刀剣乱『腐』に万事屋がログインしたようです   作:空飛ぶ鶏゜

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 カコンと鹿威(ししおど)しが鳴る。

 臙脂(えんじ)色の着物の上に、浅葱の羽織を肩にかけた和泉守(いずみのかみ)と、紺を基調とした洋装に着替えた国広。案内され、三人が通されたのは庭が見渡せる客間だった。

 目の前、紫檀(しだん)の色艷やかな座卓の上には、国広の淹れたお茶が人数分湯気を立てている。

 

「で……どう落とし前付ける気だ?」

「たかが襖の一枚や二枚、男が女々しく根に持ってんじゃねーよ。お菊さんかてめェは」

 

 たまった鬱憤(うっぷん)が呪詛のように込められた和泉守の声。先ほどのやり取りを全て無かったかのようにした態度であったが、新八と神楽の視線を無視しているあたりで、(ほころ)びが見え隠れしていた。

 真向かいに位置する銀時は対照的に、全く悪びれることなくへらへらとしている。

 

「いい加減にしねぇと、そのうっとおしい舌引き抜くぞ」

「まあまあ、(かね)さん、そんな喧嘩腰にならなくても。それよりあなた方どこから来られたんです? 見たところ人間のようですが……」

 

 一触即発の雰囲気に、国広は話の流れを変える。蹴り倒された(ふすま)より、刀傷によるダメージの方が酷かった室内。その光景が国広の脳内に再生されていた。

 

「人間? 私、夜兎(やと)アルヨ」

「ヤトですか? その、失礼ですがいつの時代の? もしかして刀ではなくその銃火器が依代(よりしろ)だったり?」

 

 きょとんとした神楽の言葉に、眉を申し訳なさそうに落とし、銃が仕込まれた傘を見ながら国広は問う。

 銃という単語に、和泉守の片眉がピクリと跳ねた。

 

「私、のり塩よりも、うすしおが好きネ」

 

 いや、のり塩じゃなくて、依代だからというツッコミを新八が入れる前に、目をキラキラさせた国広が合いの手を入れる。

 

紀潮寄喪 臼潮ヶ鋤夜(のりしおよりも うすしおがすきよ)それが貴方ですか?」

「そうアル」

「素晴らしい名。過去の戦ではさぞや武勲を立てられたのでしょうね!」

「知ったような口で私を語るなんて千年早いネ。だけど、否定はしないアル」

 

 感心しきった様子の国広と、どこか得意げな神楽。

 

「いやいやいや、待てお前等。会話が電波になってんの気づけ!」

 

 咬み合わない会話に、たまらず和泉守が止めに入る。

 首を傾け、どうにも分かってない二人に、オレが説明すると和泉守が溜息をついた。

 

 

 ――和泉守が一通り説明し終えた後。

 

刀剣男士(とうけんだんし)ねぇ……」

 

 机の上で頬杖をついた銀時は、分かったような分からなかったような、そんな顔をしていた。

 

「てめえの空っぽの頭にでも入るよう、もっかい説明してやろうか?」

 

 ジト目で見つめる和泉守に、頭をガシガシ掻きながら銀時は呆れたように応える。

 

「空っぽなのはお前等の方だろ。アンタ等は人間にみえるけど実際は刀に憑いた付喪神(つくもがみ)で? 遡行軍(そこうぐん)とかいう歴史修正主義者と戦ってて? ここはその最前線基地みたいなもんって……空っぽな方が夢詰め込めるつったって限度があんだろ。中二でも、もう少しましな設定作るよ?」

 

 疑わしげな眼差しを隠そうともせず、銀時は死んだ(まなこ)で、国広と和泉守を見やる。

 

「銀さん失礼ですって、誰だって黒歴史の一つや二つ……この前銀さんだってかめはめ波の練習してたじゃないですか」

「バッ、ちがいますぅー。あれはゴリラを掌底で吹き飛ばすヨガのポーズですぅー。てめぇの方こそお通ちゃんの写真に向かって告白の練習してたじゃねーか。知ってたか? ゼロパーセントってのは何を掛けても結局はゼロなんだぜ? メガネの形ってのは無限大のマークじゃなくてゼロが二個並んでるだけなんだよ」

「どういうい意味だコラ」

 

