第八話 軍縮の足音
海軍省 軍務局 山野中佐
「中佐、昇進おめでとう。また古巣に戻ってきた…という事だが、潮気は十分に浴びてきたかね。こちらの事情で短期の艦隊勤務で戻すことになってすまなかったな。それと、色々と話は聞いているが、金剛での勤務は大変だったみたいだね…ハハハ。」
「堀田閣下、ただいま戻りました。これから再びよろしくお願いします。金剛勤務の件は…もう何も言わないで下さいよ…お願いします。」
「ハハハハ…中佐は艦娘からもてるようで、羨ましい限りだ…ハハハ。」
いや…金剛さんでの勤務は本当に楽しかったけれど、色々と大変だった。敷島様の後ろ盾で海軍省に配属され、その後三笠様の温情で艦隊勤務の経験をさせてもらった訳だから文句は言えないが…よりにもよって巡洋戦艦『金剛』での任務だったとはな…。どうせ、金剛さんの我儘を三笠様が聞き入れた結果実現したのだろうけれど、俺が乗艦した瞬間に金剛さんに抱きつかれたのは…。あの結果、直属の上官には睨まれるわ、部下の士官や下士官連中からは殺気の籠った視線を向けられるわ…散々な日々だったよ。
まぁ、艦長以下上層部からは、金剛さんの機嫌がよくなって色々とやりやすくなったと言われて、喜んでもらえたから、こうやって海軍省に昇進という形で戻ってこられたんのだが…。俺が退艦する時も一悶着あったし…今頃艦長達も金剛さんを宥めるのに苦労しているのだろうな…。しかし海軍省にも話が広まっている…って事は、小堀や敷島様の耳にも入っているって事だよな…勘弁してくれよ。
「中佐、着任して早々に悪いが、佐藤閣下から呼び出しを受けている。直ぐに私に同行して海軍大臣室に来て欲しい。」
「はっ、局長。」
着任していきなりかよ…。とはいえ、この海軍省に居て佐藤大臣に目をつけられる訳にはいかんし…。堀田局長も少し慌てている感じだから、急いで準備して同行するか。
海軍省 海軍大臣室 山野中佐
「山野君、海軍省に無事戻ったか。早速で悪いが急ぎで相談したい事があったから、呼びだした。そこに座りたまえ。そっちの経理局長の志位君の事は知っているね。あと小堀中佐は…たしか君の兵学校の同期だったな。」
おっ、小堀も呼び出されていたのかよ。しかし…経理局と軍務局のトップが海軍大臣に呼び出されている…どうせ碌でもない話なのだろうな。着任早々…これじゃあな。また艦隊勤務に戻りたいぜ…。
「さて集まってもらったのは他でもない。そろそろ例の案件、ケリをつけないとな…。志位局長、小堀君、どちらでも構わないが、後どれ程今の規模を維持出来る?」
…やっぱりこの案件だよな。俺が金剛さんの所に配属される前から言われていた話だから、俺も知っているが…。現在の帝国海軍は主力艦の規模が大きくなり過ぎてしまって、特に新型戦艦の艦娘の維持だけでもかなりの予算が取られている。にもかかわらず、軍令部と実戦部隊は更なる戦艦の要求を…俺も海軍省に居なかったら、拡大を要求しているのだろうが、生憎俺は海軍省に居て、帝国の経済状態の現実も知ってしまっているからな…。なんというか…知らない方が幸せだという言葉もあるが、まさにその状況だよな。
「小堀君、君の口から大臣に現状報告を」
「はっ、志位局長。閣下、現状の維持であれば十年といったところですが…これ以上の拡充を考えるとなると…もって数年かと。」
…そこまで状況は悪化していたのか。小堀も苦渋の表情だが、俺だってそうだよ。艦隊勤務から戻ったばかりで、こんな話を聞かされるんのだからな。
「そうか…。となると、やはり一時的な艦娘の規模縮小は避けられんという事だな?志位局長。」
「はい…経理局としましては、戦艦は9乃至10の維持が妥当かと…。現在建造中の陸奥を残すとなると…金剛級以下の廃艦が必要になります。」
「小堀君、君の考えを聞かせて欲しいのだが…主力艦についての制限…これは早晩必要になるだろう。補助艦についてはどうする?」
「補助艦も制限が必要になるかと思います、閣下。とはいえ、全てを一気に行った場合、軍令部そして実戦部隊の反発はあまりにも大きくなりすぎますし、人員削減も視野に入れておきませんと…。とはいえ、帝国の経済状況が順調に成長すれば、それに見合うだけの規模は必要になるでしょうから、人員削減の件も含めて慎重に行う必要があるかと。」
