目を覚ましたのは、日本庭園が広がる――平城だった。
倒れこんでいた三人は、頭を振りながら体を起こす。
「ここどこですか?」
最初に口を開いたのは新八だった。
「どこって万事屋に決まってんじゃねーか、さっきまで俺達そこにいただろう?」
「そーアルヨ、何言ってるアルか新八」
「いや、どーみても違うでしょ! ここ万事屋じゃないでしょ!! 万事屋こんな広かったっけ!? こんなゴージャスな錦鯉とか泳いでたっけ!?」
ビシッ、ビシッと続けて御殿や、庭園を指さしツッコミを飛ばす。
「アレだよアレ、今流行りの3Dって奴だよ。最近の映像技術は凄いもんだなぁー、いやホント凄い臨場感」
「それ映画でやった奴! 同じボケしてんじゃねーよ!! 手抜きかッ!」
「この鯉なんて食べれそうな……」
「食べちゃダメぇええええ!!」
池から神楽が救い上げた鯉を新八が慌ててはたき落とす。ジャボンッと池に返された鯉は、再び捕まってはかなわないと、深く潜っていった。
ハァーハァーと激しいツッコミに息を切らす新八に対し、「冗談だよ冗談」と言いながら銀時は改めて周りを見渡す。
白壁に囲われた庭園。手入れのされた樹木は萌え立ち、広がる池は広く、水は澄んでおり、赤い塗り橋がかかっていた。
その橋の向こう。飛び石が続く先には、平屋造の――屋敷というよりも、その巨大さからして城というのが適切なのだろう。そんな建物が立っている。
けれど、そんな色彩美しく、華やかな造りに対し、人一人見えず、物音一つしない。
ただぐるりと視線を巡らし、立ち尽くす三人。
「とりあえず向こう行ってみっか?」
銀時が指をさしたのは本丸と思われる場所。異を唱える理由などない二人は頷き、銀時の後ろをついていく。
「にしてもデケェ屋敷だなぁ……」
「そうですね。それなのに誰もいないなんて……」
縁側から屋敷に上がり込んだ三人は、本丸を目指し長い廊下を歩いていた。
廊下は丁寧に掃き清められており、木目がツヤツヤと光沢を放っている。
「そよちゃん家みたいネ。ごっさ綺麗アル」
廊下の左右。襖の奥に見える金屏風や、天上を彩る金箔を張り巡らせた絵巻物に神楽は目を輝かせる。
「俺等から巻き上げた税金使って何してくれてんの」
「いや、税金使われてるとは限りませんし、その前に万事屋って税金なんか納めてないですよね」
「納めてる納めてる。お陰でジャンプとかいちご牛乳とか値上がりして大変だつーの」
「それってただの消費ぜ……」
新八はそこで足を止めた。
目の前に立ちふさがる
豪華絢爛という言葉を現実に持ってきたのならば目の前のソレになるに違いない。本物の金箔なのか、それを模したものなのか、新八の目には違いが分からなかったが、金色にきらきらしく、あしらわれた意匠は品があり、手を伸ばすのをためらってしまうような、一種の芸術性すらあった。
だが――。
「たのもぉおお!」
ドカンッ! と無残にも蹴りたおされる。
「ちょっとぉおおおお!? 神楽ちゃん何やってんのォオオオオ!?」
神楽は紫色の番傘を片手に、蹴り倒した襖の上に仁王立ちする。焦る新八。
「こーいうのは舐められたら負けアルヨ。勢いが大事ネ」
「勢い良すぎぃいいいい! 弁償しろとか言われても無理だから、ホント止めてくださいお願いします。足、早くどけて!!」
「ハッ、これだから童貞は! 玉が小さいアルな、まるで鉄砲玉アルヨ」
「神楽ちゃんそれ、度胸があるのか無いのかわかんなくなってるから。あーもうこれどうしよう」