 新八が止めに入るが、自身も信じていない事を暗に告白していた。

 そして、己の所業をドサクサに紛れて暴露された銀時は、新八の話を持ち出しその話を有耶無耶にしてしまおうと画策する。

 結局のところ全く信じていない二人。しかし和泉守はキレるでもなく、それをただ静かに見ていた。

 

「気持ち悪いナお前。そいつだけじゃなく、銀ちゃんのケツの穴も狙ってるアルか? そんなん狙っても糞しかつかないネ」

「気持ち悪いのはお前の方だろ。見ろ、鳥肌たったじゃねーか」

 

 遠慮のない神楽に対する反論はどこか伸びきったゴムのようで、和泉守は「国広、後は任せた」と言って、部屋から出て行ってしまう。

 パタンと閉められた障子戸に、新八と神楽は思わず顔を見合わせた。

 

「どうしたアルか? アイツ」

「主を……思い出したんだと思います。主もここに来られた時は同じような事を言ってましたから」

 

 国広はどこかしんみりとした口調で告げた。

 

「そういや……その主とやらはどこにいるんだよ。さっさと俺等を帰してくれませんかー」

 

 頬杖を付きながら、銀時は投げやりに茶を啜る。

 説明の最中、んなこたァどうでもいいからと、帰り方を聞いた銀時に、和泉守は「主ならなにか知っているかもしんねーぜ」と吐き捨てていた。

 その主なる人物を紹介する前に出て行った和泉守であったが、別にそれは彼でなくとも良い訳で……。

 

「主は……少し前に戦に出ると言ってそれっきり」

 

 悩ましげに眉を寄せた国広は(うつむ)き、太ももの上に置いた拳に力が篭められる。白いズボンに皺が寄った。

 

「え? 死んだの?」

 

 あっけらかんと、銀時は頬杖から顔を浮かせた。

 あまりの言い分に、国広は即座に身を乗り出し否定する。

 

「死ぬわけありません! 死ぬわけないじゃないですか! 不謹慎なこと言わないで下さい!」

 

 もうあるいはと考えていた不安。残された悲壮感。本丸を護り通すという使命。

 考えまいとしていた事を具体的に口にされた所為で、形を変え零れそうになるそれ等を、歯を噛み締め飲み込み、国広は銀時を睨みつける。

 

「悪かった。悪かったって。戦帰りにたまたま入ったパチンコ屋で、たまたま入れた玉々がフィーバーしちゃって帰るに帰れなくなってんだよな。うん、きっとそうだよ」

「主がそんな、まるっきりダラシない仕事帰りのお父さんみたいな真似、するはずがないじゃないですか! 冗談でも主をそんな性根腐りきった輩と比べないで下さい!」

「あれ……胸が痛いのはなんでだろう。病気かな」

 

 無責任な言葉に、国広は烈火のごとく怒り、返ってきたまさかのブーメランに銀時は抉られた胸を抑える。

 それを見ていた新八はふと、疑問を覚えた。

 

「その……戦うのはあなた達、刀剣……なんとかという存在じゃないんですか?」

「いきなり設定破綻してるアルヨ」

 

 あれ、もしかして『主』っていうのも架空の存在じゃあ……という考えが示し合わせた様に三人の頭に浮かび、痛々しい子を見るような目が国広に注がれる。

 だが、それに気付かない国広は和泉守(いずみのかみ)と同じ説明を繰り返す。

 

刀剣男士(とうけんだんし)です。付喪神が鍛刀(たんとう)により具現化された存在。それが僕等であり、鍛刀とは主の霊力による――」

「分かった分かったって、とりあえずその団子だが男子だかしんねーけど、その大事な主様放っておいて、なんでお前等ここにいるんだ?」

 

 長々と続く国広の口上を遮り、銀時は質問の本題へと導く。

 

「それは……」

 

 国広は、顔を歪め言い淀む。

 

「まっ、他人のことどうこう言うの好きじゃねーから、俺ァどうでもいいけどね」

 

 その姿を見た銀時は鼻をホジくりながら、内庭に視線を移す。軒に吊るされた風鈴がチリンと鳴った。

 口先だけの人間なんて腐るほど見てきた。コイツ等はそういう類の人間――設定いわく刀剣男士らしいが――とは違う。少なくとも銀時にはそう思えた。だから本当にどうでも良かったのだ。

 酷く分かり辛い銀時の心情。それを出会ったばかりの国広が汲み取ることなど出来よう筈もなく、ザラリと、繊細な器官に砂を擦り付けられたような感覚に陥る。

 苦く、擦り切れたプライド。いつもなら笑ってやり過ごす感情を飲み込めなかったのは、蓄積された精神的疲労からか、それとも明け透けな銀時等にうっかりと心を許してしまっていたからだろうか?

