横須賀鎮守府 正門付近 戦艦『敷島』
「山野中佐。少しよろしいですか?先程は、一時の感情に流されてしまい、大変申し訳ありませんでした。」
「ゲッ…敷島様…。いや、その…。内々の場でしたし、私もあの件を大きくするつもりはありませんので、頭をお上げください。」
中佐…露骨に嫌そうな顔をしましたね。どうやら、未だに私が苦手なようですが、今回は少し釘を刺させてもらいますよ。私もそうですし、三笠の将来もあるのですから。
「中佐、相変わらずですね。お許しが得られたようなので、この件はここまでにします。それと私の方から、この件では何点かお願いしたい事があります。まずは小堀に伝言を。私を海防艦に艦種変更するのでしたら、直接来て私を説得するように…と。」
「分かりました、敷島様。必ず小堀に伝えておきます。勿論、私が敷島様にこの件を既にお話している事は、都合よく言い忘れると思いますが。」
中佐…とても良い笑顔をしていますね。まぁ、小堀と中佐はここに居た頃から非常に仲が良かった訳ですし、親友を少し困らせてやろうと思っているようですね。そういう事でしたら、私も少し物分りの悪い艦娘を演じてみましょうか。ここで三笠が退役するとなると、軍務が全て無くなった三笠は、一番好きな南郷司令官と一緒に居る時間も増えるでしょうから、あまり邪魔をする訳には行きません。それに私も戦艦ではなくなり少し気楽な立場になるでしょうから、もう少し自分の幸せを考えても良いと思うのです。問題は小堀が受け入れてくれるかですが、そこは強引に…。
「それと中佐、ここからが本題です。三笠の件です。三笠が退役することは、百歩譲って私も受け入れましょう。中佐の今の感じから、おそらく三笠は中佐の提案を受け入れたようですから。ただし、これは三笠の姉としてお願いします。退役後の三笠の生活ですが、海軍がきちんと面倒を見てください。」
そうです。これは、三笠の姉として譲ることが出来ない点です。三笠はこれまで、帝国にその身を捧げてきました。前回の大戦では連合艦隊の旗艦として、深海棲艦と最後まで戦い続けましたし、大戦後も横須賀鎮守府所属の艦娘のトップとして、帝国海軍最大の鎮守府の雰囲気を作ってきました。帝国への貢献は多大な物がある筈です。退役したからといって、身一つで軍を追われるという事は、私もそうですし、南郷提督も決して認めないでしょう。
「敷島様。この件については、私に腹案があります。現時点では海軍省の正式な案ではありませんので、内容をお話することは出来ませんが、必ずこの案は認めさせますのでご安心を。私は…三笠様の弟子ですから。」
なるほど。一応考えはあるようですね。軍務局の一員とはいえ、中佐の職責で腹案を認めさせるというのは、かなりの大見得を切っているようにも思いますが、今回の難しい一件で、軍令部や横須賀鎮守府を説得したという実績があれば、多少の無茶は利く…と考えているようですね。それに、三笠の弟子だ…と言っている以上、三笠の事をきちんと考えているのは間違いないと思います。少し心配ではありますが、中佐を信用するしかなさそうですね。
「分かりました、中佐。この件は、中佐を信頼するしかなさそうですね。…山野中佐、今回の件、帝国のためによく頑張ってくれました。完全に貧乏クジをひかせてしまいましたし、私自身は納得出来ない点が未だに多いですが、帝国のために本当に頑張りましたね。」
「…敷島様。」
「まぁ、これだけの事をした以上、退役しない艦娘達からも恨みを買うでしょうから、艦娘の司令官になる事は難しいかもしれませんが、私は今回の中佐の頑張りを認めているつもりです。」
「あの…敷島様?それだけ認めてくれるのでしたら、私が将来司令官になれるように、他の艦娘を説得してもらえると、ありがたいのですが。」
「中佐?それは中佐自身が行う事ですよ。まぁ、この一件が片付いたら、時間をかけてきちんと説明することですね。」
難しい道だとは思いますけどね…。実際、今回の件で多くの戦艦娘は退役する事になりますから、おそらく次世代の旗艦となる長門達を筆頭に、山野中佐を恨む艦娘は多いでしょう。それに補助艦艇の削減も今後あるとなると…。中佐の夢は適わないかもしれませんが、少なくとも私は、中佐が今回行おうとしている事を個人的に支持しますし、この件について恨み言は言いません。…それが、帝国を守ることにつながる訳ですから。
海軍省 海軍大臣室 山野中佐
「佐藤閣下。以上で報告を終わります。軍令部の花頂宮閣下は了承。横須賀鎮守府の南郷提督は、この案に反対はしないとのこと。実行には、英国及び米国との協調が不可欠になるため、現時点での実現の可能性は不明ですが、海軍省としてこの線で進められたらと思っております。」
「山野君、ご苦労だった。いや、この短い期間でよく話をまとめてくれた。海軍省としても、この案なら問題あるまい。英国及び米国への働きかけは、私の方で行う。まぁ、あちらさんも、一時的な海軍戦力の削減を望んでいるようだから、それ程大きな反発も出まい。」
