鎮守府への道   作:ariel

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第九話 敷島の暴発

軍令部 花頂宮中将居室  山野中佐

 

 

「花頂宮閣下、お久しぶりです。巡洋戦艦『金剛』への配属の際は、大変お世話になりました。今回、海軍省軍務局に戻りましたので、その挨拶に参りました。今後ともよろしくお願い致します。」

 

「山野君か、潮気は十分に浴びてきたかね?やはり海軍に居るからには、偶には潮気を浴びないとな。何、金剛配属の件は、三笠からも頼まれた事だからな。流石に三笠の希望を叶えない訳にもいくまい。それにしても…中佐、金剛乗艦中は色々とやらかしたようだね?艦長の牟口君からも色々と聞いとるよ。まぁ、若いことは良い事だな…ハハハハ」

 

クソッ…宮様の所まで、乗艦中の情報が行っているのか…勘弁してくれよ。三笠様のおかげで、こうやって宮様には色々と便宜を図ってもらっているけど、本来なら相手は雲の上の存在なのだぞ…。早晩、軍令部の総長となるだろう…とも言われている方だというのに…俺の失態がここまで広がっているのかよ…。金剛さん…本当に勘弁してくれよ。

 

「閣下…その件は、忘れていただけると…ありがたいのでありますが…。」

 

「ハハハハ。先日、三笠がわしの所にわざわざ訪ねてきて、教えてくれたのだぞ?忘れられる訳なかろう…ハハハハ。ところで中佐?今日は何の用だね?まさか挨拶だけのために、わしの所に来た訳ではあるまい。」

 

三笠様…何やっているのですか。…さて、冗談もここまでだな。まずは艦隊拡大派と言われている宮様を説得しない事には、全ての計画が無駄に終わるぞ。ここは慎重に交渉をしないといかんだろうな。

 

「はっ…。閣下、単刀直入に申し上げます。既にお耳には入っているかと思いますが、現在海軍省では、戦艦枠の縮小について考えております。そして…この案件は私が担当する事になります。」

 

「山野!戦艦の削減は、軍令部として何があっても飲めんっ!!」

 

…くっ。やはりそうなるか…。

 

「…と、聞く耳をもたん士官は多いであろうな。とはいえ三笠の秘蔵っ子でもある中佐のことだ。何か考えがあってわしの所に来たのだろう。とりあえず話を聞こう。」

 

なんだ冗談…いや半分くらいは本気だったのだろうが、とりあえず三笠様の顔を立てて俺の話は聞いてくれる…ということか。なんだかんだ言っても、俺は未だに三笠様に世話になりっぱなしって事なのだろうな。

 

「閣下、海軍省としては戦艦の保有数を9乃至10に抑える事を基幹に計画を立てております。ですから…金剛級以下の艦娘の皆さんには…遠からず退役してもらう事になるかと…。」

 

「山野、たしかに戦力的には金剛級とそれ以前の艦では雲泥の差…気持ちは分からんでもない。ただ…わしもそうだが、おそらく南郷提督も、先の大戦で活躍した古参艦を退役させる…心情的には飲めん話ではあるな…。」

 

そうだろうな…。俺たち若手士官は先の大戦を戦ったわけではないから、それ程思い入れはないのだが、宮様達古参の士官達にとっては、先の大戦で共に戦った古参艦娘は戦友であり同志のようなもの。『戦の役に立たないから退役してくれ』で済むような話ではないだろう。だからこそ、俺の案が生きてくるのかもしれんが…。

 

「閣下。閣下のお気持ちは十分理解しております。であるからこそ、この私の案を聞いていただきたいのです。今回の削減案は戦艦枠についての話。この話を動かす前に、先の大戦で活躍された敷島様や朝日様、春日様達を海防艦枠に移してしまう…敷島様達の維持費であれば、実際の所それ程大きくはありません。自分としては、この辺りでなんとか収めたい…と思っておるのですが…。」

 

肝心な部分は隠しているが…さて…宮様はどう出てくる。正直に言えば、こちらが切れるカードはこれくらいだ。これで宮様が納得してくれないと、かなり難しい事になるな…。

 