新八の言葉に悪態を付きながら神楽が足を退ける。
ガタガタと立てかけた襖は、しかし無残にも破れ、折れた木片が突き出していた。新八が持ち上げた拍子に、それがボロリと落ちる。
先の豪華さは失われ、痛ましい姿に新八は青ざめる。とてもじゃないが修理代なんて出せそうもない。そんな新八を尻目に、神楽が襖の割れ目にホジッた鼻くそを擦り付ける。
「男がこんなんでメソメソすんなよナ。これで埋めとくヨロシ」
「埋まるかッ! そもそも誰のせいだと思ってんのぉおおお!?」
騒ぎたてる二人。ふと銀時は、暗く影になった部屋の奥に視線を移す。
真新しい緑の畳が続く先。今まで歩いてきた廊下や、部屋は
銀時が注視したのは、その
「ギャーギャーギャーギャーうっせーな。発情期かてめえら」
銀時等は知る
肌蹴た白い長
同性ですら迷いそうになる色気に――銀時は割り砕けた襖の破片を掴むと思いっきり振りかぶる。
小気味の良い音を立てて、それは男――
突然の出来事に、仰け反った和泉守は、何が起こったのかと、辺りを見渡す。そして足元にころがる木片に事態を把握し――。
「いきなり何しやがる!!」
肩を
「発情してんのはてめえだろ! ふざけんな、他人の台詞パクリやがって。こちとら思春期の青臭いガキ二人もかかえてんだ。ちったー登場シーンぐらい考慮しろつーの」
それに対して銀時は耳を小指で掻きながら、イヤそうに対応する。
和泉守の米神がひくりとヒク付く。
「なんでテメーらに考慮しな――」
「オイ、誰がケツの青いお猿さんアルか」
「人の話は遮――」
「安心しろ、お前は頭もお猿さんだよ」
「ワザと――」
「僕まで一括りにしないで欲しいんですが」
「いい加――」
「お前ぇが一番青臭えんだよ。青臭えつーかイカ臭え?」
言葉を発しようとする度に、被せられる声。
「ふざけんなよてめえらっ!」
あまりの態度に、和泉守が投げつけられた襖の破片を投げ返す。が、銀時は見越したようにそれを避ける。すると破片は、隠すように立てかけてあった襖に当たり――バタンッと倒れた。
「あーあ、壊しちゃったよ」
銀時はしゃがみ込み、倒れた襖の破れ目をペラリとめくる。心得たかのように隣に立つ神楽も合いの手を入れる。
「短気は損気って良くいうアルな。自分で自分の家破壊してたら世話ないネ」
「折角のいい仕事が台無しですね」
同じく、クイッとこれ見よがしに眼鏡を光らせる新八に、ふつふつと和泉守の血液の温度が上がっていく。
「さっき壊しただなんだと騒いでたのはソレか……
「何の話だ? 耳糞詰まりすぎて幻聴でも聞こえたか? やだやだ、自分で壊しておいて他人の所為にするなんざ、大の大人のすることじゃねーよ」
「そっくりそのまま返してやるよ。そこに直れ。叩き斬ってやるッ!」
どこからともなく真剣が現れ、それを握った和泉守は
銀時の頭上を刀が通り過ぎ、パラパラと白い髪が散った。
「いや、直るまえに斬ってるからね」
「うっさい黙れ白髪頭。その腰にぶら下げてんのは飾りか? のらりくらり逃げやがって」
「侍はなぁ、抜くべき時にしか刀は抜かねーんだよ」
「ハッ、口先だけの腰抜けが!」
次々と振るわれる刀を銀時は右に、左に避け続ける。
鋭い剣筋に迷いはなく、だが、荒々しく無骨な太刀筋はお世辞にも綺麗とはいえない。銀時は、どこかで見たことがあるようなと記憶を巡らせるが、その思考ごと首を切り飛ばそうとする刀に、待ったの手を上げる。
「落ち着けって。今川さんも言ってたよ『急いては事を仕損じる。じっくり待って、それでも待ってからで遅くない』って」