とりあえず、第一関門は突破出来たか。未だこの案は、海軍省の正式案にはなっていないが、軍令部及び実戦部隊が受け入れられる案である以上、このまま正式案にはなるだろう。そして外国との交渉は、政府案件になるだろうから、大臣の佐藤閣下に任せて…。とはいえ、その国際会議には俺自身も出ることになりそうだけどな…。まぁ、何事もなく済む…とはとても思えんが、まずは一段落といったところだよな。!そうだ。この機会に…。
「佐藤閣下、実はこの件で、二点程お願いがありまして…。今回の件そのものについては、先程報告したとおりなのですが、これに付随する問題が…。」
「…一つは三笠の退役後についてだな。」
俺が言わなくても、誰もがそう思うよな。そういう意味で、帝国海軍にとって三笠様は別格という事がよく分かるよ。そんな人が俺を指導してくれたんだよな。今更ながらに、俺は凄く運が良かったという事か。
「そのとおりです閣下。一つは三笠様の退役後についてであります。流石に、あれだけの武勲艦である三笠様を身一つで退役させては、帝国海軍の面子がたちません。なんらかの形で、帝国海軍として三笠様の功に報いる形が必要であると愚考します。」
「退役させるが、海軍が関わる形で功績に報いる…か。なかなか難しい事になりそうだな、中佐。とはいえ、お願いと言っている以上、案はあるのだな?」
「はい。退役すれば、三笠様は海軍籍の艦ではなくなります。しかし、帝国臣民の誰もが知っている三笠様ですから、地方人も三笠様に会ってみたい…と考える人間が多いと思われます。そこで海軍軍人が中心となり、三笠様の記念財団を設立した後、その基金をもって三笠様を横須賀鎮守府で記念艦として保存、そして一般公開するというのはいかがでしょうか?また海軍の広告という点を考えれば、海軍省の予算を広告費として一部回すという手もあるかと。」
帝国海軍で長く生活してきた三笠様が、今更地方人として生活など出来ないだろう。しかし退役させる以上、横須賀鎮守府に置くにしても名目が必要となるが、いくらなんでも一介の軍属として再雇用という訳にもいかないだろう。ただ三笠様の人気があれば記念艦として保管して一般公開ともなれば、帝国海軍の広告塔として再度活躍してもらえる。であれば戦艦としてお役御免になったとしても、これまでと同様に横須賀鎮守府内で生活する事も可能になるし、南郷提督から離れずに済むのであれば、三笠様も喜んでくれると思うんだよな。
「ははは…中佐。相変わらず、愉快なことを考えるな。私は、三笠には不憫だが、軍属として横須賀鎮守府で再雇用するくらいしか思いつかなかったぞ。とはいえ、面白い。たしかに三笠ほどの武勲艦。記念艦として一般公開すれば、海軍の広告塔として十分その任を果たしてくれるだろうし、南郷も三笠を手放さずにすみ安心するだろう。…中佐、この件は私が預からせてもらう。なに、三笠に悪いようにはせんよ。」
おっ、どうやら受け入れてもらえそうだな。流石に、こんな突拍子もない事がそのまま通るとは思わなかったが、意外と良い反応だな。それに海軍大臣の佐藤閣下が預かると言っている以上、この件は佐藤閣下が進めてくれそうだ。佐藤閣下も、先の大戦では三笠様の戦友だった訳だから、悪いようにはしないだろう。
「それで中佐。もう一つの願いはなんだ?そちらは見当がつかないのだが。」
まぁ、もう一方のお願いは流石に佐藤閣下といえども、見当はつかないだろうな。小堀、お前にも多少は苦労してもらうぞ、なにせ、敷島様からの直接のお願いだからな。
「実は、横須賀鎮守府の敷島様から直接言われた事がありまして。敷島様は、海防艦への艦種変更の件、受け入れざるを得ないと考えておられるようです。ただこの件についての勧告は、敷島様の弟子である小堀中佐から直接受けたいとの希望がおありのようです。申し訳ありませんが、閣下から直接、小堀に命令を出してもらえませんか?やはり、形式というのは必要かと…。」
「ははは。山野君、君も意地が悪いね。私から直接小堀君に命令かね?まぁ、いいだろう。あの敷島たっての願いのようだ。敷島も、自分の弟子から直接引導を渡してもらいたいと考えておるようだな。まぁ、他にも目的がありそうだから、それだけでは終わらんかもしれんが…それは、小堀君と敷島の問題だから、海軍省としては関知しない…という事でいいだろう。」
小堀と敷島様の問題?敷島様は、わざと物分りの悪い艦娘のふりをして、小堀を困らせるかもしれないが、流石に小堀が本格的に困るような事はしないと思うけどな…。ま、この件についても佐藤閣下に任せてしまうか。俺は近い将来あるだろう、国際会議に備えて、色々と案を作らなくてはならんから、これから忙しくなるしな。
「佐藤閣下、どうぞよろしくお願いいたします。」
数日後 海軍省 軍務局 山野中佐
「山野ぉ~!山野は居るか!あっ貴様、逃げるな!なんてことをしてくれたんだ!俺に何か恨みでもあるのか!」
おっ…て、小堀…一体どうしたんだ?凄い剣幕だけど、俺がそんな事言われる覚えはないぞ?というか、何かあったのか?