 

「違うんです……」

 

 尖ったガラスが口内を傷つけながらこぼれ落ちる。そう形容しても良い程、国広の表情には苦悩が見て取れた。

 そんな血でも吐くかのような言葉は続けられる。

 

「違うんです。僕等は敵が検非違使(けびいし)や、遡行軍(そこうぐん)なら幾らでも戦います。例えこの身が折れようとも! でも主が戦ってるのは現世での戦い。規約に縛られた僕等は主を見送ることしか出来なかった。そうする事しか出来なかったんです。僕らは刀剣、アナタ達人間とは違う……」

 

 ささくれた言葉はとても見苦しく、惨めであった。

 見知らぬ他人に漏らすことではなかったという後悔、刀剣であるという誇り、刀剣の癖に主を一人送り出してしまったという思い。ないまぜになった国広の心は酷く乱れる。

 けれど、一度口にしてしまうと解決できない苦しい思いがこんこんと溢れかえり、止められなくなってしまう。

 ――もし僕が、刀剣でなく人間であったのならば主と共にいられただろうか?

 刀剣を一番否定しているのはそんな自分だった。どの口で他人を責めようか。

 耐えるように、膝の上で拳が握られた。

 そんな国広の頭に、ピンと鼻くそが飛ぶ。

 

(きたな)っ! なにするんですか!」

 

 慌ててバタバタと頭をはたく国広を、銀時は死んだ目をわずかに開き見つめる。

 

「人間と違う? そりゃそうだ武士の魂といわれても侍は刀じゃねーし、刀も侍じゃねぇ。成り変われるモンでもねーだろうよ」

 

 何、当たり前の事をと突き放すような台詞とは裏腹に、ゆるい瞳はしっかりと国広と線を結んでいた。

 押し黙る国広に、銀時は続ける。

 

「けどな……刀は魂なんだよ、侍の。おしゃぶり見てえなモンだ。咥えてるうちは寝ションベンにも耐えられるが、取り上げられた途端、みっともなく泣きわめくようなそんなモンなんだよ。(そいつ)があるってだけで、侍は意地張って生きてられる。その繋がりはどんなに切れる刀でも切り離せねえ。戦場が違っても、時代が変わってもな。だが、もしてめぇの魂鈍らせて刀辞めるってんなら、人間なんて面倒臭いもんじゃなくて、包丁オススメするね。そっちの方が生産的だろうよ」

「チャーハン作れヨ! パラパラじゃないと許さないアル。チャーシューも入れろよな。厚切りで」

「ネギと卵も忘れんなよ」

「いや、アンタらが食べたいだけでしょそれ」

 

 次々とつけられる神楽と銀時の注文に、新八がツッコミを入れる。

 自分勝手な彼等の言葉であったが、隠された優しさに気づいた国広は、目をしばたき、しばらくしたのち、少し照れくさそうに笑った。

 ボーン、ボーンと数度鐘が鳴る。

 

「もし宜しければ昼飯でも食べていきますか?」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すように告げた国広の視線の先では、飾り棚の置き時計が、十二時の針を指していた。

 

「え? 十二時?」

 

 新八は記憶が正しければ、万事屋を出る前に見た時計は昼の一時を指していた筈だと、思わず二度見する。

 

「ここは常世とは違う時が流れていますから。あ、もしかしてお昼もう済んじゃいました?」

 

 何からなにまでここへ来たばかりの主と一緒だと、納得のいった国広はイタズラめいた目で微笑んだ。

 まだ準備すらしていなかったソレを新八が伝える前に、ぐぉおおおと怪物の様な音が神楽の腹から鳴る。

 

「ぷっ……ふふふっ。まだのようですね」

「あ、いや、これはその……」

 