まぁ…こればっかりはな。帝国政府も帝国の経済規模の拡大に乗り出しているし、比較的潤沢な予算を海軍に回してくれているが、現在の海軍は帝国の規模を考えても大きくなり過ぎている。将来はまだしも、現状での削減は致し方ない…ってとこだよな。たしかに以前敷島様が言っていたように、次回の戦争は規模が大きくなるだろう…という見方には俺も賛同するが、それ以前に帝国が経済的に潰れてしまっては、元も子もないからな…。とはいえ人員削減もそうだし、主力艦の数を削るなんてやったら、実戦部隊を中心に収拾がつかなくなるぞ…。ここは俺も一言言っておいた方良いだろう。
「佐藤閣下、発言をお許しください。たしかに経理局の主張は理解していますし、それが必要だという事も賛同いたします。しかし…小堀が申しますように、軍令部そして実戦部隊…いえ、ここは敢えて名前を言わせてもらいますが、横須賀鎮守府の南郷提督の反発は避けられません。事は慎重に運ぶ必要があるのでは?」
「山野君、流石に私も一気に事を進めるつもりはないよ。まぁ、段階を踏む必要があるだろうが…これは私の力がある内に断固として行わなくてはならん…と考えている。帝国のためにもね…。そこで今日集まってもらったのは…まずは一番大きな問題となるであろう戦艦枠の縮小を行う。軍令部、そして実戦部隊の反発を極力抑えるやり方を考えてくれ。以上だ。経理局長と軍務局長は残るように。」
いきなりとんでもない命令だな…。そしてこの場に、俺と小堀が同席させられているという事は、佐藤大臣は俺たち二人が中心になってやれ…と言っているのだよな。まぁ、佐藤大臣に十分な力がある内にやれ!という事だから、可能な限り反発は抑えてくれるのだろうが、ここ数年の間に戦艦娘を退役させろ…という事か、大変な仕事になりそうだな。
俺がこの場に呼ばれた理由もよく分かるぜ。海軍省に居て敷島様が強力に俺と小堀の出世の後押しをしてくれたから、海軍省のほとんどの奴らは、俺と小堀は敷島様の秘蔵っ子だと考えている。とはいえ、上層部は俺が三笠様を指導艦として選ぶことが出来た唯一の士官という事も知っているから、三笠様を通じて俺が軍令部や実戦部隊との繋がりが大きいという事も理解している筈だ。大方、佐藤大臣は俺を矢面に立たせようとしているのだろうな。
「はっ、閣下。失礼します。小堀、後で俺の所に寄ってくれ。」
海軍省 海軍大臣室 佐藤友一郎 海軍大臣
「志位君、堀田君。彼ら二人に…いや、一番難しい案件は山野に任せる事になるが…骨は海軍省で拾ってやってくれ。」
「了解いたしました、閣下。しかし…山野には貧乏くじを引かせる事になりましたな。」
そうだな…。とはいえ、この局面で海軍省が切れる札としては、山野以上の札はない。敷島に無理を言って、山野を早めに海軍省に戻すことが出来て本当に良かった。敷島も、山野を一年間で艦隊勤務から海軍省に戻す事には苦労したみたいだがな。先日会った際に、色々と愚痴を聞かされたが、三笠と金剛の両方から詰られるとは…敷島にはいつも面倒をかけてしまっている。だから…戦艦枠縮小とはいえ…敷島はなんとか海軍に残してやりたいが…私の立場的にそうも言っておられん…すまんな敷島。
そして山野には完全に貧乏くじを引かせる事になってしまったか。敷島は勿論、あの三笠からも『くれぐれも頼む』と言われていたが…ここで経歴に傷をつける事になってしまうとはな。流石にこの案件を中心人物として関わる以上、無傷で済むとは私もとても思えん。今回の功績で大佐にしてやる事は出来ても…実戦部隊から恨みを買う事は必定。あいつの夢は艦娘の指揮を執る鎮守府司令官だったと思うが…海軍省で骨を拾ってやるしかないだろう。
「閣下、いかがいたしましたか?」
「いや…山野にはすまん事をしてしまったと思ってな。それに敷島もそうだが、私は三笠と南郷に恨まれるだろうな…とな。」
「閣下…」
