幕間1 とある機関部員の日記
○月×日
今日のお嬢は機嫌が最悪のようだ。俺が担当するヤーロー式混焼缶も、そんなお嬢の機嫌を反映してか、今日はずっと愚図っていた。お嬢の機嫌さえ良ければ、お嬢の持つヤーロー式混焼缶36基からなるパワーは、新鋭艦の山城や扶桑、いや伊勢や日向にも負けない速力を生み出してくれるが…いかんせん、うちのお嬢は気まぐれな所が…。どうやら今日は、艦長の大佐殿がお嬢のご機嫌取りに失敗したようだ。ここ最近、お嬢の機嫌が悪い日が続いているような気がする。…艦長殿なんとかしてくださいよ。
○月△日
ここ最近、お嬢の機嫌が絶好調のようで、俺達機関部も楽をさせてもらっている。俺が担当しているヤーロー式缶もすこぶる好調だ。班長からそれとなく話を聞いたら、なんでもお嬢の想い人が今度赴任してくるとの事。機関部でも今はその話題で持ちきりになっている。とはいえ、機関長の少佐殿が話をしてくれたが、この話題は我が機関部だけではなく、他の部署…艦橋でも話題になっているようだ。機関長殿の話では、その想い人の野郎は、赤レンガの住人らしく少佐殿らしい。赤レンガの住人は碌でもない奴ばかりだろうから、お嬢が騙されているのではないかと心配になる。同期連中も俺と同じ感想を持ったようで、お嬢が騙されているに違いないという結論に達した。その野郎がここに赴任して、我が機関部に来た時には、たとえ少佐殿とは言え、締め上げて本当の事を吐かせてやる必要があるだろう。
○月●日
いよいよ例の野郎が、巡洋戦艦金剛に赴任してくる日が近づいてきたようだ。お嬢の機嫌は最高潮に達しているようで、全ての面において機械の機嫌が良い日々が続いている。なんでもお嬢の機嫌が良く艦全体が順調な事から、艦長殿の機嫌も最高のようだ。艦橋に居る奴等から話を聞いたが、あの気難しい艦長殿が最近は笑い声を上げる事もあるとの事だ。そして今日、俺達機関部員まで動員がかかり、甲板掃除などの任務が言い渡された。なんでもお嬢が、艦長殿に甲板などを全部ピカピカにして欲しいと泣きついたようだ。例の野郎のために、俺達まで甲板掃除に駆り出されるのは釈然としないが、あのお嬢まで甲板掃除に参加している姿を見て、俺達も全力でやる事にした。そして今度来る赤レンガの少佐殿が、万が一にもお嬢を泣かせたら…只じゃすまさんという事を心に誓った。
○月■日
例の野郎が着任した。俺たち機関部員も例の野郎が乗艦する姿を見てやろうと思って、当直の者以外は甲板の隅から見ていたんだが、いけすかない野郎だ。それに野郎の乗艦のために、わざわざ艦長殿まで甲板に居たというのも気に入らない。しかも艦長殿への挨拶よりも先に、お嬢が野郎に抱きついたのはもっと許せん。信じられんことに、あの気難しい艦長殿がそれを笑顔で許していたんだが、よっぽどお嬢の機嫌が良いのが艦長殿にとってもうれしいようだ。乗艦の後、野郎は艦長殿とお嬢に連れられて艦橋に行ってしまったから、俺達はその後を見ていないが、艦橋勤務の奴等から話を聞いたところでは、あの野郎は新航海長として艦橋勤務になるようだ。おそらく艦長殿は、お嬢の傍に野郎を置いておいた方が艦全体にとって都合が良いと考えたのだろうが、俺達機関部員からすると、まったくもって納得出来ない。おそらくお嬢があの野郎に騙されているのは確実だろうから、いつか俺達の手であの野郎の化けの皮を剥いでやらなくてはいかん。やっぱり、赤レンガの住人は碌でもない奴ばかりだ。
▽月○日