「中佐。三笠はどうするつもりだ。今の中佐の案では、敷島や朝日達については分かったが、三笠の話には触れていないようだが?」

 

「…」

 

「三笠は戦艦として退役させる…か。あの三笠が退役すれば、実際に退役する事になる香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹も不満はあれど、承服せざるをえない…ということだな?」

 

…流石は次期軍令部次長と噂されている宮様だよな。俺の計画の肝心要の部分は簡単に読みきってきたか。そう…三笠様が退役するとなると、退役する事になる他の戦艦娘達も滅多な事は言えないし、実戦部隊からの反対の声も小さくなる。それに…

 

「そのとおりであります、閣下。それに…私としては、三笠様は戦艦『三笠』です。海防艦となった姿を見たくはありません。」

 

「中佐…。中佐は、三笠が唯一面倒を見た新任士官だったな。その三笠に対して、中佐自らが引導を渡すつもりか?」

 

「…その覚悟は…出来ております。」

 

「よろしい。それだけの覚悟があるのであれば、わしはこの件については何も言わん。それと…軍令部はわしが責任を持って抑えてやる。ただ…中佐、たとえ三笠を説得出来たとしても色々な方面から恨みを買うことになるぞ。実戦部隊には戻れない覚悟はしておくのだな。あと、これは独り言だが…三笠と話す前に、一度横須賀の南郷の所に行って話をしてこい。」

 

「はっ…感謝いたします。閣下。」

 

「うむ。」

 

元々この案を考えた時から、三笠様の説得は自分で行う予定だったから、その覚悟はしていたさ…。敷島様達には残ってもらうのに三笠様には退役してもらう…こんな事を三笠様に直接言えるのは、弟子であった俺しか居ないからな。とはいえ…こんな話を通そうとすれば、俺は間違いなく様々な艦娘に恨まれることは間違いなし。南郷提督もどう考えるか…。とはいえ、まずは軍令部の宮様には理解してもらえた…ということで一歩前進だな。未だ俺の案は、海軍省の正式な案にはなっていないが、軍令部が納得してくれる案となれば、海軍省での反対は少ないだろうから、この案で行くことになりそうだ。

 

それと…宮様は南郷提督と先に話をして来いと言っているが…どういう事だ?どう考えても、南郷提督の説得の方が難しいだろうから、先に三笠様の了承をもらってからの説得になると思っていたのだがな…。とはいえ、こういう話に対する宮様の直感は抜群に当たるからな…今回は宮様のアドバイスに従うか。

 

「閣下、ご助言感謝いたします。それではこれから、横須賀に行ってまいります。」

 

「中佐…一度覚悟を決めた以上、最後まで遣り遂げよ。…いざとなれば、軍令部で骨は拾ってやる…行ってこい。」

 

「ハッ。」

 

軍令部で骨は拾ってやる…か。宮様も今回の件でのリスクは承知しているという事か。そして、この案件は心情的には納得出来なくても、やらなくては帝国が潰れる事も理解している…という事だな。仕方ない…怒鳴られる覚悟で横須賀の南郷提督のところに行くか。

 

 

 

横須賀鎮守府 司令室   戦艦『敷島』

 

 

おや…今日は珍しい事ですね。山野少佐…いえ、たしか昇進していますから今は中佐ですか。その山野中佐が南郷提督の下を訪れました。それにしても、今回は事前のアポイントも取らずに急用のようですが、中佐は金剛勤務から海軍省に戻ったばかり。それ程急を要するような話があるのでしょうか。それに、南郷提督に対して人払いまで要求してきました。南郷提督は私の退席をお認めになりませんでしたが、中佐の顔を見ていますと、私は居ない方が良いのではないか…とも思います。

 

「中佐、敷島は同席させる。今回の中佐の話、敷島にも関係する話であろう。二度手間にならんように、一度で済ませておけ。」

 

「はっ…南郷提督。」

 

私にも絡む案件であり、現在軍務局に在籍している中佐の用件。となれば、あの案件ですか。…そう、私の進退に関わる話でしょうね。かなり前から海軍省でこの話が密かに動いていた事は私も知っていました。そして、中佐を新任少尉時代に海軍省軍務局に配属させたのも、中佐をこの案件に関わらせるため。…あの時にまいた種が、今日どのような形で戻ってくるのか…正直言いますと不安ですが、私も先の大戦で最後まで戦った戦艦…覚悟は出来ています。