 拳を口元に当て国広は思わず笑ってしまう。

 腹を鳴らした本人よりも、なぜか新八が恥ずかしくなってしまい、ワタワタと所在なげに手を動かす。

 しかし、そんな新八をスルーし、銀時はハイハイと手を上げて自己主張する。

 

「あ、俺、宇治銀時丼(白米にアンコたっぷり乗せたやつ)

「銀さん遠慮ってもんを! そもそも人様の家でそんな残飯――」

「私も私も! ごはんですよ山盛り宜しくヨ」

 

 ますますもって慌てる新八の声にかぶせ、神楽も無遠慮に注文を付ける。

 そんな二人に、国広は笑いながら分かりましたと二つ返事を返し、腰を上げた。

 

「えっ、嘘、いいんだ!? あ、じゃあ僕は……」

 

 てっきり体よく断られると思っていた新八は、肩透かしをくらい、それなら自分もと注文をつけようとするが、

 

「メガネ拭きも宜しくアル」

「超音波洗浄器も付けてくれよ」

「はい、わかりました」

「いや、ちょっとまって!」

 

 神楽と、銀時に遮られ、その言葉に国広がにっこりと頷く。慌てて新八が止めようとするも遅く、ぴしゃりと障子戸が閉められた。

 

「良かったなぱっつぁん」

「ぎどぎどメガネともこれでおさらばヨ」

「お前等なぁああああ!」

 

 感じ入った表情で、ポンポンと肩に手を置いた二人に、響き渡る新八のツッコミも虚しく、本当に持って来られたメガネ拭きと超音波洗浄器。

 

「ひゃっほい!! こんな贅沢久しぶりヨ」

「やっぱアンコはこし餡より粒餡だよなー」

 

 隣に並べられたアンコがてんこ盛りになった丼と、ごはんですよをかけられた茶碗。

 喜々として箸を取る二人に対し、新八は黙って目の前のそれを見つめる。

 

「あのー……」

「どうしたんですか?」

 

 にこにことさあどうぞとばかりに笑顔を浮かべる国広に、これが冗談なんかではなく本気であると悟った新八は魂から叫ぶ。

 

「悪い冗談を真に受けてんじゃねぇえええ!」

「えっ? あっ、済みません! あまりにも眼鏡の存在感が大きくて。人間だとは知っていたんですが、どうしてもメガネが依代の方なんじゃないかっていう思いが捨てられなくて! 本当、済みません!」

 

 銀時と神楽の悪ふざけだったと悟った国広が慌てて頭をさげる。真剣に丁寧に下げられるそこに一切の悪意は感じられなかった。

 堪え切れず大爆笑する二人。

 新八が血管を震わせ、再び大声で叫ぶのはその三秒後。

 

 

 

 

「こんなところにいたんですね」

 

 「食事の片付けぐらい僕等でやります」という新八の言葉に、――新八の分は改めて用意された――後片付けを任せた国広は、和泉守を探し広い敷地を歩きまわる。

 ようやくその姿を見つけたのは、建物の裏に作られた剣道場であった。

 磨き上げられた床と、白い漆喰の壁。

 常ならば、臙脂色のジャージに身を包む和泉守であったが、わずかに羽織が肩から外されただけの姿で刀を振るっていた。

 

「国広……アイツ等をどう見る」

「どうって……やってることは無茶苦茶ですが、悪い人ではないと思いますよ?」

 

 振り向きもせず、正眼に構えたまま告げる和泉守の声は重かった。

 それに、感じたままの印象を国広が応える。

 

「そうじゃねえよ……アイツ等が……いや、いい。オレの気にしすぎだ」

 

 構えをとき、刀を下ろした和泉守は、やや雰囲気をやわらげ「それよりも」と続ける。

 

「相手しちゃくれねーか? こう平時が続くと体が鈍ってしかたねぇ」

 

 和泉守は顕現(けんげん)していた刀をしまい、壁にかけられた練習用の木刀を二振り手に取り、一本を国広に投げる。

 

「ちょっと、兼さん! いつも言っているでしょ! 刀は武士の魂! 粗末に扱っちゃダメだって!」

 

 粗雑に投げつけられたそれをはしっと受け取りながら国広は抗議する。

 

「俺もいつも言ってんだろ、魂なんざとうの昔に錆びちまったって、そこにあるのは抜け殻だっ!」

「くっ……まってまだっ」

 