今日は珍しく、お嬢が機関部までやってきた。あの野郎も一緒だというのは気に入らないが、お嬢が自分の機関部を自慢するために案内しているようだ。勿論俺達機関部員もお嬢に恥をかかせる訳にはいかんから、俺のヤーロー式缶もピカピカに磨いてある。しかしお嬢が野郎を案内している時にその問題は起こった。俺は丁度近くに居たからよく聞こえたんだが、あの野郎はお嬢に『金剛さん、全速力で走れば、伊勢や日向にも勝てるのかい?』と聞いていた。それに対してお嬢は『あたり前デ~ス。私はこの鎮守府の戦艦の中で、一番足は速いネ』と返していた。機関部員の俺としては、全面的にお嬢の言葉に賛同出来る。当然の事だ。しかしあの野郎は、そんな得意満面のお嬢を挑発しやがった。『しかし金剛さん、艦長の話では、金剛さんの機嫌が悪い事が多く、なかなか全速力が出せないとの事ですが、本当に大丈夫ですか?』と来たもんだ。…残念ながら、これには俺も同意せざるをえない。たしかにお嬢の機嫌さえ良ければ、どんな艦にも負ける気がしないが、お嬢は気まぐれなところがあるからな…。
しかし、そんな野郎の挑発にお嬢が黙っている筈がない。『何言ってるネ。そこまで言うのなら、私の実力見せてあげるネ~』となってしまい…結局この話が艦長殿のところまで上がった結果、今度お嬢の全速航行をする事になってしまった。機関部員の俺としては、久しぶりのお嬢の全速航行だから嬉しいが、余分な仕事が増えたことは間違いない。…とはいえ、お嬢に恥をかかせる訳にはいかないから、俺たちは今まで以上にベストの状態で缶を維持するしかないってもんだ。それにしてもあの野郎…お嬢を挑発して俺たちの仕事を増やしやがって…覚えていろよ。
▽月×日
ついに今日は、お嬢が全速航行をする日だ。俺たち機関部員の間でも緊張が走っている。『機関、両舷前進原速!』機関長殿からの命令が出た。艦橋詰めの奴等の話では、今日の全速航行は、艦長殿もいたく楽しみにしていたようだ。なんでもお嬢の機嫌が最高に良い状態で行う全速航行…どれくらいまで絞り出せるのか楽しみにしているとの事だが…俺たち機関部員も楽しみではある。こればかりはあの野郎に感謝しなくてはならない。
『第四戦速より第五戦速へ、異常が出たら早めに知らせろよ。』機関長殿は心配しているが、実際に缶を操作している俺から言わせてみれば、今日はまったく問題ない。俺が担当するヤーロー式缶も絶好調だ。これならば…本当に最大の速度が出せるかもしれん。『第五戦速より最大戦速へ…行けるな?』ついに最大戦速の指示が出た。普段であれば、第五戦速辺りで機嫌が悪くなる俺のヤーロー式缶だが、今日は全く愚図っていない。これもお嬢の機嫌が良いからか…。『機関一杯へ!』ついに最後の命令が機関長殿から出た。ここからは未知の領域だ。限界を超えて機関をまわす訳だが…今のお嬢の機嫌なら行ける。
『艦橋より、只今の速力27.7ノット。減速開始!』よっしゃ!伊勢や日向の方が新型かもしれんが、速力はお嬢の方が上だという事が、証明出来たぞ。お嬢の機嫌さえ良ければ、帝国海軍の戦艦では、お嬢がもっとも韋駄天だ。そして…あの野郎…いや、未だに気に入らねぇが、あの少佐殿が乗艦している限り、この速力が出せるという事か…。
×月○日
今日も俺のヤーロー式缶は絶好調。いや、最近この艦の全てが絶好調の状態で維持されている。原因は間違いなく、あの少佐殿のおかげだ。先日の全速航行の後、あの少佐殿がわざわざ機関部に礼に来たからその時に話を伺ったんだが、あの少佐殿、三笠様の弟子らしい。ただ敷島様に睨まれて赤レンガに飛ばされたという事らしいが…道理でお嬢が懐いている筈だ。それに、あの三笠様に見込まれたというのは大したもんだ。俺たちにとっては雲の上の話かもしれんが、赤レンガの住人でも尊敬に値する奴は居るもんだ…という事がよく分かった。
少佐殿の話では、今回の巡洋戦艦金剛への航海長としての赴任は、三笠様が赤レンガから引き抜いてくれた…という話らしいが、おそらく二、三年は塩気を浴びられるらしい。やはり海軍軍人たるもの、塩気を浴びなければ男じゃねぇからな。という事は、お嬢の機嫌もこれからしばらくは上機嫌という事だ。俺たち機関部にとっては欣快の至りだ。