「おぃ、小堀。落ち着けって。一体何があったんだよ。それに、俺は貴様に何もしていないぞ。」
「貴様、よくもそんな白々しいことを!佐藤閣下から直接命令されて、急いで横須賀鎮守府の敷島様のところに行ったんだが、大変な目に…。貴様のせいだろっ!」
ん?たしかに、佐藤閣下に命令を出してくれという事は、お願いしたが、そこから先、俺は何も知らないぞ。それに佐藤閣下も、あとは敷島様と小堀の問題だと…って、何か引っかかるな。なんであの時点で佐藤閣下は、この件がこじれる事を知っていたんだ?
「ちょっと待て、小堀。俺はたしかに、佐藤閣下に貴様に命令を出せとお願いしたが、そこから先の事は、俺は一切知らないぞ。というか、横須賀で何かあったのか?」
「貴様、本当にこの件では、何も暗躍していないのか?」
暗躍って…なんで俺がそんな事をしなくてはいかんのだよ。第一俺としては、なんとか今回の件は、俺の案どおりに進めたいから、少しでも揉める要素を消しておきたい側だぞ。そんな俺が、この件で面倒な事をする訳ないだろう。
「まぁ、落ち着けって。敷島様から、何か言われたのか?」
「…何故か知らんが、敷島様から、海防艦への艦種変更は受け入れるから、俺が一生敷島様の面倒を見るように…と。」
は?それって…敷島様、上手いことやりやがったな。それと、ざまぁみろ、小堀。横須賀鎮守府で、いつも貴様だけ楽しい思いをしていたから、天罰が降ったんだ。それにしても、これは…ぎゃははは。
「小堀君、おめでとう!目出度い。実に目出度い。いや~、小堀君。姉さん女房とは、実に目出度いね~。今日は盛大に祝ってやるから覚悟しろよ、小堀。」
「山野!貴様ぁ~!」
まぁ、敷島様としても小堀は丁度良い物件だったんだろうな。多分、小堀はこのまま海軍省で出世していくだろうから、帝都勤務が続くはずだ。横須賀は目と鼻の先だから、距離もそれ程離れていない。それに…今回の件で、俺は海軍省から追われるだろうから、小堀にとって将来の海軍大臣の地位は固いからな…。
「で、小堀。敷島様からは、実際なんて言われたんだ?それとな?小堀よ。海軍大臣になる予定なら、敷島様と一緒になる事は大幅にプラスだぞ。そこまで悪い選択肢ではないだろ。」
「なぁ、山野よ。四六時中、あの敷島様に管理される生活、貴様耐えられるか?」
ん?俺は絶対無理だ。
「たしかに、敷島様は美人だし、出世したいなら、最高の選択肢だという事は分かっている。それにな…。敷島様から言われたんだよ『私の面倒を一生見てくれるなら、今回は涙を飲んで海防艦への艦種変更を受け入れましょう。ですが断るのでしたら、私は海軍省、軍令部、横須賀鎮守全てを巻き込んで、この件は徹底的に抵抗しますよ。それに中佐?姉さん女房というのも悪くないと思いますし、私はちゃんと殿方に尽くしますよ?』ってな。」
お~お~、敷島様、かなり小堀に入れ込んでいたんだな。というか、佐藤閣下は敷島様の希望を知っていたな。だからあの時、あんな事を言っていたのか。となると、小堀。気の毒だが、年貢の納め時だな。俺の案を通すためには、当然敷島様の艦種変更は必須だから、お前の考えがどうであれ、敷島様の希望を適えてもらうからな。
「まぁ、小堀よ。そう悪態つくなって。敷島様も悪くないと思うぞ。たしかに向こうの方がだいぶ年上だが、姉さん女房だって悪くないと思うぞ…多分。ということで、ここは帝国の未来のため、敷島様の希望を適えてやってくれや、小堀よ。いや~、目出度い目出度い。俺には絶対に無理だけどな。はははは。」
「山野ぉ!貴様、覚えていろよ。くそ…俺の華の独身生活が…。」
小堀中佐…ご愁傷様です。『鎮守府の片隅で』も読んでいただいている読者の方は、もう知っていたかもしれませんが、鎮守府の片隅での時代の海軍大臣、小堀大将の奥さんは敷島様です。ですから、こちらの過去を描く作品のどこかで、敷島様に捕獲される小堀を描く予定でしたが、ここで捕まった…という事にしました。
実際…こんなやかましい奥さん…しかも明らかに相手の立場の方が上の女性と結婚してしまったら…私でしたら、全力でお断りしたいですね(笑)。