 言い終わるや否や、まだ構えてすらいない国広に和泉守が襲いかかる。たたらを踏みながら辛うじてという体勢で、国広はそれを防ぐ。

 ギリギリと眼前に迫る刀。

 

「甘い事抜かしてんじゃねーよ、敵は待っちゃくれねぇぜ?」

 

 好戦的な笑みを浮かべた和泉守はそのまま押し切ろうと力を込める。

 太刀と短刀の力の差。そのまま押しきれる――と思いきや、急所を狙い飛んできた国広の足を片手を使い阻む。

 国広はその隙を見逃さず、押しの弱くなった刀を逸し、距離を取る。

 

「魂どこいったんだよ。行儀悪いぜ?」

「いつも兼さんがやってる事じゃないか!!」

 

 揶揄する口ぶりに、どの口が言うのだと国広が吠える。事実こういった搦手を使うのは和泉守の方が多かった。

 そして、

 

「無駄口叩いてる暇あったら攻めるのが定石だろ」

 

 再び攻め入る。流石に国広も今度はきちんと合わせ、振りぬかれる刀を避け、懐に潜り込もうと肉薄する。

 力に任せた、一見すると粗雑な和泉守の剣だが、その動きに無駄はない。対する国広は、冷静にその動きを読む。リーチで負ける国広では、正面突破は難しい。

 だが、振り抜いた隙を横から、下から、ジリジリと。空間そのものを相手取っているようなそんな気にさえ陥る。

 フェイントに次ぐフェイント。自身の癖さえもフェイントに使い、軌道を読み、ふうっと偶然呼吸が合った瞬間。

 

――ドッカーン!!!

 

 鳴り響いた轟音に、はっと顔を上げる。

 

「チッ、今のはなんだ?」

 

 和泉守が睨みつける先は道場の入り口。響いた音の方向的に恐らく台所だろうと当たりをつけ顔を(しか)める。

 

「僕少し見てきます。片付けちゃんとしてくださいね?」

「あ、おい!」

 

 木刀を和泉守に預け、国広は、そのまま音の方へ――台所へと駆けていく。

 残された和泉守はつまらなさそうに、頭をかきながら「あーあ、畜生共め」と悪態をついていた。

 

 

 

 

 何が起こったのか、結果(けっか)だけは、国広にもすぐに判別がついた。

 台所に収まっていた筈の業務用かと見まごうばかりの巨大な冷蔵庫が目の前――台所に続く廊下の壁にめり込んでいた。

 大の大人三人でも動かすことができないであろう鉄の固まりが壁に突き刺ささる。そんな光景。

 長い刀生の中で、色々見てきはしたものの、何が起こったらこんな事になるのか……皆目見当がつかず、国広は呆気に取られ立ち尽くす。

 

「銀ちゃん、へるす、へるす!」

「分かったから! 神楽落ち着け、包丁! 包丁は止めろ!」

「うぁああああ、こっちくるなぁあああ」

 

 ガシャガシャ、ガチャンと絶えず響き渡る破壊音に、恐る恐る国広が台所を覗きこむと、そこには壁に張り付く銀時と新八。そして、狂乱のあまり手当たり次第にものを投げつけている神楽の姿があった。

 その間をカサコソと動き回る黒いモノ。夏の夜の風物詩、黒い悪魔、名前を呼んではいけない、人類を恐怖の渦に叩き落とす存在。

 神楽の手から放たれた得物がソイツに向け次々と投げつけられる。

 けれど、危ういところでソレ等を避け続け――。唐突にテラテラと光る外羽を広げ、折りたたまれていた薄い内羽根を震わせ――飛び立つ!

 

「―――っっ!!?」

 

 羽ばたいたソイツは決死の覚悟を決めたのか、はたまた相打ち覚悟で一矢報いようとしているのか神楽に向かい一直線に――。

 涙目で硬直する神楽に飛び込む一歩手前。プシューッと殺虫剤の攻撃を受けたソイツは、方向を逸し壁にぶつかると、そのまま床に落ち、しばらくジタバタとモガイた後、ゆっくりと活動限界を迎えた。

 後に残るのは、腕を伸ばし殺虫剤を構えた国広と、助かったとへたり込んだ神楽。相変わらず壁に張り付いた銀時と新八。そして――破壊という破壊を尽くされた()台所。

 