×月×日
最悪だ…。これまで絶好調だった俺のヤーロー式缶。今日、敷島様が来るまでは絶好調だったんだが…敷島様が乗艦した瞬間にヤーロー式缶が愚図りだしやがった。そして、その後何があったのか分からんが、お嬢の機嫌が最悪の状態になり…機関部は地獄の状態だ。少佐殿が居る限り大丈夫だと思ったんだが…いったい何があったんだ。
●月×日
あれからお嬢の機嫌があまり良くない。現在は小康状態だが、機関部でも目を放すと缶が愚図りだすので、緊張が続いている。そしてお嬢の機嫌が一気に悪くなった原因が、俺たち下っ端まで伝わってきた。機関長殿が言うには、あの日来艦した敷島様が、少佐殿を赤レンガに戻す事を艦長殿とお嬢に伝えたらしい。本来、二、三年は異動しなくても済む筈が、少佐殿の場合はまだ一年も経っていない。当然の事ながら、艦長殿もお嬢も敷島様に大反対したらしいが、敷島様に睨まれて沈黙したそうだ。どうやら上の都合が絡んでいるようだ。ああ見えて、少佐殿はかなりのやり手だ。おそらく赤レンガで何か問題が発生して少佐殿を呼び戻す必要が出たのだろう。…とはいえ、それに振り回される俺たちの身にもなってもらいたいものだ。
この決定を知らされて以来、お嬢の機嫌が最悪の状態になってしまったようで、艦長殿も困ったようだ。そしてその結果、少佐殿を航海長の任務から外し、お嬢専属の話し相手にしたおかげで、今の小康状態になっているとのことだ。…ということは、少佐殿が退艦してしまったらどうなるのか…怖くて誰も考えることが出来ない。
●月▲日
ついに少佐殿が退艦する日が来てしまった。お嬢の落ち込みようは、傍から見ている俺たちまで辛くさせる。そして少佐殿の離艦の際は、三笠様と朝日様、それに敷島様まで来ていた。何故この三人が…と最初は思ったが、少佐殿が離艦する時にその理由がよく分かった。少佐殿が艦長殿に挨拶して、お嬢に敬礼した瞬間、お嬢が少佐殿に抱きつき大泣きの状態で『離艦しないで欲しいデ~ス。』などと我侭を言い出した。少佐殿の困った顔は、一見の価値があったが…あれは見ているこちらも辛いよな…。幸いな事に、お嬢は三笠様達に取り押さえられたが、最後まで大泣きの状態だった。おそらくこれを予想して、お嬢を引き剥がすために三笠様達が来ていたのだろう。
□月□日
仏滅。あれ以来、お嬢の機嫌は最悪だ。これ以上無い程最悪だ。俺たち機関部員も毎日塗炭の苦しみを味わっている。くそ…赤レンガの奴ら…一時的に天国を見てしまっているが故に、尚更今の状況が辛い。ひょっとして…赤レンガの奴ら、俺たち現場の人間で遊んでいるのではないか?と思えてしまう…いや、そうかもしれない。いずれにせよ…あいつ等覚えていろよ…。何かの機会に乗艦したら、絶対に船酔いにしてやる…俺はそう心に決めた。
それに少佐殿…偶にでいいからお嬢の相手をしてやってくれよ…本当に頼みますよ…。
久しぶりにこちらを更新しましたが、一部と二部の間にある幕間の話しです。第一部の最後で山野少尉は海軍省軍務局に異動になりましたが、その後着実に昇進を重ねて、ついに少佐まであがってきました。そんな時、山野少佐に一度くらいは艦隊勤務をさせてやろう…と考えた三笠様が、赤レンガから山野少佐を引き抜くことに成功。異動先は…巡洋戦艦『金剛』。勿論、金剛さんの我侭を三笠様が適えてやった形です。今回のお話は、そんな山野少佐が乗艦する事になる、金剛さんの機関部員達の日記です。
金剛さんの速力…本当は比叡さんが全力で出した速度なのですが、話の都合上、金剛さんが頑張った…という形にしています。
第二部の方…半分くらいは書きあがったのですが、残りの半分が…。リアルの事情もあり、思うように書けませんが、もう少し待ってもらえたらな…と思います。読んでいただきありがとうございました。