 

「既にご存知かと思いますが、戦艦枠縮小の件で、今日はこちらに参りました、南郷提督。海軍省の原案としては…残す戦艦は9乃至10を想定しております。」

 

「…小僧、それをこのわしが飲むと…本気で考えてはあるまいな。」

 

「いえ…是が非でも飲んでもらいます。海軍栄えて国が滅びる…では困りますので。」

 

…。中佐、強くなりましたね。南郷提督の睨み付ける様な視線から目を逸らさずに反論しましたか。普通の士官であれば、南郷提督の視線をまともに浴びれば、緊張して目を逸らすのですが…相当な覚悟をして来た…という事なのでしょうね。南郷提督も、自分の手駒が削減される件ですから引けませんし、中佐も海軍省の人間として引けない…今日は長くなりそうですね。

 

「中佐、残す戦艦の数を考えれば、金剛級以下は全て退役…という事になるのだろうが、その数で帝国を守れるのか?中佐は『海軍栄えて国が滅びる』と言っておったが、国防を軽視すればそれこそ国が滅びよう。」

 

「南郷提督、お言葉ですが…金剛級以前と以後では、一艦辺りの戦力は段違い。金剛級以降の戦艦であれば、9乃至10でも当面は問題なし…そのように海軍省では考えております。そして提督のご好意で、先日まで私も金剛で勤務をさせてもらいましたが…この推測が間違いない事を確信しております。」

 

先日までの艦隊勤務で身をもって理解した…という事ですか。自分で経験した上で結論を出している以上、中佐の言葉には一定の説得力があります。ですが中佐の案では、私も含めて全ての旧式艦は退役という事のようです。これまで艦娘としての生活しか経験して来なかった私が今更他の人生を歩む…というのは難しそうですね…。

 

「中佐、身をもって経験した上での結論であれば、その結論自体は私も受け入れよう。だが、艦娘として戦ってもらうために海軍に召集した娘達をどうするつもりだ?香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹達であれば、海軍の禄を食んでそれほど時間は経過していないため、今ならば民間に戻ることも出来よう。しかし敷島達はそうはいかんぞ。小僧…単刀直入に聞く。敷島達をどうするつもりだ?」

 

南郷提督は私が一番不安に感じている事を直接聞いてくれましたね。そして中佐のこの質問に対する回答で、私もどのように身を処すのか…考えなくてはいけなくなるでしょう。

 

「南郷提督…敷島様達の維持費であれば、海軍省としては問題ありません。今回の削減は戦艦の削減。この話を動かす前に、敷島様や朝日様達を富士様と同様に海防艦に艦種変更をし、今回の件の対象から外す予定です。南郷提督も、敷島様が退役してしまっては、次の秘書艦を選ぶ事が大変でしょうから…。」

 

どうやら私達姉妹は、海軍に残ることは出来るようですね。最初の中佐の言葉の衝撃が大きかっただけに、今の言葉に少しだけ安堵する事が出来ました。しかし…ついに私も戦艦ではなくなってしまうのですね。富士さんを見れば、私にもいつかはこのような日が来る…というのは分かっていましたが、いざその日が来ると恐怖を感じますね。とはいえ、海軍に残れただけでも良かった…という事でしょうか。

 

「ふんっ…小僧なりに考えた結果という事か。流石に敷島に退役されてしまっては、わしも困るからな。まさか最先任という事で、金剛を秘書艦にした日には、司令室が騒がしくなりすぎる。中佐、敷島達の海防艦への艦種変更の件は受け入れよう。」

 

ふふふ…たしかに南郷提督が言うとおりですね。私が退役してしまえば、提督は新しい秘書艦を選ばなくてはなりませんが、その時の戦艦の最先任は金剛になるでしょう。そして金剛が秘書艦になってしまえば…流石に南郷提督には騒がしすぎますからね。いずれにせよ…私達姉妹の海防艦への艦種変更を南郷提督が認めたという事は、私達が海軍に残ることは海軍省と実戦部隊の間で合意が出来たと見てよさそうです。それと…南郷提督はまだお認めにはなっていませんが、香取さん達の退役もおそらく決まるのでしょうね…。これは香取さん達の説得が大変そうです。

