」
耳をつんざく様な掘削音を響かせて空母棲姫の装甲を切り裂く甲板の三枚が割れて弾け飛んだ時、空母棲姫の体が火炎のような血を噴いた。
踏ん張る力も残っていないのか、鞠のように吹き飛ばされた空母棲姫が陸奥に影をかけた。
「ゑ?」
「オノレ……!」
陸奥と空母棲姫の艤装がぶつかり、軋む嫌な音が鳴った。
「らぁめええぇぇぇ!? 引火しちゃうのぉぉぉ!!」
陸奥の艤装から火花が散り、刹那。黒煙と爆炎が陸奥の背中から大輪の華のように広がった。
陸奥の爆発に巻き込まれて断末魔を上げて崩れ落ちた空母棲姫が沈んでいく。
沈んで、逝く。
「マタ……シズム……ナンドデモ、ナンドデモ……ヒノカタマリニナロウト……。」
同じように戦没した艦船の魂を根底に持つ六隻の艦娘は空母棲姫に共鳴し、されど異なる側面を持つ者として静かに見送った。
その髪先が、指先が水面の下に沈んで暗い海の底に消えゆくまで。
「浮いてきそうですね。」
「また爆発しちゃったわ。火薬庫の壁を厚くしたのに……。」
「陸奥のそれは呪いか何かだと思う。」
「あ、来るわよ。」
「空母棲姫だから赤城さんか加賀さんにでもなるんじゃないかしら。」
「やめてよね……。赤城先輩ならいいけど、加賀先輩はもう二人いるんだから。」
海面に円く広がった淡い光の中から水飛沫を上げて人影が海面に浮上する。
勢いよく飛び出したその人影は髪から水を振り払って第三艦隊に振り向き、満面の笑顔を浮かべて言った。
「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ〜!」
「ワオ、那珂ちゃんだ! 私も那珂ちゃんだよ!」
「またですか……。」
「何人目?」
「撤収ー。」
「帰りましょ。」
「お風呂入りたいわ。火薬庫をまた直さなきゃ。」