今回の案件、軍令部は宮様辺りが五月蠅いだろうが、あれはまだ私の力で抑えられるし、三笠の指導を受けた山野は宮様からの受けは良いから、そちらはなんとかなるだろう。しかし…実戦部隊…特に横須賀の南郷と私が正面からぶつかってしまっては、お互いに影響力が大きすぎて帝国海軍全体が機能不全になる可能性がある。帝国のため、それだけは避けなくてはならん。ここは例え三笠達に恨まれても、山野に頑張ってもらうしか手はないな。南郷…お前にもすまん事をしてしまうが、ここは帝国のために堪えてくれよ。
海軍省 経理局 山野中佐
「小堀…さっきの話だが…」
「あぁ、戦艦の数に枠をはめるという事だろう?反発を抑えろと言われてもな…。」
そうだよな。間違いなく軍令部と実戦部隊からの反発は凄い事になるだろう。軍令部については、最悪宮様になんとかしてもらうという手はあるが、実戦部隊はな…。南郷提督が納得してくれるとは思えないし、敷島様も頭では理解してくれても納得はしてくれないだろうな…。それに名目か…ん、待てよ。軍務局に居る俺なら、世界各国に働きかける事も可能なんだよな…。おそらく他の国でも、同じような案件を抱えている筈。だとしたら、外国を巻き込んで反発を抑えるという手も…。
「なぁ、小堀。ちょっと考えたんのだが、欧米を巻き込んで、国際ルールとして戦艦の数を一時的に制限するとしたらどうだ?今後の深海棲艦との戦いを考えれば、間違いなく欧米との協調は不可欠。おそらく各国で同じような問題を抱えているとなれば…戦艦縮小の立派な大義名分にならないか?」
「…そうだな、山野。悪くは無いのだが、他の国と利害調整出来るか?…いや、英国も米国も同じような課題を抱えている以上、妥協点は作れそうか。とりあえず佐藤大臣に内々に伺ってみるか?ただ…それでも実際に縮小される戦艦の艦娘達からの反発は凄いだろうな…。貴様、最後までやりきれるか?敷島様達も退役させる訳だろう?」
…そうだよな。三笠様や敷島様も含めて全て退役させる訳だからな…。ここまで俺達の出世の後押しをしてきた方たちまで切るというのは…。いや待てよ、戦艦枠の縮小という事は、既に海防艦になっている富士様は残る訳だよな…。敷島様達を予め海防艦に艦種変更させてから、戦艦枠縮小をすれば…。それに元々、敷島様達の維持費などそれ程大きくないから…名目がつけば、敷島様達であれば救えるのか。
「おぃ、小堀?少し相談なのだが…。その国際的なルールを作る前に、敷島様達を海防艦枠に移しておけないか?事情を話せば軍令部は説得出来ると思うのだが…。それに南郷提督も秘書艦の敷島様を残す道を作っておけば、説得材料にはならないかな?元々、敷島型の維持費など痴れているだろう?」
「…前大戦で戦った富士様も既に海防艦になっているから…敷島様を海防艦枠に移すことは、それ程問題ないと思うが…貴様、敷島様を説得出来るのか?それに…敷島様達は助けられたとして…香取姉妹、薩摩姉妹そして河内姉妹は退役になるだろう…その説得だって一筋縄じゃいかないぞ。」
「ん?敷島様の説得は貴様の仕事だぞ?小堀。」
「なっ…。」
そりゃそうだろ。敷島様の一番のお気に入りは貴様だ、小堀。貴様が説得しなくて、一体誰が説得するんだよ。…それに香取姉妹達の説得か…。一応案はあるが、これを実行してしまったら…俺はもう実戦部隊には戻れんし、いくら帝国のためとはいえ…これだけはしたくないから、他の手を考えないとな…。
「小堀、香取姉妹達の説得は少し考えさせてくれ。それと…一回、軍令部の宮様の所に行ってくるよ。最悪、宮様に軍令部を抑えてもらわないといかんからな…。」
「山野分かった。敷島様の事は少し考えてみる。それと…軍令部の方は頼んだぞ。俺は大臣のところに一度行って、さっきの案が可能かどうか確認をとってくる。」
とても久しぶりに投稿する事になりました。なんとか生きています(笑)。ただ仕事の関係で、以前のように頻繁に投稿は出来なくなりました。とはいえ、今回の正月休みになんとか第二章が出来上がりましたので、第二章を一気に投稿したいと思います。まえがきでも書きましたように、この第二章は人間パートが非常に多くなります。『鎮守府の片隅で』に登場する提督が、苦労していく様を楽しんでもらえたら…と思います。
『鎮守府の片隅で』もなんとか書きたいのですが、なかなか…。とはいえ、Warspiteさんの物語は是非書いてみたいものですね…。