「あー。これはですね」

 

 思わず頭を抱え黙り込んだ国広に、いの一番で口を開いたのは銀時であった。

 

「いえ、なんとなく分かりましたからいいです。それより皆さんお怪我がないようで良かったです」

「んだよ、察しのいいフリして良い子ちゃんぶってんじゃない……イタッ」

 

 気まずさからか悪態をついた神楽が銀時に頭を殴られ、座り込む。

 

「弁償しろとか言われたら……そのちょっと無理ですけど、僕等にできる事があれば何でも言って下さい。こう見えて万事屋やってるんで色々とできる事はあるんですよ」

 

 殊勝に頭を下げる新八に、国広はそれには及びませんと、苦笑したのち何か決心をしたのか、

 

「こんのすけ~、こんのすけ~」

 

 と呼ぶ。

 

「及びでしょうか、堀川様」

 

 宙から転がり出て来たのは、白地に赤い戦化粧を施された面を付けた――狐。

 

「えっ、今どこから?」

 

 キョロキョロと当たりを見渡す新八に対し、これはこれはと、お座りのポーズでこんすけは頭をペコリと下げる。

 

「私はこの本丸に使わされた式神、こんのすけにございます、以降お見知りおきを」

「うぉっ、こいつ喋るアル」

「はっ、きょうび喋ったからってなんですかー。ウチの定春なんて――」

 

 騒ぎ立てる面々をさらりと無視し、こんのすけ国広を見上げる。

 

「堀川様、何がご用命で?」

「うわっ、無視しやがった。すげー腹立つんですけどォー、畜生の癖しやがって人間様無視していいと思ってんですかー」

「尻尾九つにしてやろーかー? お稲荷さんお供えしてやろーかー?」

「まあまあ、銀さんも神楽ちゃんも落ち着いて……。話、進みませんから」

 

 腹を立てる二人を新八が宥め、国広は国広で、こんのすけが済みませんと謝りつつも、一部始終をこんのすけに伝える。

 

「――それでね、ここを元通りに直して欲しいんだけどできるかな? ついでに、本丸の入り口も」

「なるほど、それはまあ……出来なくもないですが……宜しいので?」

「このままじゃ、また兼さんがね……。大丈夫、後でちゃんと補填しておくから」

 

 どういう原理か――面の上に当惑した表情を器用に浮かべたこんのすけに、国広は安心させるように微笑む。

 

「――分かりました。それでは皆様方、ご退室願います」

 

 その言葉に納得したのか、こんのすけは立ち上がると、くるりと三人を振り返る。ゆらりと尻尾が優雅に揺れた。

 「さあこちらに」という国広の案内に素直に従う神楽と新八とは別に、銀時は悪態をつく。

 

「なんでてめぇに命令されなきゃいけないんだよ」

「壁に塗りこまれても良いと仰るならば結構ですよ?」

「お前、見た目よりも腹黒くねぇ?」

 

 その物言いに銀時は、片眉を上げる。

 そんな銀時を無視し、こんのすけは再び尻尾をゆらりと揺らす。

 

「――それでは始めます」

「へっ? うおぉお、ちょっと待てってぇえええ!」

 

 徐々に溶け出す室内に、慌てて銀時が転がり出る。同時に、眩いばかりの光が放たれ、再び銀時が目を開けた時にはもう――。

 

「え、なにコレ」

「元通りアル」

「凄っ……」

 

 三者三様に驚いた表情を浮かべ、室内を見渡すとそこはまっさらに元通りとなった台所があった。

 

「ふふん。こんのすけにかかれば、この通りですよ。それでは堀川様、また何かありましたらお呼び下さい」

 

 一声、コンと鳴いたこんのすけがトンボを返すと、現れたと同じく宙に溶けるように消えていった。

 

「これで一件落着ですね」

 

 微笑む国広に、

 

「一時はどうなるかと思いました」

「超音波洗浄機も治って本当良かったヨ。これでぎどぎどメガネもまたサラサラネ」

「どんだけ僕のメガネぎどぎどなんだよ、ってかなんで超音波洗浄機が台所にあるんだよ!」

 

 笑う三人を眺め、銀時はぼりぼりと頭を掻く。国広の笑顔にどこか無理があるような気がしてならなかった。

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