 

「…それで小僧。三笠の件には触れていないようだが…退役させる予定なのだな?」

 

…そういえば、中佐は私と朝日については海防艦への艦種変更を告げましたが、三笠の名前は出していませんでした。私はてっきり三笠も海防艦にすると思っていましたが…。それに中佐は、三笠には返しきれない恩がある筈です。流石に三笠は最優先で海軍に残すつもりではないでしょうか…。

 

「はっ…提督。三笠様には戦艦として退役してもらう予定です。」

 

パシッ

 

「…敷島、控えよ。中佐、敷島が済まない事をした。わしが代わりに謝罪する。中佐、わしとしては言いたい事が山程あるが、中佐の覚悟に免じて、この件については口を出さん。だが…自分の希望を通す以上、自分で説得はするのであろうな?」

 

「勿論です南郷提督。今回の件、発案者である私が三笠様の説得は行います。提督の手を煩わせるつもりはありません。」

 

「…よかろう。三笠の弟子であった中佐自らが、三笠に引導を渡す覚悟を決めた以上、わしからとやかく言うつもりはない。だが、三笠の処遇については最大限の配慮を頼む。」

 

「はっ…それでは南郷提督、失礼いたします。」

 

 

あまりの事に、思わず手が出てしまいました。今冷静に考えれば、中佐も苦渋の決断だったのだという事を、頭では理解出来ますが完全に納得は出来ません。あれだけ三笠の世話になった中佐が、三笠を退役に追い込む。いえ…それを行わなくてはいけない理由は分かっていますが、それでも私の中では、未だに納得が出来ません。

 

「敷島…お前でも感情に身を任せる事があるのだな。」

 

「も…申し訳ありませんでした、南郷提督。後ほど、中佐には謝罪してきます。しかし…三笠を退役させる。…理由は分かりますが、まさか中佐がそのような事をするとは…。」

 

「小僧の立場では仕方あるまい。香取姉妹、薩摩姉妹に河内姉妹…6名もの戦艦娘を退役させる…いや、早晩補助艦の削減も計画している以上…わしも含めて現場からの反発、そして艦娘達からの反発は大きいだろう。『何故、ここまで帝国に尽くした自分達が退役をしなくてはいかんのだ?』という不満は必ず出てくるであろう。しかし三笠まで退役するとなれば、話は変わってくる。『あの三笠ですら退役するのだ。仕方ない…』とな。」

 

提督のおっしゃるとおりです。たしかにあの三笠ですら退役するとなれば、香取姉妹達も不平不満を言わずに粛々と命令を受け入れることになるでしょう。理由は私もよく分かります。ですが…これまで帝国海軍に尽くしてきた三笠を身一つで海軍から追い出す…あまりにも酷い仕打ちです。

 

「提督…三笠は海軍から退役した後、どうなるのでしょうか。」

 

「…今の時点ではわしも分からんが…戦艦の偽装を解いた後は、三笠も一人の女性。鎮守府の軍属という形で再び雇い入れる…くらいか。いや…この件は、それこそ小僧が何か手を打つのではないか?あれは、三笠に多大な恩があろう。」

 

たしかにそうなのですが…。本当に中佐は三笠を海軍から退役させた後のことまで考えてくれているのでしょうか。これは…謝罪に行った際に、釘を刺しておく必要がありそうですね。




山野中佐、いきなり面倒な立場となってしまいました。

また史実の敷島も、海防艦→特務艦という道をたどり1945年に除籍されています。ですから、敷島を海防艦に艦種変更というのは、この話を書く前から決めていました。ただ三笠の扱いをどうしようかな…というのは最後まで迷いました。この部分は完全にanother storyかもしれませんが、『鎮守府の片隅で』の三笠の扱いを考えると、この形が一番良さそうだ…ということで、今回のような形で物語を作ってみました。

今回も読んでいただきありがとうございました。
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