「今川って誰だよ!」
「今川焼き作ってるおっさん」
「それ、ただの今川焼き作るコツじゃねぇか!!」
一際勢い良く振るわれた刀は柱にめり込み、そこで和泉守は動きを止めた。
「クソッ抜けねぇ……」
柱から刀を引き抜こうと苛立つ和泉守。その背後から、柔らかな男――というよりも少年の声がした。
「
声と共に奥から出てきたのは、やや幼さが残る背格好の
細くふわりとした黒髪と、物腰が柴犬を思い起こさせる。
和泉守と揃いの夜着はきっちりと、だが首筋に散った赤い斑点に神楽が気付き、不思議そうに首を傾ける。
「?? 虫でもいるアルか?」
「――ッ!?」
神楽の視線と台詞に、何のことか即座に思い至った国広は慌てて首筋を手で抑え、恨めしげな視線を和泉守に向ける。
銀時は、その視線に気づかなければ良かったと嫌そうに顔を
「……あのさ、ホントそーいうのいらないから。そーいうのは余所でしてくんない?」
「違げーから! あっ、……いや、そういうことじゃなくて!」
和泉守は銀時のげんなりとした声を咄嗟に否定するも、国広の瞳が悲しげに揺れたのに気付き、目的は完遂できずに終わる。
「わかってます。大丈夫です」
そんな和泉守に国広は硬く笑った。
「違うからな? これはアレだ」
「分かってます。その……あまりおおっぴらにするのは僕もどうかと思いますし」
「あ、いや違うそういうんじゃなくて! 別にお前との事が恥だとか、そう思っている訳じゃなくてだな」
国広の取り繕われたような笑顔に、焦った和泉守は弁明を繰り広げ、そこでようやく意味の飲み込めた神楽と新八が、半眼となる。
「これってびーえるとかいう奴ですかね……」
「びーえるびーえる言ってればなァ、売れると思ってんじゃねーヨ! びーえる舐めてんのか! オフィシャルでDVDパッケージ作ったり、入れ替わったり、男女逆転したりありとあらゆる手を尽くした銀ちゃんの前で、軽率なびーえるしてんじゃねーヨ!」
「いや、銀さん別にびーえるじゃないからね? 勝手に土銀だ、銀土だと騒がれてるだけで、いたってノーマルだからね?」
口を大きく開けて文句をつける神楽に、銀時が顔を引き攣らせてイヤそうに応える。
そんな銀時を無視して、手をメガホンにした神楽が虚空に向かって叫ぶ。
「みなさーん、私、見てしまいました。夜な夜なマヨのマヨネーズをマヨちゅちゅしている銀ちゃんを! そんな銀ちゃんの姿が納められた『Bl◯-ray 銀◯゜7』あに◯れっ◯すから近日発売予定!! よろしくお願いしまぁぁぁぁぁす!」
「オィイイイイ! 勝手に適当なこと言ってんじゃねーよ! 入ってませんよー、そんなん入ってないですからねー!」
同じく虚空に向かって弁解する銀時に、神楽はつまらなさそうな顔をする。
「……なんか今日の銀ちゃん、ノリ悪いネ。いつもならなんかこんなん言っとけば売れるだろとか言ってくれるのに」
「やっていい詐欺と悪い詐欺あるから!! 敵に回していい人間とダメな人間いるから!!」
ぶーたれる神楽に激しく抗議する銀時。そんな二人を余所にして和泉守と、国広は――。
「じゃあ、どう思ってるんですか! 『勝手に』助手とか名乗ってるとか言ってるの聞いたんですからね、僕!」
「アレは言葉のあやって奴でだな」
痴話げんかを始めていた。
蚊帳の外に取り残された新八が、一人。
「あの、そろそろこれ収集付けてもらえないと話進まないんで、あの! 聞いてます? あのー!」
虚しく広い部屋に声が響いた。